【スタゼノ】ロードサイド・ショップ・レター

ダイナーでウェイトレスから電話番号をもらうスタンリーと、それに嫉妬するゼノの話。

 俺は多分、ゼノにやられちまってる。彼と会ったティーンの頃からずっと頭ん中をかき回されて、もう自分一人じゃあどうにもならないんだ。誰かの夢が自分の夢になるなんてことは、彼に出会うまで信じられなかった。誰かに何かを捧げるだなんて、そんなの馬鹿げてると思っていた。
 だが、彼はほとんど雷だった。俺を貫き、動けなくさせて、ようやく自分で踏み出した時には俺はもうゼノ以外いらなかった。彼とともに見た夢以外、何にもいらなかった。いつか月に行くってこと以外、もしかしたらもっと遠い宇宙に行くってこと以外、俺にはどうだってよかった。
 彼の黒い瞳に見つめられる度に、俺はそれを思い返す。いや、一人で戦闘機に乗っている時だって、思い出している。特殊部隊の隊長としてどれだけ危険な場所にいたって、やがて俺は月に行くのだと、そう信じて彼のことを思い出している。
 そう、俺はゼノにやられちまってるのだ。あんたが思うよりずっと深く、あんたのことを思っているのだ。
 
 
 ゼノが勤めるエイムズ研究センターまでジープを走らせ、彼を助手席に乗せ、DJが際どい政治のジョークを言うざらついたラジオを流しながらでこぼこのハイウェイを走っていると、面白いことに俺の恋人の腹が突然ぐぅと鳴った。きっと、食事を忘れて研究に没頭していたのだろう。いつから食ってないんだと考えると心配だったが、そういうだらしなさこそが俺が恋した男でもあったので、俺はハイウェイを降り、こぢんまりとしたダイナーやさびれたモーテル、ビーチが近いからか水着姿の女たちが呼び込みをしているガソリンスタンドなんかが連なる道に車を走らせた。開けた窓からは真夏の日差しと海風が吹き込んで来ていて、俺はこのまま食事を摂って海に行くのもいいかもな、と思った。ゼノは疲れているだろうが、たまには夏らしいこともしてみたい。
「ダイナーでいい?」
 俺がそう尋ねると、ゼノはちょっとばかし考えて頷いて、へっこんでる腹をさすった。恥ずかしかったんだろうか? 俺は心配してたんだけどな。元々あんたは痩せぎすだし、研究に夢中になりすぎて昔みたいに倒れちまわないかって、俺は心配してたんだけどな。それに俺もちょうどテキサスメキシカンを食べたい気分だったんだ。もっと言うと、久しぶりに軍の栄養管理された飯じゃなく、油がたっぷり入ったブリトーを食いたい気分だったんだ。
「あそこに、入ろうぜ」
 ゼノの返事を待たず、俺は黄色に赤いネオンが輝く看板がそびえ立つ、ダイナーの駐車場に車を入れる。すると彼は素直にシートベルトを外して、文句も言わずジープから降りた。頭のてっぺんに照りつける太陽はかなりまぶしく、サングラスをかけて来なかったのは間違いだったなって俺は思った。
 ダイナーの駐車場は空いていたが、ビーチが近いこともあってだろう、サーファーたちが置いていったボードが街路樹に立てかけられてた。子どもたちが使ったのだろう色とりどりの浮き輪も、しずくがついたまま、砂がついたまま転がされている。
 俺たちはカラン、とドアベルを鳴らして、ダイナーに入る。するとすぐさまブロンドのウェイトレスがやって来て人数を尋ね、俺たちをボックス席に招いた。俺はメニューを眺めてマリネした肉と野菜、ワカモレなんかを包んだブリトーとアイスコーヒーを頼んだ。正直喉がからからでビールを飲みたい気分だったのだが、さすがに飲酒運転はまずかったので。
 ゼノはいつものようにチーズバーガーを頼み(彼は偏食家と言ってもいいくらい昼食はそれだった)、コーヒーフロートを頼んだ。多分、頭を使いすぎて疲れたってことなんだろうが、俺は子どもみたいなメニューの頼み方に喜んでしまった。
「それで、これからどうする? 海にでも行く?」
 水着は持って来てないけど、はしゃぐ観光客を眺めるくらいなら夏を楽しめるかも。俺が頬杖をついてそう言うと、ゼノは窓際に置かれたシュガーポットから角砂糖を一つトングで掴み、それを口に放り込んでこう言った。
「海の音で寝てしまいそうだけれどね」
「いいじゃん、日焼けしたらイメチェンになるかもよ」
 あんたってさ、本当に生っ白いからさ。もちろん、そういうとこも好きなんだけどさ。俺だけに見せる場所も生っ白いところとか、ずっと建物の奥深くにいて、一日中コンピュータに向かっているところとか、それでいて、思いもしない発想で月に焦がれているところとかも。
「僕は日焼けすると痒くなるんだ。知ってるだろう?」
「そしたら、俺がローション塗ってやろうか?」
 焼けた所隅々まで、あんたが望むように塗ってやるよ。そう笑うと、ゼノはもう付き合いきれないってふうにため息をついた。そんな時アイスコーヒーと赤いチェリーが乗ったコーヒーフロートがウェイトレスによって運ばれて来て、続いてテーブルの上にブリトーとチーズバーガーが乗った。付け合わせのサラダやポテトフライなんかも、ぎゅうぎゅう詰めに置かれ、ウェイトレスは木製の会計札を置いて、ごゆっくりと言って、気安く微笑んで去っていった。俺たちは目の前に広がるうまそうな光景に、顔を見合わせて食事を始める。ゼノは腹が空いていただろうし、俺もそこそこ腹が減っていた。スナイパーは何日も食事を摂らないことがあるとはいえ、ここは戦場じゃなく、俺は緊張してもいなかった。まぁ、いつもの習慣で、まるでアウトローみたいに非常口の位置だけは確認していたのだけれども。
「これからどこに行くかだけれど」
「うん」
……モーテルに行きたいって言ったら軽蔑するかい?」
 俺を見ないままゼノが言った。俺は突然の夜の匂いをさせるそれに笑ってしまいそうになり、でも真剣な彼の言葉を反芻して、へぇって目を細めた。海に行くより、観光客の騒ぎ声や、サーファーたちの曲芸を見るよりも、海辺でレインボーカラーのかき氷を食べるよりも、子どもたちが駆け回る様子を見るよりも、モーテルでファックすんのを選ぶんだって目を細めた。もちろん、俺はその提案を魅力的に思った。だって、しばらく会えなかったんだ。ゼノは研究が忙しく、俺は新しく入隊した新人をしごくのに駆り出されていた。こうやって食事をするのは、一体何日ぶりだろうか?
「俺があんたを軽蔑したことってあった?」
 俺はマリネした肉を飲み込み、ほとんど食事を終えて、そうゼノに尋ねた。彼は分厚いパティととろけたチーズを噛みちぎり、コーヒーフロートに乗るアイスクリームを舐める。赤い舌がチェリーみたいにちらりと覗き、俺はそれにちょっと興奮する。
「でも、どうした? 気になることでもあんの?」
「いや、その会計札に、カードが挟まってるから……
「え?」
 ゼノの言葉に、俺はブリトーの包み紙をくしゃくしゃにして、会計札を裏返す。するとそこには電話番号が書かれており、俺はいつの間に、と忙しくコーヒーを注いで回っているさっきのウェイトレスを見た。
「君って本当にモテるね。今なら嫉妬で狂ったオセローの気持ちが分かるよ」
「あんたに殺されるんなら、デズデモーナになるのもいいかもしんねぇね」
 そこまで自惚れちゃあいないけどさ。古典の授業で習ったそいつらみたいに、俺たちは確かな関係じゃないけどさ。俺はそんなふうに笑って電話番号の書かれた紙を引っ張って握り潰し、テーブルの上に置き、そろそろ行くかってゼノを促す。俺の一連の動きを見ていた彼は驚いたようだったが、それでも残りのチーズバーガーを食い、コーヒーフロートを飲みきり、ボックス席から立ち上がった。
「別に、握り潰さなくたって……
 財布からチップを取り出し、くしゃくしゃになった電話番号の側に置いていると、彼は気の毒そうにウェイトレスを見て言った。あんたって分かんないね、自分の男に粉かけられて、平静でいられるところがすごいよ。そんなに自信があるんだ? ま、そういう所も好きだけどね。
「あんたがいるのに気を持たせろって? それとも、三人でしけ込みたい気分だった?」
「スタン――
「冗談だって。あんたは嫉妬して誘ってくれたんだろ? 楽しむのは二人きりがいいさ」
 俺が電話番号を貰ったって気付いて、だからあんなふうに誘ったんだろう?
 そんなふうに際どいジョークに笑いながら会計札を持ち、古めかしい銀のキャッシャーが置かれたレジに向かうと、さっきまでコーヒーを注いで回っていたウェイトレスが俺たちを迎えた。彼女はまだ電話番号がどうなったのか知らないのか笑っていて、特に俺を見て笑っていて、この近くのビーチはすごく綺麗なのよ、と紙幣を受け取りながら言った。私も毎日行ってるの、あなたも見るといいわ、って。俺はそれにへぇ、と気のない返事をして、でも後で行ってみるよと言った。けれどゼノは遠慮でもしているつもりなのか、これから二人でモーテルにしけ込むっていうのに、レジ近くの、きらきら輝く指輪が置かれているおもちゃ売り場をぼんやりと見ていた。俺はそれに、これは少々懲らしめてやらなくちゃあいけないなって思う。
 俺は二人分の会計をし、ウェイトレスに礼を言ってレジから離れる。そしてゼノの近くに行き、わざと大きく笑って彼の腰を掴み、尻に手をやり、耳たぶに大きなリップ音とともにキスをしてやる。突然のことに、ゼノは驚いている。俺たちは恋人同士だったが、それはほとんど秘密で、本当に親しい人間しか知らなかったから。
「え、あなたゲイなの!」
 後ろからウェイトレスの悲痛な叫び声が聞こえる。そう、俺はゲイで、長年付き合ってる恋人がいて、だからどれだけ魅力的な女から電話番号を貰ったってどうにもならないんだ。そう思って振り返ると、ウェイトレスは大きな目を開けて俺を見ていた。それから、食事をしていた数人の客たちも。
 俺は恋人を見せびらかしたような愉快な気持ちになり(何せ、まだ軍隊では与党が変わっても同性愛者の差別が横行していたので、どれだけ部下から信頼されていたって、公表するのは面倒だったのだ)、またゼノにキスをした。誰かが口笛を吹く。苦虫を噛み潰したような顔をした野郎もいたが、俺はそんなのは気にならなかった。今日は夏の盛りで、天気も良く、なのに俺たちはこんな昼間っからモーテルにしけ込むんだから。
 ゼノがため息をつく。これくらいいいじゃん、ここは空軍基地からも、あんたが勤めてるNASAの研究所からも遠い。噂にはなんないよ。
「スタン……!」
 三度目のキスを拒否して、ゼノがドアを開く。カラン、とドアベルが鳴る。夏の乾いた暑い風が吹き込んで来て、街路樹に立てかけられたサーフボードや色とりどりの浮き輪が揺れて、俺たちはそんな中ロードサイドの店から出る。そこで貰った電話番号が書かれた手紙から始まった、ちょっとばかし浮かれた出来事を後にして、ジープに乗り込む。ゼノはため息をついている。でも、誘ったのはあんただろう? これくらいの前戯は許してよ。これくらいの、世界一素晴らしい恋人を見せびらかすのは許してよ。
 俺は笑い、乗り慣れたジープのエンジンを入れる。そしてバックミラーを調整するふりをして、ゼノに口付ける。でも、彼はさっきみたいに拒否しない。俺はそれが嬉しくて、またキスするところを想像して唇を離して車を発車させ、いつも使ってるチェーンのモーテルを探す。
 ロードサイドには多くの店がある。こぢんまりとしたダイナーやさびれたモーテル、ビーチが近いからか水着姿の女たちが呼び込みをしているガソリンスタンド。海が近いから、観光客も多い。でも、俺たちは彼らみたいには海に行かないで、これから二人きりでモーテルにしけ込むのだ。誰よりも愛しくてたまらない恋人を確かめるために、さっき見せびらかしたばかりの、世界で一番愛しい恋人を愛するために。
 俺は多分、ゼノにやられちまってる。彼と会ったティーンの頃からずっと頭ん中をかき回されて、もう自分一人じゃあどうにもならない。彼はほとんど雷だった。俺を貫き、動けなくさせて、ようやく自分で踏み出した時には俺はもうゼノ以外いらなかった。だからさ、キスさせてよ、もっとすごいこともさせてよ、あんたとファックしたいよ。
 なぁ、ゼノ、あんたは出会った瞬間に俺を追い詰めたんだ、その責任、取ってくれるよな?



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