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さゆき
2025-06-06 17:11:53
13996文字
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パラレルワールド
一方的な片想いだと思っているアベンチュリンが、星ちゃんと結婚している未来のカカワーシャと短時間入れ替わって……というお話。
お互い「友達で良い」「友達だよね」と言いながらも意識し合ってほしい……
実際、星ちゃんが成長するのかは謎ですが……あんなにいっぱい食べていっぱい寝ていっぱい戦ってるので、きっと成長するはず?という願望です。
「やっぱり深夜の焼き鳥は最高!」
彼女はそう言って焼き鳥串を美味しそうに頬張った。
依頼を終えた深夜、二人で屋台のカウンターに座って夜食。レイシオが見たら卒倒しそうだけど、この時間に食べるから美味しいんだよねと笑う星ちゃんの言葉に「違いない」と苦笑してグラスを煽った。
彼女は未成年だから飲めないのが残念だ。一人で軽く酩酊していると、星ちゃんが僕の顔をじっと見ていることに気がつく。
「なんだい、僕の顔に何かついてる?」
「ううん。不思議だなって思っただけ。こんな時間にカンパニーの高級幹部が屋台でお酒飲んで軽く酔ってるなんて、周りの人は思いもしないだろうなって」
「ふふ、そうだね。明日がオフじゃなかったら僕もこんな時間まで飲んだりしないよ」
「もう明日の時間だよアベンチュリン。さては結構酔ってるな
……
」
「君が飲まない分まで僕が飲んでるんだよマイフレンド。おかみさん、景気良く君の分までってどんどん注いでくれるからさぁ」
今日の依頼人だったこともあり、ここのおかみさんは上機嫌で僕と星ちゃんをもてなしてくれた。秘蔵のお酒も飲め飲めと開封してくれて、これがまた美味しい。この惑星と取引する時は、名産品としてこの酒を扱っても良いかもしれない。
「私も飲めたらなあ。成長するか分からないけど」
「君、造られた命なんだっけ?そうは見えないけど」
「私も詳しくは分からない。宇宙ステーションヘルタで目覚める前の記憶は殆ど無いし
……
カフカは詳しく教えてくれなかったから」
食べ終わった焼き鳥の串をくるくると弄る彼女の手を取る。汚さないよう手袋を外している手は温かくて、血の通った人間の手にしか見えなかった。
「じゃあ、君が大人になったら一緒に飲もう。列車のお仲間より先に予約しておくよ」
「なれないかもしれないよ?ずっとこのままかも」
「そうしたら、僕の墓にお酒をかけてくれ。それで乾杯ってことにしよう」
「何それ、縁起でもない」
彼女は聞かない。僕の過去も、カンパニーでの立場も、本当の名前も。
けれど、それで良い。ほとんど何も知らないからこそ彼女は僕を色眼鏡で見ないし、僕も幾重に重ねた仮面で偽らなくて済む。
彼女の前にいる「アベンチュリン」という存在は限りなく「本来の僕」に近いものだけれど、それを明かしたりはしない。
僕にとって彼女との関係は今がベストだ。トパーズは僕たちの関係を危ぶんでいるけれど、男女間の友情だって存在するだろう。
「アベンチュリン」
僕を呼ぶ彼女の声は、いつも平坦だ。
カンパニーの高級幹部に擦り寄るような打算的な人間でもなく、僕へ自分勝手な期待をする人間でもない。他の誰とも変わらない瞳で、変わらない温度で僕を呼ぶ。
彼女は自分が普通の人間じゃないかもしれないと気にしているようだけれど、そんなのはどうでも良かった。期待でも嫌悪でもない視線と声を向けてくれる彼女のことを僕は気に入っている。
「
……
ありがと」
「んー
……
?何か、お礼言われるようなことしたっけ、僕」
「全部声に出してるの、気付いてないんだ。やっぱり酔ってるね」
「ふふ、星ちゃんが笑ってるの珍しいな
……
今夜は良い夜だ」
お酒が美味しくて、明日は休みで、隣で星ちゃんが笑っている。一度にこれだけの幸せが手に入っているのだから、やっぱり僕は幸運だ。
「アベンチュリン、ここで寝ないでよ。いくらあんたが細くても私一人じゃ運ぶの大変だから。レイシオ呼ばれたくないでしょ?」
「教授
……
怒るだろうなぁ
……
こんな時間に迎えにきてなんて言ったら
……
」
「でしょ?
……
って、言った側から寝ようとしないで!もう
……
」
視界がふわふわと揺れている。星ちゃんが何か言っているけれど、うまく聞き取れない。
次第に声が遠のいていき、僕はゆっくりと瞼を閉じた。
***
目が覚めた時にまず感じたのは、強烈な違和感だった。見慣れた自分の部屋のはずだったのに、内装もレイアウトも、良く使う物を置いている場所すらも違う。
何より、身体の感覚が違う。自分はこんな身体だっただろうかと思うほどの違和感に首を振ると、姿見に頭を振る自分の姿が映っていることに気付いた。僕はこんなところに姿見を置いた記憶なんてないんだけど、と訝しげに睨むと、鏡の中の男も同じように僕を睨みつけたがその顔は瞬く間に驚愕の表情へと変わった。
背にさらりと流れるほど伸びた髪に、やや筋肉がついた身体。記憶の中の自分より少し年齢を重ねた顔が、呆気に取られたように口をパクパクとさせている。
「
……
は?誰、これ
……
」
「ん
……
」
「
……
ッ!?」
自分への違和感が強烈すぎて忘れていたが、最大の相違点がすぐ隣に、具体的に言えば僕のベッドの中にいた。
ケーキ達よりも遥かに大きく、僕よりは華奢な体躯の人間がブランケットに包まれて寝息を立てている。
……
状況から見て、間違いなく一夜を共にした相手ということになるだろう。
それが恋人なのか、過ちなのか僕は知る由もないのが恐ろしい。どちらにせよ知らなかったでは済まないし、相手によっては慎重な対応を迫られる問題だ。
一体誰と、こんな関係に。あまりの状況に固まっている僕を後目に、もぞもぞと動いたブランケットの塊が不意に解けて中の人間を解放した。
「
……
かかわーしゃ?」
「
……
え」
どうして、その名を。いや、それよりも君は
……
「せい、ちゃん?」
腰まで伸ばした灰色の髪が、朝日に透けてキラキラと輝く。まだ眠そうに目を擦る仕草はあどけないのに、薄い下着を纏っただけの身体から見える情事の跡があまりにも煽情的で思わず目を逸らしてしまった。
そんな僕の様子に気付いていないのか、星ちゃんは「どうして目を逸らすの」と不満そうに僕の顔を両手で掴み、無理やり視線を合わせた。
「おはよ、カカワーシャ」
「おは、よう
……
?」
「なんで疑問系?」
変なの、と笑った星ちゃんの表情は、随分大人びている。改めて彼女を見れば表情だけでなく、身体の方も大人らしいしなやかさと上品さを兼ね備えた姿に成長していた。
まだ少女だと思っていた星ちゃんが、大人の女性になっている。それだけでも僕の脳はキャパオーバーになりそうなのに、この状況が追い打ちをかけてくる。
「あの、星ちゃん
……
」
「ちゃん付けなんて懐かしいね。私、もう子どもじゃないんだけど?」
ふにふに、と感触を確かめるように僕の頬を優しく抓った彼女は揶揄うようにそう言って僕に唇を寄せる。
「おはようのキスはしてくれないの?旦那様」
「
……
っ!?」
ガツンと頭を割られるくらいの衝撃で声が出ない。戸惑っている僕を面白そうに見つめた星ちゃんはもう一度「おはよう」と囁いて唇を重ねた。リップ音と共に離れる唇を舐める姿が色っぽいけど、あの星ちゃんがいつの間にそんな仕草を身に付けてしまったのかと軽い絶望感が押し寄せる。
「どうしたの?そんな困った顔して」
「いや
……
その
……
」
「朝から元気になっちゃった?
……
昨日、あんなにしたのに」
くすくす、と笑う彼女の姿にどうしたらいいのか本気で分からなくなる。自分には何の記憶もないのに、さっきまでは友達の距離だったのに、気がついたら何もかも飛び越えた関係になっているなんて。
「する?」
……
そのお誘いが非常に魅力的で抗いがたいと思っている自分がいることに絶望感が増した。良い友達だと思って接してきたはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
「カカワーシャ
……
」
甘い声で僕の名を呼ぶ星ちゃんの肩を押し留めて、僕は頭を振った。このまま流されてはダメだ。それは星ちゃんに対してあまりにも不誠実すぎる。
「待って。星ちゃん、少し僕と話をしよう。楽しいことはそれからでも遅くないだろう?」
「
……
?うん、いいよ」
不思議そうに首を傾げた星ちゃんに安堵しながら、僕は今の状況を確認することにした
……
***
「
……
ん」
「あ、やっと起きた。アベンチュリン、大丈夫?」
カウンターに突っ伏すように眠っていたアベンチュリンが目を開けたことにホッとする。このまま眠ってしまったら、引きずってでもピアポイントの家に連れて行かなければならないところだった。いくら力に自信のある私でも、それは流石に疲れるから遠慮したい。
寝起きで焦点の合わない瞳が、ぼんやりと私を見上げる。不思議な色合いの瞳に私が映ったと思いきや、彼はパチパチと目を瞬かせて身体を起こした。
「
……
星、その姿は
……
」
「え?」
「夢か?何年前だ
……
懐かしいな」
ごく自然に私の名前を呼び捨てにしたアベンチュリンは、本当に懐かしそうな顔をして私の頬に手を滑らせる。その手があまりにも優しく触れるから、尚のこと混乱した。
……
目の前にいるこの人は、誰?
「あ、アベンチュリン?」
「アベンチュリン
……
ああ、そんな頃か。君からその名前で呼ばれるのは久しぶりだ」
「何言って
……
」
「星」
混乱する私を落ち着かせるように、目の前の人は私の頬を両手で包んだ。視線を逸らすことも出来ず、私は彼の瞳に映る自分を見つめ返すしかない。
彼は穏やかな口調で私に問いかけた。
「
……
随分遅い時間みたいだけど、どうしてこんな外にいるのかな?」
「え、その
……
アベンチュリンと依頼をこなして
……
お腹空いたから、二人で屋台に食べに来たんだけど
……
」
「ふぅん。未婚の男女がこんな深夜に二人きりで、ね
……
明日の予定は大丈夫なのかい?」
「私は予定、ない
……
アベンチュリンも偶然休みだって言ってたよね」
私にはそう言っていた。だから、今日は遅くなっても平気だってお酒も飲んでいたのに。
そう告げると、アベンチュリンの顔をした人は可笑しそうに笑った。
「あはは、君と会う日だから、わざわざ前後日で休みを取ったんだよ。少しでも長くいられるようにね」
「え
……
?」
「使いたい日がなかったから使わなかった有給を、君と会う為に使うようになった。君が持ってくる依頼は癖が強いものばかりだから、何システム時間必要なのか正確に読めなかったしね
……
でも、それが楽しかった」
頬を撫でる手は優しい。けれど、今ここにいるアベンチュリンは私じゃなくて違う何かを見ているような、そんな表情をしていた。
それに、酷く心がかき混ぜられる。
「
……
どうして」
「ん?」
「依頼に誘うといつも『ちょうど仕事の合間で空いてるから良いよ』って言ってたから、そんなもんかと思ってた
……
わざわざ休みを取ってまで私に会いに来てたってこと?どうしてそこまで
……
」
カンパニーの高級幹部の忙しさは、トパーズを見ていれば分かる。オフで列車に遊びに来ていた時ですら緊急の電話や仕事が入ってしまうし、夢境電話では寝ている時ですら休みになっていなかった。
「休みの日はちゃんと休んだほうが良いよ。休みの日にわざわざ私の依頼に付き合って働いてくれていたなんて知らなかった
……
ごめん」
罪悪感で胸が詰まりそうな私を見て、アベンチュリンは「違うよ」と優しく笑った。
「僕が君に会いたかったから来てるんだよ。君からじゃなかったら、そもそも依頼なんて受けてないさ。確かにカンパニーの仕事は山積みだけど、無理してるわけじゃない」
「
……
でも、あんたに有給使わせてまで手伝ってもらう依頼じゃなかったでしょ。今日なんて屋台の呼び子だったし」
「あー
……
そんな仕事もしたなぁ。結構楽しくて、こういう仕事もアリだなって思った記憶がある」
遥か昔に起きた出来事みたいに今日のことを振り返ったアベンチュリンは、最後にもうひと撫でして私の頬から手を離した。そのまま私の頭を撫でて、「気にしないで」と微笑む。
「君が色んなところに連れ出してくれるの、僕は好きだからさ。これで遠慮されて誘われなくなったら、かなり落ち込むよ」
「
……
いいの?」
「依頼だけじゃなくて、ただの遊びでも大歓迎さ。君から誘ってもらえるなら喜んで行くとも」
そう言って懐からデバイスを取り出したアベンチュリンは、しばらく何か操作をして満足そうに頷いた。
「
……
なるほど、そういうことか。ということは、向こうにはあの時の僕がいるんだろうなぁ
……
大変だ」
「アベンチュリン?」
「ああ、こっちの話だよ。それより星、一番最初の話に戻るけど
……
」
最初の話ってなんだっけ。
そうしっかり顔に書いてあったようで、アベンチュリンはやれやれと眉を下げながら私の耳元で声を潜めた。
「
……
あんまり遅くに、お酒が入った状態の男と二人きりになるのはやめた方が良い。特に、君のことを気に入っている男とは、ね」
分かった?と囁く吐息が耳に触れて、思わず身震いする。赤くなった耳を隠すように手で押さえてアベンチュリンを見ると、彼はそのまま私の方へ体重を預けるようにもたれかかってきた。
「え、あ、アベンチュリン
……
?」
「
……
すー
……
」
「嘘でしょ
……
寝てる
……
」
正面から抱きつくようにもたれかかって寝息を立てるアベンチュリンに、私は色んな意味で脱力してしまった。
……
気は乗らないけど、最終手段に登場してもらうしかなさそうだ。
***
「
……
というわけで、今の僕は君の知るカカワーシャじゃない、んだけど
……
」
「ふぅん。なるほどね」
「
……
とりあえず、何か着てくれないかい。そのままだと風邪を引くよ」
「あんたが脱がしたのに?」
「
……
それは今の僕がやったことじゃない」
「そうなる?
……
ま、いいか」
星ちゃんは面白そうに頷くと、ベッド下に散らばっていた深緑色のシャツを羽織った。少しブカブカなそれは、おそらくこの身体の持ち主のものだろう。
下着姿よりは遥かに安心できるが、隙間から覗く素肌がやはり目の毒だ。星ちゃんだと思うと尚更。
「着たよ」
「
……
どうして、僕の上に乗るんだい」
「夫婦のスキンシップは多い方が良いって言ったの、あんたじゃない」
「
…………
」
当然のように僕のお腹の上に乗り上げた星ちゃんを持ち上げ、隣に座らせる。この時間の僕は彼女へ何を仕込んでいるんだ。
「本当に私のカカワーシャじゃないんだね、ふふ
……
面白い」
「面白がらないで
……
そういうところ、星ちゃんは変わらないね」
「そう?変わったと思うけどな」
星ちゃんは楽しそうに笑うと、僕の方へ身体を寄せた。
「あんたが私を変えたんだよ」
「
…………
」
「信じられない?」
「僕の中の君は、まだ少女だったから
……
これから変わることだってあるだろうと思うよ。でも、それが僕の影響だとは思えない」
「ふぅん。あんた、相当昔から来たんだ
……
それこそ、ピノコニーで出会った頃くらい?」
「ピノコニーの件は終わってる。それから何回か依頼に誘われて、その帰りってところかな」
その言葉で時期がピンと来たらしい。星ちゃんは「あぁ、あの時かな」と苦笑すると僕の目をじっと見つめた。
「
……
『アベンチュリン』」
「なんだい?」
「この後すっごく怒られると思うけど、向こうの私も怒られてるから許してあげてね」
「え?」
「あと、私は異性と深夜に二人きりになる意味が分からないほど鈍感でも天然でもないから」
「星ちゃん?」
「いつまでも子ども扱いしないでよね、私の旦那様」
咎めるように額を指で突かれた瞬間、急激な眠気と共に意識が遠のいていく。柔らかなベッドに身を預ける僕を見つめる星ちゃんは、最後まで優しげに笑っていた。
***
「起きたか、ギャンブラー」
「
……
おはよ、レイシオ
……
」
目覚めて最初に目に入ってきたのは、ベッド横で仁王立ちしながら威圧をかけてくる教授の姿だった。
大人の星ちゃんが言っていたのはこのことかな、と考えていると寝室のドアがガチャリと開いた。創造物のケーキ達を腕に抱えた星ちゃんが、いつも通りの少女の姿で現れて安堵する。
「あ、アベンチュリン起きたんだ。おはよ」
彼女はいつもの服ではなく、オーバーサイズのTシャツをワンピースのように着ている
……
それ、僕のだと思うんだけど。どこから出したんだ?
僕の家のボディソープの香りを漂わせた星ちゃんは酷く眠そうな顔でふらふらとベッドに近付いてくる。
え、まさか。呆然とする僕なんて見えていないかのようにブランケットをめくった星ちゃんは、僕のベッドに潜り込んでしまった。
「ちょ、ちょっと星ちゃん!」
「
……
交代だよアベンチュリン。私、もう限界だから寝かせて。朝まで教授の有難い授業を聞いてたんだから
……
今度はあんたがしっかり聞いてきて」
おやすみ、と言うが早いか彼女はあっという間に瞳を閉じて寝息を立て始めてしまった。
人のベッドで、しかも異性がすぐ横にいるというのにこの無防備さはいっそ関心するレベルなのだけれど
……
自分に気を許してくれている証拠でもあって、無意識に頬が緩んでしまう。
そんな僕の耳に聞こえてきたのは、コホンというあからさまな咳だった。
「君は未成年の女子を家に上げて、あまつさえ同じベッドで同衾することに喜びを感じる男だったのか。長い付き合いなのに全く知らなかったな」
レイシオの冷えた声に、一気に現実に引き戻された。この冗談の通じない男に、一番見られたくない醜態を晒してしまったのは非常に拙い。
「
……
酷い誤解があるようだけど、彼女を寝室に入れたのは初めてだよ」
「ほう。家に上げたことは否定しないのか」
「彼女は創造物たちの産みの親だからね。たまに様子を見に来てくれてるんだ」
嘘ではない。創造物たちは僕だけでなく星ちゃんにも懐いているから、彼女に会えると喜んでくれる。会話の一つとして創造物たちの写真を星ちゃんに送って、彼女から来たいと言わせるように仕向けている
……
と指摘されたら否定できないのだけれど。
「たまに、か。その割に彼女はこの家を熟知しているようだが。鍵の在処、照明のスイッチや空調システムの作動方法、給湯システム、タオルや着替えの場所まで迷うことがなかった」
「僕の家は音声システムで動くものが多いからね。物珍しいのか、来た当初は試しに何度もオンオフしていたよ。お風呂は暑い星での依頼の後にシャワーを使いたいって言われたから貸したことがあるだけだ」
「成程、それは納得しよう。だが不可解な点が一つだけある」
「なんだい?」
レイシオはベッドですやすやと気持ちよさそうに眠る星ちゃんに視線を移すと、深いため息をついた。
「
……
君は何故、星の衣服を部屋に預かっているんだ」
「
……
え」
「この部屋に君を運んだ後、彼女は当然のように君の衣装部屋を開けて、タオルと替えの服と下着を一式揃えた。いつもそうしているのかと聞いたら、『いつもじゃないけど、使っていいって言ってくれてるから。置かせてもらってる』と答えた」
「使って良いとは言ったね
……
確かに」
だが、それはシャワーを浴びた後で下着の替えがないことに気付いた彼女の為に、ジェイドとトパーズが用意してくれたものだ。当然、その時僕はトパーズから関係を誤解されて非常に冷たい目で見られたのだが
……
星ちゃんが事情を話してくれて、なんとか誤解が解けたという経緯がある。
クリーニングに出したものは全て星ちゃんに届くよう手配していたのだけれど
……
まさか、僕の部屋に着替えを残していたとは知らなかった。衣装部屋とは言っても僕一人では使いきれない広さだから、空いた棚に荷物を置いてもらったり星ちゃんが着替える時に使ってもらったりしていたのが仇となったようだ。
……
とレイシオにも説明したのだが、言っていても正直苦しい言い訳にしか聞こえない。
僕が彼女に好意を抱いていることは教授に筒抜けだし、そんな彼女と過ごす為にあれこれと苦心しているのももうバレただろう。
ならばもう、本音を曝け出すしかない。幸い僕は何を言っても嘘っぽく聞こえる性質だから、本音を言ったところでそれも嘘だと思われるだろうし。
「
……
僕はね、教授。星ちゃんと良い友人でいたいんだ」
「ここまでしておいてか?」
「僕だって、友人を家に呼ぶくらいはしてもいいだろう?それ以上のことは本当に、何にもしていないし何もないよ。彼女も望んでいないだろうし」
……
意識されているのなら、こんな風にベッドに潜り込んで隣で眠ったりしないだろうし。
可愛い寝顔を見られるのは役得と言えなくもないけれど、男として見られていない証拠とも言える。友達とは複雑な関係だ。
はあ、とため息をついてベッドから降りようと身を起こす。このまま同じベッドにいるのは僕の心情的にもレイシオへの心象的にも良くない。
だが、半分ほど体を起こしたところで僕は再びベッドへ沈んだ。何かがパジャマの裾を引いていて、起きられない。
「
……
何をしてるんだ、ギャンブラー」
「い、いや誤解だよ教授!起きようとしたんだけど何かが引っかかって
……
」
そう口にしてブランケットを捲ると、眠る星ちゃんが僕のパジャマの裾をしっかりと握っていた。離そうと生地を引っ張るも、抱き枕と勘違いでもしているのか、彼女はよりしっかりと裾を握り込む。
「
…………
どうしよう教授」
「どうするも何も、起きたいなら彼女を起こすかパジャマを脱ぐかの二択しかないだろう
……
昨夜遅くに緊急だと呼ばれたら酔っ払った君を運ぶ羽目になり、挙句君達のどうしようもない話を聞かされて僕は疲れた。帰らせてもらう」
「え、いやせめて誤解は解いてから帰ってくれないかい!?本当に僕達は何にも無いんだよ」
「
……
本当に何も無いのか、彼女の言動をよく振り返ることだ。全く
……
君は他者の人心掌握が得意な割に、自身が絡むと何故そこまで壊滅的な赤点を叩き出すんだ?」
「えぇ
……
」
レイシオは眉間に皺を寄せると、ため息を吐きながら背を向ける。
「その様子なら二日酔いの心配はなさそうだな。あまり羽目を外して飲まないように」
「はぁい。
……
悪かったねレイシオ、忙しいのに迷惑かけて」
「今更だ。君たちには前からよく言い聞かせているつもりだったが
……
はぁ。素直に聞くとは思っていなかったが、度を超している」
「ごめんね」
「悪いと思っているなら改めろ」
レイシオはそう言うと今度こそ部屋を出て行った。星ちゃんを起こすのも忍びないし、なんだか起きる気もなくなってしまった僕はそのままベッドに身体を預ける。
隣には温かくて、柔らかな身体。あどけない表情で眠る星ちゃんを見ていると、あの大人の星ちゃんが脳裏を過って不思議な感覚に陥る。
「
……
あれ、そういえば
……
」
レイシオは「君達のどうしようもない話を聞かされて僕は疲れた」と言っていた気がする。
僕の話だけではない、ということは
……
「んー
……
」
「
……
まあ、いいか」
僕も彼女も、あの未来に行き着くようには見えないけれど。
今はこのまま、この温もりを少し分けてもらえるくらいが丁度良い。
***
「待て、星」
「何?まだ話があった?」
もう朝だしシャワー浴びたいんだけど、と手に持ったタオルや着替えをレイシオに見せる。
酔い潰れて寝てしまったアベンチュリンを家に運ぶための最終手段として呼んだレイシオだったけど、案の定こっ酷く怒られてお説教コースになってしまった。
未成年が深夜遅くまで外にいる危険性、友人とはいえ異性と二人きりでいる危険性、飲んでいなくても酒の席に未成年がいる危険性
……
危険という言葉を聞きすぎて耳にタコが出来そう。あんまり危険危険というものだから、「じゃあ今私があんたとこうして話しているのは危険じゃ無いの?」と反論したのが拙かった。
「当然、危険に決まっているだろう。僕が君に良からぬことを考えていたら、その時点で君は貞操の危機に置かれる」
と真剣な顔で言われて、完全に藪蛇だったと悟った。ここから「えー、レイシオってば私にそんなこと考えてたの?」なんて冗談言える空気では無い。断じて。
「アベンチュリンだって、私にそんなこと考えないでしょ
……
ずっと子ども扱いしかしないのに」
「確かに君は未成年で、本来庇護されるべき子どもだ。だが、あと数年でそれも無くなるだろう。成人してもその言い訳を使い続けるつもりか?」
「
……
私、普通の人間じゃないから。大人になれるかなんて分からないよ」
アベンチュリンに言ったのと似た言葉をレイシオにぶつける。彼はどう言うかなと様子を見ていると、ふむと顎に手を当てて真剣に考えているようだった。
「君のその考察は非常に面白いが
……
君の身体が成長しない、という可能性は非常に低いだろう」
「え」
私の懸念は、レイシオの学者スイッチを押してしまったらしい。彼は私が成長しない可能性をあらゆる観点から否定し始め、その根拠となる学説を講じてくれた。
……
夜が明けるまで。そう、真夜中から朝まで!
いい加減シャワーでさっぱりしてもう眠りたい。荷物置きにしている衣装部屋からタオルや下着を取り出し、パジャマ代わりにオーバーサイズのTシャツを拝借してリビングに戻ったところでレイシオから声がかかり、今に至る。
彼は私が手に持った着替えを見て、非常に渋い顔をした。
「
……
この家には、君の着替えが用意されているのか?」
「ん?ああ、これ?うん。依頼の後とかでシャワー借りたりすることもあったから」
「
……
いつもそうしているのか?」
「いつもじゃないけど、使っていいって言ってくれてるから。置かせてもらってる」
私の言葉に、レイシオははぁー
……
と深いため息を吐いた。
「星、君はこの家に何回来たことがある?」
「何回って
……
覚えてない。創造物達に会いに来たり、依頼で遅くなった時にご飯作ってもらったり
……
結構来てるかな」
「寝る場所はどうしてるんだ。まさか、ベッドを共にしていないだろうな」
「プライベートルームには入ったことない。アベンチュリンが絶対ダメって言ったから」
私は気にしないんだけど、と言いかけて口を噤んだ。そんなことを言ったらレイシオのチョークが飛んできそうだ。
「依頼で遅くなっても、アベンチュリンは必ず列車まで送ってくれたから泊まってない。ただ、汚れた格好で帰るとパムが心配するから綺麗にして帰ってるだけ」
「
……
君の言葉を信じよう」
アベンチュリンのベッド、気持ちよさそうだから一回は使ってみたいんだけどね。絶対良いもの使ってるでしょ。
……
そう考えたら、呑気に隣の部屋で眠っているアベンチュリンにムカついてきた。私が朝までお説教されてる間眠っていたんだから、今度はアベンチュリンがレイシオのお説教を受ける番じゃない?
そうしたらベッドが空くから、私が交代で使わせてもらえば解決だ。そうと決まれば早速、
「とりあえず、シャワー浴びる
……
」
このベタベタした体と髪をさっぱりさせるのが先決だとシャワールームに飛び込んだ。
適当に選んだ着替えは、思ったより丈が長くて膝丈のワンピースみたいになった。これならレイシオも文句は言わないだろうと脱衣所から出たのだけれど、彼は眉間に皺寄せたまま「下はどうした」とため息を吐く。
「アベンチュリンは細いけど、さすがにズボンはサイズ合わないんだよね」
「それはそうだろう
……
なぜ下着はあるのにルームウェアがないんだ
……
」
「別に見えてないしいいじゃん
……
今度置いとくから」
「そもそも恋人でもない男の家に着替えを常備するな」
多分それが一番言いたかったことなんだろうな、と回らない頭で思い至る。友達とはいえ、異性の家に入り浸るのはやっぱり良くないことなのかな。なのや丹恒、ヴェルトも渋い顔をしてたし
……
姫子は、意外にも何も言わないし止めなかったけれど。
「じゃあ、恋人になったらいいの?」
「
……
は?」
「あ、アベンチュリンに恋人がいない前提で話しちゃったけどもしかして、いる?だからダメなの?」
「そういう話は聞かないが
……
いやそうではなく。君は、アベンチュリンの恋人になりたいのか?」
レイシオが珍しく動揺している。そんなに変なことを私は言っただろうか。そもそもレイシオが「恋人でもない男の家に着替えを常備するな」と言ったから、それなら恋人になれば解決じゃないかと思っただけで。
恋人になりたいかと改めて聞かれると
……
「別に、すごくなりたい!ってわけじゃ
……
あ、嫌ってことじゃない、けど
……
」
言っていて何だか気恥ずかしくなってしまい、最後の方は口篭ってしまった。そんな私を見てレイシオは何か言いたそうに口を開いては閉じるのを繰り返す。
「
……
星、君は」
ようやくレイシオが口を開いた時、隣の部屋からアラーム音が聞こえてきた。多分だけど、アベンチュリンの目覚まし時計の音だろう。
「
……
止めてくる」
「あ、待って」
寝室のドアを開けたレイシオの後を追う。シャワーで少し覚醒したけれど、私の眠気は限界まで来ていた。ベッドが空くなら横になりたい。
初めて入ったプライベートルームは意外にも雑多に物が置かれ、他の部屋よりも生活感が感じられた。窓際のベッドに昨夜の格好のまま横になっていたアベンチュリンは、眠そうに目を擦りながらバツが悪そうにレイシオを見上げている。
「あ、アベンチュリン起きたんだ。おはよ」
声をかけると、アベンチュリンは綺麗な目を丸く見開いて私を見た。いつもダメだと止めていた私が部屋にいるから驚いたみたいだけど、驚くのはまだ早い。
何せ私はこれから彼のベッドを開拓するのだから。
寝起きでぼんやりとしたアベンチュリンが完全に目覚めてしまう前に、ブランケットをめくってベッドの中に潜り込む。彼の体温で温められたベッドは、私を眠りに誘うのに充分すぎるほどふかふかだった。やっぱり、良いベッドを使っている
……
「ちょ、ちょっと星ちゃん!」
「
……
交代だよアベンチュリン。私、もう限界だから寝かせて。朝まで教授の有難い授業を聞いてたんだから
……
今度はあんたがしっかり聞いてきて」
最後まで言えたか分からないくらい、すっと瞼が落ちた。彼が残した体温と香りに包まれながら、ゆっくりと夢に落ちていく。
……
おやすみなさい。
***
「
……
ただいま」
「お帰りなさい、星。無断でお泊まりなんて初めてね?」
「ごめん
……
そんなつもりじゃなかったんだけど」
アベンチュリンの部屋で熟睡してしまった私が起きたのは、その日の夕方。アベンチュリンは休みのはずだったのに仕事が入ってしまったようで、起きた時にはもう部屋に居なかった。
『オートロックだから、そのまま部屋を出て構わないよ。またね』と書かれたメモが端末の近くに置いてあったので、着替えと身支度を軽く済ませて列車に戻ることにしたんだけど
……
端末には未読メッセージがたくさん。主に列車の皆からで、内容は無断で外泊した私を心配するものだった。半日も眠っていたから、相当な量になっている
……
そして、列車のドアを開けた瞬間パムとなのに抱きつかれ「良かった!帰ってきた!」と泣かれてしまった。これが一番堪えたかもしれない。
二人に平身低頭謝っていると、後ろから丹恒とヴェルトが「心配したぞ」と眉を下げて現れ、さらにその後ろからは穏やかな笑みを浮かべた姫子がやってきた。
この笑顔は逆らってはいけないものだ、と本能的に察した私は素直に謝った。いくら色々あったとはいえ、無断外泊は良くない。それに、泊まった場所もちょっと
……
いや、大分拙いという自覚がある。
「レイシオ教授から話を聞いているわ。具合が悪くなったアベンチュリンさんを家に送って、目が覚めるまで介抱したんでしょう?教授からも、あまり責めないでやってほしいと頼まれたの。連絡は欲しかったけれど
……
緊急事態だものね」
「え、あ
……
う、うん。でも、連絡入れなかったのは悪かったから、ごめん」
一晩中お説教したことで泊まらざるを得なくなったことに責任を感じたのだろうか。レイシオの思わぬフォローに感謝していると、背中側から抱きついていたなのがふと顔を上げた。
「あんた、アベンチュリンの家に行ってたの?道理でなんか良い匂いすると思った
……
服、クリーニングした後みたいにパリっとしてるし」
「え、そ、そう?」
「そういえば、ジャケットも皺ひとつないのう!手入れがきちんとしているのはいいことじゃ!」
パムに言われて、自分の衣服を振り返る。着替えた時はすぐに帰らなきゃと思い慌てていたため気付かなかったけど、おそらくアベンチュリンがクリーニングに出してくれたんだと思う。
……
ついでに、彼の香水がかけられているような気もするけれど。
「星も帰ってきたことだし、夕食にしましょう。星は何が良い?」
「私は、なんでも大丈夫。
……
荷物、置いてくるね」
皆のいるラウンジを離れ、自室に戻る。荷物を置いて、脱いだジャケットをハンガーにかけるとふわりと香水の香りが広がった。
「
……
良い匂い」
無意識に顔を近づけて、香りを吸い込む。不意にあのベッドで感じた香りを思い出して、頬が紅潮した。
あの時は眠さが限界で身体がベッドを求めてしまったけれど、今考えるとかなり
……
いや、相当やってしまった気がする。友達とはいえ、男性が眠るベッドに潜り込んで半日熟睡するのは何をされても文句が言えない。
なのに、彼は終始何もせずそのまま寝かせてくれたのだ。起きた時に飲めるよう冷蔵庫にドリンクをストックし、着替えもわざわざクリーニングに出してくれた。身支度用のコスメも彼が用意してくれたものばかりだ。
「友達」という名前の関係性に甘えて、至れり尽くせりの状況を今まで享受し続けてきたけれど、これは本当に「友達」で良いんだろうか。
急に今までのやり取りが恥ずかしくなってきてしまって、頭が混乱してきた。
「いやいや
……
ないから
……
どうとも思ってないから何もなかっただけだよね」
否定しながら、同時にでも、と思う。
酔っていた時に急に雰囲気が変わった、あのアベンチュリンのように。
あの瞳がまっすぐ私だけを見つめてくれることがあるんだろうか。今は子どもを慈しむような目でしか見てくれないけれど。
「
……
大人に、なれたら変わるのかな」
無意識に呟いた言葉は、ジャケットの中に消えていく。けれど、頬に差した赤みはしばらく消えそうになかった。
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