心地の良いまどろみの中にいた敢助は、こめかみに柔らかな感触を受けぼんやりと覚醒した。目の前にあるのは書類の乗った応接机で、半分以上ソファからはみ出した脚や腕をぐんと伸ばしてくわっと欠伸をすると頭上から不機嫌そうな声が降って来た。
「起きたのなら、重たいので退いてください」
資料を手にした高明が、敢助の顔を頭上から覗き込む。この角度から見上げるのは新鮮だなと思いつつまだうまく回らない頭でぼんやりと見飽きるほどに見慣れた顔をじっと見つめた。女性たちが羨む真っ白な肌はしみひとつ見えないが、中学生の頃から季節を問わず日焼け止めを面倒そうに塗っている事を敢助は良く知っていた。うなじ辺りを塗り忘れた時は火傷のように肌を真っ赤にさせて見るからに痛そうで、大変な奴もいるんだなと思ったことを思い出す。だが、その肌もやはり年齢には逆らえないのか最近目尻に皺が寄るようになってきたし、今は目の下にくっきりと隈を作っているのもわかる。彼も自分も、昨日から署内に泊りがけで仕事をしているのだから致し方ないが、疲労が顔に現れるようになった分互いに歳を取ったなと思いながら敢助は腕を伸ばし高明の目尻に触れた。
「……目覚めには王子様のキスが必要ですか?」
深く眉間に皺を作った高明が、敢助の手を無遠慮に振り払う。そういえばいつからこの男の膝を借りて寝ていただろうかと考えるがどうにも記憶が曖昧で、自分の体力もなかなか限界だったのかもしれない。
「お前が王子様キャラなわけあるか」
「おや、姫はお気に召しませんか」
「誰が姫だコラ、どっちかっつーとお前の方がそれっぽいだろ。白雪姫とか」
「は?」
「テメェが言い出したのに急に冷めるのやめろ」
徐々に目が覚めてきた。
高明の硬い太ももから身を起こすと、窓にかかったブラインドから入る朝日がフロアの机やパソコンにいびつなボーダー模様を描いている。捜査一課のデスクでは、他の同僚たちが疲れた顔で資料やモニターを見つめていた。
「さて……シャワーでも浴びてくるわ。お前はちょっと仮眠しろ」
杖を支えにして立ち上がり、ソファに座る高明の頭に無遠慮に手を置くとわしわしと細い髪をかき回す。敢助は、苛立った様子で手を叩き落とす高明に顔を寄せ囁いた。
「目覚めのキスをありがとうよ、王子様」
とんとん、と自分のこめかみに指で触れた敢助に、高明は僅かにその切れ長の目を見開いてから睨みあげてきたので、敢助は彼をこれ以上怒らせないよう、そそくさとシャワールームへと向かうのだった。
了
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