osoba1
2025-06-02 20:28:21
20727文字
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【SQV自ギルド話】2 結成

出会い、初陣、そんな回

サレン:フェンサー男1
マリエル:ウォーロック男1
ユーニア:ネクロマンサー男1
レア:リーパー男1
カルド:セスタス男1
カササギ:ハウンド男1

 初対面の印象なんて、大概アテにならないものだ。ひと皮剥けば、下から何が出てくるか知れたもんじゃない。
 そんなことはわかってた。わかっちゃいたんだが——


「サレン殿、街が見えましたよ! 早く! 行きましょう!」
 俺の手を強く引っ張りながら、マリエルはしきりにせっつく。
「ああほら! 何度も本で見たアイオリスの街門です!」
「お前、ずっと俺の後ろ歩いてたくせに、急に元気、ちょっ待っ」
「サレン殿ー! 私だけ、先に行ってしまってもー! よろしいでしょうかーー!?」
 待ちきれなかったらしいマリエルは、俺の返答を待つでもなく小走りで先行しながら顔だけ向けて呼びかけた。表情にも動作にもワクワクした調子が滲み出ていたし、何より道中の倍くらい声がデカい。
 というかマリエルのやつ、あんなキャラだったっけ? 前はもっとこう、しずしずというか——
「サレン殿ー! サレン殿ーー!?」
「うるせえ!! 行くよ、行けばいいんだろっ」
 あーもうふざけんなよ、ちょっとは芯のある奴だと一瞬でも思った俺がバカだった。とんだ暴走列車じゃねぇか。
 この振れ幅がよくわからないマリエル少年とは、同じ冒険者志望ということもあって道中一緒になっただけの間柄であり、目的地であるアイオリスの街に着いてしまえばはい解散と後腐れなしに別れを告げるつもりだった。が、どうやら向こう方はずっと二人で一緒に行動するつもりらしく、サレン殿も同じ気持ちですよねと言わんばかりの真っ直ぐな、しかも少し潤んだ目で見てきやがる。
 もちろん年端も行かず坊ちゃん育ちも板についたマリエルとしては俺と一緒の方がいろいろと都合がいいんだろうし、俺としても正直こいつの非凡な知識と魔法の威力にはかなり助けられるところが大きい。とはいえ、一度ピンチを助けたくらいでいつまでもサレン殿サレン殿と持ち上げられるのだけは居心地が悪かった。何より、大した志も持たない俺なんかにマリエルを縛ってはおけない。
 結局、アイオリスの街に全力ダッシュで飛び込んだ俺たちはしばらくへたり込んで動けなかった。特にマリエルは、ほとんどえずくような姿勢で唸りながら肩を震わせている。マジでなんで走ったんだろうコイツ。
 それでも、憧れのアイオリスに足を踏み入れたマリエルは本当に楽しそうで、歩きはじめる頃には疲労の色もほとんど消えていた。
 行き交う人の波に俺もマリエルも何度か流されそうになったし、市や露店がそこここに立って、賑やかよりも喧騒と言った方がいい活気が溢れている。いい街だ。マリエルはずっと目を輝かせっぱなしで、こっちとしては目が離せない。
 ふと、振り回された仕返しというか、この少年をからかってやりたい気持ちが沸々と湧いてきた。
「マリエルくん、キミはこのアイオリスの街についてどれだけの知識があるのかな? 説明してみなさい」
「サレン殿? その口調は一体」
「いいから」
「は、はい。アイオリスは東西の文化や人種が交わる中央小都市であり、観光や鍛治、貿易の中継といった、人や物の流れを利用した産業が発展しています」
「目玉は?」
「目玉……と言えば、勿論、あれでしょう」
 マリエルは眼前に立ち並ぶ家屋の先、遥か上空を指差す。
 そこには、天を衝くほど高く、アイオリスの街を何個も連ねてようやく匹敵するほどの広さを持つ、巨大という言葉も陳腐になるような大樹がそびえ立っていた。
「この星の外まで届くとも言われる大樹、それが世界樹。そして、世界樹内部に広がる大迷宮を探索するのが」
「俺たち、冒険者ってやつだな」
「良いところばかり……。サレン殿、本当に理解しておられますか?」
「お前さ、こっち来てからナチュラルに失礼じゃないか?」
 まあ舞い上がってるのは俺も一緒。世界樹の噂話は何千回と聞いてきたが、なにせ実物を見るのは初めてだ。
 マリエルを締め上げながらもう少し歩くと、お目当ての施設が見えてきた。
「着いたぜ、冒険者ギルドだ」
 石づくりの家々が並ぶ街並みの中でも、ひときわ無骨で四角い、砦のような建物だった。
「ここで、迷宮に挑む、冒険者たちの、ギルド登録を、ぇほっ……あの、サレン殿、そろそろ放して、頂きたいのですが、ぅ首がっ」
「今回は登録じゃない、あれ見な」
 ギルドの入り口には、大人の背丈ほどある木の立て板に紙をびっしりと貼り付けたものが、施設にやって来た人間の目に嫌でも入るよう置かれている。
「あれは、ごほっ……ああ、掲示板ですね」
 冒険者がギルドを組むときは、二種類のやり方がある。知り合いと組むか、知らない奴と組むかだ。もちろん気心の知れた実力者同士で手を組み合うのが最上形ではあるのだが、そんな相思相愛の大家族は数えるほどしかいないし、俺たち含めて冒険者ってのはそんなお利口さんばかりじゃない。
 というわけでそういう冒険バカたちは、即席のギルドをこしらえて冒険に出かける。即席といっても、一日で解散する前提のものから数年単位で長続きするご長寿までいろいろらしい。
 そのギルドメンバーを募るために、冒険者ギルドや大きな酒場には、こうした人員募集用の掲示板が用意されている。
 ……とは言うけど、本当にただ用意されてる、ってだけだな、コレ。貼り紙のサイズもまちまちだし、我先と上からベタベタ貼られまくって視認性も何もあったもんじゃない。
「ひと苦労だなー、これ。マリエル、お前右から頼む。いい感じの募集あったら押さえといてくれ。実力者求む、とかは避けて募集主が強そうなとこ中心で」
「承りました!」
 元気だな。丁寧な態度でつい忘れがちだが、背格好から見てもまだ十を過ぎたか過ぎないかって歳のはずだ。これくらい無邪気なのが本当なのかもしれない。
「そういえば、なあマリエル」
「はい、何でしょう?」
 二人とも掲示板とにらめっこしながら、声だけで話をする。
「俺と同じギルドに来なきゃいけない、ってことはないからな」
 マリエルの顔がこちらを向いた、気がした。
……サレン殿さえよろしければ、私はお側にいたいのですが……やはりお嫌ですか?」
 嫌、ではない。経験のなさは不安だが、それ以外はむしろ楽しくすらある。
「正直、一緒に来てくれるってんなら助かるけどな。俺の言いなりでこんなチマチマしたことしてなくてもいいんだぜって話」
「私は、サレン殿にご一緒します」
「いいのか、即答で。俺も大して強かないし、お前がピンチだからってもう守ってやれるとか思わない方がいいぞ」
「もう、肚は決めています。後はサレン殿のお返事次第です」
 マリエルの方に向き直ると、頑固そうな両目が俺を見ていた。
「よし、ならいい。道中俺に助けられたの、ずーーっと覚えてそうだしなお前。これで貸し借りチャラ、いいな?」
 唇を引き結んでマリエルが頷いた。
 いい顔だ。
「それじゃあ俺たちの未来のギルドの話をしようか。マリエル、お前の手元にあるやつ、ちょっと見してみ」
 マリエルの差し出した募集書は小型の用紙に書かれた小綺麗なもので、内容も連絡先とか審査方法とか、基本的には普通だった。ただ一点、末尾に『儲かりません』と書いてある。
「サレン殿も、お気付きになりましたか」
「ああ、まあ儲からないのは知ってるけど、わざわざ知らせてもお客が減るだけだよな」
「金銭目当ての冒険者を間引きにかけた、ということでしょうか?」
「たぶん。かなり達筆だし、余白の使い方も自然だから、学のある人間が書いてるんじゃねえかな。相当書き慣れてる」
「儲けを気にしないという点では私たちも同じですから、格好の条件と言えますが……審査の基準もその分厳しくなるのではないでしょうか」
「まあその辺は、会ってみないことにはな。なんにせよ、トップが切れる奴だといろいろ助かるし、覚えとこう」
 結局、夕方まで数百件の募集を漁って、候補に残ったのはたったの七、八件だった。
「あ〜〜〜〜疲れた……。貼りの雑さから察しちゃいたけど、どのギルドも書き方がまちまちでピンキリもいいとこだし。そこから俺らの条件に合うやつだけ、ってなるとこんなに少なくなっちゃうか」
「私はこれでも多く残った方だと思いますよ、サレン殿。私程度はともかく、サレン殿ほどの方でも運や調子の次第で命を落としかねないのが世界樹という場所だと聞いていますから。用心はいくら重ねても足りないと思います」
 確かに、マリエルの選択眼はやたらと速い上に厳しかった。俺がいけると思った募集も、マリエルと突き合わせた瞬間に五件も削られた。
 同時に、マリエルが自分のことを異様に卑下するのもなんとなく合点がいった。こうやって常に最悪を想定してたら、上辺だけの俺なんかが実力者に見えもするわな。
 この良くも悪くも石橋を叩きまくる堅実っぷりがマリエルという男なんだろう、たぶん。
「まあつっても、会うだけならタダだし? もうちょいお気楽に行こうぜマリエルくんよぉ」
「では、早速最初のギルドを訪ねてみましょう。それらのいずれもが駄目であったら、除外したサレン殿の候補も試してみる、ということでどうでしょうか」
 きびきびと言いながらマリエルが指差したのは、例の『儲かりません』ギルド。
 …………早速?
「ちょっと待った、今? すぐ? 長旅とギルド選びで俺そうと〜〜う疲れてんだけど」
「私の方が疲れているのかもしれませんよ。こちらの募集は貼り出されてからまだ日が浅いようですし、定員が埋まってしまう前に動いた方がいいと思います。何より、このどこかおちゃらけたような文章を書かれた方というのが、とても、気になる」
 大した休息もとってないのに、マリエルは意気軒昂といった雰囲気……というか目力がすごい、ギラギラしてる。
「マ、マリエルさ〜ん? 一応はパートナーの言うことも聞いた方がいいと思うんですけどぉ」
「善は急げ、ですよ」
 マリエルはもう俺の方を振り返ることもなく、ずんずんと目的の方角へ突き進んでいく。
「日が暮れ切ってしまいます。サレン殿、お早く」
 前言は撤回。この暴走石橋野郎め。


 街の隅にある小さな平屋に、その男はいた。
「ようこそ、私はユーニア。二人とも寛いでくれ」
 のっそり、というのが第一印象だった。
 とにかく、デカい。その辺の大人に劣らない背丈の俺でも、見上げないと目線が合わないくらいに、デカい。小柄なマリエルだと頭三つ分くらい違うんじゃないか?
「どうぞ。掛けないのか?」
 四人掛けの机を前に、一人で二人分くらいの迫力を出しながらユーニアが座っている。
 というか見た目に違わぬ重低音。加えてゴツいしかめっ面に、前だけはだけたコートから覗く厚い胸板が暗い肌の色も相まって威圧感マシマシという雰囲気。全然インテリって感じじゃないぞ!
「ユーニア様。先程も申し上げました通り、我々は貴君のギルドへの参加を望むものであります」
 促されるまま席に着いたマリエルは、いやにへりくだった口調で切り出す。
 並んでマリエルの横に座った俺は、正直言って場に呑まれていた。ちらと視線をやると、マリエルの腕も震えている。そうだよなぁ。
 とはいえ、街に来てから振り回されっぱなしだった分、今は心強さの方が強い。俺も上手い言葉使いなんてわからないし、ここはマリエルに任せておいた方がいい気がする。何より、疲れた。
「冒険者ギルド前の掲示にありました、こちらの募集を拝見して参りました」
 いつもより高い声で言いながら、マリエルは小柄の手帳を開く。そこには、七件そこらの貼り紙の文面がそっくりそのまま書き写されている。こういうところが、マメだ。
「我々は世界樹の探索によって財を成そうとするものではございません。ただ世界樹の内を調べ、歩み、自らの糧とし」
「分かった。参加を許可しよう」
……えッ?」
 素っ頓狂な声が聞こえた。俺の声だった。
 ユーニアは卓を挟んで腕組みしたままだ。
「よ、よろしいのでしょうか、ユーニア様? 我々はまだ、ユーニア様のお眼鏡に適うようなことは何も」
「いいんだ」
 ユーニアの反応はにべもない。あれ、こういうのって断ったときの対応じゃないか? イマイチ喜んでいいのかわからん。
「六人か、丁度いい。他のギルドメンバーを酒場に呼んである。会ってみる気はないかね?」
「は、はい、是非とも!」
「私は少し用事がある。先に行っていてくれ」
 そう言いながらユーニアはさらさらと何かを書きつけ、紙片をちぎって渡した。待ち合わせの場所らしい。相変わらず綺麗な字だ。
「マリエル悪い、先行っててくれ」
 番地を覚えている間にユーニアの姿は消えていた。マリエルを一人残して、俺はユーニアの後を追う。
「あのッ」
 追いついたのはもう薄暗い街並みの中で、民家の入り口にはどこも灯が入りはじめている。ユーニアは歩速もゆるめず、視線だけをこちらにやった。
 呑まれるな。
「あの、ユーニア、さん……でいい、っすか?」
「何とでも呼んでくれ」
「じゃあ、ユーニアさん。ひとつ聞かせてほしい。『儲からない』って書いたのはどうしてっすか?」
 いざ口を利いてみると、やっぱり怖い。けど、愛想はない代わりに邪険にもされていない、気はする。
「強い冒険者を集めるためだと俺は思ってます。合ってますか?」
「まあ、大きく外れてはいない、かな」
「百点の答えでもないと?」
 ユーニアが歩みを止める。
「サレン君。君は、優れた冒険者か?」
 急に問い返されて、この男について来たことを少し後悔した。
 違う。そう思っても、すぐ口には出せなかった。
「質問を返すようですまない。しかし、少なくとも私は、自分のことを優秀だとは思っていない。他人が優れているかどうかも、私には見抜けない。私は強いか弱いかで他人を判断するつもりはないよ」
 ユーニアは相変わらず無表情だったが、口調は心なしか熱を帯びてきているような気がする。
「金儲けも悪くはない。が、世界樹という場を文字通り金の成る樹としか考えない者たちに囲まれているのは苦痛だ。冒険とはもっと、好奇と不安に満ちたものであるべきなのだ。そういう点では、君の連れ、マリエル君の考えは私に近いのではないかな」
……つまり、弱っちくても冒険にロマンを感じる奴らさえいりゃいい、ってことっすか」
 話がどこに向かっているのかよくわからない。そういう非難も込めて、悪態をついてみる。
「それも百点の答えではないな。私が求めているのは、世界樹を攻略しようとする強い『動機』だ。それは例えば名誉、経験、強さ……極論を言えば、億万長者になるため、というのもいい」
「金の成る樹うんぬんってのと矛盾してるのでは?」
「要は、小さく纏まらないことだ。私個人で言えば、世界樹の内外に存在する全ての物を、眺め、感じ、その新鮮さを忘れないでいたいという、そんな観光者並みのありふれた動機でしかない。だが、そんなありふれたことの為に手段を尽くし、苦労を重ねて冒険をする。これは愉快だと思わないか?」
 ユーニアは、初めてニッと笑った。凄みのある笑顔だったが、嘘を言っているようには思えない。
 頭はいいんだろうな。でも、とんだ理想家だ。
 俺は、弱い。でも、旅はしたい、冒険もしたい。そのためには強い仲間がいる。
 俺は、この男に賭けられるのか。
「ユーニアさん、あなたは強くないと言った。それでも構いません。ただ、世界樹を登るアテはあるんすよね」
「確固とした願いや思いは、経験に劣らない強い力になる……というのは理想論が過ぎるかな。まずは仲間に会ってみるといい。勿論、それで気に入らなければ抜けてもらって結構だ」
 きっとユーニアに対する不信感も見透かされているんだろう。それならそれで構わなかった。
「粒揃いだよ」
「確かめさせて、もらいます」
 そのまま、ユーニアに背を向けて酒場へ急いだ。


「あっ、サレン殿。こ、こちらですっ」
 酒場に入ると、弱々しいマリエルの声が聞こえてきた。
 酒場ってのはただ単に酒を飲むだけの場所じゃない。情報交換や仕事の斡旋、その他諸々の交流が朝から晩まで絶えず行われる。加えてこんな夜の時間にはひと仕事終えた冒険者やら商店主やらまでなだれ込んでくるわけで、酔いも合わせて耳を塞ぎたくなるほどの騒がしさに包まれるというのが世の酒場の常だった。この辺は俺の故郷と変わらない。
 そんな酔っ払いたちの大合唱に軽くかき消されるような小さい声だったが、マリエル必死の大げさな手振りでようやく場所が知れた。
「遅れて悪い。マリエル、誰か会えたか?」
「それが」
「やあやあ、キミが噂のサレンくん〜? はじめまして〜、マリエルくんとお話させてもらってま〜す!!」
 場違いに明るい声が割って入ってきた。
 声のした方を見ると、席に座ったマリエルの背後で親しげに肩を掴みながら笑ってる奴がいる。髪から服までド紫の奇抜なファッションだった。
「えっと……マリエル、こちらさんは?」
 マリエルの表情は、引きつった笑顔と困惑した顔の間のような珍妙なものだった。
「ボクはレア。キミたちもユーニアさんのお仲間なんでしょ?」
 ユーニア。ってことはこいつが、ユーニアの言ってたギルドメンバーなのか?
 まじまじと相手の顔を見つめてみて、思わず目を逸らした。
 コイツ、すっげー美人だ。
 面食らってすぐには気付かなかったが、目鼻立ちが異様に整ってて、しかもその整った顔で楽しそうに笑いかけてくるのが妙に魅力的というか。カワイイ系の美人だ。
 切り揃えた紫の前髪と細く結んだ長い後ろ髪も、この美貌を見せられるとこれしかないという気がしてくる。
 ただ。
 ただ惜しむらくは。——たぶんコイツ、男だ。
 大きく露出した二の腕は女のものより角張って筋っぽいし、立ち上がると背丈も俺と同じくらいはあるだろう。
「レア、だっけ? えっと、男……でいいん、だよな?」
「そうだよ。見惚れちゃってもまあいいけど、ボクは年下専門なのであしから〜ず。ね?」
 中腰でマリエルの上に頭を置きながら、レアはほとんどマリエルに向かって囁くように返事をした。うん、囁くって表現がピッタリの喋り方だった。
 クソ、自分の顔を見せびらかすタイプの色男だ。嫌いなタイプではあるんだが、この整いまくった女顔を見るとどうにも男って感じがしない……じゃなくて。
「ユーニアさんに聞いたらさ、他のギルドメンバーは粒揃いだぞって。お前、強いの?」
「いや、全然? それボクのことじゃないと思うよ」
 違うんかい! じゃあただ顔がいいだけの男じゃんコイツ。
 しかし男とも女ともつかない高めの声で、上目遣いに話をされるもんだから、男だとわかっていても妙な気分になる。ずっと耳元で話をされてるマリエルはもう白い肌が手まで真っ赤で、目線だけが何かを切実に訴えていた。まあ俺も同じことされたらたぶん立ってられないと思うし、そもそも男の肌ってここまでツヤツヤになるもんなのか?
「キミが言ってる実力者は、ホラ後ろ」
 レアは俺の背後、卓の側を指差す。そこには目つきの悪い半裸の少年が肘をついて座っていた。いや、少年というより……
……ガキ?」
「悪かったなァ、ガキで」
 少年の鋭い目つきがさらに鋭くなる。漂ってくる気迫は、子供のものとは思えないほどに、重い。
 ヤバい。
「わ、悪りぃ。実力者ってイメージと違うから、つい、ついな」
「つい、で人をガキ呼ばわりしてんじゃねーぞ。まあガキなのは事実だけど」
「まあ、まあまあ、ケンカは後にして、ね? 紹介します、この子はカルド!」
 危ない状況に仲裁を入れてくれたのは、またしてもレアだった。今ばかりはこいつの人捌きに助けられる。
「勝手に紹介すんじゃねーよ、ガキの遣いかって……ま、ガキか。オレはカルド。拳闘家やってる」
「強いよ。殴り合いなら大の大人相手だって負けないんだから」
「だからなんでオメーが嬉しそうなんだよ」
 カルドと呼ばれた少年の鋭い三白眼が、ほんの少しだけゆるむ。
 拳闘家カルドは、見るからにガキ、それもクソガキと呼びたくなるような少年だった。可愛げはないし、筋肉は逞しいとはいえマリエル並みのチビで、態度は尊大。褐色の肌と暗い紅紫の長髪も近づきがたい印象だったし、その髪も白い布でぐるぐると巻かれてボサボサのターバンみたいになっていた。美青年レアとうるさそうにじゃれ合っている姿を見ているとなおさらガキに見える。
 ——でもなぁ。
 でも、俺じゃ勝てない。
 肘をついただけのカルドを前にした瞬間、一秒後に顎だか鳩尾だかを打ち抜かれて気絶させられる自分の姿が容易に想像できた。逃げるとか防ぐとかの次元じゃない、やり合う前から『負けた』と思うなんて初めてだ。確かにカルドなら大人どころか数人が相手でも勝てそうだった。
 胸ぐらを掴まれるレアの姿が見えた。また何かカルドに余計なことを言ったのかもしれない。俺への敵意はもう消えてしまったようだった。
 自分より遥かに強い味方がいる。それは嬉しい。それがまだほんの子供ってのも、まあいい。
 でもやっぱり、こうして目の当たりにすると、悔しいよなぁ。
「強いな、カルド」
 自然に、口から出ていた。
「おう、当たりめーだろ。何年鍛えてると思ってんだ」
 そうか、当たり前なのか。
 カルドの手や肌は褐色で、ゴツゴツしている。指先の皮なんてナイフも入らないくらい厚そうだ。たぶん生まれてからのずっとが修行の日々だったんだろう。俺には想像もつかない世界だった。
 それでも、カルドにとっての強さは誇るものではないらしい。
 ユーニアの言っていたことが少しだけわかったような気がした。
「オマエは?」
 お前?
 トゲトゲしたカルドの視線は俺を向いている。
「オレはオレのことを話した。じゃあオマエもオマエのことを話すのが筋だろ」
「あー、ま、そりゃそうか。どこから話せばいいかな」
 少し考えて、結局マリエルに語ったのと同じものを話すことにした。
 実家の商家を放り出して旅に出たこと。自由な旅がしたくて世界樹にやって来たこと。
 いろいろと伝え方を選んだつもりだったが、当のカルドはさほど興味がなさそうにしている。
「おい、俺の話、聞きたいんじゃなかったのか」
「オレは筋を通せって言っただけで、オマエには特に興味ねーよ。オレが興味あるのは強いヤツだけ」
 ……やっぱりとことんヤなガキかもしれない。
「じゃあ代わりにボクから質問。サレンの言う自由な旅ってのはどんなの?」
 カルドの後を継いだのはまたしてもレアだった。ギルド内の調整役か何かなのかもしれないなコイツ。確かに、生意気カルドとどっしりユーニアは相性悪い気もする。
「縛られない、ってことかな。好き放題やるって意味じゃなく、体裁とか価値観とかを気にしすぎない……って感じだな」
 とは言いつつも、こっち来てからは気にしすぎてたかも。ちょっと、いや、かなり。
「意外とロマンチストだね」
「今が自由じゃないからそんなこと言うのかもな。根っこが打算寄りの人間だから。ほら、実家が実家だし俺」
「いや、意外と語るタイプなんだなって意味」
 うっせぇ。
「それでね、サレン。メンバーがもう一人いるんだけど」
「そういえばユーニアさんも六人とか言ってたな、あと一人か」
「うん。あそこにいる、カササギくんです」
 レアは、卓のカルドと同じ側、斜め向こうを指差した。
「寝てねぇ?」
 そこには、突っ伏して寝ている少年らしき姿があった。髪が深い緑色なもんでぱっと見ると草球に見える。
「気をつけてね〜。下手に触ると絞め上げられるから」
「それはオメーが下心丸出しだからだ」
……穏便にいきたいんだけど俺」
 起きるまで声かけ続けるのが安全か。そう思って近寄ってみると、あれ、なんか頭のてっぺんに違和感。
「起きてる」
 不機嫌そうな声が横になった頭の下から聞こえてきて、思わず距離を取る。
 ゆっくりと起き上がるカササギ少年の顔を見ていると、違和感の正体がわかってきた。
 耳が、多い。いや、俺とは違うところに耳が生えてる。狐の耳だ。童顔なのも相まって、どことなくファンシーな雰囲気がある。
「セリアンがそんなに珍しいかよ」
 カササギの両目は眠そうに垂れているが、声には明らかに棘があった。
「セリアンって、あの」
 セリアンの噂話は何度も聞いたことがある。というより、噂の中でしか知らない存在だった。
 狐や兎の耳を持った獣の一族で、素手で大木を引っこ抜いたとか、戦になると一人が五十人の働きをするとか、セリアンにはそういう化け物じみた逸話が多い。
「今は機嫌が悪い。話なら後にしろ。触ったら殴る」
 びしびしと要件だけを伝えるとカササギはそのまま目線を下げ、再び突っ伏して、寝た。
 こいつも手が早めに出るタイプらしい。注意しとこう。
「ごめんね〜、いつもはここまで乱暴な子じゃないんだけど」
 これはレアの声。親か何かで?
 というより、レアもカルドもカササギの耳については気にした風なところがない。アイオリスは人種の集まりも多様な街だと聞くし、すっかり慣れてしまってるのかもしれない。
「カササギくんは猟師やっててね、相棒の猟犬がいるんだけど。ここの酒場ペット禁止だから」
 不意に、鈍い打撃音がした。
 ……痛ッた!!
「ペットじゃない」
 カササギの恨みがましい声。痛みのする場所を見ると、カササギが俺の左脚に蹴りを入れてやがった。
「俺じゃねェって!!!」
 レアとカササギを交互に指差しながら猛抗議するも、レアは両手を合わせて舌を出すだけだったし、カササギは三たび突っ伏してもう全く反応しない。クソが。
 どうやら相当に手が出やすいタイプらしい。もう近づかんようにしよう。
「あはは……前はユーニアさんが彼の相棒も連れて来られるお店を選んでくれたんだけどね。今回はどうも空いてなかったみたいで……ゴメンっ」
「ったく、猟師ねぇ。あんまり戦闘向きって感じしないけど、やっぱりセリアンって力強いのか……? 痛みが骨から来んだけど」
「みてーだな。ソイツも腕力だけならオレより強いぞ、殴り合いなら負けねぇけど」
「あ〜、ボクもセリアンの女の子と腕相撲して負けたことあるよ。種族の違いとはいえ、アレはさすがに恥ずかしかったなぁ……
 メンバーの紹介がひと回りしてそんな話をしていると、酒場入り口のドアが開く音が、かすかに聞こえた。
「あっ」
 最初に気付いたのはマリエルだった。ようやく平常心を取り戻したらしく、茹で上がって真っ赤な顔のまま入り口を見つめている。
「いらっしゃいましたよ」
 ユーニアだった。
 カササギに蹴られて宙ぶらりんになっていたので、レアから逃げてきたマリエルと一緒に俺も端の方に移動する。
「集まっているな」
 ユーニアは空いている椅子を引っ張ってきて、俺たち五人を見渡すように机の真ん中にかけた。堂々とした態度だ。それでいてちょっとした上品さも伺える。やっぱりインテリかも。
「それでは、まずは互いに自己紹介でも」
「ユーニアさんユーニアさん、それもう終わりました」
「む、そうだったか」
 あれだけ威圧感を放っていたギルド長ユーニアにも、なぜか気安く話しかけられた。物理的にもっと危険なヤツが他にいるせいかもしれない。
「顔合わせが済んだのなら本題に入ろう。今日、皆を集めた理由が分かるか」
「新人の歓迎だろ?」
「それもある。しかし本命はこちらだ、カルド君」
 そう言うとユーニアは、机の上に大きな手帳と紙束を広げた。紙の方はあまり厚みはない。
「これは冒険者がギルドへの身分登録を行う為の書類だ。一応訊いておくが、この中で冒険者ギルドへの登録を済ませた者は?」
 辺りを見回すユーニアにつられてメンバーの顔を窺うも、手を挙げる者はなかった。少し気まずい沈黙が流れる。
 まあ俺もマリエルも強行軍で登録の暇なんてなかったし、この適当そうな顔ぶれが律儀に準備を済ませてあるとも思えない。
「冒険者としての身分は、世界樹へ挑戦する為には必須であると共に、簡易的な住民票としての役割も持つ。商店や酒場で顔が利いたり、宿代を割り引いてくれるところもあるそうだ。他にも」
「わかった。わかったから、オッサンそろそろ先進んでくれ。やれって言われたのに手つけてなかったのはオレも謝るから」
「よろしい。では君達の仕事だが、名前や生年月日など、私が質問することに答えてもらう」
「それだけ、でよろしいのでしょうか?」
「それだけ、だ。ああ、他にも本人確認の為ギルドまで同行してもらうが、これは明日の話だな。筆記はこちらで行う。それでは、まずサレン君から」
「俺っすか」
 いきなりの指名で、少し上ずった声が出た。
「サレン君。君は、私のギルドに入る気があるかね?」
……ないって言ったらどうするんすか」
「先程も言ったが、抜けてもらって構わない。なに、一応の手順として皆に訊くことにしていてね。肩肘を張らずに答えてくれ」
 ユーニアはそう言ったが、ギルドへの加入を迷っていた俺への最終確認だということは明らかだった。
 俺は、この男に賭けられるのか——
 …………なんて、答えはもう決まっていた。
 ユーニアの言った通り、確かにメンバーは粒揃いだったし、そんなこともどうでもよくなっていた。
 俺は俺の背の高さで、歩幅で、こいつらに負けないよう、先を行けるように精一杯足掻いてみるだけだ。それでこそ、俺の旅ってモンだろ。
「もちろん。ユーニアさん、あなたのところで頑張らせてくれ」
 マリエルもいるしな。退屈だけはしなさそうだ。
「そう言うと思っていたよ。ようこそ、ギルド…………あぁ名前がまだだったな。ギルド名を決めねば」
 締まらない挨拶を交わしながら、ユーニアは明らかに嬉しそうな顔で笑っていた。
……私に腹案があるのだが、聞いてもらえるだろうか」
 一転して真面目そうな表情に戻ったユーニアが真面目そうに呟く。異議は出なかった。
「ヒメシャラ、というのはどうだろうか。可愛らしい花をつける木の名前だ。私の大切な人が、愛した」
「大切な人とか、いるんすね」
「あれ、でもヒメシャラってギルド、他にもういなかったか? 確か実力派の」
「では、別名のアカラギにしよう。年を経て赤らむ木、という意味だ」
「良い名前だと思います。経験と懐かしさが感じられて、私は好きです」
「ホラ起きてカササギくん。ギルド名決まっちゃうよ」
「起きてる。俺は何でも」
「決定でいいみたいっすよ、ユーニアさん」
「そうか。感謝する」
 ユーニアにしては珍しく、安堵したような表情だった。出会ったばかりの俺が知らないだけで、表情のコロコロ変わる面白いコワモテおじさんなのかもしれない。
「では、ギルド『アカラギ』へようこそ、ということになるのかな。ふふふ、何だか面映ゆいものだな」
「あのユーニアさん、登録書作っちゃいません?」
「おお、そうだったな。言い忘れていたが、登録を済ませたとしても、評議会から下されるミッションを遂行しなければ、真に冒険者であるとは認められない。まあしかし、君達ならばそう苦戦することもなく世界樹の門を叩くことができると、私は信じているよ」
 そう楽観的に言いながら、ユーニアはまた凄みのある笑顔を見せた。


 本当に、その通りだった。
「ほい、終わりっと」
 カルドが息も切らさずに呟き、少し離れたところでカササギも弓につがえた矢を腰の矢筒にしまい込む。
 二人の足元には巨大なドングリとモモンガが落ちていた。どちらも樹海に生息する魔物で、可愛らしい見た目とは裏腹に駆け出し冒険者泣かせとして有名らしい。
 が、モモンガは頭部を矢で射抜かれて、ドングリの方は硬そうな表皮をベコベコにへこませてどちらも息絶えて(?)いた。
 ここは世界樹の中。昨晩のギルド結成会を経て正式に冒険者としての登録を済ませた俺たちは、早速最初のミッションを受けて世界樹の一合目へと踏み入っていた。
 世界樹の根本に位置するこの森は『鎮守ノ樹海』と呼ばれていて、樹の上を目指すなら避けては通れない登竜門みたいなものだ。この森を歩き回って地図を完成させ、ついでに土やら根っこやらの物証も持ち帰ってこいというのが俺たちの受けたミッションだった。
「いた」
 カササギが呟いて手を挙げる。指を向けた先には、さっき遭遇した巨大モモンガが三匹まとまって飛んでいるのが見えた。こちらに向かってくるが、まだ気付かれてはいないらしい。
 カササギは口に指を一本当てて『静かに』の合図をすると、背中の弓を外して矢をつがえ、引き絞った。半袖半ズボンという少年らしい軽装は昨日と同じだったが、今日はそこに加えてゴーグルに革の長手袋という実戦向きの出で立ちになっている。
 カササギの口が少しずつ開き、大きな耳が一切の動きを止める。僅かな時間だった。絞りきった弦がカササギの手を離れ、風を裂くような異音が静かな森に響いた。
 矢がモモンガを貫通するよりも早く、カササギは弦を引いていた手を横に向けた。今度は『行け』の合図だ。
 同時にカルドが弾丸のように飛び出していき、不意を打たれて反応の遅れた残りのモモンガたちに踊りかかった。右、左、右とひと息に拳を打ち込まれて、一匹がぽとりと地面に落ちる。それは文字通り踊るような動きで、体の芯が動くたびに暗い紫の長髪も揺れる。
 カルドの拳は右の方が大きかった。短めの籠手やガントレットのような金属製の拳を右手に着けていて、左手にもバンテージを巻いて拳を固めてある。威力の高さはもちろんだが、あれだけ重い鋼の拳を着けても振り抜く速度が全く落ちないというのが俺には信じられなかった。
 残った最後の一匹に、カルドが渾身の右ストレートを叩き込むと、そのまま大きく後ろへ下がった。頭の横を、また風が走る。
 カササギの放った矢が、ふらつくモモンガの頭に吸い込まれていった。
 時間にして、三十秒も経っていなかったと思う。俺も、その後ろにいるマリエルもレアも、じっと見ているしかなかった。
 やっぱりこいつら、超強い。
「人のコト狙ってんじゃねーよスカシ野郎」
「矢の無駄使いをさせるな」
 さすがに汗はかいているが、当人たちは自分の成果を誇るでもなく小競り合いばかりしている。森の中に入ってからずっとこうだ。こんなでもお互いの動きは完全に把握して連携できるっぽいし、強いヤツにはどんな世界が見えてるのかね。
「サレン殿」
 マリエルがおずおずと話しかけてくる。
「私たちも、実戦の経験を積んでおいた方が良いのではないかと思うのですが」
「そうだよなぁ。あの二人がいくら強くても俺らが強くならないと意味ないし。なあユーニアさん」
 同行していたユーニアがすたすたと歩み寄ってきた。連携の難しさから樹海探索の編成は最大でも五人までというのがセオリーらしいが、今回ユーニアは何もしない見学役ということで六人目に収まっている。俺たちの実力を知っておきたいらしい。
「カルド殿とカササギ殿だけではなく、私たちも戦闘に参加させてはいただけないでしょうか」
 ユーニアに向かって、大きめの声でマリエルが切り出した。意志の強そうな目だ。
「無論、そのつもりだ。個々の実力が高いからといって連携や協調を疎かにしていい訳はないのだが……あの二人は独断専行の気があるな」
 言いながらユーニアは帳面に何かを書きつけていく。面接の時にも見た光景だ。たぶんあの手帳にメンバーのプロフィールや性格なんかをまとめてあるんだろう。イヤだな。
「サレン殿、それとレア殿も……頑張りましょうね」
 緊張でマリエルの表情はぎこちなかったが、やる気はやる気らしい。人を傷付けるのが怖いなんて言ってたから心配したが、どうやら覚悟を決めたみたいだ。
「まあマリエルくんにそう言われちゃったら頑張るしかないよね、ね?」
「そーだな、せめてガキ二人のお荷物にだけはならないようにしねえと。というかレア、俺はそっちの方が気になるんだけど」
「ああ、これ?」
 レアが背中からその武器を外して両手に持つ。
 大鎌だった。柄から鎌の先までは俺やレアの背丈より少し短いくらいで、覆い布をかけた刃の部分は腕とほぼ同じ長さという馬鹿デカい鎌だ。おまけに質感がやたら骨っぽい。
 美形の男にゴツい得物ってのは仰天だったが、あの細腕でこれを扱えるとはとても思えなかった。とはいえ、今も両手で構える姿にはふらつきも見えない。
「敵を何体も同時に相手するにはこのくらい大きい方が便利なんだ。さすがにカルドほど上手くはやれないけど、相手の動きを止めるくらいは任せてほしいな」
 本人の申告と見た目の印象から頼りないと思っていたレアも、意外と戦えるのかもしれない。レアもマリエルも、いざ実戦に出てみたら俺より役に立つんじゃないか、なんて想像をして背筋が寒くなった。
「君達」
 ユーニアの声だった。前衛組と何やら相談してきたらしい。
「カルドとカササギには待機を命じた。次の戦闘、彼らの力なしで勝ってみせなさい」
 ……は? 待機?
「ちょっと待ったユーニアさん、俺たち初陣っすよ!? それを三人でって」
 思わず声が荒くなる。マリエルとレアも不安そうにこちらを見つめているのがわかった。
「私たちだけでというのは、些か危険ではないでしょうか……?」
「本当に危険な状況になったら待機の二人に介入させるさ。大事なのは、君達自身の戦いという意識を持つことだ。では、行ってらっしゃい」
 んな無茶苦茶な。駆け出し五人でも危険が多いって噂の森を、たった三人で……
……作戦を立てましょう、サレン殿、レア殿」
 少年のいつもより低い声が耳に入る。青い顔色をしてはいるが、やる気だ。
「ボクはマリエルくんたちのやり方を知らない。だから情報を共有してもらえないかな」
 俺とマリエルの間に入ってきたのはレアだ。こいつも覚悟を決めたらしいが、顔色の悪さはマリエル以上だった。元から白い肌がもうほとんど真っ白い。
 クソっ、どいつもこいつも適応が速えぇんだよ。死ぬワケじゃないんだからこの程度さっさと越えてみろって言いたいのかあのギルマスは?
 そうだ、負けても死ぬわけじゃない。なら縛られるな。やってみろ。やるしかない。
「わかった、じゃあ説明しておくな。俺はこれ、突剣を使う」
 レアに見えるように、腰の剣を抜いてみせる。剣先が長い針のようになっている、刺突専用のものだ。
「相手の攻撃は受けずに避けて、隙を見てこれでぶっ刺すって感じだ。どうしても一対一になりやすいから、複数相手のときはレア、お前にも引き受けてもらうことになる。んでこっちのマリエルは、後衛だな」
「はい。私は魔法を使った攻撃が得意ですから、基本的にお二方の後ろから遠距離戦を仕掛けることになります。ただ、私自身は身を守る術がありませんので、敵の引き付けはお任せするしかないのですが」
「そこは、努力する」
「じゃあボクも教えておくね。ボクはさっき言った通り、この鎌で戦う。説明は省くけど、当たった相手を痺れさせたりする毒を使えると思ってほしい。先端の距離で牽制しつつ、敵をマリエルくんに寄せないよう戦う、でいいかな?」
「それなら俺はレアの横だ。そっちに敵が集中しないよう捌きながら、反撃狙いで行く。火力はマリエルに任せていいよな?」
「はい。詠唱が終わったら合図を出しますので、お二人とも大きく避けてください」
「二人とも?」
「巻き込んでしまう可能性がありますので。熱いですよ」
 これで、だいたいが決まった。
 前衛に俺とレア、後衛にマリエルという形の小さな陣形を組んで慎重に進んでいく。全員武器は構えたままだ。戦闘に参加しないユーニアほかの三人はそのさらに後ろから悠々と着いてきやがる。くそ。
 木立の前を通るレアに踏まれて、枯れ枝がぱきりと音を立てた。
「バカ野郎!!!」
カルドが叫んだ。
 慌てて辺りを見回すと、木の上から落ちてきた何かがレアの頭に直撃するのが見えた。
「レア!」
 またあの、モモンガだ。それも二体。
 レアは今の一撃で気絶したらしい。そりゃそうだ。あのデカさで急降下なんて食らったらまともに立ってられるわけがない。しかも頭ときた。
 振り返ってユーニアに助けを仰ごうとしたが、カササギもカルドも動かねえ。クソっ!!
「とにかく引き剥がさねえとマズいよな」
 気絶したままのレアにまた急降下でもされたら本当に死にかねない。
 雄叫びをあげる。そのまま剣を振り回してモモンガどもに走り寄った。不恰好でいい。今はレアへの注意を俺に向けさせないと。
「サレン殿!! 無茶です!」
「こっちはいい! 詠唱終わったら呼べ!」
 四つの目がこっちに向かってくる。マリエルの準備ができるまで、これをどうにか捌かなきゃならんわけで。
 縦に横に、モモンガたちが飛びかかる。飛び上がってからは急降下だ。避けるだけじゃなく、素通りされてマリエルの方に行かれないよう常に音と剣で挑発し続けなきゃならん。これは、キツい。
 一体でも減らせれば楽なんだが、剣を刺しても抜いてる暇がないし、一撃で動きを封じられるとも限らない。もう一体を相手にする以上剣は捨てられない。何より回避で手一杯だ。
「ハッ、ハッ、ハッ」
 息を満足に吸えない。息が切れるのは時間の問題だ。何か、何かないか。
 突剣は横薙ぎだと威力が出ない。モモンガの皮膚を多少裂いたところで…………いや、目だ。目なら傷さえ付けちまえば動きを封じられる。やるしかない。
 突っ込んでくるモモンガの軌道に動きを置くように、外から内に剣を振るった。
「ハアっ!」
 重い塊の落ちる音が聞こえた。目の端に地を滑るモモンガが映る。目潰しには成功したらしい。たぶん。
 視力を封じたとはいえ一時的なものだろう。どうする? 残りの一体を先に討ち取るか、動けないうちに落ちた方を始末……
「サレン殿ぉ!!!!」
 合図。横っ跳びに、跳んだ。
 腕に熱を感じた。一瞬遅れて、爆音。肩から落ちた体を叩き起こして辺りの様子を探ると、さっきまで自分のいた場所に、火球に包まれた黒い何かが落ちていた。
 やりやがったな、マリエル。あのすばしっこい羽根野郎が一撃だ。
「ちょっと、時間が、かかりすぎ、だけどな」
 警戒はゆるめず、乱れた息を整えながら考える。モモンガの消し炭はひとつだけだった。位置から考えて目を潰した方とは別の奴だろう。もう一体はさっきの爆発で吹き飛ばされたか、それとももう回復してこちらを狙っているのか。くそ、煙で視界がよくない。火力高すぎだぜ。
 不意に、煙の奥で影が動いたように見えた。来る。
 次の瞬間、突っ込んできたモモンガと目が合った。目に傷。手負いの方だ。
 だが、遠い。こっちに向かってはいるが、俺から離れるように斜めに滑空して距離を離される。迎え撃つつもりだった分、反応が遅れて距離が開く。後ろに回られた? いや、それだけならいいが——
「うわあっ!!」
 背後から、マリエルの悲鳴があがった。やっぱり、狙いはあっちか。全身の毛が逆立つ感覚。
 動きの鈍くなった体に鞭を打って駆け出す、その一瞬で俺は見た。
 マリエルに向かって襲いかかる手負いのモモンガと、頭から血を流してその間に立ち塞がる、レアの姿を。
「レアお前、のびてたハズじゃ……!?」
 レアは答えない。普段の潑剌とした表情は死んだように沈み込んでいて、どこかぼんやりした目が額から滴る血を浴びてうっすらと光っている。透き通るような美貌と紫の長髪は、幽霊か死神を見たような気がした。
 幽霊は大鎌の刃を後ろに低く構え、居合いのように振り抜いた。それと交差したモモンガの翼から赤い血が噴き出す。同時に、レアも膝から崩れ落ちた。見た限り傷は受けてない。体力が尽きたんだろう。
 それでも、まだ浅かった。多少速度を落としたものの、モモンガは血を垂らしながらまっすぐマリエルに向かっていく。そのまま大きく舞い上がって、狙いを定めに入った。落ちてくる。
 時が、止まったような気がした。マリエルの蒼白な顔、進まない脚、宙に浮いたままのモモンガ——
 …………いや、脚が動く。モモンガも、ゆっくりとだが落ちてくる。マリエルだけは固まっている。
 モモンガが、不思議な動きをしていた。痙攣だ。攻撃姿勢に入ろうとして、翼を閉じられないまま浮いている。
 ぽたぽたと垂れ続ける血。麻痺、毒。
 …………レアか!
 土壇場の一撃で動きを封じてくれたのか。ほとんど寝っぱなしなのには言いたいこともあるが、起死回生の一手だった。
「マリエル!! ボーッとしてんな!」
 放心状態のマリエルが我に帰る。
「足元にさっきの火の玉だ! 弱くていい!」
「は、はい!!」
 俺に言われるままマリエルは、手を合わせて即座に小さな火をおこした。焚き火程度の火力なら溜めなしで使える、とは聞いていた。いける。
「おらぁッ!!」
 まだ落下しきらないモモンガに、渾身の力を込めて剣を突き刺した。貫通させるだけの腕力はもう残ってない。だから。
 そのまま膝を折って剣を地面に突き立てる。体重をかけて、モモンガごと、剣先は燃え盛る炎の中へ。
 急にモモンガの抵抗が強まる。当たり前だ、身を焼かれる痛さだもんな。
「マリエルぅ!! 一緒に押さえててくれッ」
 言い終わらないうちに背中に手がかかる。
「放しません、からっ」
 そう言いながらマリエルの右手が剣の柄に触れた。二人で剣に覆い被さるような形になる。目の前には炎。髪がちりちりと焦げつくようで、動き回ってぼやけた頭が熱でぐるぐる回る。剣の下ではいよいよ火だるまになって必死に暴れるモモンガがいた。
 重心をずらさないように、力の入らない手で剣を押さえた。押さえ続けた。
 段々と、抵抗が弱くなる。動きがどんどん弱々しくなり、燃える勢いは強くなっていく。焼けた塊が完全に動かなくなってからも、ゆうに一分間は二人で剣を握っていた。
「勝ったので、しょうか?」
 最初に口を開いたのはマリエルだった。
……たぶん」
 まだ実感がない。
「あつッ」
 急に熱を感じて剣から手を振りほどいた。手の平が真っ赤に腫れて、今はこわばる感覚だけがある。
 ……そっか。勝ったんだ。ボロボロだけど、俺たちの力で。
 散々な初陣だったなぁ。あとでユーニアにめいっぱい文句言っとかなきゃあ。
 さて、この刺さったままの剣とモモンガ、どうすっかな。今日はもう握力がダメそうだし、力自慢のカササギあたりに抜いてもらうか。昨日蹴られた腹いせくらいにはなるかもしれない。
「なあ、マリエル」
 マリエルも朗らかに、汗を垂らしてくすくすと笑っていた。
「俺たち、相性いいかも」
 ようやく、肩の力が抜けた。


 帰り道は、気絶しっぱなしのレアを背負って歩いた。『これも冒険者として必要な経験』だそうだが、冗談じゃない。
 とはいえ俺がもう役立てそうにないのも事実なので、荷物は大人しく荷物持ちに回っておく。ミッションの土も根も回収したし、マリエル、あとはよろしく。エースのカササギカルド組も余力十分だし、俺は歩いてるだけでいいでしょう。
 少年エースたちの強さがどこから来るのか、なんとなくわかった気がする。元々の技術や身体能力はもちろんだが、あいつらには迷いがない。自信の違い、と言ってもいい。俺とあいつらじゃ踏んできた場数が違いすぎる。
 逆に言えば、場数さえこなしてしまえば俺もまだまだ上に行ける、そういう確信のようなものは得られた。それだけでも収穫だった。ユーニアの無茶に礼を言うのはちょっと癪だが。
 しかし背中に感じるレアの身体は、思った以上に華奢だった。歳や背格好は俺とほとんど変わらないのに、骨だけが大きく主張しているような。絶世の美丈夫といっても、こうなってみるとちょっと重いただの人間って感じだ。
「う…………あ、れ?」
 噂をすれば。息を吹き返したらしいレアの戸惑いが、背後から聞こえてきた。
「あんまり動くなよー、バランス崩しても支えてやれねえからなー」
 修羅場を越えたからか、口も軽くなる。会心の一撃を決めてくれたとはいえ、最初にレアが倒れなければもっと楽な初戦だったはずで、直接文句のひとつも言ってやりたいってもんだ。
「なあおい、レア……
 少しでも近くで小言を聞かせたくて斜め後ろに頭をねじると、こちらを覗き込むレアと目が合った。
 そこに見えたのは、怯え。もしくは、嫌悪か。ともかくロクな表情じゃなかった。
 猛獣に出会った子供というか、蛙を踏んづけた子供というか。嫌がる顔も幼く見えるのはその綺麗な顔のせいかもしれない。
「お」
 かすれそうに小さな声だった。
「おろして。おろして」
 本当に子供になっちまったのか、と思いながらも、望み通りに背から降ろしてやる。何も訊いちゃいけないような気がした。
 そのままレアは、背を向けて小刻みに呼吸を整えだした。……俺、別に何もしてないよな? それも訊けない。
 最後にたっぷり深呼吸をして気息を万全にすると、レアはいきなり進行方向の先、前衛組の方に走りだした。
「カルドーー!! おぶってーー!!!」
 さっきの消え入りそうな声の百倍はありそうな、大声だった。足がもつれたのか途中で一回すっ転びながらも、いつも以上の無駄な元気さだ。
「うるっっっせーーよ敵が寄んだろうが!!」
「だって〜、サレンくんじゃ手のケガで上手く支えてもらえないんだも〜ん。じゃあカルドに頼むしかないよねって」
「だとしてもオレに頼むな! 戦闘要員! だいたい自分で歩けんだろさっきもあっさり奇襲で沈みやがって根性足んねえんだよっ」
 見慣れた漫才が繰り広げられる。おちゃらけたレアに早口でキレるカルド。見慣れた風景。さっきのアレは、なんだったんだろう?
 そんなことを考えていると、レアがこっちに向かって何か手振りをするのが見えた。
 これも見慣れた、艶めかしい笑顔と、両手を合わせた『ごめん』のポーズ。
 取り乱したことへの謝罪なのか、背負ってもらった礼なのか、それともただ煽ってるだけなのか。
 俺にはわからない。わからないままでいいような気もする。
 人間ってのは、ひと皮剥くと何が出てくるか知れたもんじゃない。真面目そうな少年は切り替わりが激しくて、いかにも堅物なおっさんが予想できない柔軟さを持ってたりもする。
「まあ、そんなもんか」
 呟いた。そう。そんなもん、そんなもんさ。