前回(R18)→
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「あなたの復讐相手はあたしだけでしょう? 今のは減点よ。それから、二度と同じことをして御覧なさい。次は必ず手足を両方とも折るわ。わかった?」
両手を背中の後ろに組まされたまま地面に組み敷かれ、その上から背骨の中心に体重を乗せられていた少年は、みしりと骨の軋む音に合わせてうめき声をあげた。あと一歩這って手を伸ばせばナイフに手が伸びるのに、身動きひとつとることができない。
必死に振り返って女を睨みつけるが、見上げた女は爛々と冷たい瞳を光らせて、まっすぐに自分を睨みつけていた。視線一つで心臓を直接握りつぶされるような気迫に圧倒されて、罵倒の一つもでてこない。ひゅう、と小さく息を吸うと、それがきにいらなかったのかさらに背骨に体重がかかる。
「飛霄、そこまでにしてあげてください。僕はこうしてなんともありませんし、脅しはもう十分でしょう」
恐怖のあまり硬直していた少年
――モゼのそばにしゃがみこんだ男は、疲れたような口調で背骨を圧迫していた膝にそっと手を置いた。
「あたしは脅したわけじゃないわ。警告よ」
抑揚のない声でそう口にした女
――飛霄だったが、いい加減にしてください、と溜息とともに零された言葉に膝を引く。彼女は地面で震えているモゼの首根っこをつかんで軽々と起こすと、投げるように椅子に座らせる。
「さて、返事は? それと謝罪もね」
「謝罪は不要です。あなたのルール設定漏れですから」
「甘いわねぇ。まぁいいわ、一度目だったし、そういうことにしてあげる。
――わかったわね、モゼ?」
「
…………………」
痛む背中をさすりながら、モゼは顔を歪めて頷いた。
それによし、と呟いた飛霄は、眉を下げて「
……で、ええと、診ておいてくれる?」と地面から立ち上がった男へ声をかけた。彼は桃色の長い髪についた葉を払いながら、「勿論です」と呆れたように呟いた。
「モゼ、背中と手首を診てあげますから、ついてきてください。歩けますか?」
先刻、自分の首を掻き切ろうと刃物を向けてきた子どもに対し、男は柔和に笑って手を差し伸べた。
*
はじめて事に及んでから一週間が経過したが、その間、椒丘の態度は本当に変わらなかった。まるで告白なんてなく、モゼも彼に傷つけられるような言葉もかけられず、何もしていないかのようだった。初手にひどく傷つけられたからなのか、初めての思い出はモゼが妄想していたような浮ついた感情をもたらすことはなかった。したかったし、後悔しているわけではないはずなのに、関係を割り切れていないので、どうにももやもやしている。
自分がもっと大人になれば彼のように振舞うのが当たり前だとわかるのだろうか、と悩んだが、モゼがそれを相談できる相手はどこにもいなかった。今までは彼と上司の二人さえいれば生活に支障はなかったし、正しさも間違いも二人が教えてくれていた。
であれば椒丘とこうなってしまったことを飛霄に相談すればいいのかもしれなかったが、どうしても相談する気にはならない。相談すれば、椒丘にはこれ以上触れられないし、触れてもらえないような気がしたからだ。
悶々と悩みながら、モゼは三人分の皿と鍋を下げに炊事場へ向かう。椒丘は食後のお茶を入れていて、ほろ酔いの上司がそれを飲んだら帰ると騒いでいる声が聞こえた。
以前と同じように、気まぐれに椒丘の家で夕食を共にしている。日々は本当になにごともなかったかのように流れて行き、もしかするとあれは夢だったのだろうか、と考えてしまう。けれど、あの夜の椒丘の匂いと熱を、今もよく覚えている。
皿を下げて食卓へ戻ると、「君も飲みますか」と答える前に椒丘が茶を杯へ注いでくれる。彼の淹れてくれる茶は嗜好品の激辛料理と違って、いつでも香りがよく、食後にぴったりな美味しいお茶だった。
帰宅する上司を見送ると、去り際、「なにか悩んでる?」と聞かれた。驚いたが、いえ、と答えると、上司は「そ。ならいいけど」と手を振って歩いって言ってしまう。なんとなく、相談する機会を永遠に失ってしまったような気がした。
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