三崎
2025-06-04 12:20:36
5660文字
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目指す先はまだ遠く

ニャンとヒカセンが麻雀で大負けしたり懲りなかったりする話

 大都会、ウルダハ。ふらりと入った飯屋で見慣れた銀髪と槍を見かけて、俺は駆け寄って声をかけた。がやがやと騒がしい店の中だからか、一人でしっぽり飲んでいる長身の竜騎士の姿は結構目立つ。
「よう、相棒。ここで会うとは珍しいな」
「そうだね。相席いい?」
「もちろんだ。何にする?」
 渡されたメニュー表には、ずらりと酒の名前と値段が並んでいた。パッと見、安くもなく高くもなく、適正価格といったところだ。良かった。ウルダハにはたまにとんでもない値段の店――所謂ぼったくり店が混じっている。エスティニアンの行きつけだと余計に心配だったのだが、どうやら良心的な店らしい。しかし、酒の種類が豊富過ぎて、メニューを見るのも一苦労だ。
「えっとね……ミードはあるかなあ」
「ここは小さいが、世界中の酒が集まる店だ。イシュガルドの酒もあるくらいだから、聞けば出してくれるだろう」
 エスティニアンは近くを通りがかった店員を呼び止め、ミードを一つと、自分が飲んでいた酒のおかわりを頼んだ。グラスに入った透明な酒は、もう残り少なくなっている。残り僅かになったそれを、エスティニアンはぐいと一息で飲み干して、美味そうに息を吐いた。酒が飲めるようになったばかりの俺は、甘い蜂蜜酒やスパイスワインがちょうどよく、おそらくは度数の高い蒸留酒はまだキツい。エスティニアンは机の上に並んだつまみを勧めてくれ、魚のマリネやナッツをつまんでいるうちに、ミードとアクアヴィットが運ばれてきた。
「よし、乾杯だ、相棒」
「うん。乾杯!」
 ちん、とグラスがかちあう音が響き、俺とエスティニアンは偶然の出会いに乾杯をした。エスティニアンと二人きりで飲むことはあまりないことだし、ウルダハで会うとは思っていなかったから、俺はちょっぴりワクワクして、気付かないうちについつい飲みすぎてしまっていた。
 ……それが、とんでもないことの始まりになるとも知らずに。


「そうだ、相棒。最近知った楽しい遊びを教えてやる」
「ええ……? 何……?」
 乾杯をしてしばらく。近況を話したり雑談したりして何杯かおかわりをした後、だいぶ酔いが回ってきた俺に、エスティニアンはニヤリと笑ってそう切り出した。ふわふわした頭でも嫌な予感しかしなかったが、ほろ酔い加減で教わる遊びなら血生臭いものではないだろうと、とりあえず話を聞いてみることにした。
 聞けば、エスティニアンがクガネにいた時に酔客から教わった遊びらしい。麻雀というボードゲームで、最近、ゴールドソーサーでも楽しめるようになっているんだとか。
「三つの牌の組み合わせを四つと、二つの牌の組み合わせを一つ揃えるんだ。例外はあるがな」
「ふうん」
「組み合わせによっては役が成立し、点数が上がる……まあ、習うより慣れろだ。せっかくウルダハにいるんだ。行くぞ相棒!」
「ええ……? 今から……?」
 エスティニアンもだいぶ酔っている。そんなに魅力的なゲームなんだろうか。ゴールドソーサーなら懐もそんなに痛まないし、鉄は熱いうちに打てと言うし……。まあいいかと思うことにして、 俺は支払いも忘れて駆け出したエスティニアンの代わりに店員にギル袋を渡すと、慌てて大きい背中を追いかけた。


 そしてやって来たゴールドソーサー。二十四時間営業のゴールドソーサーは、こんな夜中でも大賑わいだ。ドマ式麻雀の卓も例に漏れず、多くの人々で賑わっている。強い人たちの卓の周りにはギャラリーが出来、その打ち回しには時折歓声が漏れている。……が、俺達はそこに用はない。初心者たちが集まる隅の卓へ向かい、先客らしい三人にぺこりとお辞儀をして、俺は席についた。
「よし、行くぞ相棒!」
「お、お手柔らかに……
 先客の三人は、あ、初めてやる人ね、という顔でほろ酔いの俺達を見ている。心優しい人たちに囲まれ、俺はほっとしながら、初めての麻雀を打つことになったのだった……


 ――そして、数時間後。
「お、おもしろすぎ……⁈」
「そうだろう、相棒。この奥深さ……お前ならわかってくれると思っていた……
 正直全然上がれないし、なんなら振り込みまくって惨敗という感じだったけれど、エスティニアンの言う通り、麻雀というゲームは面白い。駆け引きもあり運もあり、みんな静かに打ちつつも、熱くなっているのがわかる。
 いつの間にか酔いも覚めて朝になり、すっかり徹夜で楽しんでしまったけれど、そのおかげでルールはしっかり理解したし、役もいくつか覚えた。次はもっと楽しめるに違いない……。そう感想を述べつつ、俺達はとりあえず寝ることにして、ウルダハの宿屋へと向かった。明日はウルダハにある雀荘とやらにも行ってみよう、そう約束して。


 二日後。俺達は青ざめた顔で雀卓の前に座っていた。ギル袋の中身はすっからかんで、大枚をはたいて買った装備も今は手元になく、全ては対戦相手の手の中だ。エスティニアンも同じく、上半身裸になって震えている。俺達は今、最後に残った衣服をむしられるかむしられないかの瀬戸際に立っていた。
 昨日行った、初心者向けの雀士が集まる雀荘は良かった。和気あいあいと打ち合いを楽しみ、低いレートでの賭け麻雀でちょっぴり得られたプラスで頼んだお酒も美味しかった。少しずつ上がれるようになって、俺達は調子に乗っていた。それが良くなかったのだろう。
「よう、お兄さんたち。まだ覚えて二日なんだろ? あんたたち、才能あるよ。いい店があるから、そっちでも打ってみないか」
 そう声をかけてきたララフェルの男は、路地裏にあるひっそりとした雀荘を紹介してくれた。俺達は腕っぷしには自信があっても、それ以外のところは色々と抜けたところがある。特にお金が絡むとダメだった。そういう自覚はあったはずなのに、飛んで火に入る夏の虫よろしく、怪しい雀荘に意気揚々と乗り込んで行ってしまったのは……麻雀の魔力、というべきもののせいなんだろうか。多分そう。おそらくそう。そうであって欲しい。でもやっぱり、俺達が迂闊すぎたんだろう。
「よう、お兄さんたち。よく来てくれたね」
 店を教えてくれたララフェルの男は、にこにこと人懐こい笑みを浮かべながら俺達を出迎えて、俺達と同じく麻雀を始めたばかりだという男たちの卓へと案内してくれた。サービスだという酒やつまみ、俺は吸わないけど煙草なんかを出してくれ、楽しく打ち始めた……はずだったのに。
「クックック……残念だったな、ロンだ」
「‼」
「馬鹿な……また直撃だと……⁈」
 最初のうちは何度か上がることが出来ていたのに、だんだんと勝てなくなっていった。俺はエスティニアンと交代で打っていたが、それぞれ直撃ばかりを喰らい、あっという間に点棒は減っていく。相手は初心者だと言っていたが、初心者という言葉も幅広い。俺達よりずっと経験豊かな自称初心者の男たちは、みるみるうちに俺達から点棒と金をむしり取っていったのだ。
 そう、サービスだと聞かされていた酒だのつまみだのは実は有料であり、しかも法外な値段だったのである。払えないことはないが、アルコールが回った頭では、負けた奴が卓についたメンバーの分の料金も払おうなんていう大博打に乗せられて、そこからはもう、ダメだった。負けた分を取り返そうと気合を入れて打ち、負け、そしてまた打つ……そんなことをしていては、負けを取り戻すことなんて、出来るはずがない。
「リーチ!」
「相棒……! いけるぞ……今回こそ……!」
 リーチ、それも上がれば三暗刻だ。しかも親。自風かつ場風の東も三枚。これで上がれなかったらおしまいだ。……だというのに、現実は非情だった。
「悪いなァ兄ちゃん、ロンだ」
「なっ……!」
「そんなことが……⁉」
 リーチとして出した牌は、正面の男の上がり牌。一気通貫、裏ドラも乗って、俺の点棒は爆発した。終わった。負けも負け、大負けだ。俺の冒険はここが終点……
「さあて、もう出せるもんは無ェようだなあ」
「ううっ……ごめん……エスティニアン……!」
「気にするな……ついてないこともある……
 俺達は覚悟を決めて、最後に残ったズボンを脱いだ。つんつるてんだ。もう、出せるものは何も無い。武器は宿屋に預けてあったのは素直に良かった。そう思わないとやってられない。
 それなりの値段で買った服とアクセサリーを全て対戦相手に引き渡し、俺達は下着一枚でしおしおと項垂れた。砂漠の夜は冷える。実際寒い。縮こまる俺達を見て、男たちはゲラゲラ笑った。
「ハッハッハ! 聞き分けがいい奴は好きだぜ」
「安心しな。宿屋まではそう遠くない。風邪を引くことは無いだろうぜ」
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。俺達にはレベルが高い雀荘だったのか。多分そう。おそらくそう。そうであって欲しい。俺とエスティニアンはとぼとぼと店を出て、道行く人達がチラチラ見てくることに耐えきれず、宿屋に向けて走り出した……


「いらっしゃ……きゃあっ!」
「も、モモディさ~~~~~ん‼」
「ちょっとあなた達、なんで裸で……⁉ いいから服! 服を着て頂戴!」
「うわあん……
 突然下着姿の男が二人も飛び込んできたら驚くのは当然だ。しかし下着姿で往来を走っているうちに、情けなさで泣けてくるのもまた仕方ないことであって……
 俺達は併設されている宿屋のスタッフが持ってきてくれた部屋着をいそいそと着て、モモディさんが出してくれたあたたかいお茶を啜りながら、事の顛末を話したのだった……


「なるほど……それは災難だったわね」
「麻雀って怖いよ……。やっぱり俺達には雀荘はまだ早かったんだ……
「そうかも知れんな……。すまん、相棒」
 初心者が調子に乗ってはいけない。それは麻雀に限らずどの分野でもそうだ。調子に乗ると足元を掬われる……俺達は楽しさにかまけて、それを忘れてしまっていたのだ。英雄だなんだと言われても人の子。油断することもある。それが戦場でなくて良かった、そう思わなくては……
……待って。最近、イカサマ麻雀で初心者をカモにする連中がいるって聞いたことがあるわ」
「えっ」
 反省したばかりだというのに、モモディさんのその言葉に俺達は驚いて顔を上げた。まさか、それって……
「なんでも、初心者向けの雀荘で声をかけて、自分たちの店に誘導するんですって。あなた達、もしかして……
「あ、あの野郎……!」
「俺達、ハメられたってこと……⁈」
……そうみたいね」
 それが本当だとしたら、本来の実力とは関係のないところで負けたということになる。イカサマで人を騙すのは良くない。それはそれとして、イカサマに気付かないほど俺は弱いということでもあって……
「じゃあ、落ち着いたら不滅隊に――
「待って、モモディさん」
「え?」
……俺、あいつらを成敗出来るくらい、強くなるよ」
「相棒……お前……!」
「でも、放っておいたらまた被害者が出ちゃうわ」
「もちろん通報はするし、注意喚起もしてもらう。でも、イカサマって言ったって証拠はない。ぼったくりする店だってウルダハには五万とある……。不滅隊が摘発しようとしても、そう簡単にはいかないよ」
 自分で言っておいて、だいぶ悪口めいてるなとは思う。しかし、それもまたウルダハの現実なのだ。モモディさんも複雑な顔をしつつ、そこは否定しなかった。
「それは……まあ、そうだけど……
「だったら、現行犯逮捕出来るくらい、強くならなきゃ……
「それは……別に貴方じゃなくてもいい気がするけど……すでに強い人もいるでしょうし」
「うっ」
 確かに、すでに腕の立つ正義感に溢れた雀士はいるだろう。しかし、こう、カモにされた身としては自分の力で勝ちたいというか……。痛いところを突かれた俺に、エスティニアンが言う。
「相棒、冷静になれ。俺達はまだ打ち手として弱すぎる。この事件は、適した奴に任せるべきだ」
……そうだね……
 二人の言う通りだ。悪質な雀荘は早急に取り締まられるべきで、悔しいけれど、カモにされる程度に弱い俺達に出る幕はない。俺は項垂れて、冷めかけたお茶をちびりと飲んだ。
……だが、相棒。強くなりたいという気持ちは俺も同じだ。そのためにはどうしたらいいか……わかるだろ?」
「‼」
 そうだ。強くなるにはどうしたらいいか。それを俺達はよく知っている。練習・訓練あるのみだ。
「よし! 明日もゴールドソーサーに行くぞ! 相棒!」
「うん‼」
 盛り上がる俺達を見たモモディさんが、懲りないわねえ……と呟いていたのは、まあ、気のせいということにしておこう。


 後日、例の悪徳雀荘は閉鎖された。聞けば、クガネからやって来た凄腕の雀士が不滅隊の捜査に協力したとか。イカサマ雀士たちは多額の罰金を払わされ、執行猶予付きで一旦釈放されたという。もう二度とイカサマはしません、という念書を書かされたらしいから、もう心配はいらないだろう。
 しかし、悲しいかな、悪いことを考える人間がいなくはなることはない。おそらく、第二、第三のイカサマ雀士が現れるだろう。その時は――成長した俺が、華麗にイカサマを見破って、お縄にかけてやるのだ。
 そして今日も、俺はエスティニアンとドマ式麻雀の卓につく。
「リーチ!」
「いいぞ相棒! とっとと蹴散らすぞ!」
 麻雀マスターへの道は辛く険しい。上がれても上がれなくても、リーチを、一鳴きを、捨て牌を積み重ね、進み続けるしかないのだ。
 正面の雀士の捨て牌は、索子の二。来た。
「ロン‼」
「ふっ……我が相棒に、上がれぬ手牌無し‼」
 大袈裟なまでに褒めてくれる相棒と共に、俺はきっと、天辺を取ってみせる……
 立直一発一盃口ドラ1、今夜の俺達の冒険は、ここから始まる。


おしまい