みがきにしん
2025-06-01 23:01:59
4704文字
Public 回収人の話
 

この愛すべき冒険者という仕事

ヒカセンじゃないルートのアラン君がどういう仕事をしているのか?というお話。
死の描写、冒険者業に関する妄想と捏造があります。

 吟遊詩人は謳う、エオルゼアにかの人ありと。其は鋭き剣の如くして、美しきこの地の守護者なり。恐ろしき魔物、暴虐なる侵略者、猛き蛮神、いずれも臆することなく立ち向かい、勝利を収める比類なき英雄なり――
 そこまでは行けずとも、と憧れるのが人間なのだろう。アランは口の中に堅焼きのクラッカーを押し込み、水分の少ないそれをゆっくりと咀嚼した。目的地にはもう少しかかる。
 ひゅうと吹き抜ける風はザナラーンであることを忘れそうなほど涼しいが、どこか生臭く湿気っている。この穴を掘り進めて彼らのための迷宮としたアントリングたちの暮らしの臭いだ。そして彼らの集めた『獲物』が発する臭いだ。
 寄りかかっていた壁からそっと背中を離し、筆記具の形に削った白亜で大きくバツ印を書く。これで誤って戻ってきてしまったとき、先ほど居た場所だと分かる。この迷宮を掘り進めたアントリング達ならば何らかの手段で道が分かるだろうが、侵入者たる矮小な人間はこうして知恵を絞るしかない。見れば、壁には他にも誰かがつけただろう傷やチョークの跡があった。ほとんどは風化したりすっかり掠れているが、それらに遠慮するように端にひときわ新しい印がある。
 あるいは依頼人達のものだったのかもしれないそれをなぞり、アランは目を眇めた。本当に彼らが全員家に帰るためにも、この迷宮からきちんと『回収』してやらねばならない。彼らのパーティの一員、呪術士のワリカの遺品を。

 蛮神たちを次々と倒したところから重用されるようになった冒険者出身の英雄。その人の偉業が広まるにつれ、世の中は冒険者という職業に大きな期待と憧れを抱くようになった。同時に、霊災や戦争の復興にうまく乗れないままだった人々が、かの人に続けとばかりに働き口と夢をそこに求めた。奇跡のどんでん返し、一発逆転、起死回生、今まで誰にも顧みられなかった才覚の発露、そういう感覚も多分に含んだそれである。
 だが、冒険者は基本的に過酷な職業だ。英雄となったその人のような仕事はまずなく、基本的には些細でキツく、面倒な仕事が大半を占める。さらにその上で、実入りはよほど危険でなければ良くはない。細かな仕事でも真面目に働いていれば飢え死するほどではないが、装備や食事、薬など、準備する物の多さを考えれば、割が良いとは言えない。
 無論、冒険者には様々な仕事がある。キャラバンの護衛や軍事活動への従事のような傭兵まがいの仕事から、未踏の地の地図作り、狩猟、素材の収集、魔物の討伐、掃除、片付け、荷運び、ポスター貼り、エトセトラエトセトラ。続ける中で自分に向いた仕事と実力を見極めることができれば問題ないが、そうできるのはほんの一握りで、毎年入ってくる数と同じだけは辞めていく。身の丈に合わない仕事を引き受けて治せない傷を負ったり、生活に支障があるような後遺症が残っている者も少なくはない。
 それらの事情が知られていないわけではないのに、人々はかの人を目指して冒険者を志す。かの人のようになりたいと、まるで篝火に誘われる虫のように、目映く熱いそこに飛び込んでいく。
 そうした夢と理想と憧れの中で燃え尽きたり燃え尽きかけた冒険者達を回収するのもまた同じく冒険者だ。そして彼らの多くもまた、いつか冒険者という夢の果てで死体になっていく。
 回収人レトリーバー。掃除人、腐肉漁り、ハゲタカ、多種の異名はあるが、要するに他者の死体によって金銭を稼ぐ、夢と憧れの掃きだめの片付け役である。

 『回収』を依頼される場所は、多くの場合街から遠く離れてはいない。本当に前人未踏の地は、そもそも多くの冒険者は向かうことができないからだ。そういった場所に向かう冒険者や探検家は、消息不明になったらそのまま、『ああ亡くなったのだろう』という伝聞のみが人々の間に広まって終わる。
 だから街に近いほどに『回収』の需要はある。近いからこそ油断するのもあるのだろう。けれど実際のところは、街の外に一歩出れば、主要な街道から少し外れるだけで魔物の巣窟だ。そして往々にして、巣の中の魔物は、街道の周りをうろついている魔物よりもずっと手強い。
 ここ、カッターズクライもそういった街にほど近い魔物のテリトリーの一つだ。かつて最奥にいたという悪名高き魔物、キマイラはすでに討伐されているが、だからといってアントリングやウォームたちの掘り進んだ迷宮のような洞窟の様は変わりない。危険度としては多少下がったものの、魔物に追われ間違った道に進んでしまえばそのまま遭難してしまう。
 それでもここに挑む冒険者達が後を絶たないのは、ここを根城にするアントリングやサンドウォームが増えすぎて街や街道に出ないよう定期的な討伐が必要だからだし、最奥の青燐水が採掘できないか虎視眈々と狙う商人たちがいるからだ。
 ワリカたちも、元は商人たちから視察の目的で雇われた冒険者パーティであったらしい。呪術士のワリカ、剣術士のボイス、幻術士のシルビア、拳闘士のハ・ジムジ。クイックサンドで意気投合し、そのまま一緒に行動するようになり、そしてこういったパターンでは珍しいことに、ある程度以上の実力を持っていた。カッターズクライへも何度か潜ったことがあったそうだ。
 それでも、僅かなほころび一つで状況というのは変わりうる。サンドウォームが掘った横穴と、それを起点に広がったアントリングの巣穴が、迷宮を少しばかりややこしくしていたのが最初の分岐点だった、と語ったのは片腕を無くした剣術士のボイスだった。
 詳細は省くが、そうして少しばかり広くなった巣穴の中で、冒険者達は袋小路に追い込まれたらしい。いつもと違う道で魔物が迫るという状況の中で、本来の実力が出せるはずもない。最終的にハ・ジムジは腕の腱を切って二度とナックルもホラも握れなくなり、シルビアはトラウマを抱えて宿から出てこれなくなり、そしてワリカは大けがを負ったままただ一人洞窟に取り残された。
 それが聞いた経緯の全てだ。
「ワリカは……みんなを助けるために、最後まで魔物の気を引いてくれていました。一番ひどい怪我をしていたのに……僕たちが離脱するまで、ずっと……
 黒々とした隈を湛えた剣術士は、涙を拭うこともできずしゃくり上げていた。その目には最後に見たワリカの姿が映っているのかもしれなかった。
「頼むよアタシたちはもう、あそこに行くことはできない。でも、いつまでもワリカを一人にしておけないんだ
 ブルブルと震える手をなんとかといった様子で伸ばし、拳闘士のミコッテは重い金属音のする革袋をテーブルに置いた。
「頼みます、ワリカを連れて帰ってきてください。遺体でも、遺体の一部でも、遺品でもかまわないからあの洞窟から彼女をどうか
 アランは革袋を開き、中に入っているギルの数を数える。多くもないが少なくもないそれは、それでもきっと彼らが冒険者として集めた資産の全てだろうと察せた。だが、多くの所謂『回収人』はこの額では請け負わない。『回収』はダンジョンの攻略よりも時間がかかるだけに危険度が高く、更に相手が縋ってくるのを分かっているからこそ、多くの『回収人』は足下を見る。
……一度潜るだけ、更に見つかった場合も、遺品だけなら」
 それでも、きっと多くの同業から断られたのだろう相手を無碍にできず、アランは最低限の仕事を条件に引き受けたのだった。

 元あった地図と、依頼人達からの聞き取りで、少し変わってしまったという迷宮の中はある程度順調に探索できた。ほとんどは隠れて進み、行き会ってしまったアントリング達は全員、見つかる前に頭にナイフを打ち込んで殺し、土に埋めている。彼らはフェロモンで会話するらしく、死体を放置するとより大型のアントリオンが出てくるからだ。単に討伐するだけなら暴れ回ればいいが、捜し物をしているのであれば、敵全てを相手にするのは体力を消耗するだけで良いことが何一つない。
 巣穴を進むにつれ、目の細かいスカーフ越しでもむわりと纏わり付くような臭いが濃くなる。『獲物』を貯蔵する倉庫が近いのだろう。付近を徘徊していたアントリングが居なくなるのを待って、アランは臭いが濃い部屋に飛び込んだ。
 そこは、だだっ広い空間に『獲物』が積み上げられただけの部屋だった。とはいっても、乱雑ではない。植物は植物、動物は動物、といった形で分けられたそこは、彼らなりの整頓をしているのだろうと思われた。
 その中の一角に、骨と肉らしきものが積み上げられた場所があった。ザナラーンではなければきっともっとひどい臭いをさせ、とうに溶けたり腐っているだろうそれらは、乾燥して冷涼な洞窟の中で、ある程度の形を保ったまま転がっていた。
 トータスの足、襟巻きの朽ちたハンマービーク、鬣からアマルジャ族だと思われる肉片、大小様々な骨と、それに張り付いた乾いた肉。それらの中から、指輪をした小さな手が飛び出していた。着ていたのだろうローブはひどく破れ、黒い大きな染みができている。きっとここに運び込まれた時点で命はなかっただろうと思われるほどのそれ。
「ララフェル族、女性、呪術士……
 アランは聞いた特徴を思い起こす。あの指輪に填まった白い宝石は、呪術の力を強めるものであったはずだ。ならばきっと、あの腕が魔物に追い詰められたときに怪我をし、けれど必死に抵抗してパーティを生還に導いた功労者なのだろう。そしてそれと引き替えに、彼女はここにいる。
 小さく黙祷を行い、青年は山となった『獲物』たちを掻き分けて、指輪を引き抜いた。この山を崩せばあるいは彼女を連れ帰れるのかもしれないが、その分に見合うだけの報酬ギルはもらっていないし、ララフェル族とはいえ死体を一つ持ち帰るのはリスクが大きい。回収業で最も多い死因は、必要以上のものを持ち帰ろうとして持ちきれずに帰れなくなることだ。大切なのは、身の丈を弁え安全を脅かさないだけのものを『回収』すること。
 だがそれというのは、彼女をここに置いておくということだった。
……おやすみなさい」
 だからせめてとアランは呟いた。きっとあの肉体はそのうちにアントリングの腹に収まる。どうかあなたの魂が還るべき場所に還りますように。そしてあなたの功労に見合うだけの報酬が七天にありますように。
 当然ながら、その祈りは何の足しにもならないとは分かっている。一つのほころびからパーティは崩れ、呪術士はその犠牲になった。仲間たちは命こそ助かったものの、もう冒険者を続けることはできないだろう。
 彼らの夢と憧れの果ては、この暗い洞窟のどん詰まりだった。ただそれだけのこと。この業界では、掃いて捨てるほどよくある話だ。それでも、なるべく丁寧に白い宝石の填まった指輪を布で包み、懐にしまう。
 敵を避け、あるいは葬ってどうにか迷宮の外に出たとき、外はすでに暗く星が出ていた。アランは安全な場所までチョコボで移動してから、口元を覆っていたスカーフを外す。砂漠の夜の、冷えて清潔な空気が肺まで入り込み、安堵する。土地柄あまり腐敗していなかったとはいえ、さすがにあの貯蔵庫の中はそれなりに死臭がしていた。
「先に風呂に入ってから報告するか……
 臭いが付いただろう服も捨てよう。身体と髪を洗って、スクラブもすれば臭いは取れる、跡形もなく。これまでもそうだし、自分が野垂れ死ぬ日まできっとそれを繰り返す。
 『回収人レトリーバー』とは、そういう仕事なのだ。