ロヒケス
2025-06-01 02:44:50
Public 文章
 

【小説】青色吐息

※虫の話をしています※主人公くんが虫好き※
足主のつもりだけどあんまりCP要素は無いかもしれないです、クリアした人向け。
タイトルと中身で意味合って無いな~と思うけど気に入ってるのでそのままです……ちょっと直しあり。

 町の見回りで真夏の日差しにいよいよ耐えられなくなった僕は辰姫神社に休みがてら涼みに入ってみると、そこへ僕が神社に入ってきたのに気付いた様子は無く草むらの中に意識を集中している少年──彼がいた。
 高校生の彼が普段小学生に交じって虫取りに熱中している姿をここでみるのは珍しいことではない。しかし、彼がひとりだけでいるのは珍しいことだ。彼を見掛ける時傍には絶えず彼を慕う人間がいる。まだ気づかれていないのをいいことに観察をしてみる。日よけの為に堂島さんから渡されたであろう古臭い麦わら帽子を被り、子供向けの幼くチープなデザインの虫かごを首から下げて草むらに向って身を屈め、玉網を構えて真剣な顔をしているのは長身で眉目秀麗な男なのだから、酷くアンバランスで滑稽で面白い。成績優秀・頭脳明晰・運動力抜群となにかと評判を集めている彼だが女の子にこの姿を見せたらさぞ幻滅されることだろう。僕にも一端の趣味はあるから人の趣味をとやかくは言わないが、この熱中ぷりは傍から見て異常だと思う。眺めるだけにしておけばよかったのだが、暑さで気が緩み直前まで見回り仕事をしていたからかその感覚でつい声を掛けてしまった。

!足立さんは見回りですか?お疲れ様です!」

 真剣な目つきから一転こちらに気付いた悠君は爽やかな笑顔を浮かべながら元気良く返事をする。少し後悔したがもう遅い。
「そうそう。もう暑くて汗かいちゃって疲れてさぁここに涼みに来たの」
「まだお昼には少しはやいみたいですけれど。挨拶するときこんにちはっていうかどうか、ちょっと悩みました」
「あ~ここさ、悠君とか小学生の子たちとか出入りしてるけど大人はあんま来ないじゃない?だから僕とか大人の目を光らせとかないとさ!あはは
「そういうことにしておいてあげます」
 抜けた警察官を演じてきた効果が出始めたのか、最近特に可愛げがない。しょうがなく何をしていたのか聞いてみると虫取り中に玉虫を発見したらしい。しかも、もう生きていない。2年の大切な夏休み、勉強するなり有意義に過ごせばいいものを、この子はひとり寂れた神社の隅で茂みにもぐることに貴重な時間を使った。その成果は死んだ玉虫。良い歳して虫取りしてるのもだけどそれでなにがそんなにうれしいんだか、僕には理解できない範疇だ。そしてそんなものを姪っ子に見せたいなんて言う。小学生の女の子に嬉しそうにそれを見せるなんて嫌がらせの構図にしか思えない。
「菜々子ちゃん困っちゃうんじゃない?嫌われちゃうかもよ?」
「大丈夫です、菜々子は虫が好きなので。こないだだってバッタを見せてあげたら可愛いねって言ってくれました」
「それは初耳。ふうん。でも菜々子ちゃんの事だから喜んでるふりじゃないの?気を遣ってくれる子だし」
「それに俺は菜々子が嫌がることは絶対にしませんから、嫌われません」
 わざと煽った部分もあるが絶対しない、嫌われない、という言い切りに幼い姪に対する強い信頼感が滲み出ている。
「あは、お兄ちゃん怒っちゃった。ごめんごめん、そんなに睨まないでよ~」
 彼の人に対する妄信的な信頼は家族や友達だけでなく町の人間やこの僕にまで及び、僕はそれに底気味の悪さを感じてしまう。彼の中にある僕は演技、作り上げてみせた一部でしか構成されていないのに。
綺麗だから見せてあげたいと思ったんです、いけませんか?」
 少々ムキになりながら寄ってきた彼は掌に乗せた死骸を僕に見せてくる。反射的に身を引いてしまう。一般的には綺麗なものなのかもしれないが僕には虫というだけで、綺麗だろうが視界にも入れたいものではなくなる。ひっくり返ったそれは動いていないだけではないのだろうか?早くひっこめてほしい。僕の気持ちとは裏腹に彼は説明を始める。
「緑色に赤のラインが入ったこの羽は何層にも重なった被膜に光が通って反射したものがそう見せているんです。それを構造色って言うんですよ。虫にはそうやって発色する種類が数多くいて色素と違って色あせることも無いから、昔から宝飾加工されてるんです。代表的なのがこの玉虫なんですよ」
……へぇ、物知りだねえ」
 彼は普段から興味がちっとも湧かない虫の話をしてくれる。女の子にもこんなつまらない話をしてるんだろうか。彼の見た目と性格に期待して寄ってきた奴は勝手にガッカリするんだろう。僕は大人だから、遮ることもせずいかにも聞いてるよって感じに相槌を打ちながら聞き流す。けれども何故だか彼の声は心地よく、すっと耳に入ってくる。
「昆虫は外骨格なので死んだあと中の内臓や筋肉が腐っても腐敗臭がありません」
「そうなんだ」
「生きてる玉虫に遭遇するのもなかなかないんですからね、死体でも珍しいことなんですよ、しかも足も羽も残っていて綺麗な状態──」
 虫が死んでいようが生きていようがどうでもいいが解説でボンヤリと声を聴くことだけに集中していた僕の耳に死体、と単語が入ってきたことに、ほんの少しだけ、動揺した。彼の手の中にあるまるで虹色にメッキを施された派手な死体。そこから何も繋がるはずもないのに、あの現場を少しだけ連想してしまって、胃液が食道にせり上がる、あの嫌な感覚までが蘇ったような気がした。

「足立さん?」
僕が黙ってしまったからか様子を伺う彼の声が聞こえた。ちらりと目を彼の方へ向ける。
君と何気ないお喋りをしてるのだって、ゲームの一環なんだ。この虫が好きな高校生との戯れは僕の気まぐれで成立しているのだ。観察だけにしておけばよかったと、再び後悔が押し寄せていたら、突然、彼が寄ってきて目の前で──

「触ってみます?」
「うわやめてってばちょっと!僕にも嫌がることはしないでよぉ~」
僕の掌にも乗せてこようとする。外が固いから分らないけど中は腐ってるのかも知れないんだろ?
……暑くてバテたのかと、でもそんな声が出るなら大丈夫そうですね」
夏の日差しを受けて輝く、意地の悪い笑顔。そんな顔もするのかよ。
「可愛くないなぁ」
「ふふふ」

いつか固い殻から腐った中身が染み出すように──いつか君が期待した僕からはみ出た本当の僕を見て、君はどんな顔をするんだろう。
そんなことを考えて、僕の貴重な昼休みは過ぎていった。


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