ながひさありか
2025-02-10 23:58:35
8504文字
Public STR-Phaidei
 

ファイモス:英雄陳述

・ファイノンがややノンデリだったり、ユニコーン気質(※気質なだけでユニコーンではない。食うので)の気色の悪い発言をします。
自分に都合が悪くないならどっちでもいい×どちらにもそんなに想いもないが、後継問題に発展する可能性があるので特に女には入れ込まないようそれなりにしてきた…と言う感じで書いているので、それが平気な人向けです。
・欠損描写があります(腕がなくなった、程度の書き味)
・ステュクスを三途の川として書いています
・捏造満載

前回→ https://privatter.net/p/11397158

 昨日はやりすぎてすまない、と謝罪するのも変な話だ、と悶々と考えているうちに、モーディスの侍者が着替えを持って部屋を訪れた。その頃にはブラシで掃き掃除をした床の水も全て乾いていて、普段は炊かない香の効果もあり、昨晩の狂乱(と言うしかないだろう、流石に……)の痕跡は表面上消えていた。少なくとも、来訪者に僕とモーディスが何をしたかなんてわかりはしないだろう。
「わざわざ手間をかけてすまない。モーディスに渡しておくよ」
 部屋の前でモーディスの侍者から着替えとザクロジュースを受け取り、私室へ戻る。
 黄金裔に与えられた部屋は、扉の前に基本的にもう一つ通路を兼ねた部屋があり、モーディスはそこへ自分の侍者達を住まわせていたが、僕には侍者はいない。
 部屋の前にもう一つ部屋があるのは、プライバシーの担保だとアグライアから聞いていた。だが、そもそもオクヘイマの全てはアグライアに把握されているので、厳密にはプライバシーなんてあってないようなものだろう。勿論、昨晩のように「市民の前で醜態を晒す可能性がある」、なんて重大なことでも起こさない限りは何も言われないのだが。……と、こんなことを悶々と考えているのは、僕とモーディスが寝たことをアグライアに何か言われたりしないよな、とちょっとだけ考えていたからだった。とは言え、モネータの半神である彼女が、戦友とたかがセックスしたくらいで何か言ってくるとも思えない。
 部屋へ戻ると、ピュエロスでのんびりと体を休めていたモーディスが振り返る。
「ここに置いておくよ」
「ああ」
 短くいらえを返したモーディスは、視線を窓の方へ向けながら、まるで自室のように寛いで、ぼんやりと足を投げ出している。濡れた肌を陽に反射させながら遠くを眺めている姿は、有名芸術家の制作した彫刻のようだった。
 何故彼がさっさと着替えて部屋に帰らず、僕の部屋で寛いでいるのかといえば、「バルネアに行くのは面倒だ、お前の部屋で入らせろ」と主張したからだ。
 昨日の負い目からいやもう帰ってくれとは言い出せず、いまだに頭痛の波に苦しみながら、掃除したばかりのピュエロスに再び湯を溜める。ついでに、花びらの入った入浴剤まで浮かべるサービスをした。
 普段、自分では入浴剤を使わないが、時々プレゼントされることがあって、いくつも棚に置いたままになっているのを思い出したからだ。
 どうしてモーディス相手にそんなことをしたのかと言えば、昨晩のモーディスからはやたらといい匂いがして、それの正体は入浴剤なんじゃないか、と思ったからだった。残念ながら先ほど入れてみた赤い花びらの入浴剤は昨晩嗅いだものとは違ったようだ。少し湯がとろりとしているような気がしたけれど、モーディスは特に文句も言わずに肌と髪を洗い、今は足を伸ばしてぼんやりとしている。
「ところで、君は二日酔いをしていないのか?」
 モーディスのザクロジュースを勝手に拝借しながら、リクライニングチェアの上で呻きながら尋ねると、「二日酔い?」とモーディスが不思議そうな顔をする。
 二日酔いでぐったりしている僕と違って、モーディスは声こそまだ少し掠れ気味だったが、ピュエロスに浸かって覚醒したのか、顔色は僕よりずっといい。
「それほど飲んではいないだろう」
 けろっとした顔で答えるモーディスに思わず閉口する。嘘だろ、僕より先に酔っていたように見えたのに、モーディスは少しも酒が残っていないらしい。
 体に悪いものは好かないと言うのは嘘で、飲めないの間違いだろうと思っていたが、実際は味が嫌いなだけなんじゃないか? という疑念が走る。それを確かめるために、もう一度飲み比べをする気には今はならない。
「やはりアグライアが止めなければ俺が勝っていたようだな」
「それはどうかな。二日酔いにならない方が勝ちだとは決めなかったから、わからないさ」
 つまらなそうに口にしたモーディスをじっと見つめながら、本当にあのまま続けていたら負けたかもしれない、と考えた。クレムノス人は酒の強さも戦士としての強さの証と言うのはどうやら嘘じゃないようだ。
「ところで、昨夜のことはどこまで覚えている?」
 ピュエロスから上がったモーディスはタオルで体を拭くと、侍者の持ってきた赤地に金糸の刺繍の入った裾の長いガウンを羽織り、サンダルを履く。髪の一部を三つ編みにしていつもつけている留め具をつけると、昨日僕が外したピアスを付け直した。
 水面を鏡の代わりに使って身嗜みを確かめているモーディスの着替えを思わずじっと見ていた僕は、「聞いていたか?」と聞かれて「聞いてなかった」と素直に答えた。
「まあ、すべてを覚えている必要はないが……
 腕を組んで僕を見下ろすモーディスの顔は怒っているわけでも、呆れているわけでもない。屋根の上でオクヘイマを眺めている時のように凪いだ表情をしていて、何を言われるのか予想がつかない。
「昨晩の相手が俺でよかったな」
……………………………
 それって、どう言う意味だい?
 ぽかんとした僕に、やっぱりモーディスは顔色を変えない。
「心当たりがないようだから教えてやるが、あれほどしつこい相手をお前以外に知らない。流石に殺されるかと思ったほどだ」
 まあ、俺は死んだところで生き返るが、と少しも笑えない冗談を真顔で呟くモーディスに、そんなに酷かったか!? と動揺しつつ、自分の記憶を辿る。時系列があやふやな記憶の中でも確かに何度もしたのは事実で、最後の方はモーディスにこれ以上は勘弁してくれと懇願されたような気もする。ただ、モーディスに限って僕にそんなことを言うだろうか?
 モーディスは何かを思い出したのか、顎に手をやり、噛み合わせが悪いのか、あるいは外れた関節を治すようにぐっ、と力を入れて押し込むような仕草をした。眉を寄せているので、苦鳴のひとつもなかったが、どうやら痛かったらしい。
「そう言うわけだから、昨日のように飲みすぎた日は、誰かを誘うのも、誘いを受けるのもやめておけ。お前が特定の相手を作らないことも、同じ相手とは二度と同衾しないことも知ってい、」
「は!?」
 思わず、動揺して大声を上げてしまう。
……なんだ? 事実だろう。その主義に対して思うことは別にない。互いに合意の上だろうし、アグライアがお前の素行に文句をつけているのを聞いたこともない。であれば、今まで問題は起きていないのだろう」
「いや、いやいやちょっと待ってくれ」
 弁解しようとしているのに、再び強烈な痛みの波が襲ってくる。言葉を続けられず、頭を片手で押さえながら呻いていると、モーディスが「後で二日酔いに効く秘薬をもらってきてやる」と溜息をついた。
「話を戻すが、そう言う主義なのであれば、お前が再び俺に声をかけることもないだろう。だが、あれは——
 モーディスは少し視線を逸らし、困っているような、恥いるような、怒りたいのを堪えているような、複雑な顔をした。
 最早何を言われているのか理解をするのが困難で、ただただモーディスの整った顔を凝視してしまう。昨晩のモーディスの掠れ声が再び耳に蘇り、カッ、と顔が熱くなるのがわかった。
 そういえば最後は、「口でしてやるからそれで我慢しろ」と宥められたんだった。ピュエロスに半身を浸からせたモーディスの耳を散々触って、ピアスも髪の留め具も外して床に置いた。
 先ほど顎を触っていた理由がわかり、じっとモーディスの唇を見つめていると、視線を戻したモーディスと目が合う。「聞いていないな?」と言うように、モーディスが眉を跳ね上げ、剣呑そうな表情をするのに、とりあえず咳払いをして誤魔化しておく。
「とても常人に耐えられるしつこさではないと思うが、以前にこの話が上がった記憶はないし、死人が出ていればアグライアが躾をしている筈だ。と言うことは、恐らく酔わなければ自制が効くのだろう。しかし、昨日のように羽目を外す日が再びないとも限らない。だから覚えておけと言っている」
……………………ちょ、っと待ってくれ。ひとつだけ誤解がある」
 降参するように両手を上げつつ、ええと、と歯切れも悪く言葉を続ける。
「別に、同じ人と二度と寝ないなんて決めてるわけじゃないけど……
「だが、事実同衾しないのだろう? 昨晩、俺にもそのような事を語っていた」
 それは、完全に記憶にない会話だった。
「君に……?」
「そうだ。再三言うことでもないが、お前の主義に口出しするつもりはない。俺も昨晩は興が乗っていたから、お前の誘いを受けた。はじめに合意した以上、最終的に散々に使われたとしても、そこを問題にはしない」
「つ、使ったなんて」
 思わず声がひっくり返ってしまう。
 もしかしてモーディスは怒っていない顔と声で、僕を詰めているのだろうか。そう思い、恐る恐る瞳を覗き込んでみるが、モーディスは「なんだ?」と首を傾げただけで、本当に怒っているわけではないらしい。
「だからファイノン、次は気をつけろよ。流石に英雄色を好むと言っても、一夜の相手を閨で腹上死させてしまっては、アグライアも擁護が難しいだろう」
 大真面目に話すモーディスを見ながら、もしかして彼はばかなんじゃないのか? と自分の所業を棚に上げて考えていた。
 流石に僕だって相手を見てるよ、とも言いたかったし、同じ相手と二度と寝ないなんて誤解だ、とも思った。たまたま心が通う人が今までいなかったから、誘われても二度目からは断っていたと言うだけの話で、そもそも僕から声をかけたことなんて実はない。
 欲求不満になることは勿論あるけれど、そう言う時に限って誰かが声をかけてくれることが多いと言うだけの話だった。
……言いたいことはまあ色々あるけど、忠告ありがとう。その、僕は君に謝罪をすべきかな」
「いらん」
 今度ははっきり嫌そうに、モーディスが腕を組んで首を振る。
「先刻言っただろう、元より合意の上だ。顔の割にえげつない男だとは思ったが、それだけの話だ」
 果たしてそれだけの話なのだろうか、と僕が考えているのも完全に変な話だった。さっきからモーディスは「俺は構わないが」と言ったような話し方をしてくるけれど、その言葉に含まれている感情がなんなのかは少しも見えてこない。
「長居したな。薬は後で人をやるが、お前の反応がなければ部屋の外に置いておくよう命じておく」
「最後にひとつ聞いてもいいかい?」
 部屋を出て行こうとするモーディスの手首を掴んで引き留めると、「なんだ」とモーディスは二日酔いも動揺も見えない綺麗な顔で僕を見下ろし、足を止めた。
「男相手は初めてだった?」
…………………………そこから放り投げられるのが貴様の望みのようだな」
 恐ろしく低い声でつぶやいたモーディスは、掴まれていない方の腕で荷物を運ぶように雑に僕を肩の上に担ぎ、崖の見えるテラスに向かって歩いて行く。
「まっ、待ってくれ。今のは僕が悪かった!」
 二日酔いでなければ簡単に逃げ出しただろう。けれど今は、モーディスの背中を叩いて許しを乞うのが精一杯だった。
「くだらん事を聞くな。男相手がはじめてだろうが、なかろうが、貴様には関係のないことだろう」
「いやまあそうなんだけど、でもはじめてだって知ってたらもう少し手加減し、痛っ!」
 テラスから崖下に向かって放り出されることはなかったけれど、モーディスは冷たい床に思いっきり僕を投げ飛ばした。
 視界が揺れてまともに受け身も取れず、吐き気に襲われてう呻く。
「少しは自分の無体を真面目に反省しろ」
 肩をいからせて部屋を出て行くモーディスの背を見送り、完全に部屋の扉が閉まってから、「困ったな……」と思わず声を上げる。
 これはただの勘だけれど、きっと、モーディスは男相手ははじめてだっただろう。なんでかと言うと、僕がオクヘイマで寝てきた相手は、みんな僕がはじめての相手だったからだ。
 別にそう言う相手を選んできた訳じゃない。最初から言ってくる人もいれば、終わってから告白されたこともあるし、途中で気づいて、やっぱり辞めておこうよと言ったこともあれば、してみたこともある。
 だけど本当に全部たまたまそうだっただけで、二度同じ相手と寝ないのは心が通わなかったから、と言うだけの話だった。
「まあ、モーディスから僕を誘うことはないだろうし、僕だって別にモーディスともう一度したいわけじゃない」
 なんとなく口にしてみると、どう言うわけか少しだけ不快な気分になった。
 その理由を考えるよりも、昨日のモーディスの痴態が脳裏に蘇ってしまうことの方が今は問題だった。

   *

 モーディスと事故みたいな形で寝てしまってから一月が経過した。
 翌日から彼と顔を合わせても、お互い何もなかったような顔で、変わらない日常を過ごしていた。それはそうだろう。好意はあっても戦友としてだったし、愛していると言ったわけでもない。恋人でもないのだから、お互いに心を傾ける必要もない。
 相変わらず僕とモーディスは戦場でどちらが先に敵を片付けたかで競い合っていたし、鍛錬でも勝った負けた引き分けだと争っていた。
 本当に何も変わらず、まるであの日の狂乱は僕の幻覚なんじゃないかと思ったりもした。
 それなのに、時々、眠る直前になるとモーディスのことが頭にちらついて、彼は今どうしているのかと気になることがあった。
 日中に彼を見ても特別な感情は沸かないのに、何故一人になった時ばかりこんな風に思い浮かべてしまうのかはよくわからない。
 どう考えたってこの悩みは意味の無い悩みだった。もやもやの解決策がわからない以上、「考えない」に倒すのがどう考えても正解だろう。
「モーディスはそもそも、誰に対してもある意味平等だからなあ……
 思わず、独り言を呟いてしまう。
 オクヘイマに来て以来の、彼の浮いた話を聞いたことがない。故郷では百戦錬磨だったはずだとか、昔は何十人も侍らせて囲っていただなんて根も歯もない噂はあるのに、オクヘイマでの彼の振る舞いは、戦闘狂になる瞬間や、クレムノス人が不当な扱いを受けた時を除けばそれなりに理性的な男だった。
 僕は今のところ誰とも心が通わなかったから恋人はまだいないけれど、モーディスが独り身なのは多分、そう言う理由ではないだろう。そもそも王位継承者に自由恋愛があるわけもないが、かと言って結婚の話も聞かない。
 彼はきっと、これと決めた一人ができれば、その人を大事にするだろうな。
 ……そう考えた瞬間、何故か胸が悪くなった。自分の感覚がよくわからず、何に対する嫉妬だろうか、あるいは別か? と考えてみようとしたが、途中で「いやなんでそんなことを」と自分の思考の奇妙さに気づいてやめておく。
 別にモーディスが誰と懇意になろうが、どうでもいいことだろう。彼が黄金裔である限り、僕の戦友であることに変わりはないのだから。

 あれから一度だけ、ある意味いつものように誘いに乗ってみたけれど、彼と寝た後のように、果たしてあんな風に許してもらってよかったのだろうか、なんて、数日考え込むようなことにはならなかった。
 相手にちゃんとお別れを言ってから、引き留められるのを聞かずにそそくさと帰宅する間、運悪くアグライアと邂逅した。しかし、彼女はじっと僕の頭の中を見つめるように真っ直ぐにこちらに顔を向けて数秒黙った後、「ほどほどになさい」と言っただけで終わりだった。
 不思議なことに、責められている気はせず、今は特に言うべき言葉もないので、羽目を外さないようにすれば構わないと言われた気がした。
 自室に戻ってカーテンを閉めながら、避難要請に応え、兵を連れて外出しているモーディスのことを何故か考えていた。
 兵士が遺体として帰還することはよくあることだったが、彼に限ってそれはない。なのにどういうわけか、胸がざわついていた。

 翌朝、眠っている間に誰かから連絡があっただろうかと石板を確認し、黄金裔のグループチャットを見て思わず固まる。
 慌てて服を着替えて部屋を飛び出すと、モーディスの部屋を尋ねた。
 彼の部屋の前では、彼の侍者たちとアグライア、キャストリスさんが何か話し込んでいる最中だった。
「アグライア!」
「落ち着きなさい」
 思わず声を上げた僕の声は、後頭部から口へと金糸がぐるぐると絡みついて強制的に止められる。
「キャス、お願いします」
 アグライアの言葉に、キャストリスさんは小さく頷いて祈言を口にし、僕たちを包むように、紫色の結界を張る。内側の空間が灰色になり、互いの声が頭の中に直接響いてくるかのようだった。
「メデイモスが片腕片足を喪なったまま帰還したというのは事実です。本人は頑なに『そのうち戻る』と言っていましたが、普段の彼であればすぐに五体満足になっているはずです。……ですが、稀にあるのですね?」
 アグライアに尋ねられた年老いた彼の侍者は、はい、と頷き、言葉を選ぶように瞳を少しだけ揺らす。
「恐らくですが、ステュクスを相当回数渡りかけたのではないかと考えています。幼少時にはよくあることでした」
 数日療養すれば問題ありません、とアグライアの反応を伺うように話す老人に、そうですか、とアグライアは一言だけ返し、モーディスの休んでいるであろう部屋へ顔を向ける。
「目が覚めて動けるようになったら、私へ連絡するよう彼に伝えてもらえますか。動けなければ無理はしなくて構いません」
「畏まりました」
「何か必要なものがあれば連絡してください。すぐに届けさせます。——さて、ファイノン」
 アグライアはモーディスの部屋から僕に向き直り、聞いた通りです、と続ける。
「そう言う訳ですから、彼が復帰するまで、しばらくの間、あなたに前線に立ってもらいます。と言っても、避難要請もニカドリーの眷属も、あるいは他のタイタンがこちらに害を成そうと近隣に現れたと言う情報もありません。ただ、いつでも一人で迎えるようにはしておいてください」
………………
……ファイノン様」
 傍で黙っていたキャストリスさんが、思わず僕の手を取ろうとして、やめたのが見えた。その手を取って上げられないのを申し訳なく思いながら、視線を向ける。
「大丈夫です。ただお休みになっているだけで、暗澹たる手があの方に届くことはありません」
 静かな声に、何故か頷くことしかできなかった。そんなことは言われなくても本当によくわかっている筈なのに、どうしてか、モーディスの顔を見て安心したくてしょうがなかった。
「黄金裔が不安な顔をしていれば、市民や元老院にいらない憶測を呼びます。——キャス、ファイノンが落ち着くまでそばにいてもらえますか。私は師匠と話をする必要があります」
「モーディスは今眠っているのか? 顔を見るくらいはしてもいいだろう?」
「ファイノン」
 モーディスの部屋へ足を向けようとした僕に、アグライアが少し強い声で呼ぶ。
「彼には休息が必要です」
………………だけど、」
 彼が本当の意味では死ないことなんて、黄金裔の中では僕が一番よく知っているだろう。
 心臓を失った彼を引きずって撤退したことだってあるし、吹き飛んだ首を拾ってくっつけて、目を覚ますまでそばにいたことだってある。その間僕がずっとどんな気持ちでいたかなんて、きっとモーディスにだってわからない。
 みんなは彼が心配にならないのか? 本当に死なないからって、彼が大したことじゃないように振る舞うからって、それを受け入れるだけでいいのだろうか?
 モーディスは時々、嫌になるほど理性的な男だった。感情で動こうとする僕を一喝したり、冷静に宥めたりして、英雄としての振る舞いを教えようとする。
「僕はただ、モーディスが心配なだけだ。確かに休んでいれば恢復するのかも知れないけど、別に顔を見るくらい、」
——彼が心配だと言うのなら、不様な姿をあなたに見られたくないという気持ちもわかってあげてください」
 アグライアの言葉に、え、と顔を上げる。
「私の言葉をよく考えて、連絡を待ってください。いいですね?」
 彼女は深いため息をつき、呆れたように僕の脇を抜けて行く。
 アグライアが結界を抜けると、侍者の老人が僕に会釈をし、同じように結界の外へ向かう。
……今の僕は情けない顔をしているだろうか」
「情けなくはありませんが、市民の皆さんが今のファイノン様のお顔を見たら心配なさるとは思います」
 キャストリスさんの答えに、両手で頬を押さえ、そうか、と呟くしかなかった。
 確かに、そんな顔でモーディスに会っても反対に怒鳴られてしまいそうだった。


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