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eclipsis
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ミホペロ
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君のためのワルツ
朽ちたダンスホールを復活させる
「 おい鷹の目ちょっと来てくれ!スゴいものを見つけたんだ!」
静かな部屋にいきなり女の声が響いた。
それに特別驚かずに、おれは手中の本へ視線を外さない。昼食後のゆったりとした時が流れる広間に、何と場違いなBGMだろう。
不覚にも扉は開け放していたから、ゴースト娘が独特な飛行音をさせてこちらへ飛んで来た。興奮しているのか普段よりも高い声で叫ばれたのには、一瞬眉を顰めたが。
「なぁ!聞こえてるくせに!お前も知っておいた方がいいもんなんだぞ!」
「
……
何がだ 」
おれが座っているソファの周りで、ゴースト娘がゴースト共を従えて喚く。
その騒がしさに、やっと本から視線を外した。目の前を半透明なゴーストが揺らめくのを、手で払う仕草をする。
それで消えることは無いが、読書を邪魔された不満としての意思表示だ。だが、ゴースト娘は何も気づいていない。あまつさえ、席を立てという強硬手段なのか、おれの腕を引っ張り出す始末だった。
こうなるともう手が付けられない。意地の張った子どもの相手なんかまともにしたくない。
愈々
いよいよ
、促されるままにソファから立った。
前方を飛んでいく桃色の頭を見やりながら、城の長い廊下を緩慢に歩く。そこまで読書に没頭していた訳ではないが、他人に強制されて何かを行うのはどうしても気が削がれる。
その先導している張本人は尚もふわふわと進んでいるが、おれがちゃんと着いて来ているか確認するために、頻繁にこちらを振り返る。
おれが瞬間移動して何処かへ消えるとでも思っているのか。そんなに確認する必要は無いだろう。小さな頭を小気味良く振る様は、単純な小動物のようで面白かった。
「 着いたぞ!」
そんな馬鹿らしい想像をしていたら、ゴースト娘がそう言って立ち止まった。
連れて来られた場所は城のとある一画だった。日常的に使う食料庫等がある場所とは、反対の位置なのでほぼ訪れた事がない。
他の部屋よりも豪華な装飾の大扉が目の前にある。
――
この部屋は何だったか。ふむ、と腕組みをした次の瞬間には、ゴースト娘がその扉を開け放し、その中へ踏み入った。
「見ろ!ダンスホールだ!!」
「
……
あぁ」
開放的な広間で、ゴースト娘が両手を勢い良く振りながら声を弾ませた。
この古城を拠点にしてから後に、一度訪れただけですっかり忘れていた。
広間の天井には輝きを失ったシャンデリアが虚しく吊り下がり、辺りの壁は所々剥がれた箇所がある。長い年月、誰も立ち入らなかったせいで埃の匂いもする。
――
ロロノアがこの城を出てから、ゴースト娘は退屈しているようだった。
呼吸をするのと同程度に、迷子になったり怪我をする奴の世話を焼いていたのが、奴が旅立って行き急にその役目から解放されてしまった。この城に戻ってきてから、所在なげに救急箱を触っている姿を何度か見た事がある。
その手持ち無沙汰を紛らわす、何か新しい娯楽を探す為に城中を飛び回りでもして、この部屋を見つけ当てたのだろう。
事の経緯をそう推理していたら、ゴースト娘がムッとした顔をし始めた。
「お前なんだ、その反応!ちょっとは驚いてみろ!
……
あ!お前もしかして知ってたのか?!」
「おれはこの城の現、主だ。知っていて当たり前だろう」
「だったらすぐに教えろよ!!ダンスホールだぞ!可愛い!素敵じゃないかっ」
「
…
おれにとって最も必要の無いものの一つだ。貴様に教える義務も意味も無い」
少し上の空中できゃんきゃん騒ぐゴースト娘を睨めつけながら言い放つ。そうすると娘は頬を膨らませて、そんなの関係無い!と他愛ないかんしゃくを起こした。
「なぁ、ここ綺麗にしよう。全然手入れしてないだろ?掃除して、花を飾ったりしたら見違えるぞ!」
「したければ一人ですれば良い」
「鷹の目も手伝ってくれよォ。広いぞ、この部屋!」
「おれにとって必要の無いものに奉仕する気は一切起きん。そもそも、朽ちた城の舞踏場に何の価値がある。踊る相手は
狒々
ヒヒ
くらいだぞ」
おれの言葉にゴースト娘は二の句を継げられなくなったらしい。うぅ、とかあぁ、やら変な鳴き声を出して、空中で器用に身を縮こまらせた。
しかしその眼を見れば、まだ諦めがついてないような光が点っている。
「
……
貴様の好きにすれば良かろう。おれは何もしてやらないが。この城の規模から考えると、この舞踏場は小さく造られている。
…
時間はたっぷりあるのだろう?」
クライガナ島は
偉大なる航路
グランドライン
の中でもとりわけ辺鄙な土地だ。他国との交流は容易く出来ないだろう。一国の城ならば、舞踏場という社交の場は盛大に造る。しかし、それが不可能なこの地では必然ささやかなものになる。一人で手入れできない程の広さではないと予測できた。
おれの言葉を聞いたゴースト娘は、また何も喋らなかった。けれど、小さくしていた身体を正すと辺りを見渡し始めた。
その挙動には燻っていた火が勢いを取り戻す様を連想させた。
その一連の様子を見届けると、おれは舞踏場を後にした。
ゴースト娘が舞踏場を発見したと騒ぎ立てた日以来、あの娘はすっかりそれに夢中になっていた。
時間がある時には、あの舞踏場へ行って手入れをしているようだった。
畑仕事はサボらずにやっていたのが妙に律儀だった。別に命令も強制もしていないのだが。
ただ夕食後や畑仕事の無い日は、すぐさま姿を消していた。広間で読書や手芸に没頭している姿が常であったのに。
何度かワインを取りに酒蔵へ行く途中、ゴースト娘を見かけた事があった。
廊下を何やら道具を詰めた袋を引っ提げて、忙しなそうに飛んでいた。おまけにエプロンも着けて、廊下の端へその姿が消えたら、エプロンの紐がするりと猫の尾のように連れ立って行った。
言葉を発しなくとも、何やら賑やかな様子に、知らず鼻を鳴らすように笑ってしまった。
***
二人で夕食を取ったある日、食事が終わると例のごとく、ゴースト娘は広間から居なくなった。
――
随分と執心している。夕食の片付けもテキパキとこなし、文字通り飛んで行った。
おれはまだ食卓につき、ワインを嘗めていた。別段つまみは無く、作る気も起こらなかったので窓の外を眺めていた。
今夜はこの地にしては珍しく、雲の無い夜だった。月の光が窓からよく届いている。
その時、静かな広間の扉を勢い良く開く音がした。
「鷹の目、ちょっと来てくれ!スゴいものを見せてやる!」
ゴースト娘が以前にも聞いた事があるような誘い文句を快活に発して登場した。ただし、娘の服装は見たことの無いドレスを纏っていた。
裾を引き摺りそうな長いスカートを、片手で緩く持ち上げこちらに近付いて来る。いつもの帽子は被らず、代わりに銀の髪飾りを着けて桃色の豊かな髪を揺らしている。
「
……
随分めかしこんでいるが、何処に行く気だ」
「ホロホロ!知ってるくせに。ほら、早く立て!」
何を企んでいるのか可笑しそうに告げると、これも以前された様に腕を引っ張られた。
――
今度はそれに何の抵抗心も湧かなかった。
腕を取られたままゴースト娘と共に廊下を歩いた。
ドレスの裾を持ちながらでは少し歩きづらそうに見える。この娘なら大方、必ず転ぶ。容易く予知をすれば、取られた腕は振りほどかない事に決めた。
視界の下にある娘の顔を見れば、化粧も変えているようだった。
夕食時より、濃い紅色が口に載っている。頬にもうっすら紅を差し、瞼には細かな光が
淑
しと
やかに舞っていた。
けれど一人前に色づいた顔に反して、その瞳は悪戯を考えているような、プレゼントを待ちきれない子どものような輝きに満ち溢れ、そのアンバランスさに思わず苦笑した。
「よし。」
ゴースト娘が一言、声に出した。笑った事に勘づかれたかと思ったが、どうやら目的地に着いた為の合図だった。
豪華な装飾の大扉の前。此処のところ、ずっとゴースト娘が虜になっていた舞踏場だ。
娘は取っ手に手をかけ扉を開けた。そして、するりと身体を浮かせてその中に入って行く。
おれも続いて中へ入ると、丁度空中を飛んでいる娘が燭台に灯りを点してまわっていた。
舞踏場が柔い光によって照らし出される。
「
……
ほぅ」
見渡したその広間は、以前の姿とは全く違っていた。
床は綺麗に磨かれ、埃をかぶっていた飾り棚や机も充分に手入れされ、きちんと設置されていた。ついでに花瓶も置かれて花が添えられている。
見窄らしかったシャンデリアにはリボンが掛けられ飾られていた。よく見れば剥がれた箇所のある壁には、同じようなリボンやレースに覆われ上手く隠されている。
ゴースト娘の趣味がかなり入った改装の仕方に、自然と自分の口角が上がるのが分かった。
「ホロホロホロッ。どうだ、スゴいだろ?私はよくやったと思わないか?」
「
……
あぁ。まさに、よくやった。大したものだ」
これは本来の舞踏場とは、かけ離れた出来上がりだろう。しかしこの狭くは無い広間を掃除し、己の好きなもので飾り立てた根気や情熱は素直に賞賛できる事だった。
ゴースト娘の趣味は全く理解できない。けれど、そこかしこにあるリボンやレースに、娘の手が加えられている事を考えると好ましく感じる。
おれの賛辞を聞いたゴースト娘は、目を細めると屈託なく笑った。
「ホロホロホロホロ!お前からお墨付きを貰えるなんてな
…
。でも、まだこれで終わりじゃねぇぞ。フィナーレも用意してあるんだ!」
ゴースト娘はそう意気込むと、ひらりと翻って広間の壁際にある机へ向かい何やら作業をはじめた。
よく見ると、何処から探し当てたのか蓄音機が置いてあった。娘がレコードへ慎重に針を落としていく。
暫くすると蓄音機から音楽が流れ出した。
古めかしいワルツのようだ。歌声は入っていないが、ゴースト娘がそれを聞くと特徴的な笑い声を密やかに載せて空中を舞い出した。
確かに舞踏場なら踊らなければ意味が無い。これが曰くのフィナーレらしい。
舞踏場の高い天井を、ゴースト達を呼び出して飛び回る。
裾の長いドレスが足を隠しゆらゆらと空中に浮かぶ姿は、娘が自称するゴーストプリンセスにぴったり当てはまっている。
何度聞かされてもピンと来なかった言葉がしっくり来て、腕を組みながら頭上の娘を眺めた。
舞踏場の大きな明り取りの窓から月光が齎される。
娘が纏う薄い水色のドレスがうっすら光を反射して、ドレスから伸びる白い腕も発光しているように見えた。曲に合わせてひらひらと、その腕をはためかせる。三拍子のリズムに乗ってターンをすれば、跡を追うように桃色の髪が空中に広がった。
洗練されていない、子どもが思いつきで踊っているような振りなのに。白い腕、桃色の髪、ゴースト娘の全てから目が離せなくなる。
空を漂う娘は踊る事に夢中で、一緒に踊っているゴースト達とターンのタイミングですれ違えば、たおやかに手を交わし合っていく。
それを床からただ眺め、その手を取れない己が無性に間抜けに思えた。
だから、ゴースト娘が気まぐれに降下して、手が届く範囲に来た時、迷いなくその手を捕まえていた。
ゴースト娘が手を取られて、丸い目を更に丸くする。何か二の句を告げられる前に、逃げられる前に、先手を打たねばならない。
「
……
ワルツは一人で踊るものでは、なかろう」
そう言って、娘の手を引き床へ着地させた。素早く娘の腰へ手を回せばあっさりと、おれの腕の中に収まった。間近で見た娘の肌は一層白くて、眩しさを感じ目を細めた。
「え、わ
…
私、こんな風に踊った事なんかないぞ
……
」
「心配ない。左手はおれの腕に置け」
おずおずと、娘が言われた通りに左手を置く。それを見下ろしながら、己の今まで見たダンスの光景や知識を全力で思い出していた。
誰かと踊った事なんか、おれも無い。踊ろうと思った事すら今まで無かった。
記憶の中に薄らあるダンスの動きを頭に浮かべる。身体をどう動かすか考え定め、良いタイミングで娘の手を引き一歩を踏み出した。
まだ浮いてるんじゃないかと思うくらい、ゴースト娘は軽くて、おれの先導のままに動く。
慣れないダンスに眼下の桃色の頭が忙しなく辺りを見渡したり、おれを
窺
うかが
うように見上げてきたりする。目が合った瞬間、曲のリズムがターンをするのに丁度良く乗れそうだった。
娘を見つめながら手を少し強く引き、胴体に添えた手で回るように促す。すると、面白い程軽やかにゴースト娘がターンをした。
たっぷりとしたドレスの裾が花弁のように
翻
ひるがえ
るのを見ると、娘がわぁ。と感嘆の声を出す。
少し経つと、ゴースト娘の覚束なかった足取りもすっかり慣れてきた。
舞踏場を流れるままに二人で踊る。気まぐれにターンを促すと、娘が回転の勢いに能力を合わせて強く浮かび上がった。
行き過ぎないように、繋いだ手を引きおれの腕の中へ戻して抱き締める。ゴースト娘が無邪気にアハッと弾む息を出した。
囲った腕越しに暖かい体温を感じる。小さなこの身体も、同じように感じているだろうか。
少し息を整えて、娘が見上げてきた。
「ホロホロ
……
もし傍から見たら私達のダンスはめちゃくちゃだろうな」
「
…
そんなものはどうでも良い。今はおれとお前しか居ない」
見下ろした顔はポカンとした表情をした後、みるみるうちに髪色と似た、否、それよりも鮮やかな色に染まった。
その様子が愉快でそれと同時に、何かが胸へ込み上げてきて、ゴースト娘の額に唇を落としていた。そうせずにはいられなかった。
愈々、娘の耳すら真っ赤に変わって何やら叫び出しそうになっているのを、阻止する為にまたダンスを再開した。
曲が終わるまで、ずっと踊り続けていた。
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