草枕
2025-06-04 05:24:04
1634文字
Public syzygy
 

syzygy_overweight+003. ラウラ・リーベック、あるいはリード・エルンスト

リードさん(助さん:@hvnfSNkSpnzL1R9)について


あの艦で、オレの他に生き残っていた人間が居たことの安堵を、貴方は一生、知るよしもないのだ。


ラウラ・リーベックは、シルーが所属していた補給部隊の副隊長だった。部隊が運ぶ物資を護衛する班のうちの一つの、一番下っ端がシルーである。
そんな天と地ほどの階級の差がありながら、『姿を見かけたことがある上官』に済まさないのがラウラ・リーベックという男だった。人好きのするラフな笑みを浮かべて、部下と他愛ない話を交わす。威圧的な上官が多い中で、部下に『思わずつまらない話までしちゃう相手』と称される人物は彼を置いて居ないだろう。

そういう人であった。



補給部隊の艦が壊滅に至った訳を、シルーは知らない。班員の体は何も見つからなかったと聞いた時に、全てが失われてしまったような気になったのだ。気が遠くなる程に数多ある星々の光の中に、にんげんの塵をひとつ、探そうという勇気を持てる者は、きっと宇宙をしらない。

だから、せめて憶えていようと思ったのだ。
護衛班の人たちのことを。できれば部隊の人たちのことも。リーベック副隊長のことを。
それが脱出ポッドに押し込められたシルーの負うべき役割だと思った。人の記憶から忘れられてしまうことは二度目の、ほんとうの死であると、そう聞いた。──失ってなるものか。




壊滅とは80%以上の戦闘要員の損害であるという定義が、頭のどこか遠くで引っ張り出されていた。あの出来事から実に6年も経った、別の組織で、シルーは彼と再会した。

「副、隊長……?」

死んだものと思っていた人間が現れて、それが人違いでないと思える者はどれほど居るか。それでもシルーの口からまず出たのは、かつての呼称であった。風貌が変わっているが、記憶の中の人と似ていると気付いたのは、ひとえに繰り返し思い返していたからに違いない。
顔の似た親類か、他人のそら似。冷静であろうという思考と、必要性のなさをわめく感情の、残ったのは後者であった。




果たして、彼はリーベックその人であった。

同じ組織に居ながら、再会までの時間が長かったのは、彼が現在リード・エルンストと名乗っていること──ばかりが理由ではないだろう。数多い部下の一人でしかないシルーのことを覚えていた『リーベック副官』らしさは持ち合わせていたが、言葉通り"人が変わったよう"だったのである。

リードがかつての上官であるという確信に至れぬシルーに答えを与えたのは、マリア・セシルだった。曰く、「聞かれなかったから、わざわざ言うこともなかった」と。うららかなルクスの午後を模したモニターの光が差す医務室で、あまりに呆気なく、リード・エルンストはラウラ・リーベックになった。
──彼の記憶が、満ち欠けを繰り返す状態であるという詳細とともに。


これは、怒りだ。
余りに身勝手で、シルーの未熟を煮詰めただけの。
リードに何の非もない、けれどどこにもやる方のない不満だ。

他人のそら似と一蹴できなかった、冷静を欠いたあの瞬間。シルーの頭を占めていたのは、一人分の空きに安堵する喜びだった。
ずっと一人で抱えていた重い荷を、分かち合うとまでは行かずとも、『リーベック副隊長』を下ろせる時が来たのだと。

だから、恨めしかった。
過去を忘れてしまう瞬間があるリードが。それを羨ましいと思ってしまった自分と、そんな気付きを与えたリードが。
今まで感じたことのなかった重みが、肩に食い込む。重いと感じるなんて、あの人たちを負うことを拒否しているようじゃないか。最悪だ。

だから。
シルーはリードとの再会を嬉しく思う。重くない、辛くない、苦しくはない。決して。
怒りなどない。ある訳がない。
ここにあるのは人当たりの良い上官への憧憬と、敬いからの親切心だけだ。
身勝手に抱いた怒りへの罪滅ぼしに、症状に起因する問題は無いかと気に掛ける。そんな愚かな部下は、どこにも。