ながひさありか
2024-09-14 00:43:38
6998文字
Public STR-Mozeqiu
 

モ椒:いつまでたっても魚の炙り方を覚えないから

モ椒、といいつつできてないのでモ→椒です。前回と話は繋がっていません。100%捏造しかない。

……を小さじに三杯、一度熱湯をかけて臭みを飛ばしたら、先ほど用意したこちらを良く揉み込んで……
……………
 呪文だ。
 椒丘が手際よく何品も調理して行く姿を後ろから眺めながら、モゼはいくつもの野菜を抱えたまま考えていた。
 夕飯はまだか、と調理場を覗きに来たモゼに、買い物から帰ったばかりの椒丘が「後で使います、置き場所がないので少し持っていてください」と押し付けてきたのが三十システム分前だった。
 鼻歌の合間に調理手順をぶつぶつ呟いている椒丘を黙って見つめていると、「これは簡単なので君もすぐに覚えられますよ」と唐突に口にし、先刻の通り、手順を呟き始めた。
 お前の言う「簡単」はハードルが高すぎる、と思いつつ、黙って眺めていると「簡単でしょう?」と小皿につゆを少し注いで差し出してくる。
 両手が塞がってるんだが、と思いつつ、モゼは野菜を抱えたまま、首を伸ばして舐めるようにそれを口にした。椒丘にしては少し薄味で、辛味もほとんどない。
「うまい」
「そうでしょう、これは…………を使っていて、…………一度ザルにあげてから、もう一度湯にくぐらせる必要があるんですが……
 殆ど真面目に聞いていないモゼ相手に、椒丘はつらつらと細かな説明を続ける。モゼには相変わらず呪文のようだったし、椒丘の作る料理には興味があっても、調理手順には少しも興味がわかなかった。
 けれど、楽しそうに喋り続ける椒丘の表情が幸福そうで、その表情は飛霄の診察前後や、任務で怪我をしたモゼの患部を見つめながら眉を寄せ、唇を結んで、あるいは小言を言いながら治療をしている時よりもずっと好きだった。

   *

 僕はとうの昔に医士を辞めたつもりだったんです、といつだか、遠征先で酒を傍にこの男が話していたのを覚えている。
 飲みすぎて暴れ倒した飛霄をなんとか自分のテントへ引きずって帰ってきた椒丘が、腰をさすりながら「晩酌に付き合ってくれませんか」とモゼに言った。その日は、遠くから虫の声が聞こえてくる静かな満月の夜だった。
 椒丘は酒とつまみを持ってくると、「君もたまには飲みますか」とモゼへ尋ねる。
「酔うわけにはいかない」
「真面目ですねえ、飛霄様も潰れてしまったのに……
 椒丘は床の上に手足を投げ出して眠っている飛霄を苦笑しながら眺めた。
 呆れたふりをする男の横顔がモゼにはなんとなく嬉しそうに見えて、この男は飛霄の面倒を見ている時が結局一番気楽そうだ、と感じていた。
「お茶を淹れて来ましょう」
 いるともいらないとも答える前に椒丘が再び腰を上げて、湯をもらいにテントの外へ出ていってしまう。こと飲食のこととなると、椒丘に勝手に進められてしまうのにもう慣れていた。辛党すぎることを除けば、彼の用意したものが口に合わなかったことはない。
 戻ってきた椒丘はモゼに何か話しかけながら茶を淹れていたが、モゼは無言で自分の装備や武器を確かめていた。 
 モゼにとって装備の手入れをすることは、飛霄が毎朝走りに出て行ったり、椒丘が日々の食事や薬を用意するのと同じ習慣だった。暗器ひとつひとつに刃こぼれや汚れ、欠けがないのを確かめてから、一つずつ装備して行く。
 モゼが黙々と点検をする間、椒丘は酒とつまみに手を伸ばしていた。昼間にいい食材が手に入ったから明日はこれを火鍋にいれましょうか、と楽しそうに話す椒丘にモゼが相槌すら打たなくても彼は喋るのを辞めないし、代わりに、モゼもうるさいとは口にしない。モゼにとって、今はこれが日常だった。
——僕は、とうの昔に医士を辞めたつもりだったんです。ひっそりと故郷で野草を取ったり魚を釣ったりして、激辛食堂を気ままにやってたんですけどね」
 唐突に、そんなことをポツリと椒丘が口にした。片耳で話を聞いていたつもりだったのに、脈絡もなく出てきた言葉だった。
……………
 昔話を聞いて欲しいのだろうか、とモゼが椒丘に視線を送ると、視線の合った椒丘がへら、と軽薄そうに笑う。
「お酒がなくなってしまいました」
 空になった杯を逆さまに振りながらぼんやりとした口調でそう言ったかと思うと、杯を起き、椒丘はふらりとテントを出て行ってしまう。
 モゼは一瞬、幸せそうな顔で寝こけている飛霄を振り返ったが、自陣だから少しくらいなら大丈夫だろう、と結論付けて、椒丘を追ってテントを出て行く。
 夜風が草を鳴らし、ざあざあと音を立てている。月明かりの下をふらふらと歩む椒丘の足は酒や食材を集めている簡易倉庫の方向ではなく、当てもなく闇の中へ進んで行くように見えた。
「椒丘」
 酔った椒丘の足は遅かった。モゼが簡単に追いつくと、椒丘は柳の木に片手をつき、吐くのを堪えるように項垂れていた。
「水を取りに来たのなら反対側だ」
「いえ、僕はまだ酔ってませんから……
 嘘つけ、と反射で返したくなるほど、椒丘の口調は弱々しく、呂律が怪しくなっていた。
 そういえば、今日は多くの薬王秘伝の残党を捕えた代わりに、兵が何十人か亡くなったことをモゼは思い出した。
 返り血で真っ赤になって帰還したモゼに「また独断先行したんでしょう」、と椒丘が詰め寄ってきて、背中や腕、腹の傷にいつものように粉薬をふりかけていた。任務で怪我を負うのは良くある事で、掃除屋の自分にとってはそれが日常だった。それなのに、椒丘は毎度、律儀にモゼに小言を言う。口にする椒丘の表情があまりにも痛ましそうなものだから、「いつものことだろ」と吐いて捨てる気にもなれず、治療の間、押し黙っていた。
 モゼの治療を終えると、椒丘は負傷兵の間を忙しなく動き回って、本国へ送り返す兵の見送りにも出ていた。死んだ兵を暗い顔で眺めながら、肩を震わせている男の背にかけてやる言葉を、モゼは日常の軽口よりもずっと持ち合わせていない。
 椒丘を呼びに来た若い医士が声をかけるのを躊躇する様子を見て、空気を読まずにその背に声をかけた。振り向いた椒丘は疲れた顔をしていたが、その頬は濡れていなかった。
 どうしました? とモゼににっこり微笑む姿がなんだか不快で、笑うなと口にしそうになり、代わりに眉を寄せた。ため息をつきながら「お前を呼んでる」、と背後でおろおろと立っている医士を指さすと、椒丘は貼り付けたような胡散臭い笑顔のまま、どうしました? と医士の方へ足を向けた。
 ——もしかすると、今日がこの男にとって限界の日だったのだろうか。
 モゼは柳に手をついて項垂れたまま、微動だにしない椒丘の背にそっと手を伸ばし、ゆっくりとさすった。何か言葉をかけてやるべきかもしれなかったが、モゼには慰めの言葉が思い浮かばなかった。


 飛霄が椒丘をモゼに紹介した時、感情の読めない、人を食ったような笑顔を常に浮かべているこの男のことが信用ならなかった。医者なんて、汚い仕事も殺しも見たことがないぬるま湯に浸かった平和な世界側の人間なのだろうと思っていた。もちろんその印象は幾らかして的外れだったとわかるのだが。
 飛霄に殺されたはずの家族が自分の口に無理やり「薬」を流し込み続け、早く生まれ変われ、そしてあの狐を殺せと大声で糾弾してくる夢を見た。
 息苦しさに窒息しそうになった瞬間、誰かがモゼの肩を強く揺さぶった。ハッとして飛び起きると、心配そうな表情で椒丘が布団のそばに膝をついていた。
 椒丘はモゼの冷や汗の流れる額や首の後ろを布でぬぐい、「悪い夢でも見ましたか?」と背中に暖かな手のひらを当て、優しい声で尋ねてきた。他人の暖かさが恐ろしくて、モゼはその手を叩き下ろすと、ずりずりと布団の上で尻をついたまま、椒丘を睨みつけて後ずさった。
 椒丘はあいたた、とはたかれた手をわざとらしくさすりながらモゼにゆっくりと近づき、「着替えをしないといけませんよ」と眉を下げて口にした。近寄るな、と小さく掠れた声で呟くと、椒丘は困ったように笑い、「わかりました、ここから先にはいきません」と両手を上げた。
 そのまま大人しく部屋を出て行くのかと思えば、椒丘はモゼに睨みつけられたまま、「汗をかいたまま眠ると風邪をひきますよ」だの、「そういえば君の好きな食べ物はなんですか?」だの、「僕はとにかく辛いものが好きなんです」……などと、心配と世間話と自分の話をぐちゃぐちゃに混ぜて、延々と話し続けた。食べ物の話をすると男の耳がぴくぴくと動いて、口許がにやけるのだが、それは明らかに空気から浮いていて困惑した。
 もう出て行け、と果たして何システム分経ったかわからない頃に怒鳴ろうとして、息を吸った瞬間、モゼの腹の音が鳴った。
 むっと唇を結んで言葉をしまい込んだモゼに、椒丘はおや、と声を上げると、「そういえば、夜食にするにはいい時間ですね」と独り言のように玉兆を取り出し、画面を見て呟いた。
 着替えを置いておきますから、必ず着替えておいてくださいね。そう告げて、あっさりと部屋を出て行く男に再び困惑した。男の言うことを素直に聞くのは癪だったが、汗で張り付いた衣服をそのままにしておくのは不快で、ノロノロと服を着替える。……着替えている数分の間に、男がしめずに出て行った襖の方から、なんだかいい匂いが漂ってきていた。一度鳴っておさまったはずの腹の虫が再び鳴き、空腹感に胃が縮んだような気がした。
 しばらくも経たないうちに、盆に小さな鍋を乗せて、椒丘が戻ってくる。
 椒丘は飛霄が「勉強もしないとね!」と嫌がるモゼを椅子に縛り付けながら採寸して作った勉強机に盆を置くと、モゼ、と着替えをして、所在なさそうに部屋の隅で立っていたモゼを呼んだ。
 大人しく言うことを聞くのは癪だったが、鍋から漂ってくる美味そうな匂いの魅力には抗えなかった。腹が鳴ったままムッとして椅子に腰を下ろすと、椒丘はからかいもせず、「暖かいうちに食べましょう」、とモゼの前で蓋を開けて、湯気のたつ暖かい粥を掬った。
 今日はいい貝の干物が手に入ったんです、と楽しそうに笑う男の顔をじっと見つめていると、はい、と匙を入れた小さな椀を差し出した。
 恐る恐る一口食べると、後はもうだめだった。隣の男が嬉しそうに「美味しいでしょう、昨日の夜に仕込んでおいた……がいい仕事をしてるんです」なんて、モゼには少しも興味の持てないことをぺらぺらと喋っているのに構わず、空になった椀に残りの粥を追加した。
 気づけば、夢中になって平らげていた。空になった鍋と椀にはっとして隣に視線を送ると、美味しかったですか? それならよかった、と椒丘がにこにこ笑って、モゼの背にそっと手を置く。暖かいものを食べて体が温まったからなのか、先ほど触られた時とは違い、あまり不快感を覚えなかった。
 黙って背中をさすられたまま、ふと、どうしてこいつは俺の部屋にいたんだ? と当然の疑問が唐突に浮かんだ。
 疑問を尋ねようとしたが、男は小さくあくびをして、「さて」と明るい声を出す。
 君のお腹もいっぱいになったようなので、僕は部屋に戻ります。何かあればいつでも叩き起こしてくださいね、僕の部屋は隣ですから。
 そう言って、さっさと盆を持ち上げると、食後茶を置いて出て行ってしまった。
 なんだったんだ、と思いながら、食後の眠気に抗えず、モゼはそのまま布団に戻り、朝まで夢も見ずに眠った。

 翌朝、飛霄に昨晩の出来事を尋ねると、「ああ、彼ね、あなたが心配だからしばらく様子を見たいって言ってたの。それから、夜に患者の様子を見回るのも医士の仕事だって言うから、それなら好きにしたら? って全部の鍵束を預けてあるのよ」とあっさり答えが返ってきた。
「だから医士に戻りたくなかったんです、なんて椒丘は時々言うんだけど、あたしはやっぱり天職だと思うの」
 一人で納得して頷く飛霄にどう返すべきなのか、その頃のモゼにはわからなかった。



 ずるずるとついには蹲ってしまった椒丘の背を撫でながら風の音を聞いているうちに、昔のことを考えていた。
 汗をかいていないよな、と徐に首の後ろに手のひらを突っ込むと、わっ! と椒丘が声を上げて飛び退く。いきなり何をするんですが、とモゼを睨みつけた椒丘の尻尾の毛が逆立って、ぶわっと膨らんでいる。
 じっと視線を送っていると、椒丘はさっと自分の尻尾を背中に隠した(、つもりなのだろうが、もろちんほとんどモゼには見えていた)。
「汗をかいたままだと風邪をひくんだろ」
……だからっていきなり首の後ろを触りますか? というか、別に汗なんてかいてませんよ」
 そうだろうか、と先ほど触れた椒丘の肌の熱さと、微かにしっとりと濡れていた感触を思い出し、なんとなく妙な気分になる。忘れた方がいい気がして、下ろした手で空気をかき混ぜるように軽く手を振った。
「お前は触ってきた」
……君、一体いつの話をしてるんですか」
「そんなに昔の話じゃない」
 尻餅をついている椒丘に手を差し伸べると、存外その手は簡単に取られる。何故かわからなかったが、妙に気分がいい。
 今ので腰を痛めました、とわざとらしく腰をさすりながら立ち上がる男の腰に手を置こうとすると、「なんのつもりですか」と羽扇の柄で手をはたかれる。
「腰が痛いならテントまで支えてやろうとしただけだ」
「ええ……?」
 真顔で答えるモゼに、椒丘は瞳を細めて、疑わしそうにじろじろとモゼの顔を見つめる。
「なんですか、君、普段はそんなこと言ってこないじゃないですか。今夜はどうかしてますよ」
 びっくりしてお酒が抜けてしまいました、と言いながら、依然としてふらふらした足取りでテントへ戻ろうとする椒丘の背を追い、「どうかしたのはお前のほうだろ」、と口にすべきか、しないべきなのか悩んでいた。口にしたところで、椒丘がのらりくらりとモゼの追求をかわしてしまうのは目に見えている。
 この男は自分を軽薄そうに見せるためなのか、果たしてそうでもないのか未だにわからないのだが、深刻になればなるほど弁舌の回る男だった。口数の少ない自分が、この男に言葉で勝てるはずもない。
 モゼは小さくため息をこぼすと、黙って、椒丘がテントに戻る背を追った。

   *

 望む通りに調理場まで連れてきたところで、途方に暮れている様子が掴まれた腕から伝わって来ていた。
 大事にしまっておいた来客用の食器の場所をどうしても思い出せなかった時のように、椒丘は難しい顔で棚を見つめている。
 モゼは椒丘が恐る恐る右手を伸ばす様子を黙って見つめながら、彼の指先が刃物やなにか尖ったものに触れないように進行方向に何もないことを確かめる。
「調味料の棚はこの辺りですか?」
 少し低い位置に手を上げる椒丘の手首を掴み、「もう少し上だ」と呟きながら、棚の戸をスライドさせる。
 棚の端に手を当てさせると、椒丘は調味料の瓶や缶を指先でつついて、ぶつぶつと「うーん……、きっちりしまえるよう、ある程度同じような形にしておいたのがあだになってますね……」と独り言を呟いた。
「無理に出そうとするなよ。俺が出すから言え」と慌てていえば「わかってますよ」と肩をすくめられる。
「満足しました。やっぱり、棚の整理を一からしないと難しそうですね」
 少しだけ肩を落とした椒丘にふたたび肩の下の方を握らせて、彼が転けないよう慎重に、ゆっくりと調理場を出て行く。
 椒丘が道を確かめるように杖をコツコツと叩く音を聞きながら、覚えておけばよかった、とモゼは小さく呟く。
「何をですか?」
……なんでもない」
「もしかして、僕の料理がしばらく食べられないことに結構がっかりしてますね?」
…………違う」
 その通りだった。
 椒丘が料理をする姿なんて何度も眺めていた。モゼも、飛霄でさえも真面目に聞いていないのを知っているくせに、それでも喋らないといられないのか、ぶつぶつと調理法だの食材の蘊蓄だのをこの男が呟いていたことを知っている。
 死にそうな顔で死んだ兵士を見葬った翌朝、いつものように何も考えていないような顔でにこにこ笑いながら朝食を作っている姿を何度も見て来たし、飛霄が「今夜は久しぶりに○○が食べたいわ」と言い出せば、どこからか調達して食卓に並べるような男だった。医食同源、ナントカカントカ、いつだって同じ文言を繰り返す椒丘の作る料理が気に入っていて、いつからかそれが当たり前の日常だった。
 いつだって、この男の料理が望んだ時には食べられると思っていた。
「モゼ、そんなに残念がらないでください、すぐにまた作れるようになりますよ。僕にとって目が見えなくなったのは『たかが』の話です。こうやって君も支えてくれてますし、耳と舌と鼻、それから両手がまともに動くなら、治療も調理も支障はありません。……それに」
 不自然に言葉を切り、歩みを止めた椒丘に、「それに?」とモゼも足を止める。
「多分、君は料理をするのに向いていません。飛霄様と同じくらい。——だから、覚えてなくても大丈夫ですよ。また僕が作ります」
 ね、と笑う椒丘の顔の向きに合うように、モゼはそっと体の位置を動かした。


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