Minette
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にれさく

ワンライ(お題:体温)を加筆修正したもの
当たり前のように同棲しています

 楡井と桜の寝室は分かれている。同棲しようという話になった時に、桜が「寝る時は一人がいい」と言ったからだ。ずっと一人で生きてきた桜にとって『人と同じベッドで寝る』という行為はすんなりOKを出せるようなことではなかった。決して楡井のことが嫌いなわけではなく、一緒に寝たくないわけでもないことを桜は言い出せずにいたが、楡井は嫌な顔ひとつせず了承してくれた。

 しかし、同棲がはじまって半年ほど経った頃から桜は時々楡井の寝室を訪れた。
 なんとなく寝付けない日に気まぐれで楡井の部屋を訪れた時、これから寝ようとしていた楡井に一緒に寝てみませんか?と声をかけられ、一緒に眠ったのがきっかけだった。もし眠れなかったり、嫌になったら部屋から出てっても大丈夫です。オレは気にしませんから」と言われ、はじめて人のベッドで横になった。ベッドの上で楡井は桜に何を聞くわけでもなく、ただただ嬉しそうにしていた。桜は何も聞いてこない楡井を不思議に思いながらも何度も彼のベッドで眠った。楡井の隣は自分のベッドの上よりも安心できる気がしたし、あたたかかった。
 そして、桜が楡井の部屋を訪れるようになって、一緒に眠った回数が片手では数えられないくらいになった頃には手を繋いで眠ったりもした。はじめは恥ずかしかったし、なんの意味があるのか分からないその行為に戸惑いを覚えたが、楡井のあたたかい手に自身の手を包まれて眠るのが、桜は好きだった。
 そんなことがあってから桜は寝付けない日や、悪夢を見て目が覚めてしまった時は楡井の部屋に行くようにしていた。リビングに一人で居るよりも、ベッドの上で眠れない夜を過ごすよりも、ずっと居心地がよく、なにより楡井が嬉しそうにするのが桜も嬉しかったからだ。

§§§

 その日はあいにくの雨で、やけに肌寒かった。布団にくるまっても薄ら寒いままで、人より体温が低めの桜はなかなか寝付けずにいた。 布団の擦れる音が聞こえるだけの状況に嫌気がさし、閉じていた目を開ける。自分の部屋を後にして、隣の恋人である楡井の部屋に向かう。そして、扉をノックもしないで開け、何も言わずにベッドへ入り込んだ。
 こうして楡井のベッドに横になるのも、もう何度目か分からない。それくらい、眠れない日はこうすることが桜の中で当たり前のことになっていた。
眠れないんですか?」
 自分に背を向けたままの楡井が眠たそうな声で言った。なんとなくうまく答えられずにいると、しばらく沈黙が続き、部屋の中に雨の音が響いた。呆れさせてしまっただろうか、とまた嫌な想像で頭が埋め尽くされそうになる。思わずぎゅ、と体を縮こませると楡井がゆっくりとこちらに体を向けた。おそるおそる彼の顔を見ると、今にも眠りそうな、とろんとした表情をしていた。
「悪い、寝ようとしてたのに
「大丈夫ですよ、むしろ桜さんが来てくれてうれしいです」
 へにゃりと笑った顔は太陽のように眩しかった。彼のこういうところが体温にも表れているんだろうか、なんてふざけたことを思う。幸福感に満たされ、無意識に口元がゆるむ。あったかい、そうぽつりと呟くと楡井は嬉しそうな顔をして言った。
「桜さん、抱きしめてもいいですか?」
 少し驚きながらも桜はこくりと頷いた。気恥ずかしいが、暗い部屋の中だ。顔こそ見えていても、はっきりと表情が見えることはない。そう自分に言い聞かせる。体を楡井の方へ寄せると、楡井は驚いたように目を開け、ふふ、と笑い声をこぼした。そして桜の体をめいいっぱい抱きしめた。かすかに香るシャンプーやボディーソープの匂いは自分が使っているものと同じはずなのに、少しどきりとする。
聞かないのか」
「何がですか?」
「俺が眠れない理由とか、なんでお前の部屋に来るのかとか」
 楡井はう〜んと考えたあと、
「桜さんが話したいなら聞きます。でも、桜さんが話したくないなら聞かないです」
 と言って桜を抱きしめていた腕にぎゅう、と力を入れた。
「だから、もし話したくなったらその時は話してください」
 お互いの熱が伝わり、じわりと胸の奥の方まで熱くなるのを感じる。冷たかった身体は中心から熱を持ち、さっきまで感じていた寒さはいつの間にか消えていた。自然とまぶたが重くなるのを感じる。
「オレ、人より体温高いからこうしてたらあったかくなってすぐに寝ちゃいますよ。あ、もちろん桜さんが嫌じゃなければですけど!」
……このまま、がいい
 ぶっきらぼうに言いながら、桜も楡井の背に腕を回した。
「じゃあ、このままで。おやすみなさい、桜さん」
 心底嬉しそうにそう言う楡井にまだ言い慣れないおやすみを返すと、抱きしめられている腕からはすぐに力が抜け、次第にすうすうと寝息が聞こえはじめた。心も身体も十分に温まったおかげでこちらもうとうとしてくる。
 起きたら彼になんて言おう。きちんと顔を見て、お礼を言えるだろうか。そんなことを考えながら桜も眠りにつくのだった。