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匣舟
2025-06-04 22:32:32
5827文字
Public
RKRN
あれを獣と呼ぶならわたしは、
寝付けなかった乱が実習終わりのこへに出会う話
あれを獣と呼ぶならわたしは、
一年生長屋でいびきをしんベヱとすやすやと眠るきり丸の横で、自室の天井をじっと見つめているのはふたりと同室である乱太郎だった。いつもならしんベヱのいびきがうるさくても、きり丸の銭を数える音がうるさくても寝られるのに、今日はなんだか寝付けないのだ。
風がびゅうびゅうと音を立てて吹いているわけでもないし、外がうるさい訳でもない。しかも今日は放課後に昼寝をしていた訳でもないのに乱太郎は何故か寝付けなかった。
「なんでだろう
…
。」
明日は休みでは無いから普通に学校がある日だ。授業中に寝て土井先生に怒られることは避けたいし、明日は実技の山田先生による体力づくりのために開催される裏山マラソンもある。
走ることが好きな乱太郎にとって、マラソンで手を抜くことはしたくないしなにより三治郎という唯一無二のライバルがいるから負けたくないのだ。
でも、いくら目を閉じて寝ようと思っても、布団を頭までガバリと被って暗闇にしてみても、天井のシミを数えても、忍たまの友をパラパラと開いて読んでみても全く眠れなかった。
どうしたものか。いつもなら忍たまの友を見たら絶対に眠たくなるのに。これで寝られないのなら仕方ない。とため息を吐いた乱太郎はむくりと起き上がると、いびきをかいているしんベヱを起こさないようにそっと布団から這い出た。
そして、そのまま同室のふたりを起こさないように忍たまの友を片手に部屋から出た。
「わあ
…
。」
乱太郎が自室を出て最初に見つけたのは真上で輝くまあるい満月だった。
「きれい
……
。」
思わずそう呟いてしまうほど、今日の月は美しかった。まるで乱太郎の心を照らすかのように。乱太郎はその満月を見ながらそのまま縁側に腰をかけ、手に持っていた忍たまの友をパラリと開いた。
「
…
確か、今日はここをやったから
…
多分明日はここだよね
…
。」
ぱらり、ぱらりと忍たまの友を捲りながら乱太郎は次の授業でやるであろうページを黙読し始める。
もし、ここに一年は組の教科担当である土井半助が居たならば涙を流していたかもしれない。けれど黙々と忍たまの友を読んでいる乱太郎の背に居たのは担任の土井半助ではなく、違う影だった。
「
…
乱太郎。」
突然名前を呼ばれて乱太郎は思わず肩をビクッと揺らす。そして、恐る恐る振り返るとそこには六年ろ組の体育委員会体育委員長である七松小平太が立っていた。
いつも陽気で豪快な小平太から想像がつかない冷ややかな目と威圧感に乱太郎はたじろぎ、何とか小平太と目線を合わせると月の光に照らされて小平太の着ている忍装束が血まみれであることに気づき、六年生が一週間前から実習に行ったと土井が言っていたことを今思い出した。
「七松先輩、お怪我をしているのなら医務室に
…
。」
「その必要は無い。」
─ほぼ返り血だからな。乱太郎の言葉を遮るように、小平太は言葉を発した。その声色もいつもと変わらず、まるで世間話をするかのように。けれど、その目だけはまるで獣のようにギラギラと光っていた。
その目を見た瞬間、全身がピリピリとひりつく。ああ、これは殺気だ。と乱太郎は冷静に分析した。
なぜ、小平太から浴びせられているものが殺気だと分かるのかというと保健委員をしている乱太郎は、実習帰りの上級生たちの治療を伊作の隣で補助することがある。治療をしているとたまに実習が終わったのにも関わらず、殺気をずっと纏っている上級生たちの事を見てきたから分かるし、そしてなによりヒラ忍者家系に生まれた乱太郎だから殺気だと瞬時に判断できるのだ。
幼い頃は殺気などまだ分からず、父親が帰ってきた安心感で父親に寄り付こうとすると、たまに忍務終わりの父親は殺気を纏わせていたことがあって、母親からあんた!自分の子どもに殺気を放ってどうすんの!と怒られていたこともあった。
最初の頃は殺気に充てられて泣いたこともあったけど、忍術学園に来る頃にはすっかり慣れきっていて一緒に治療をしていた伊作に「
…
殺気に充てられないなんて大したものだね
……
。」と言われたこともあった。
慣れているは慣れているが、こんなに威圧感のある殺気は初めてだ。乱太郎はゴクリと唾を飲み込む。けれど、ここで目線を逸らすのは駄目だ。逸らしたら、きっとこの人に呑まれてしまう。そう思った乱太郎は小平太の目を見続けた。絶対に目を逸らすな、逸らすな。と自分を鼓舞し続けて。
小平太が、不意に乱太郎。と自分の名前を呼ぶ。はい。なんでしょう。と反射的に答えるとぽつり、と独り言のように言葉を零した。
「わたしが、こわくないのか。」
─乱太郎はその言葉に目を見開いて、また小平太へと視線を戻した。血まみれの服を着て、自分に殺気を充てている目の前の男。
まあ、確かに怖くないと言ったら嘘になる。獲物を狙う獣のようにギラギラと光っている瞳にずっと捕捉されている乱太郎の額にはじんわりと汗が滲んでいる。彼が狼ならば、さしずめ自分は鼠であろう。
「
……
七松先輩。」
乱太郎の呼びかけに、小平太は返事をしなかった。ただじっと月の光に照らされた乱太郎を見ているだけ。ああ、これが追い詰めている者の、強者の風格か。と思いながら乱太郎は言葉を続けた。
でも、乱太郎は追い詰められてなど居なかった。彼の瞳は、ギラギラとした獣のような瞳を射抜いた。
「
…
舐めないでくださいよ、七松先輩。」
私は忍者のたまごであると同時に忍者から生まれた子どもですよ?父のように、忍者を目指すにあたって忍者がどういう職業なのかなんて痛いほど知っているつもりです。それを承知でこの学園に来ているんです。
「
…
七松先輩。あなたもそうでしょう?」
忍者になる覚悟など無ければ六年生までここにいらっしゃらないでしょう?と乱太郎は小平太に向けて煽りとも取れるような顔で無意識ににこり、と笑った。
学年が上がるにつれて段々と人が減っていくのは、忍者という職業を目の当たりにするからだと先生から聞いたことがある。最高学年の小平太も級友たちが忍者がどれほど厳しいものなのかを感じ、辞めていった者を見送ることしか出来なかったのだろう。
常に死が隣り合わせにあり、人を殺すことだってあるし、仲間を見棄てていかなければいけない時もあるだろう。そんな色んな覚悟を持って居なければ忍者は務まらない。
乱太郎がそう言うと、小平太が目を見開く。そして次の瞬間、そのままくしゃりと顔を歪めたかと思うと月の光に照らされている縁側で大声をあげて笑った。
「っはははは!
…
まさかおまえにしてやられるとは
…
。私もまだまだだな!」
「な、七松先輩?」
いきなり笑いだした小平太に乱太郎は戸惑う。どうしてこの状況下で笑うことが出来るのか分からなくて、戸惑っていると不意に左頬に何かが優しく触れた感覚がした。その感覚に思わず下を向いてしまった顔をもう一度あげた瞬間、乱太郎の心臓がドクリと大きく鳴った。
─乱太郎の目の前に小平太の顔があったからだ。
「
…
乱太郎。おまえの覚悟、しかと受けとったぞ。」
おまえが将来、どんな忍者になるか楽しみだな!と、小平太は先ほど乱太郎の頬に触れていた手で今度は乱太郎の頭をわしゃわしゃと撫でた。乱太郎はその手を振り払うことも出来ぬまま、小平太にされるがままだった。しばらく撫でられたままでいると、どうしたものか乱太郎は小平太に抱き抱えられてどこかに連れ去られてゆく。
「
…
え!?七松先輩!?」
どこへ行くんですか!?という前にしぃーっ。と人差し指を口へ添えられる。そして、ゆっくりと小平太が口を開いた。
─もう夜遅いんだ、みんな寝てるのだから静かにしないと駄目だろう?
まるで駄々をこねる子どもに言い聞かせるように言われてしまい、思わず顔に熱が集中して行くのを感じながらはい
……
。と小さく返事をすればいい子だ!とまた頭を撫でられた。
そのまましばらく歩いて着いた場所は医務室だった。その部屋の前につくと、小平太は乱太郎を抱き抱えたまま、そっと障子を開ける。中には小平太以外の六年生と、乱太郎の委員会の委員会である伊作がせっせと級友たちの怪我を手当している最中だった。
「いさっくん!」
小平太が伊作の名前を呼ぶと伊作は小平太にもう、小平太どこにいたんだよ
…
探したんだよ!と言いながら振り向くと小平太が乱太郎を抱えていることに気づき驚く。
「
…
っえ!乱太郎!?」
伊作が驚いた声をあげると、他の六年生たちも乱太郎の存在に気づいた。
「乱太郎
……
!?」
「どうして、ここに
……
?」
皆の声を代表して犬猿の仲である文次郎と留三郎が呟いた。いや、私も知りたいぐらいですよ。とツッコミたかったが、そんな気力はなくあははは〜。と笑う。
「
…
小平太もしかしてお前
…
」
寝ているところを連れてきたのか?と仙蔵が目を細めながら聞くと、乱太郎は起きていたぞ!なっ!と笑顔で言った。
「はい
……
。あの、私寝付けなくて
…
。」
だから月を見ながら寝れないのなら忍たまの本を見て明日の授業のところを予習していたら七松先輩がいらっしゃったのです。と乱太郎が言うと、なんで一年長屋まで行ってるのさ
…
?と伊作が呆れたように呟いた。
「知らん!気づいたらそこにいた!」
「じゃあなんで乱太郎を連れてきたんだ
…
。」
「
…
仙ちゃん、そんなのひとつに決まってるだろ?」
「
…
はあ、言ってみろ。」
「
…
乱太郎に治療してもらいたいと思ってな!」
…
それは初耳だと驚く乱太郎と、さも乱太郎を連れてきたことが当然であると正当化している小平太に呆れてため息を零すことしかできない六年生たち。
「
…
小平太。お前ってやつは
…
本当に。」
「まあまあ、仙蔵落ち着け。こいつの暴君ぶりは今に始まったことじゃないだろ。」
「だが
…
。」
「
…
もそ」
「だろうなあ。長次の言う通り、ここまで来たらコイツは乱太郎が治療しないと治療を受けないつもりだろう。」
「だよねえ、文次郎。」
「俺も同意見だ。」
「はあ、乱太郎に任せるしかないのか
……
。」
「ごめんね、乱太郎。本当は僕が治療してあげたいんだけど
…
。」
多分切り傷ばっかりだと思うから包帯巻くぐらいでいいと思うし、最近包帯巻くの上手くなったら乱太郎ならちゃんと緩まずに出来ると思うから。僕はまだこいつらの治療で手一杯で
…
。よろしくお願いね。と伊作に頭を撫でてもらった乱太郎は元気に返事する。
「はい!もちろんです!」
七松先輩の治療が終わったら、伊作先輩の方も手伝いますね!と言う乱太郎に、ありがとう〜!僕は良い後輩をもてて幸せだよ〜っ!とと言って、また乱太郎の頭を撫でながら治療に戻った。
「
…
せんぱい、治療するので下ろして貰えますか?」
乱太郎をずっと抱き上げていた小平太はその言葉に優しく乱太郎を下すと、よろしく頼む。と言われたのではい!と元気よく返事をした。
乱太郎は伊作からもらった救急セットを取りだしてテキパキと小平太の切り傷を包帯で巻いてゆく。その手際の良さに小平太は無言になって、乱太郎の姿をただただ見つめていた。
「
……
よしっ、終わりました!」
乱太郎がそう言うと小平太がありがとうな!とお礼を言ったのでいえ!と笑顔で返した。小平太の治療が終わったので、伊作に言った通りそのまま他の先輩方の所にも向かおうとすると、小平太に突然パシッと腕を掴まれる。
「っわ!七松先輩
……
!?」
乱太郎の驚いた声に小平太以外の六年生の視線が集まる。そして、その視線を気にすることなく小平太は乱太郎に向かって言った。
「乱太郎、明日から私と一緒に特訓しようなっ!」
楽しみにしてるぞ!じゃあな!乱太郎!とガシガシと頭を撫でて医務室から消えていった小平太。乱太郎はただただビックリして、その後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
「なんだなんだ、えらく気に入られてるじゃねえか。乱太郎。お前、何かしたのか?」
その一部始終を見ていた留三郎が乱太郎に問いかけても、乱太郎は首を横にふるふると振って答えることしか出来なかった。
その日、伊作と共に六年生の治療をした乱太郎は結局一睡もせず朝を迎えてしまい、太陽が出た頃に伊作の膝で眠ってしまった乱太郎を見た六年生達が、治療を手伝ってもらったお礼に土井先生と山田先生にそれを伝え、先生達は六年生たちの勢いに負けてしまい、結局乱太郎は一日休みになったそうである。
「乱太郎!私と一緒に裏山マラソンに行こう!」
あの日から、小平太は乱太郎のことが気に入ったのか毎日、毎日乱太郎のことを構うようになった。例えば、体育委員会の一環であるいけどんマラソンに誘われたり、手裏剣の練習をしていたらいつの間にか隣にいたりと様々だ。
一番厄介なのは、毎回実習が終わると所構わず乱太郎のところに来て、治療を頼む時だ。マラソンなどは委員会の仕事があるだの用事があるという理由で断れるのだが、治療はそうはいかない。
保健委員の信条にかけて、そして乱太郎の性格上見過ごすことが出来ないので保健委員の当番でない日も治療をすることがある。
小平太の乱太郎に対する異様な気に入り方に、委員会が同じである伊作や、同じ六年ろ組である長次が乱太郎が嫌なら小平太に言ってあげるよ?と言ったのだが、乱太郎は嫌では無いので大丈夫です。と言っているのでふたりはなにも出来ずそのままになっている。
そして今日も裏山マラソンに誘われている乱太郎だが、生憎保健委員会の活動があるので断ろうとした時、フワッとした浮遊感が乱太郎を襲う。
「っえ!?」
あ、と思った瞬間、その時には小平太に抱き抱えられていた。
「ずっと断られてばかりだからな!今日は強引に行かせてもらうぞ!」
「
…
それならせめて伊作先輩に言ってからじゃないと
…
ぉ!」
「大丈夫だ!いさっくんなら許してくれるだろ!細かいことは気にするな!」
「ああああ!!助けて〜ぇっ!!」
いくぞーっ!いけいけどんどーん!と乱太郎を掻っ攫う現場を目撃した同じ保健委員である一年ろ組の鶴町伏木蔵がスリル〜ぅ!と言いながら乱太郎が小平太に攫われたことを報告し、伊作によって医務室が氷点下になるまであともう少しのことである。
了
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