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ながひさありか
2025-01-21 12:37:45
2760文字
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STR-Phaidei
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ファイモス:帰還のルーティン
戦闘から帰還したモーディスの様子を見に押しかけてくるファイノンの話。設定の独自解釈等が含まれます。
気怠い体を引きずって自室へ戻ったモーディスは、失った血を補充するように冷たいザクロジュースを呷った。
汗と血、砂埃で汚れた体を清め、ピュエロスに身を浸からせると、遠くから微かに聞こえてくる水溢琴の音に耳を傾けて瞼を下ろす。戦闘でささくれ立っていた精神が、ゆったりとした音に洗い流されて、だんだんと凪いで行く。
片膝を立てて疲労に小さくため息をつくと、伝言の石板が小さく音を立てた。
「
………………
」
どうせ奴だろう、と決めつけ、モーディスはテーブルの上の石板を取りにピュエロスから上がることはせず、そばの棚から杯を取り出し、ネクタールを注ぐ。不在の間に自室を整えてくれている侍者の仕事ぶりは申し分ない。黄金裔のためのルトロは清潔で、食事も飲み物も、衣服も整えられている。
——
♪ ♪ ♪
無視をしていた石板から、連続して通知音が何度か響く。諦めて湯から上がると、石板を手に取った。予想した通りファイノンからの連絡だ。
『疲れてるのはわかってるんだけど、君の部屋に行ってもいいかな。パンケーキかシフォンケーキを持って行こうと思うけど、どっちがいい?』
今回の戦闘では、ファイノンは居残り組だった。帰還した旨はきっとアグライアから聞いたのだろう。
疲れているのがわかっているなら明日にしろ、と返信すると、「すぐに帰るよ」と妙に食い下がってくる。「シフォンケーキにしろ」と返信をして石板をテーブルに戻すと、再びピュエロスに戻る。
おそらくだが、ファジェイナのシフォンケーキを持ってきてくれるのだろう。
*
部屋の戸がカチカチと錠を回転させる音で目を覚ました。どうやら湯に身をつからせたまま眠っていたらしい。
熱くなった重い体をなんとか立ち上がらせるのと、戸の向こうからファイノンが顔を出すのがほとんど同時だった。
「モーディ
……
、」
へらりと毒気のない笑みを浮かべていたファイノンは慌てて背中で戸を閉め、手に持っていたシフォンケーキを素早くテーブルへ置くと、棚からバスローブを取り出し「君さ
……
」と眉を寄せた。
「何をそんなに慌てている」
無理やり羽織らせようとしてくるファイノンに鬱陶しそうな顔を見せながら、モーディスはバスローブを受け取り大人しく肩にかける。
「前を閉めて欲しいんだけど」
「別に見られて困るものもあるまい」
「
…………
まぁいいよ。今、君と言い争う気はない」
モーディスがリクライニングチェアに腰を下ろすと、ファイノンはテラス側にあったチェアを運んで来て、自身も同じように腰を下ろす。
テーブルの上には空の杯が都合よく二つ置かれており、モーディスはそのどちらにもネクタールを注いだ。
「それで?」
杯を傾けながら尋ねると、ファイノンが妙に深刻そうな顔で手を伸ばしてきた。どうせ悪い妄想でもしていたのだろう、と考えながら、モーディスは腕に触れてくるファイノンの手を拒まない。
「トリビー先生が君は五回は死んだって言ってたから」
「勝利したのだから何も問題はない」
ファイノンは普段、甲冑に隠されているモーディスの腕から左肩にゆっくりと手を辿らせて、膚の上に残る傷を撫でた。その傷は今日できたものではないと知ってたが、左胸と首にうっすら残る真新しい傷に触れる勇気はなかったからだ。
目許を伏せてネクタールを飲んでいるモーディスの横顔には確かな疲労が滲んでいた。
オクヘイマで暮らす民の前では決して見せない表情に、ファイノンは自分にはその表情を見せることを許しているこの男に、確かな充足感を覚えるのと同時に、オクヘイマに残らされたことへの不満を思い出し眉が下がる。アグライアは「黄金裔を同時に喪うわけには行きません」と表情の読めない顔で、淡々とファイノンへ告げた。それはファイノンにもよくわかっているし、もし今回の戦闘がモーディスと彼の率いる兵でどうにもならなければ、トリビーたちが応援を要請しただろうこともわかっている。
それに、とファイノンは彼の胸に残る傷をようやく直視し、肩からそっと手を下ろすと、恐る恐る傷に触れる。湯上がりのしっとりした肌の感触に、彼は確かに生きているのだ、と当たり前のことを確認して、安堵の息を吐いた。
モーディスが不死身だということはわかっている。暗黒の潮でなければ(彼曰くそれだけが弱点ではないようだが
——
)、彼の命を奪えないことも知っている。
それでも彼が死ぬのを見たり、知るたびに、どうしても心に重く冷たいなにかがのしかかってくるような恐怖を感じていた。
「満足したか」
胸にそっと触れたまま考え込んでいたファイノンの手首を掴み、モーディスは鬱陶しそうにファイノンの手を払う。
シフォンケーキの皿とフォークを持ち上げると、大きめに切り、口へ運ぶ。
「悪くないが、甘みが薄い」
「そんなことないと思うけどね」
シフォンケーキを三口で食べ終えたモーディスに倍持ってきてあげればよかったかな、とファイノンが考えていると、まだ濡れている横髪を耳にかけながら、モーディスが「もういいだろう」と低く呟いた。言葉の真意がわからず首を傾げる。
「俺は疲れている」
「知ってるよ」
「
……
お前の相手をするより休みたいと言っているんだ」
「もしかして出ていけって?」
ファイノンの言葉に、本気でわからないのか? とでも言いたそうにモーディスが顔を顰める。
「他に話があるなら明日にしろ」
リクライニングチェアに深く背を沈めながら目を閉じたモーディスに「だから前を隠せよ
……
」とファイノンは呆れながら、もはやバスタオルほどの意味もないバスローブの裾を引っ張り、無理やり彼の股間から下を隠す。
「っわ、」
ぶつぶつ文句を言っていたファイノンのチョーカーに、モーディスが指を引っ掛けて、強く引く。
「それとも疲労した俺を襲いにきたのか?」
口角と片眉を上げた金色の瞳と至近距離で目が合い、ファイノンは小さく息を飲んだ。
無意識に、バスローブの上からモーディスの太腿に手を置き、そっと腹に向かって手を滑らせた。
モーディスの体から血と汗と泥のにおいはすでになく、ピュエロスに備え付けられている石鹸特有の花とハーブの香りがする。嗅ぎ慣れたそれが、モーディスの体温の熱さでいつもよりずっと、深く重い香りになっている気がした。
「そういうわけじゃ
……
」
モーディスがチョーカーから手を離し、そうか、と小さく笑う。彼の瞳には、どちらでも構わない、と書いてあるような気がした。
ファイノンは解放されて呼吸が楽になった首をさすりながら、こういう展開にならないだろうかと考えていたことをとっくに読まれていたことに気づき、目許を赤くした。
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