せいる
2025-05-27 21:39:10
2523文字
Public
 

But I am on his side

龍兄貴、猫に叱られる。信一が経理を担当してすぐくらいのイメージで、当たり前に兄貴が猫の言葉がわかる状態で話がすすみます🐱

「俺が信一にきちんと領収書を渡すようになるまでネズミを獲らない!!?」
 理髪店周辺を縄張りにしている馴染みのボス猫からの衝撃的な回答に、龍捲風はおもわず咥えていた煙草を口から落とす。
「みにゃぁ!」
 灰色のボス猫の危ない!の抗議の声に、すまんと言って靴底で火を消しながら、龍捲風は自分が大分動揺していることを認めざるをえなかった。
 最近ネズミを見ることが増えたとは思っていた。だから今日はその件について猫たちに尋ねに来たのだが、まさかそんな理由だとは
 龍捲風は猫の言葉がわかる。犬も好きだが、言葉がわかるのは猫だけだ。ちなみに何故理解できるのかはよくわかってない。城塞の猫は、龍捲風がネズミが苦手ということを置いても、病気の原因にもなりかねない鼠を狩ってくれるありがたい存在だ。その礼として龍捲風も食事や寝床、時には怪我の治療を提供して良好な関係を築いていたはずなのに、信一の味方をするなんて。いくら領収書を渡し忘れたりしているとはいえ、薄情じゃないだろうか。
 なにか言いたそうな龍捲風の様子を察してか、ボス猫はついて来いと何処かに向かって歩き始めた。
 
 営業後の七記冰室、誰もいない店内で一番大きなテーブルの上に帳簿を広げ、信一はすこし前から始まった毎月の恒例行事、月末の締め作業に追われていた。徹夜で作業することも多いが、最初は月ごとの帳簿を確認する前に、数字の苦手な養父がまとめた帳簿、信一からしたら帳簿と言えないモノを直すところから始めていたことを考えれば、大分マシになった。
 ただ、よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把な龍捲風の今までの丼勘定のクセはなかなか抜けず、領収書をもらい忘れたり、信一に渡し忘れたり、挙げ句間違って大量に発注した理髪店の在庫を隠そうとするので、一度しっかり注意しなければならないと思っている。
 眉間にシワをよせ帳簿の数字を睨みつけていると、ふと足元に何かが触れた気がして、テーブルの下を覗き込んだ。視界に映った光景に信一の顔から笑みが溢れる。靴の上には毛玉、いや子猫がのっていたのだ。
 信一も見かけたことのある縞模様の子猫はにゃうみゃう足元にすり寄ってくる。まだあまり汚れていない毛並みはまるでぬいぐるみようで、合わない数字に荒んだ心が柔らくなっていく気がする。
 「何だよぉ、心配してくれてんのか?ありがとうなぁ
 紙に走らせていたペンをしばし休ませて、足元の愛らしい生き物を眺めていると、なにか白いものを咥えて黒猫がやってきた。ひょいっとテーブルの上に飛び乗ると、咥えていたものを口から離す。なんとなく誇らしそうに毛づくろいを始めた猫を横目に、帳簿の上に落とされたものを確かめて、信一は思わず声をあげた。
「これ!捨てられたと思ってた領収書じゃん!!お前これ持ってきてくれたの!?偉い!!最高!!今度うまいもんやるから!!」

 そんな一人と二匹の様子を、少し離れた場所から人間のボスである龍捲風と猫のボスは並んで眺めていた。
 冰室に来る道すがらボス猫は信一のことを話してくれた。龍捲風や住民のためにネズミを獲ってくれてありがとうとよく食べ物をくれること。子猫が生まれたばかりの母猫に寝床を提供してくれたこと。深夜に必死で帳簿を合わせているから気になって様子を見に行ったら、どんなに大変でも龍捲風の役に立てるなら頑張りたいし、自分ができることがあるのが嬉しいと言っていたこと。今でも経理の本を読んだりして勉強を続けていること、お前も猫とはいえボスだから色々大変だよなと気にかけてくれること。
「にゃぁ、んなぁ」 
 随分立派な孝行息子になったもんだと、信一を見つめるボス猫の表情は優しい。
 龍捲風の記憶が確かならこの灰色のボス猫は城塞の猫としては驚くほど長生きしている。それこそ自分の髪が真っ黒で、信一がまだ子供と言える年齢のころから理髪店の周辺で見かけていた。大怪我したところを信一が見つけてきて、二人で必死に手当したこともあった。髪に白いものが混じってきた龍捲風を見て、兄貴とこの猫似てきたね、そのうち髪色がそっくりになるんじゃない?猫のボスと人間のボスでお揃いだ、なんて一人と一匹を眺めながら信一が話していたこともあった。老いて毛並みや肌に艶はなくなり、傷が増え、体も衰えて、それでもなんとかみっともなくともここで生きているところは確かにそっくりだなと思う。そして
 煙草の煙を吐いて、龍捲風はふっと笑う。
「お前にとっても信一は息子みたいなものか」
「にゃあ」
 そうだ、だからあんまりあの子を困らせるなよ。足元からこちらを睨みつけてくる目つきは、猫とはいえボスにふさわしい鋭さがある。
「すまん」
「なぁん!!」
 謝る相手が違うとピシャリとたしなめられ、龍捲風は苦笑する。今回は大目に見てやるが、いいか?ちゃんとやれよ?と念押ししてボス猫は路地裏に消えていった。
 まさか猫に説教されるとはな。煙草を吸いながらボス猫が消えた暗闇をしばらく眺めた後、孝行息子に差し入れでもしようと、龍捲風も歩き出した。

 「でさぁ、猫が領収書持ってきたんだ。あいつら頭いいよな。それかあの灰色のボスが持ってけって言ってくれたのかな」
 あいつは長生きだしボスだから、兄貴みたいになんでも知ってそうだよね。差し入れの馬拉糕を食べながら楽しそうに話す信一を見て、少し前にそのボス猫に言われたことを思い出し、茶を一気に飲み干して龍捲風は話し出す。
「お前が会計を担当してくれて本当に助かっている。手伝っても役に立たんだろうから、せめて領収書はちゃんと提出するようにする。在庫発注も気をつける。毎月迷惑かけてすまん」
 突然の感謝と謝罪に、信一は眉を寄せて思いっきり怪訝な顔をする
「待って待って、改まっていきなりなに!?」
「説教された。お前を困らせるんじゃないと」
「阿七?三姑?それとも秋兄貴?」
 誰?と首をかしげながら信一が尋ねてくる。口角を上げ、切れ長の目を細めながら龍捲風が答えた。
「いや、もっと恐ろしいヤツだ」
 どこからか満足そうな猫の声が聞こえた。