子どもたちを城へ置いて兄と二人で休暇へ、と言うのは、妻が存命の頃から叶わないことだった。子供たちはまだ幼く、普段、ただでさえ公務で忙しく夫婦と親子の時間をあまり作れていない(正確には、そういうことにして兄さんと過ごす時間を余分に捻出していた)。その上休暇まで家族と過ごす時間を削れば、夫婦関係にも親子関係にも亀裂が入っていただろう。
幼少時、兄と母の関係の悪さを間近に見ていた僕と兄さんにとって、自分たちの欲望を優先して「家族」を蔑ろにすることはできなかった。冷え切った家族関係の居心地の悪さを嫌というほど知っていたので、それを新しい家族にも味わせる気にはならなかった。それに結局、自分たちの関係を守るためには家族仲はいくらでも円満であるべきだった。いつまでこんな関係が続けられるのかわからないと薄々思っていた僕たちにとっては余計に。
とはいえ、万が一関係が妻や妻の家臣たちに露呈したところで、言い訳は何通りも用意していた。究極的なことを言えば僕には兄さんがいなくてもなんとかなるけれど、兄さんには僕が必要だった。今となっては優秀な戦士であり将である兄を失うことが、国にとってどれだけの損失になるか、わからないものはいないだろう。
兄さんはそれほど打算的に功績を重ねてはいなかったかもしれないが、少なくとも僕はそうあって欲しいと時折口にした。幼い頃のように「僕の騎士なんだから負けちゃいやだよ」、なんて言い方は勿論していないが、結果的にそう言ったようなものだった。兄さんが嫌な顔ひとつ見せないのをいいことに、後悔はしていない。誰にも僕の右腕であることに文句を言わせたくなかったからだ。
家族と休暇を過ごす間、騎士である兄さんには当然ついてきてもらっていた。もちろん兄さんだけでなく、数人の兵士や従者、メイドも一緒に。
二人で過ごせるのは夜の限られた時間か狩りの間だけだっだが、お互いの自室に結界や魔法を常時張り巡らせた上で、さらに消音魔法を何重にもかけておくよりも気楽だった。
妻が亡くなり数年が経った。後妻を娶るべきだと親戚中から言われ、しょっちゅう年若い娘たちを紹介されているが、父にもバイロンおじさんにも何も言われないのをいいことに拒否している。そういう僕の態度は亡き妻想いの城主だと民に思われているらしいので、正直なところ都合がいい。
勿論再婚しない理由は、かつての彼女ほど僕と兄さんの仲を理解してくれる女性が現れるとは思えないことと、例えある程度許容してくれる相手だったとしても、二重生活を送るのは公務が忙しい時ほど困難で、はっきり言えば疲れるからだ。
兄さんは僕の婚姻が決まった際にも、一瞬眉を寄せただけで、何も言わなかった。後継を作るまでが貴族として生まれた責任だとわかっているからだろうが、まるで言い訳のように、本当に愛しているのは兄さんだけだと口にするのも、わかってる、と兄さんに言われるのも嫌だった。
兄さんもいい加減家庭を持てと十年以上言われ続けているし、弟の僕からも言ってやれ、と必ず続けられるので口先だけ薦めてみるが、余計なことを言わせないで欲しいと毎回感じていた。
兄さんは僕の顔を数秒見つめた後、視線を伏せて、僕の息子が家を継ぐから問題ないと答えたあとは、いつだって会話を拒絶する。以降は誰に何を言われても「そのつもりはない」の一点張りでおしまいだった。
普段、温和な兄さんが不機嫌を露わにすると、空気が凍って視線だけで心臓が縮み上がる気分になるだとかで、相当近寄りがたいらしい。僕にそういう顔を向けることはないので、多分一生わからない気分だろう。
「さっきのはもちろん本心じゃない。結婚する気になんか一生ならないで」
結局、こんな話になった後には、僕はいつだって兄さんに懇願する羽目になる。
「わかってる」
そう答える兄さんの瞳はいつだって僕を愛おしそうに見つめてくれるから、僕はずっと兄さんの愛情に甘えている。
妻が亡くなっても、休暇を二人きりで過ごすことはしなかった。
いつでも子どもたちと一緒なのが当然で、僕は兄さんに「子どもたちもいるけどいいよね?」と今更確認することもない。兄さんは僕より何十倍も子ども好きで、時々バイロンおじさんがもう一人いるような気分になることがある。
夕食の席で、休暇の間、「父上だけでなく自分も狩りに連れて行って欲しい」と早速兄にねだる長男に苦笑する。お前にはまだ早いよ、と言う歳でもないので以前と違って狩りの間の「逢瀬」は諦めるべき時期が来たのかもしれない。
騎士を目指している息子の剣術の教師は兄さんではなく兄さんの従者だったが、今は父と一緒に北方の領地に隠居したマードック将軍がそうだったように、いずれは兄さんが息子の教師になるだろう。
時々、兄さんの時間が許せば長男が手合わせをしてもらっている姿を目にする。長女は長女で、読書好きで植物に詳しい兄を庭に連れ出したり、外出先で見つけた花を兄に見せに行ったりする姿をよく見かけてる。
僕だって兄さんほどの腕じゃないにしても文官ではないし、庭の管理をしているのは僕で、図書室の新しい棚に収まっている本も僕が(兄さんのために)揃えたものなんだけどな、と思うこともあるが、幾つになっても息子が僕に剣の指南をねだることはないし、娘も僕が本を揃えていることを知っているくせに、新しい本を自分にねだりには来ず、兄さんを通して要望を伝えてくる。それが時々寂しいような、兄さんが好かれていて嬉しいような、実は子どもたちに嫌われているような複雑な気分だった。
会話も成立しているし、学業や戦果も誉めているし、日常的に顔も合わせて食事の席も一緒なのだから家族関係は問題ないはずなのだが……。
兄さんが言うには「お前が偉大な父親すぎるからだろ」とのことだが、いまいち実感が湧かない。
父である自分より、兄の方が子どもたちに好かれている(気がする)感覚を味わうのは複雑な気分だったが、兄さんが嫌われる方が後々「都合が悪い」ことになりそうなので、結局、子どもたちには嫉妬を見せないようにしている。
兄さんにだけぶつぶつこぼす僕に、兄さんはいつだって「お前だって父上よりバイロンおじさんの方が話しやすいだろ」と困ったように笑っていた。ある程度は勿論わかるが、やっぱり複雑な気分だった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.