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千代里
2025-06-03 16:25:25
13206文字
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リーブラ15話
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リーブラの針は問う・15話・その3
「あのくそじじいと一緒にウチに来る?!」
渡してもらった携帯食料
――
小麦を固く焼き締めたパンのようなもの
――
を口にしていたティエリーは、大声を出したはずみに手に持っている食べ物を落としそうになっていた。
大声にさらされたせいで、ティエリーの近くにいたオデットは目を丸くしていたし、耳がいいヤルマルは耳をぺたりと寝かせている。
「いっ、一体全体、なんで、そんな事になってるんだ!?」
「ティエリーさん、まずは落ち着いてください。食べているときに話をすると、咽せてしまいますよ」
ノエがやんわりと宥めるも、時すでに遅し。食べ物が気管に入ったようで、ティエリーはげほげほと咳き込んでいた。
見かねたオデットが、荷物に忍ばせていた水袋を渡す。炎のクリスタルで加工した袋で包んだもののため、凍結せずに持ち運ぶことができるすぐれものだ。水筒から流れ落ちた程よいぬるさの水は、食べ物が詰まったティエリーの喉を潤してくれた。
水筒の半分ほどを飲み干し、ようやく一息ついた様子のティエリーは、改めて居並ぶ面々の顔を見つめる。
グリダニアで起きたひと騒動のなかで縁を得た者たちが、揃いも揃ってイシュガルドにいる。それだけでも驚きなのに、こうして一堂に会する日が、こんなにも早く訪れるなど、彼は想像すらしたことがなかった。
「そもそも、どうしてお前らがイシュガルドに来てるんだよ。この国、入るのも出るのもよその連中には結構大変なはずだろ」
「その件については、事情があるんです。ことの発端は、僕の父親が僕がグリダニアにいることを知って手紙を送ってきたことからでした」
「ノエの親父って、イシュガルドの人間なのか?」
「はい。ニヴェール領の隣の領地を治めている方です。僕は幼い頃、その家から訳あって出て行く事になったのですが、父は僕の行方を探していたようで」
ノエの話を聞いて、ティエリーは苦い薬を飲み干したような顔をしてみせた。
てっきり複雑な貴族の事情を聞いて、己の家と照らし合わせたが故の反応かと思いきや、何やら弱りきった顔でノエを見やると、
「
……
あのさ。それっていつくらいのことだ?」
現在の暦と照らし合わせて手紙が届いた頃の時期について説明すると、ティエリーは頭を抱えて声にならない呻き声をあげ始めた。
「あの、何かあったのですか?」
「あー
……
実は、グリダニアからイシュガルドに戻った頃に、親父に呼び出されたんだよ。で、どこに連れて行くんだって聞いたら、親父の知り合いが寝込んだからお見舞いに行くって言われてさ」
怪訝そうな顔をするノエから、ティエリーはずるずると視線を逸らす。
「そんで、その知り合いっていうのが隣の領地の領主様だったんだ。俺も領主の部屋に案内されてさ、その部屋に飾ってあった紋章旗にあった紋章がノエの指輪にあったやつと同じだったから、その」
「それを話したのが、僕の父親だった、ということですか」
ティエリーの無言の首肯。彼の話を聞いて、ノエは脱力してその場にしゃがみ込みたくなった。
流石に雪原で尻餅をつくような真似はできなかったので、額に手をやり、はあーと長く息を漏らす。その傍らで、ヤルマルが「なるほどねえ」と気の毒そうに頷いていた。
「
……
どうりで、僕の居場所をあの人が知っていたわけだ」
「何か、その感じだと、かなりまずいことをしちまった
……
感じ、か?」
「それは、ノエの気持ち次第」
すぐには答えられないノエの代わりに、慌てふためくティエリーにサルヒが返事をした。
実際のところ、良いか悪いかで言えば、悪いの方の比重が大きいことではあった。だが、それは手紙が届いた直後の話だ。
自立したつもりであっても早々に拭えなかった父親への蟠りを、父親と直に対面することで解消できたのは、元を辿ればティエリーがノエの所在を父に漏らしたから、ということになる。
「悪かった、ノエ! 俺、そんな大事(おおごと)になっているとは知らなくて
……
」
家族間の軋轢については、ティエリーもノエと似たような立場であった。
彼もまた、亡き前妻の息子であり、ヒューランの母から生まれたハーフエレゼンという微妙な立場に置かれている。ノエとの違いは、公的に家から放逐されていないといった程度の差でしかない。故に、ティエリーも己の行いのまずさはすぐに察することができていた。
「いえ、僕も自分の事情についてティエリーさんには話していませんでしたから、仕方ないですよ。それに、悪いことばかりでもなかったので、そんなに頭を下げないでください。傷にも障ります」
地面にのめり込まんばかりに頭を下げる青年を、ノエは再び嗜める。
大雑把な振る舞いとガサツな口調が目立つせいで、粗暴な印象を受けがちだが、ティエリーは自身の非を顧みることができる人物でもある。
先だっての邂逅で、彼の性格について知っていたつもりだったが、以前よりも素直な態度を見せるようになったのは、この数ヶ月における心境の変化だろうか。
「ノエが親父さんに呼び出されたのは分かったけれど、それでどうして俺の家の領地に来てるんだ?」
「そこからも、実に色々とあってねえ」
話をする役を代わろうと、ヤルマルが一歩歩み出る。
彼女は、オデットの記憶喪失の件と、その手がかりを求めてミラベル司祭に会いに行ったことを簡単にまとめてティエリーへと説明した。
ティエリーは非常に優秀な聞き手でもあった。ヤルマルの簡略化された説明にさえ、目を丸くし、驚きの声をあげ、時に固唾を飲んでみせて、豊かな反応を見せていた。
「はー
……
そこのお嬢さんに、そんな事情があったのか。そんで、今はもうないエヴラールの当主さまと古い付き合いだったっていう、うちのジジイがオデットを呼んでるってことか」
話の概要を咀嚼してから、ティエリーは先ほどとは異なる渋い顔つきになる。
「本当に、ただそれだけのために呼んだのか? あのジジイが?」
「ですけど、オーバンさんは旧友の忘れ形見を招きたい、と言っていました。確かに、招いた後に何をするのかは口にしていませんでしたが」
「それに、エヴラールっていえば、たしか没落した後に、ジジイが財産をくすねたって家だろ。お前は、それ聞いて、よくそんな顔していられるな」
ティエリーが見た先にいたのは、ルーシャンだった。
オーバンがオデットの元を訪れた理由を説明するため、ヤルマルはルーシャンがエヴラール家の養子であったことにも触れていた。
先ほどの戦闘で破損した細剣を見ていたルーシャンは、突如話を振られて、虚をつかれたような顔を見せる。
「俺がどんな顔をしているって?」
「だって、お前の家のもんを、別の家が取って行ったようなもんだろ。それを、今更蒸し返すような真似をされて、むかつかねえのかよ」
「俺は元々平民の出身だからな。もとより、エヴラール家にあった金やら宝石やらが俺の財産だとは思っちゃいない」
「でも、他にもあっただろ。魔法の研究成果がどうとか、聞いたことがあるぞ」
一瞬の沈黙が挟まった。
それは、単にルーシャンが話に集中するために折れた武具を片付ける時間のようにも思えた。
しかし、養父と共に魔法の研究にのめり込んでいたことを、まるで子供のような瞳で語っていたルーシャンを知っていたオデットは、その沈黙に緊張を感じ取っていた。
折れた剣に布を巻き付け終えたルーシャンは、視線をティエリーへと戻す。
「確かに、親父の研究成果はニヴェール家に横取りされたようにも見える。だが、もしそうしなかったら、どうなっていたと思う。間違いなく、教会がまとめて回収して、地下の書庫にでも放り込んで、そこでお終いになっていた。竜との戦いを続ける教会の連中は立派だと思うが、あそこはかなり保守的な組織だからな」
「そうなのですか?」
意外そうに問うノエに、ルーシャンだけでなく、イシュガルドの貴族の末席として生きていた経験があるティエリーも頷いてみせた。
「例えばの話だが、竜を倒すのにもっと画期的な方法があるんじゃないかと、よその国の武具や、今まで違う技法で作った鎧を持ち込んだ者がいたそうだ。だが、どれも『イシュガルド正教の理念に反する』っていう理由から、蔵に放り込まれちまったそうだ」
「そうそう。教会の連中は、竜を殺すにも作法を必要とするのかって、傭兵の連中から聞いたことがあったな」
「そういう理由があるから、俺も親父の研究成果が蔵の片隅で埃を被って放置されるよりは、まだましだって思っているところもあるんだよ。全く何も感じないってわけにもいかないが、これは大人の心の整理方法ってところだな。納得したか?」
ルーシャンが問いかけた先にいたティエリーは、まだ何かもの言いたげであったが、ひとまずは首を縦に振っていた。だが、納得はしていないようで、ティエリーの眉間には皺が寄ったままだ。
「あのジジイが、旧友の忘れ形見と昔話をしたいなんて、そんな寝ぼけた理由で人を呼ぶわけがない
……
。何か、絶対裏があるんだ
……
」
漏れ聞こえるのは、ティエリーにとっては拭いきれない疑惑の言葉だった。
オーバンは、かつて息子と関係を持ったかもしれないという噂があっただけで、一人の女性とその娘を排除しようとした人物だ。この事件がほんの数ヶ月前のことだと思うと、ティエリーが疑いを持つのも無理のない話である。
「さて、と。いつまでも、ここで話をしているわけにもいかない。君はオーバン卿に不審を抱いているようだけれど、オデットは彼から父親の話を聞きたいと願っている。だから、彼の屋敷に招かれること自体を、ここで翻すつもりはない」
ヤルマルが場を仕切り直すため、何度か手を打ちながら、現在の方針を再度説明する。
ティエリーの助言を聞いたところで、オデットもヤルマルと同じ意見を持っていた。元より、オーバンが裏表のない善人だとは、誰一人思っていない。警戒するという方針には、変わりはなかった。
「それで、あんたはどうするんだ。そもそも、あんたは今一体何をしているんだ」
「最近は、領地のあちこちを見て回っていて、今回もその一つだったんだよ。グリダニアから戻った後は、暫く謹慎していたんだけどな。やっぱり屋敷に腰を落ち着けてるってのは、どうにも性に合わなくってさ」
親父にはどこにいるかは連絡している、とティエリーは付け足す。
これまでのティエリーは、前妻である母親が貴族の暮らしに馴染めずに憔悴していく中、父親は何もせずに見殺しにしたと彼から距離を置いていた。
だが、ノエたちと邂逅した後、ティエリーは父親と数年ぶりに言葉を交わす機会を得た。
自身の考えなしの行動がノエたちに迷惑をかけた経緯もあって、彼は斜に構えた見方をするのではなく、正面から父親と一度向き合おうと決めた。その結果、彼も以前とは異なる形で父親の存在を自分の中に組み込むようになっていた。
ことの経緯は知らずとも、ノエたちもティエリーの心境の変化はこれまでのやり取りの中で感じ取っていた。
「じゃあ、この後はまた別の町に向かうの」
それなら、ここでお別れだろうかとサルヒが問いかける。しかし、ティエリーは目を細めて「うーん」と唸る。十秒ほどの思案の時間を挟んでから、
「
……
よし、決めた! 俺も、お前らについていく」
「ティエリーさんも、ですか? ですが、その
……
いいのですか」
祖父のことを毛嫌いしていたのでは、とノエは言外に尋ね返す。だが、ティエリーの決意は固いようだ。
「そりゃ、俺もあのクソジジイとは顔を合わせたくはないさ。でも、お前らをあのジジイのところにやるのも、なんか気になるんだよ。あいつのことだから、オデットに無理難題ふっかけるかもしれねえし、そういうとき、親父じゃきっとジジイに太刀打ちできねえ」
ティエリーは家族から距離は置いていたが、自身の父親と祖父の力関係は正確に把握していた。祖父の嫌がらせに追い込まれ、自死を選んだ前妻を前にして、父は祖父に反抗することもせず、むしろ祖父があてがった後妻との縁談を受け入れた。
そこには、貴族としての打算もあるのだろうが、ティエリーの目には、父は祖父に勝てないのだという証拠を見せつけられたように思えたのだ。
「俺だったら、お前らとジジイの間に割って入るぐらいのことはできるはずだ。そうじゃなきゃ、この前の借りを返せないしな」
「無理はしないでくださいね。それに、わたしは元々オーバンさんと喧嘩をするつもりはないんです。何事もなければそれが一番ですから」
今回の話題の中心人物であるオデットは、やんわりと己の意見を主張する。だが、ティエリーの祖父への疑いは晴れる様子はなかった。
「じゃあ、この坊ちゃんを連れて宿に戻るとするか。俺の武器も買い換えないといけないしな。ったく、このタイミングで折れちまうとは」
「それは、旦那様の自業自得ではありませんか」
ぴしゃりと厳しい言葉を送ってから、サルヒは先頭を歩き始める。わざとらしく項垂れて見せるルーシャンの肩を叩いのは、ティエリーだった。
「なあ、あんた何かしたのか。前にあんたらと出会ったときより、あの姉さん、随分とおっかなくなってるじゃないか」
「大人には、色々とあるんだよ。色々とな」
「そーいう風に煙に巻いて大人ぶってるからじゃねえか?」
ティエリーは言うだけ言うと、すたすたとノエたちに近づき、積もる話に花を咲かせ始めた。残された自称大人の男は、小さくなっていくサルヒの背中を見つめて、もう一度肩を落としていたのだった。
***
宿に戻って早々、ティエリーの同行はオーバンの知るところとなった。彼らは血縁上は祖父と孫に当たるはずなのだが、会った瞬間、まるで二人揃って生涯顔を合わせたくない宿敵と出会ってしまったかのようなしかめ面をしていた。
「屋敷に戻ると言うのなら好きにしろ。ニヴェールの血を引くものが他所で問題を起こさぬようにするのも、私の務めだ」
「言ってろ、爺さん。別に、好き好んでお前にくっついていくわけじゃないんだからな」
「ならば、チョコボ車に乗らずに歩いていくか?」
「おう。それならチョコボを借りてお前の後をついて行ってやるよ」
「くだらんことを言うな。貴様を横で走らせていれば、周りの連中が何と思うか」
言葉のみを追えば一触即発の応酬ではあったが、険悪と聞かされていたノエたちから見れば、彼らのやりとりはこれでも穏便な方だと感じていた。
少なくとも、オーバンは今のところティエリーを徹底的に追い払うつもりはないらしい。そうであれば、ルグロ家の当主のように、獣が噛みつくが如き勢いで孫を排除していただろう。
ともあれ、すでに夜も訪れようという頃合いだったため、ノエたちは当初予定していた宿に荷物を置き、思い思いの場所で朝までの時間を過ごすことにした。
オデットは、先の戦いでノエが怪我をしていないか確認すると言って、彼と談話室で過ごしている。オーバンと三人の時間ではゆっくり話ができなかった分、積もりに積もった緊張を解きほぐしたかったからだ。
一方で、ルーシャンはヤルマルと連れ立って買い物に出掛けていた。先ほどの戦いで剣を折り、防具にも破損が見られている。いい機会だからと、武具も防具も新調するつもりだと彼は話していた。
そして、サルヒは荷物を持って自分に割り当てられた部屋の前に立ち尽くしていた。
同室の二人が席を外しているため、部屋に入るのに遠慮は必要ない。そう分かっているのに、彼女の動きは鈍い。普段は気にも留めない甲冑の重みが、何倍にもなってのしかかってきたようだ。
(鎧の補修をしないといけない。それに、ティエリーの様子も見ておかないと。彼は、オーバン卿に命を狙われたこともあるのだから、注意しておけと旦那様なら言うはず)
そこまで考えて、思考が一時停止する。
ティエリーの命が狙われていたことについては、ルーシャンとサルヒしか知らないことだ。オーバン卿はグリダニアに引っ越した使用人母娘だけでなく、前妻の息子であり長男でありながらも、貴族の生活に反発した自由奔放な混血の跡取りを目障りに思い、亡き者にしようとした。
ルーシャンとサルヒは、そのような推測を立てていたが、結局計画は頓挫したことと、推測の域を出なかったことから、殊更に吹聴するような真似はしていない。本人とて、この件は知らないだろう。
ティエリーとオーバンが、今も並びたって生きていること。それこそが、ひとまずは先の事件が収束したという証拠だとサルヒは考えていた。
だが、サルヒの疲労感の理由はティエリーにあるわけではない。
「そんなところで突っ立って何をしているんだ。鍵でもかかっているのか」
「オランロー」
ずっと部屋の前に立っていたので不審に思ったのだろう。サルヒ同様、荷物を抱えていたオランローがいつの間にか後ろに立っていた。
「こんな所に立っていたら、他の利用客の邪魔になる。部屋に入ったらどうだ」
「うん。それはあなたの言う通り」
お忍びの貴族愛用の宿といえども、二人がいる一階の部屋の廊下は決して広々とはしていない。通行の邪魔になるというオランローの発言はもっともである。
それに、黒い鱗を持つアウラ族の二人は、イシュガルドでは要らぬ疑いを持たれやすい外見をしている。不必要な騒動を起こして不快な思いをしないようにという配慮もあっての発言だと、サルヒも察していた。
「浮かない顔だな。怪我でもしているのか」
「そういうわけじゃない。怪我なら
……
治してもらったから」
そして、サルヒの負傷を治したのはルーシャンだ。彼の顔を思い浮かべるたび、サルヒは胸の中にもやもやとしたものが膨れ上がるのを感じていた。
「ルーシャンのことか」
思い浮かんだ人物の名をぴたりと言い当てられて、サルヒは目を丸くして傍らのオランローを見上げる。
彼は、サルヒの代わりに部屋の扉を開き、彼女を押し込むようにして中へと追いやった。自分も、その後に続く。
もたもたしているサルヒとは逆に、扉を閉ざし、照明をつけていく彼の手つきに迷いはない。
「どうして分かるの」
「どうしても何も、あんたがそんなにも深刻そうな顔をするのは、あいつのことだけだ。見ているだけで分かる」
何もかもを見透かしたような年下の青年の物言いに、サルヒはささやかな反抗心を覚える。もっとも、それもルーシャンの言うところの「拗ねている」が故のものだと、彼女自身理解していた。
「ルーシャンが、オーバン卿にオデットの情報を伝えていたことが原因か」
「それもある。でも、それだけじゃない」
今、サルヒの胸中を占めている煩悶の根幹たる理由は、オランローが言った通りである。
だが、その件について相談するなら、ルーシャンの過去をオランローに全て話さなければならない。しかし、サルヒはルーシャンの過去を詳らかに話すつもりはなかったので、この件について深く話すわけにはいかないと考えていた。
「私が気になっているのは、さっきのバンダースナッチとの戦いのこと」
故に、サルヒは先ほどの戦闘であった出来事をオランローについて説明した。
ルーシャンのとった、彼らしくない振る舞い。肉を切らせて骨を断つ、というサルヒの戦い方を見慣れているはずなのに、敢えて前に出て自分を危険に晒した。サルヒが傷つくところを見たくないから、とルーシャンは言っていたが、サルヒは彼の言葉を額面通り受け止めていなかった。
「私との連携に慣れている旦那様なら、あんな風に危ない橋を渡る必要はないのに。結局、私が旦那様を庇わなければ、旦那様は大怪我をするところだった」
「たしかに、それは実利を取るあの男にしては珍しいことだな」
オランローも自分と同意見だとわかり、サルヒは安堵する。我が意を得たりと、サルヒは腰を下ろした椅子から身を乗り出した。
「旦那様が何をしたかったのか、尋ねてもはぐらかしてばかりだった。挙句の果てには、私が庇ってくれたのが確かめられたなら、それでいいなんて。そんなこと、当たり前なのに」
今更、何を確かめようというのか。やり取りを思い出して、サルヒの言葉に苛立ちが混じる。
「それは、言葉通りの意味なんじゃないのか」
「どういうこと」
「あんたを試したかったということだ。あんたが自分を見捨てないか、危ないときは以前のように庇ってくれるかというのを確かめたくて、らしくない行動をしたんじゃないのか」
オランローの発言は、ルーシャンの発言を敢えて言葉通りに受け止めて咀嚼したものだった。今のサルヒは、どうしても疑念を持ってルーシャンの考えを探ってしまう。現状の彼女にはできない考え方だ。
「旦那様は、ああ見えて合理的な人。自分の身を危険に晒して確かめるぐらいなら、私に直接尋ねればいい」
「言葉では、どうしたって偽りが混じる。だから、敢えて行動で尋ねた、とも考えられる。あんたの方が心当たりはあるんじゃないか」
問われるまでもなく、サルヒとルーシャンの今の関係は、嘗てと比べると微妙な均衡の上にあった。
以前は、主従関係であった頃の名残を辿るように、サルヒはルーシャンのそばに付き従っていた。ルーシャンが常に前に立ち、サルヒは彼の一歩後ろを歩いていた。
だが、今は違う。
サルヒは自らルーシャンの考えを問いただし、彼が抱いていた復讐の裏にある『何か』を探ろうとしている。二人の関係は対等に近いものとなっており、時に腹の探り合いをするような部分もある。そうなると、お互いの言葉に疑惑を抱くようにもなっていく。
「
……
でも、旦那様がそんな非合理的なことをするなんて」
「どれだけ冷静で理知的に見える人物でも、そうやって誰かを試したくなるときがある。オレにも身に覚えはある」
「あなたが、ヤルマルを試したの?」
「違う。オレが試されたんだ。
……
かつて、オレが師と仰いでいた男に」
オランローが言及しているのは、ガレマール帝国軍に属していたときの上司であるセルウィのことだ。彼はヤルマルを捕え、彼女の無事と引き換えに、標的の情報を持つノエを誘い出すようにオランローに求めたことがあった。
「あいつは、どこかでオレを自分の手元に戻したいと考えていたのかもしれない。だから、ノエを捕らえた後も、オレを処分しなかった。あれは、一兵卒に過ぎないオレから見ても非合理的な判断だった」
「旦那様も、それと同じということ?」
「ああ。セルウィとルーシャンでは、性格も考え方もまるで違うように見えるんだがな。あんたの話を聞いていると、意外と似ているかもしれないと思った」
「
……
そう」
軍に属しながらも、己の敬愛する上司が敵に殺されたと聞いて、復讐に燃えた軍人。彼の姿は、確かにルーシャンに似ている。
身近な者を捨てきれないところも、きっと似ているところの一つなのだろう。
「私は、どうすればいいと思う」
「あんたが、そんなことをオレに聞く日が来るとはな」
言いつつ、オランローは部屋の支度を整えて、サルヒの前に椅子を運び、腰を下ろす。結局、設備の確認はほぼオランローが済ませてしまっていた。
「あんた次第でもあるし、ルーシャン次第でもある。あいつがあんたを試したいなんて思わなくなったら、先ほどのような振る舞いは無くなるだろう。それか、あんたがあいつの方に歩み寄るか、だな」
「歩み寄ったら、きっと、それで終わりになってしまう」
サルヒは視線を膝に落とし、自分に向けて語るように呟いた。
「私は旦那様の従者だったけれども、もう、ただの従者である私では嫌だと決めた」
隣に立ち、彼の望むものを見定めたい。
イシュガルドに向かう前から、サルヒが決めていたことだ。
「だったら、あんたの考えをぶつけてくればいい」
「あなたも、ヤルマルにそうしたの」
オランローは返事をしなかったが、大きく揺れた尻尾が答えのようなものだった。青年の分かりやすい反応に、サルヒはふと目を細める。
「
……
ありがとう。私も、そうしてみる」
かつてのように、酒の力に任せて子供のように駄々を捏ねるのではない。
だが、真剣に向き合おうとしても、いつも適当にいなされてしまっている。掴もうとすればするりと逃げる、水のような男だ。彼と向き合うのならば、相応の機会と場が必要だろう。
すぐには無理かもしれない。しかし、覚悟が決まれば、いくらかモヤモヤとした気持ちが落ち着いてくれた。
そそくさと部屋から退散しようとする、同族の青年の後を追うサルヒ。軽く背を叩き、彼女は言う。
「ありがとう、オランロー。あなたに相談してよかった」
***
「どうだ、見てみろよヤルマル。俺の新しい一張羅を!」
「それなら、ボクの服についても言及してほしいものだね。シュガーグレイヴじゃ、忙しない時期だったせいもあるけど、ボクの武装の変化に皆揃ってノーコメントだったからさ!」
今、旅人や狩人向けの武装を扱う店の角では、小さなファッションショーが繰り広げられていた。
もっとも、主役である者たちが揃って自己主張の強い大人たちであったことと、店に他の客が来ていないこともあって、見ている者は互いだけという寂しい状態ではあったが。
ルーシャンが胸を張って見せつけているのは、暗色のチュニックと赤いフードつきケープの武装だ。余分な装飾がないため、今まで身につけていたコート風の防具と比べると、体のシルエットがくっきりと浮かび上がって見える。
腰に吊るした細身の剣には、白く輝くクリスタルが、金属の刀身から延長して嵌め込まれている。剣としての性能もさることながら、魔道士の扱う杖としての観点からも作られた一品であり、ルーシャンは一目でこの武具を気に入って購入を決定した。
一方、ヤルマルの武装は、深みのある緑の生地で作られたチュニックに、濃茶の外套を合わせたものだ。金糸で織り込まれた刺繍は、単なる装飾だけでなく、魔法的な守護も込められているのだろうが、品のよいデザインがヤルマルによく似合っていた。
それでいて、膝丈まで包む金属製のブーツは、戦闘に赴く者の無骨さを感じさせる。瀟洒な空気を纏いつつ、戦士としての実用性も重要視するヤルマルらしい選択であった。
「ヤルマルは相変わらずいい目をしてるな。こいつは良い素材を使っていそうだ」
「そっちこそ。その剣に使われているクリスタル、かなり純度の高いものだろう。それでいて魔道士のエーテル操作の邪魔をしないように加工もされている。この場合、君の目利きは親父さんの教育の賜物と言った方がいいのかな」
ヤルマルの言葉に、賞賛以外の意味が含まれていると分からぬほど、互いに知らぬ仲でもない。ルーシャンは会計を片手間に済ませつつ、ヤルマルに尋ねる。
「お前が俺の買い物に興味本位でついてきたわけじゃないってことは、分かっていたさ。それで、何が聞きたいんだ?」
「じゃあお言葉に甘えて。君が、今更オデットのことをオーバン卿に教えたのはなぜなのか。この際だから、君自身の口から聞いておこうかと思ってね」
「それを尋ねるってことは、ヤルマルの中ではある程度答えが出てるんじゃないか?」
質問に質問で返されたものの、ヤルマルは怯まずに「そうだね」と応じる。
「君とオーバン卿は、然程仲がいいと言うわけではなさそうだね。お世話になったおじいさんに向けるにしては、君の視線には親しみがなかった」
視線で続きを促され、ヤルマルはこの推測は外れていなかったと確信する。
「だが、全く知らぬ仲でもない。オーバン卿の性分がわかっているからこそ、君は彼が予想外の動きをする前にこちらから先に餌を差し出した。そんな所かな?」
店先にてルーシャンは足を止め、ヤルマルという独演者に向けてぱちぱちと拍手を送ってみせた。だが、吊り上がった口元は一見愉快そうに見えて、何やら別の思惑が混じっているようにヤルマルには感じられた。
「大体当たりだ。俺はあの爺さんの性格を知ってるし、放っておくのは危険だと考えていた。この先、ノエとオデットだけで行動してる時がいつかくる。その時にいきなりやってくる客としては、若人らには少々きつい相手だろ」
「大体ってことは、外れてることもあるのかい?」
「そりゃ、一から十までとはいかないさ。だが、ここから先は個人的なことなんでね。秘密とさせちゃくれないか?」
「それは、サルヒにも秘密のことかい」
ヤルマルの次なる質問に、ルーシャンは「どうだろうな」と曖昧な言葉しか返さなかった。
だが、彼の物言いや、わずかな仕草からも言葉の裏に隠した意図は嗅ぎ分けられる。
(これは、サルヒにも話していないことなのだろうね。とはいえ、家族の死に関わることかもしれないから、迂闊にボクが口を出すわけにもいかないか)
ヤルマルはいつもの笑顔の裏で、一つの推論を打ち立てていく。口には出さない思考は飲み込んだまま、彼女は続ける。
「実は、ノエから聞いた話なんだけれどね。オデットって、ノエと出会う直前に、誰かに襲われていたみたいなんだよね」
ゆっくりと、噛んで含めるようにヤルマルは言う。
「そのことについて、君は何か知っているかい?」
ノエがオデットを助けたのは、彼がクルザス地方にいた頃だと聞いている。
助けた少女は、手首に縄の跡があり、体のあちこちに軽い火傷を負っていた。何か良からぬ揉め事に巻き込まれたのは、詳しく話を聞かなくても想像できてしまう。
(たとえば、貴族の揉め事とか
……
ね)
ヤルマルの質問に、果たしてルーシャンは「それは知らないな」と返した。彼の声音には、隠し事を暴かれた動揺もなければ、殊更に感情を殺している様子もなかった。
「そんなことがあったのか。お嬢ちゃんが記憶を失った経緯については、大体教えてもらっていたが、よくそんな状態でノエに懐いたものだな」
「それはほら、人徳ってものでしょう。君みたいな髭面の怖いおじさんだったら、そうはいかなかっただろうさ」
「おうおう、言ってくれるじゃないか。俺はこれでも、傭兵の間ではそれなりに信頼できる容姿だって言われてたんだぞ」
「えー、本当かなあ。それ、いつの話だい」
「まあ、大体十年ぐらい前だな。俺が麗しの美青年だった頃の話さ」
「ほーう。それなら、後でサルヒにその頃の君の話を聞いてみようか」
「ああ、いや、それは流石に言いすぎた。つまり、若いってことだけで、人を安心させられるって場合もあるだろ」
取り止めのないことを話しながら、ヤルマルはルーシャンの顔色を伺い続ける。しかし、そこには綻びのようなものはまるで見当たらなかった。
(ボクの考えすぎかな。オーバン卿が裏の顔も持っている貴族様だからって、ルーシャンまで疑うのは流石に彼に悪いか)
貴族間の駆け引きについては、ヤルマルも素人だ。敵を騙すなら味方から、とも言う。
ルーシャンが一言も皆に相談せずにことを進めた理由も、貴族を相手にするために慎重になったからかもしれない。
「君の若かりし頃の活躍はさておくとして。オデットは、ノエに出会う前も、出会ってからすぐも結構大変な目に遭っているみたいだからね。オーバン卿の一件で、また彼女が悩むようなことにならないでほしいと祈ってるよ」
「そいつは俺も同感だ。ティエリーじゃないが、あの爺さんが妙なことを言い出したら、俺だって黙ってるつもりはない」
「そいつは頼もしいね、元貴族様。腹黒おじいさんとの折衝はお任せするよ」
任せておけと力こぶを作るふりを見せるルーシャンに、ヤルマルも笑みを返す。
おりよく、宿に続く曲がり角を曲がったヤルマルたちは、宿の窓から顔を出しているオデットとノエに気がついた。街並みを眺めるために、窓を開けたのだろうか。
「おーい、お嬢ちゃんたち。見物もいいが、風邪をひくなよー」
ルーシャンが手を振りながら、声をかける。すると、二人の顔が少しばかり引っ込み、代わりにオデットがひらひらと手をふり返すのが見えた。
他愛のない仲間とのやりとり。それもまた、いつかは訪れる別れのときには、かけがえのない思い出の一つとなっているだろう。そんなことを考えながら、ヤルマルは仲間たちのやりとりを見守っていた。
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