ながひさありか
2024-11-03 09:34:35
2346文字
Public STR-Mozeqiu
 

モ椒:仲良し

「ムラついてるって言えばいいだろ」
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃないですか!」
(『仲良し』の方が恥ずかしくないか……?)

 そろそろ僕と仲良ししたくないですか。
 真剣な声でそう尋ねられ、モゼは何を言われているのか逆に混乱した。反射的に「は?」と言いそうになったが、椒丘のあまりに真剣な顔つきに声を飲み込む。
 尋ねられる二秒前に口の中に放り込んだ朝食をゆっくり咀嚼しながら、モゼはまじまじと椒丘の顔を見つめ返した。医者であるこの男が自己診断を誤るとは到底思えなかったが、実は熱があったり風邪を引いているのではないかと疑ったからだ。
 無言で額に手を当てると、ムッとしたように椒丘の眉間に皺が寄る。発熱の気配は特にない。なかったが、疲れているようには見えた。
 昨日だって帰宅するなり腰が痛いとか頭が痛いとか、散々溢していたのを聞いている。
「したくないってことですか?」
 無言のモゼに、椒丘が言葉を続ける。
「仲良しって……
 呆れた声音にならないよう気をつけたつもりだったが、そう聞こえなかったどうかは自信がなかった。
 最後にしたのはいつだっただろう、とモゼは記憶を辿る。一月だか、そのくらいは前だったような気がする。
 一月前、椒丘は仕事に復帰していた。
 結局彼の目はまだ光を取り戻していなかったが、玉兆や機巧の補助を借りて、日常生活を送る分には問題がなくなった、——と椒丘が強く主張したからだ。実際、椒丘と同居していたモゼにはその言葉に嘘はないと知っていた。
 だから彼が仕事に復帰することには反対しなかったし、結局書類仕事は以前のように(飛霄も)彼に押し付けている。勿論、残業にならない程度にだが。
『あなたが大丈夫だって言うなら信じるわ。変に気を遣うのはやめるから、問題があったらすぐに言って』
 復帰を申し出た椒丘に、飛霄は少し考えてからそう回答した。彼女は無理をしないのを条件としたが、椒丘は「無理できる歳でもありませんよ」と全く説得力のないことをのほほんとした笑顔で口にした。
 そう言うわけで、椒丘はここ一ヶ月、以前のような生活を取り戻すために無理をしていた、ようにモゼには見えた。帰宅すれば死んだように眠っている姿を見る回数も多く、本当に死んでるんじゃないかと何度か心配して肩を揺さぶり起こしたことだってあった。
「疲れてるだろ」
 今朝だってふらふらしながら朝食を作っていて、「もう少し寝た方がいいんじゃないか」と心配したモゼに「年寄りは朝が早いんですよ」なんて嘯いていた。
 椒丘は食事を作っている方が精神的に安定するのだろうが、見ているモゼとしてはいつか手を切ってしまわないかだとか、鉄鍋をひっくり返して大火傷を負わないかだとか、少しはらはらするものだった。そんな事態にはまだ発展していないのだが。
「僕が疲れてたらしないんですか?」
 いよいよ椒丘の言葉に棘が生えたのを感じながら、モゼは朝食の最後のひと匙を流し込む。
 パートナーが疲れてたらしないだろ、普通。そう答えるのは簡単だったが、なんだか珍しく拗ねている様子だったので、どう答えるか考えてしまった。
……わかりました。したくないならいいです」
 食卓を立った椒丘はイライラしながら、逃げるようにモゼに背を向けた。あ、とモゼが声を上げた時にはもう遅く、普段ならぶつけない家具へ肩をぶつけた。
「大丈夫か」
 慌ててそばへ寄り、ふらついた体を支えると、「平気です」と硬い声が返ってくる。肩をさする椒丘の表情は明らかにやせ我慢をしている顔で、「見せてみろ」とモゼが言っても「平気です」とモゼの手をはたいて何事もなかったかのように部屋へ戻ろうとしていた。
 モゼはそんな態度の椒丘に怒りもせず、代わりに問答無用で腰を抱えて、わざとソファへ投げるようにして運んだ。脱がすのが面倒な椒丘の服の留め具を外し、インナーを下からめくろうとして、「ちょっと!」と抵抗される。珍しく足を出してきた椒丘の足裏が、モゼの腹に当たっていた。
「お前が大人しく見せないからだろ」
 ぐぐぐ、と腹を押してくる椒丘の足を掴んであっさり床に下ろすと、気を取り直してインナーを脱がせようとするが、今度は両手を掴まれる。
「あのくらいもう平気ですよ!」
「わかったわかった」
「話聞いてます? あ、こら」
 喚いている椒丘にはいはい、と適当なことを言いながら服を捲り上げてぶつけた肩を確認するが、特に鬱血したりはしていないようだった。
……大丈夫そうだな」
 ほっとしてまくっていた服を戻すと、むす、と拗ねた顔をしながら、椒丘がもう一度足でモゼの腹を押す。足癖の悪いところなんてないはずなのに、と思いながら、モゼは腹を足で押されたまま椒丘と距離を詰めた。
「ひぇっ」
 鼻頭に噛みつくと、間抜けな声を椒丘が上げる。足の力が抜けたのを狙って、椒丘の体をひっくり返すようにして、体勢を入れ替えた。膝の上に椒丘を座らせるようにして抱きしめると、後ろから椒丘の顎をすくって顔を上げさせる。
「危ないから、移動は気をつけろ」
……わかってます。うっかりしただけです」
 むっと眉を寄せているくせに、抵抗せず顔を上げた椒丘に思わず笑ってしまう。満足そうに耳が動いているのを見ながら頬骨の辺りにキスすると、腹に回した手を不満そうに椒丘が引っ掻いてくる。
 年上だからと思っているからなのかなんなのか、いつだってねだってこないこの男にしては珍しい態度だった。
「したくないならもういいです、離してくださ……なに笑ってるんですか?」
 顔を無遠慮にべたりと触りながら怒る椒丘に、モゼは「笑ってるか?」と尋ねながら、望まれた通りに唇にキスをした。

   *

「ところで、仲良しなんてどこで聞いたんだ?」
「えっ!? 若者の間ではそう言うんじゃないんですか!?」


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