小話倉庫(深上)
2025-06-06 00:56:37
3742文字
Public zzz(all)
 

六分街、縄張り争い(CPなし)

衛非地区楽しみだね、でもさみしくなるね、と思ったら書いてた小話。六課vs邪兎屋。

 ホロウの調査任務が珍しく早めに終わり、雅たちが車でH.A.N.D.本部に戻っている時のことだった。
 流れる景色を眺めていた蒼角が「ここって、六分街の近くかな?」と声を上げたのだ。雅が視線をそちらに移すと、六分街のカスタムショップの隣にある無骨なガレージの一部が、確かに路地の隙間から覗いている。
「プロキシに会いに行きたいなぁ」
 蒼角の素直な言葉に呼応するように、その隣に座る悠真も息を零す。
「二人とも、もうすぐ衛非地区に行くらしいですね。しばらく会えなくなるんだなあ」
「そうなの? ……ナギねえ、蒼角、プロキシにお別れを言いに行きたいな」
……そう、ですね。私も、お二人がしばらく不在になるなら、今のうちにビデオを借り溜めしておかないと」
「ふむ。ではここで降りるか」
 運転手にこちらの意向を示すと、車はすぐに路肩に止まる。きょとんと瞬きをした蒼角がこわごわとたずねてくる。
「いいの? まだニンムチューでしょ?」
……我らは休憩すらろくに取らず任務に没頭していたのだ。少し寄り道をするくらい、私が許そう」
「ははぁ、課長も彼らに会いに行きたいんですね」
 悠真に図星を指され軽く睨むと、彼はその視線から逃げるように我先にと車を降りていった。それを合図に、他のメンバーも次々と外に出て行く。運転手に待たなくていいと言付けをしてから、最後に雅も車の外に降り立った。
 夜に差し掛かったばかりの六分街は、そこらの家で夕飯の支度が始まっているのだろう、仄かにいい香りが漂っている。蒼角がそれに釣られてかお腹を押さえていたが、すぐに柳がどこから取り出したのかあんぱんを与えていた。自分も後ほど雑貨屋で何かを買ってやろう、そう思いながらビデオ屋に歩を進めた雅だったが、目的地が見えたところで眉根を寄せた。
 ビデオ屋の前で屯しているグループが居る。その姿に見覚えがあったのだ。
「あ~ら、誰かと思えば新エリー都の守護者様達じゃない」
 そこにいたのは邪兎屋の面々だった。郊外で会った時と同じく四人。ニコは雅の姿を認めると、厭味ったらしく口の端をつり上げてそんな言葉を吐いてきた。
「H.A.N.D.所属のご立派な方々が、こーんな辺鄙な六分街に一体何のご用かしら?」
「お前こそ、こんなところで何をしている」
「馴染みのビデオ屋に顔を出すことくらいあるでしょうよ」
「ならば我らも同じだ。目的はそのビデオ屋だからな。出来れば邪魔をしないでくれると良いのだが」
「はぁ? あたしたちが邪魔してるっての? あたしたちは待ってるだけよ、あの看板が見えないわけ?」
 ニコが指さす方に視線を向けると、「CLOSED」の看板が扉に掛かっているのが見えた。
……アキラたちは居ないのか?」
「少し出かけてるだけみたい。連絡を取ってみたらすぐに戻ってくるってことだから、ここで待ってるだけよ」
「そうか」
 雅が六課の面々に視線を向けると、打ち合わせをしたかのように彼らは端に寄って待機の姿勢を取った。アンビーが両手で抱えているハンバーガーを蒼角が羨ましそうに眺めているのを見ながら、雅もその場に佇む。
「ちょっと、隣で待つつもり? あんたたち、ただでさえ目立つのに」
「ここで待たず、どこで待てというのだ」
「諦めて帰るって選択肢もあるわよ」
「否、少し待てば戻ってくるのであれば、待つ方が効率がいい」
「あっそ。でも少し離れてくれないかしら? 仲間だと思われたらたまったもんじゃないし」
……先ほどから、やけに突っかかってくるが。アキラ達と我らが会うことが、そんなに気に食わないのか?」
 視界の端では、アンビーが蒼角に「食べる?」とハンバーガーを差し出している。目を輝かせて受け取ろうとする蒼角の後ろで柳が「あんぱんもありますよ?」と進言するも、「甘いもののあとは、しょっぱいものが食べたいな」という純粋な蒼角の言葉に打ちのめされている。
 そんなほのぼのとした空気を気にもせず、ニコは声を低くして雅を睨みつける。
「ええ、気に食わないわ。あたしたちの方がプロキシと過ごした時間は長いわけだし。言うなれば腐れ縁ってやつ? ぽっと出のあんたたちとは歴が違うのよ、歴が。同じにされたらかなわないわ」
「何を言うかと思えば聞き捨てなりませんねえ。過ごした時間なんてたいした問題じゃないと思いますけど」
 いつの間にか隣に来ていた悠真が、ずい、と横から強い口調で口出しをしてきた。うむ、と雅は部下の言葉に全面的に同意する。
「そうだな。人との交流に優劣などない。先だろうが後だろうが、相手の信頼が得られているなら何の問題もないはずだ」
「ニコ~、こいつら調子乗ってるよ。あたしたちの方がアキラたちの信頼を勝ち取ってるって、知らしめた方がいいんじゃない?」
 腕を組んで見下す姿勢のニコの後ろから、ひょこっと猫又が顔を出した。煽るような台詞に、悠真がむっと顔を顰める。
「はぁ? アキラくんたちの信頼を勝ち取ってるって? あんたら、彼らにそれはそれは大きなツケがあるって聞きましたけどねぇ」
「それこそ信頼でしょ~。あたしたちがどれだけ支払いを遅らせても、店長達は寛大な心で許してくれるよ?」
……猫又、ちょーっとお口チャックしなさい、ね?」
 顔に笑みを貼り付けたまま、ニコは猫又を後ろに引っ込める。その一連の流れを眺めていた雅は、至極冷静に浮かんできた感想を口にした。
「ニコ。借金は良くないと思う」
「借金じゃないわよ、あたしとプロキシの間にお金なんて要らないわ。信用払いだから!」
「言ってて虚しくならないのか、お前」
「なりませーん。とにかくあたしたちの方が、あいつらとの絆は深いのよ。幾度となく助けてもらったしね」
 勝ち誇ったようなニコの言葉に、ふむ、と雅は静かに頷く。
「それを言うなら私も、アキラに心を救われた。彼の助力がなければ今頃、私は牢獄の中だったかもしれない」
「僕も、彼には窮地を救われましたね。彼がいなかったらきっと、僕という存在はここに居ませんし」
……澄ました顔で、なんつー重いもん連続で掬い上げてんのよ、あいつ」
 ニコが顔を顰めたのを見て、優劣をつける必要はないと思っているはずの雅はついふっと口元に笑みを形作ってしまう。
「ちょっと、今笑ったわね?」
「いいや、何も」
「笑ったでしょ! ここまで来たらとことん、あたしとプロキシの絆の深さってものを語ってやろうじゃないの!」


 ヒートアップするニコの背後で、買い物から戻ったアキラはリンとともに混沌と化した店の前の様子をぽかんと眺めていた。
「うわぁ……
……凄いことになってるな」
「おお、店長たち。戻ったか」
 離れた場所で高みの見物を決め込んでいるビリーが、駐車場から出てきたアキラたちを片手を上げて出迎える。まるで炎と氷のように相容れない二人が顔を突き合わせて言い合いをしている。その様子はしっかり通行人の見世物にもなっていて、アキラはその場に足を踏み入れるのを躊躇してしまう。
「お帰り~、アキラくん、リンちゃん」
「うわ、悠真いつの間に!?」
 びくっと身を震わせるリンの横を、先ほどまで雅の隣にいたはずの悠真がちゃっかり陣取っている。
「今の間ですー。二人で買い物行ってたの? もしかして旅行の支度? あーあ、僕も一緒に行きたかったなぁ」
……君は仕事中だっただろう」
「分かってないな、旅行の方だよ」
 まっすぐな眼差しを向けられて、アキラは苦笑するしかない。リンは荷物を置いてくる、とさっさと店の中に入ってしまったため、この場を収めるのはどうやら自分の仕事らしい。
 いや、この状況をどうしろと……
「プロキシさん。貴方なら、ハンバーガーとあんぱんしかない店だったらどちらを選びますか?」
……柳さんもちょっとおかしくなってるな」
 あまり見ない彼女の気迫に後ずさるアキラだったが、アンビーがその間に割り込み、柳に静かに語りかけた。
「月城さん。二つに優劣なんてつける必要はないわ。ハンバーガーはハンバーガーの、あんぱんはあんぱんの良さがある。どちらかではなく、どちらも、が重要じゃないかしら」
「そうだよナギねえ、どっちも美味しいよ!」
「はっ……私としたことが、少々取り乱していたようです」
 眼鏡の位置をすっと直すと、柳はアンビーからハンバーガーを受け取り、アンビーもまた、柳が差し出したあんぱんを手に取っていた。めでたしめでたし、と行きたいところなのだが一番の難題が残っている。
「あたしたち、アキラたちとホームパーティーを開いたこともあるのよ!」
「私も彼らを家に招いたことならあるぞ。星見家のパーティーだが」
「星見家の……!? 一体どんな高級料理が出てくるって言うの……!」
 言い合ってはいるが、楽しそうに見えるのは幻覚だろうか。それでもこの間に入る勇気はアキラにはない。やっぱり怒った女の子は怖い、と肩を竦めながら、アキラは悠真の愚痴のような軽口を聞き流しつつ、甘えてくる猫又を適度に構いつつ、ニコと雅の口論が途切れる隙をずっと窺っていた。