ながひさありか
2024-09-13 00:23:40
3374文字
Public STR-Mozeqiu
 

モ椒:上司から外堀を埋められている

まだ付き合ってないので実際はモ→椒です。年下に振り回される年上。

「そう言えば、曜青に戻ったらモゼと同居するんでしょう? 自分の寝具を運ぶくらいだから特別な手配はいらない、なんてモゼは言ってたけど、本当に足りないものはない?」
「え?」
 なんですか、それ。
 そう続けようとした椒丘だったが、口の中に匙を突っ込まれ、言葉は粥ごと口の中に飲み込まれた。
「後から必要なものがあればもちろん遠慮しないで言って。あなたに不便な思いは絶対にさせないから」
 羅浮の食事は曜青のものと比べて薄味のものが多いが、病人食となると殊更味気ない。せめて香辛料を少しだけ追加させてもらえないかと霊砂に頼んでみたが、「同じ医士なら、ご自分の消化器官がどんなに酷い状態かお分かりにがなりますよね?」とにべもなく一蹴され、「患者のQOLの向上を考えれば嗜好品を少しくらい……」と続けた椒丘の願いは無視された。
 味のしない粥を嚥下し、飛霄に先ほどの話はなんですか? と尋ねようとしたが、再び口の中に粥を流し込まれ、諦めて咀嚼する。
 そもそも彼女に食事の補助をされているのも落ち着かない。とは言え、「一人で大丈夫です」と補助を断った結果、器をひっくり返し、着替えだの掃除だのと迷惑をかけたのが昨日の話だ。霊砂にも「おとなしく看病されてください」と冷たい声で詰められたばかりか、今や部屋の片隅には機巧鳥が置かれ、どうやら四六時中動向を監視されているらしかった。
「あの……
 味気ない食事に嫌気がさし、もう入りません、と手を上げた椒丘の手のひらに、濡れた匙の先が当たる。あ、と小さく声を上げた飛霄が椀を置く音がし、続いて、汚れた手を拭われる。
「まだあたしに食べさせられるのが恥ずかしいの? あなたは今まであたしの看病を何度もしてくれたじゃない、やってることは同じよ」
「いえ、その事ではなく——、」
 と答えつつも、しばらくの間、飛霄の食事の手配や薬の用意が困難な現実を思い出し、言葉を途切らせた。
 気まずい沈黙が三秒続き、慌てて「同居とは一体なんの話ですか?」と口にした。
「え? 何って、モゼと話し合ってそう決めたんでしょう? 確かに彼はあたしの影護衛だけれど、今はあたしより椒丘の方が心配だわ。だから、生活に慣れるまでモゼが看護するのには賛成」
………………
 おそらく快活に笑っているのであろう飛霄の気配を感じながら、椒丘は昨晩のモゼとのやりとりを思い返すことにした。
『しばらくお前の看護を俺がしてもいいかと飛霄様に尋ねたら、お前の同意があればいいと言われた』
『僕の看護を君が? ——まぁ、今だって時々部屋の掃除をしてもらっていますし、今更お風呂だのなんだの手伝ってもらうのに抵抗はありませんよ』
 そんな風に答えたのは確かだった。
…………ええと、すみません、後でモゼに来るよう伝えてもらえませんか」
 頭痛がしてきました、と額に指を当てて唸る椒丘に、「食中でもいいんだっけ?」と飛霄が薬をがさごそと取り出す音が聞こえてくる。
 椒丘はため息をこぼしてから、ふと考え直し、「いえ、今呼び出します」と手探りで寝台横の棚に置いた通信端末を取り、音声操作でモゼにメッセージを送信した。

   *

 半分ほど食事を残そうとした椒丘に残りを無理やり食べさせ、軍議があるからと出て行った飛霄と入れ替わりに、モゼは病室を訪れた。足音を消したまま寝台のそばの椅子に腰掛けると、椅子の足が床を擦る音に、一瞬、椒丘が警戒するように身をこわばらせる。
「椒丘」
 名前を呼ぶと、ほっとしたように警戒が解かれ、疲れたように「君ですか」と声が落ちた。
「モゼ、すみませんがしばらく足音を消さないでもらえますか。なんとなくはわかりますが、確信がまだ持てません」
「悪かった」
 薄く開かれた椒丘の瞼の隙間から、焦点の合わない金色の瞳がモゼのいるあたりへ視線を向けていた。その姿にモゼは思わず自分の服の裾を握りしめたが、声に乗せないよう、平静を装って口を開く。
「話ってなんだ」
「身に覚えがありますよね?」
 いささか刺々しい椒丘の声に、首を傾げる。今朝は飛霄が椒丘を見舞うと言っていたので、今日、彼と対面するのはこれがはじめてのことだった。昨日のことか? と記憶を辿ってみるが、特に思い当たる節はない。
「僕は看護をするのは構わないと言いましたが、同居なんて話は聞いていません」
 起き上がる素振りを見せる椒丘の背を支えながら、昨日了承したのはなんだったんだ? と言いそうになるのを堪えて、「飛霄様からは先ほど俺の好きにしていいと返事があった」と簡潔に答える。
 ふと、椒丘の髪が乱れたままになっているのが気になった。モゼは無言で席を立つと、椒丘の私物をまとめた一画から簪と櫛を手に取る。
 羅浮で滞在中に割り当てられた部屋から椒丘の荷物を取ってきたのはモゼだったし、椒丘がこうなって以降、「他人に見られて困るものは入っていませんから、ついでに管理をしてください」と頼まれていた。
 無言で髪をとかすために近づくと、「なんですか?」と苛立った声で椒丘が言う。ふさふさの耳の毛がぴくぴくと警戒心も顕に逆立ちっているのを見て、一瞬からかってやりたくなったが、なんとかその衝動を抑える。
「髪が絡まったままだと気持ち悪いと昔言ってただろ」
 そう言いながら髪に櫛を通し、視線を下げていくと、彼の艶やかだった尻尾が随分と貧相に萎れていることに気づいてしまった。
 髪を梳いていたモゼの手が不自然に止まり、椒丘の口から呆れたようなため息が落ちる。
「まだ言い訳を聞いていません」
「言い訳?」
 モゼは拗ねたような椒丘の声に、ハッとして手を動かすのを再開した。これが終わったら尻尾の手入れも手伝うか、それとも嫌がるだろうか、と考えながら、絡まった髪に丁寧に櫛をいれて行く。艶は幾分失われたままだったが、少なくとも見た目は随分とマシになっていた。
「だから、同居の話ですよ! どうしてそんなことを言ったんですか?」
「どうしても何も、しばらくは誰かがお前につきっきりでいてやるべきだろ。……それに、」
 俺はお前を助けられなかった、と口にしようとして、情けなさに胸がつまった。
 椒丘がこうなったのは、自分にも責任があるとモゼは感じていた。けれど、この男は飛霄からの謝罪も後悔も受け取ろうとはしなかった。彼女の言葉を受け取らない男が、自分の後悔や謝罪を受け取るわけがない。わかっていても、申し訳なさと情けなさで何かをしてやりたいと考えていた。それが独りよがりな考えだと言うことはわかっていても。
 モゼの沈黙に、はぁ、と椒丘のわざとらしい声が部屋に落ちる。
「飛霄様に言った通り、僕は別に不幸でもありませんし、可哀想でもないんですから、君がそんな風に気に病む必要はありませんよ。大体、そんな顔をされる方が怪我に響きます」
 見えてないだろ、と軽口を叩く場面なのだろうか、と困惑するモゼに首だけで振り返り、椒丘は明後日の方向へ顔を向けながら、座ってください、と椅子を指し示した(、つもりでいるのだろう。彼の手は何もない空間を指差している)。
 大人しく椅子に腰を下ろしたモゼに、もう一度椒丘がため息をつく。
「ほら、眉が下がってますし、口角だってそうでしょう」
 無遠慮に顔を手のひらでべたべたと触りながら、椒丘が笑顔で言う。彼の顔色にはまだあまり血の気が戻っていなかったし、笑顔を作っているつもりの唇はカサついていた。
 モゼを治療する椒丘の手はいつだって随分と暖かで、「健康のために毎晩火鍋を食べていますからね」と本当か嘘かわからないことを言って笑っていた。顔を触ってくる椒丘の手が冷えていることに少なからず傷つきながら、「いきなり触るな」と手首を掴む。
「君は案外顔に出ます」
 ふふ、と小さく笑う椒丘の頬に触れたいのを堪えて、
「お前と飛霄様しか気づかない」
 と、小さな声でこぼした。

   *

「モゼからやっぱりもう少し大きな部屋が欲しいって言われたんだけど、あたしの家から遠くなっても困るから、適当に当たりをつけておいたわ。幸運なことにどこも庭の陽当たりがいいらしいのよ。だから、帰ったら案内してあげる」
…………はい?」



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