前回→
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寝苦しさに目を覚まし、しっかりとしがみつくようにしながら自分の頭を抱いているファイノンの姿に呆気に取られた。
モーディスはファイノンの硬い胸に頭を預けるようにして眠っていたことに気がつき、なんとか腕の中から逃れようとする。しかし、眠っているはずのファイノンの腕の力が緩まず、諦めてそのまま横たわることにした。
男二人が並んでも余裕のあるサイズの寝台のはずなのに、まるでぎりぎりまで隙間なくくっついて眠らなければ、床に落ちてしまうと信じているようだった。
モーディスは気怠い体に再び目を閉じ、なんとか眠りに着こうと考えたが、他人の体温が近すぎてどうにも気になってしまう。
もう一度腕の中から抜け出そうと試みて、今度こそようやく頭を腕の中から抜く。そっとファイノンの体を反対側へ転がそうとして、モーディス、と小さな声が上がる。
起こしたか。声をかけてみるが、寝言だったらしい。ファイノンは瞼を開けることなく、穏やかな寝息を立てていた。
モーディスはそっと寝台を降り、喉の渇きを潤すために飲料を探しにカーテンの隙間に手を差し入れた。黎明のミハニの煌々とした光が、部屋の壁や窓にかけられたカーテンを弱く貫通している。青い夜のような室内を裸足で歩み、ファイノンが自分のために用意してくれていた、すっかり温くなってしまったザクロジュースを適当なグラスに注ぐ。
ふと、カーテンの隙間から差し込んだ光が自分の肌を照らした。モーディスは腕に散る痕に眉を寄せ、姿見の前へ向かう。鎖骨の上や首筋に残る無数の痕に、そっとため息をついた。
『今夜はどうしても君にここにいて欲しいんだ』
痕をつけるなと再三口にしたモーディスに、はじめはへらへらと笑っていたファイノンが、最後にぽつりとそんなことを口走った。
そんな強引な引き止め方があるか、と叱ったモーディスに、ファイノンは捨てられた犬のような目をし、「素直にいて欲しいと頼んでも、君は帰ってしまうだろうと思った」と続ける。その言葉に、信用されていないと怒るべきだろうか、と一瞬で冷静になってしまった。
別に、ファイノンとはどうという関係でもない。セックスだって今日が二度目で、情はもちろんあるだろうと信じているが、かと言って愛しているからしたというわけでもない。ただの戦友で、好敵手だった。お互いに立場があるから、都合の良い相手ではあった。
ファイノンがバルネアで露骨な誘いをかけてきた時、はっきり断ってもよかったはずだ、とモーディスは自問する。しかし、アグライアに療養の終わりを告げた時に、「ファイノンに顔を見せてあげてください。気落ちしているようですから」と頼まれた手前、無碍にするのはなんとなく憚られた。
とは言え、ファイノンの部屋に行き、横に並べたリクライニングチェアの上で、やたらと饒舌に話しながらネクタールを空けていく男を制止しなかったのは自分の落ち度だろう、とは思った。酒癖が悪いと知っていたくせに、かぱかぱとボトルを傾けて話す男の陽気さがどこか心地よかったのだ。
休んでいる間に起きた他愛もない日常の呟きを聞きながら、ザクロを一粒一粒口に放り込んでいたモーディスの手をファイノンが掴み、指ごとザクロを舌で舐めた時、止めるのが遅かった、とそう思った。
ファイノンはモーディス、と指を手に絡め、指先に口付けを落としながら、創世の渦心の天上のように瞳を輝かせていた。期待と興奮の混ざった瞳で、欲の炎を隠しきれていない。
ざわりと肌が粟立つ感覚がし、モーディスは違和感に一瞬視線を伏せて、すぐにファイノンへ戻す。
同じ相手とはしない筈ではなかったのか。静かに問いかけたモーディスに、「そんなことを言った覚えはないよ」とファイノンはいつかと違い、淡々と口にした。
『君がどうしてもしたくないなら勿論無理にはしない。ただ、それでも今夜はここにいて欲しい』
ファイノンの部屋に寝台はひとつしかなかった。どちらかがリクライニングチェアの上で寝ることになるのだろうか、と考えている間に、ファイノンの手が離れて、肩に触れられる。
制止する暇もなく、ファイノンの唇が押し付けられ、そっと唇を舐められる。文句を言わなかったのをいいことに、触れるだけの口付けを何度も繰り返す男の胸を数分経ってからようやく押し、「無理にしないのではなかったのか?」と眉をはね上げた。
ファイノンはいたずらのばれた子どものように笑って、「気が乗らないか?」と首を僅かに傾ける。普段はモーディスより少し背の高い男が、上目遣いでねだってくる。
モーディスは構ってほしくて尻尾を勢いよく振っている毛並みの白い大型犬を相手にしているような気分になり、思わず、ファイノンの髪を撫でた。手触りの良い銀髪を指に通しながらじっと見下ろしていると、それを了承と捉えたのか、ファイノンが再び口付けて来る。
胸や腹を手のひらで優しく撫でながらキスをしてくる男の手管は心地良く、少し長めの休暇の後に感じるにはいささか刺激が強かった。
身を乗り出してきたファイノンの体重で、リクライニングチェアがぎしりと音を立てる。一秒でも肌から唇を離せばモーディスがやる気を失うとでも信じているかのように、ファイノンの唇は
顎から首筋へ移動し、何度も音を立てながら、ぎりぎり肌に触れたまま鎖骨から胸へと下がって行く。
再びリクライニングチェアが音を立てるが、ファイノンは気にしていないのか、体重をかけてくる。
『
……ファイノン、』
仕方なく、モーディスは彼を寝台まで誘導しようしたが、それは叶わず、なんとかファイノンの手を引いて立ち上がらせた後、壁に体を押し付けられる形になった。
腹を擦り付けられながら、ファイノンの口付けを受け止める。舌先を甘噛みされ、吸われて、ちゅく、と水音が響くのを聞きながら、ファイノンの首に腕を回してやる。首を傾けてキスのしやすい角度を探し、ファイノンのものがごり、と押し付けられるのに小さく息を吐いた。
体温が上がりはじめているせいか、それとも療養前にしにすぎたせいなのか、単純な刺激さえびりびりとした痺れが体を駆け抜けて行く。
かく、と膝から力が抜けそうになり、ファイノンの膝が足の間に差し込まれ、体を支えられる。敏感な場所が膝に擦られて、びくっ、と体が跳ねた。
触ってもいいかい? 肌に吹きかけられるアルコールの混ざった熱い呼気に、胸のうちから震えるような心地がした。刺激を殺そうとファイノンにしがみつくと、ピアスの金具ごと耳を喰まれて、金属の擦れ合う音と水音が直接耳の中に響いた。
は、と息を吐きながら快感に打ち震えるモーディスの肌がだんだんと熱くなって行くのを、ファイノンは触れ合った肌から感じていた。
あの夜と同じような香りが、ファイノンの鼻先を掠める。モーディスの首筋に顔を埋め、肺まで息を吸う。
重く甘ったるい花の香りがし、下腹部に熱が落ちてくるのがわかる。
今すぐにでもモーディスの中に入りたかった。
モーディスはしつこい、といつかの夜と同じようにファイノンに文句を言い、部屋に備え付けの浅いピュエロスの中で、ファイノンに背後から抱きしめられながら、散々口付けをかわしたことを思い出していた。
ぬるいザクロジュースには慣れていた筈だったが、唇を一度湿らせただけで、もう、飲み干すつもりにはならなかった。
杯をローテーブルの上に置き、モーディスはゆったりとした足取りでファイノンの眠る寝台へ戻る。
寝台の上で足を伸ばすと、髪の結び目がいくつか中途半端に緩んでいることに気がついた。起きてから結び直した方がいいだろう、と結び目を解いてベッドサイドの棚の上に留め具を置く。
「まだ帰るには早いんじゃないか
……」
腰に手を回しながら、眠っていたはずのファイノンが不明瞭な声でそう言う。帰らないでくれ、と言うように腰に回した腕に力を込めてくる男に、「二度寝をするところだ」と答える。
思いの外やさしい声が出てしまった気がしたが、寝惚けている男に対するものだ。どうせ起きれば忘れてしまうだろう、と改めることはしない。モーディスは自分さえ気づかないほど、微かな笑みを浮かべながら、しがみついたまま目を閉じている男の髪を指先で櫛削る。
冴えた月光のような美しい髪の手触りを堪能すると、ようやく、再び寝台に身を横たえ目を閉じる。
門の刻よりもいささか早い時間だ。
辺りは静かで、ファイノンの寝息だけが傍にあった。
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