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mineml
2025-05-31 21:10:47
2606文字
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【SS】Paranormal Crime ネタバレ
壊れたままではいられない
間遠になっていった相槌が、やがて止まった。
エヴァはティーカップの縁越しに、そのひとの様子を伺う。霧の煙るようなグレーの瞳には瞼が下り、いっそう儚くなってしまった白い頬に淡い金の髪がかかる。微かな寝息。こちらの話を聞いているうちに、眠ってしまったらしい。
椅子を離れて、彼女の薄い肩にストールをかける。座り直す。お互いの気配以外に、音は何もない。庭に面した窓から、真昼の明るさがあふれている。
穏やかな休日であることが、時折、皮肉な気分になる。フローラと会っているときには、絶対とは言わないが極力、エヴァに緊急の連絡は来ない。そう取り図られている。呼び出しの電話を受けるのを聞いて、フローラがパニックに陥ったことがあったからだ。
彼女の夫は、今日は用があって出かけており、代わりにエヴァが来ている。彼はFBIを辞めた。FBIは誇るべき職ではあるが、アメリカ合衆国とその国民を守る代わり、職員の家族を薄く削いでいくことも一面では事実である。そしてフローラはもはや、あと少しでも削がれたら、それが最後の一押しになっただろう。
それでも幸運な方なのだ。Unknown 99.9をめぐる一連の事件に巻き込まれ、人間として生きているだけで、まだ。
ワシントンD.C.から車で45分の小さな戸建ては、シェパード夫妻の気取らずに美しいくにである。美しい人生であるなと、彼らを見守るエヴァも思ってきた。そんなくにの片隅、背の低い戸棚の上に、夫妻や彼らの家族の写真が飾られている。そこに混じって、FBIでともに働いていた頃のエヴァとフローラのツーショットも飾られていて、当の旦那へ自慢したものだった。同じく元同僚であった彼は苦笑いをしていたが。
目をやれば、写真は変わらず表を向いている。むしろ胸が痛いような気持ちになる。
不意に眠ってしまうような疲れ切った精神であるにせよ、フローラの状態は安定の時間を延ばしつつある。事件から1年が経った今でこそだ。お前のせいでと口にした瞬間は泣き叫ぶフローラにも、彼女のやつれた夫にも等しくあった。彼女が夫以外のすべてを拒絶する日があり、エヴァしか近寄れない日があった。
彼らの拒絶も親愛も、本当のものだろうとエヴァは思う。だから写真は置かれているし、エヴァも足繁く通っている。
「冷めちゃった」
ぽつりと呟きが聞こえ、振り返る。まだ眠たげな目を手元のティーカップに落としていたフローラが、視線に気づいて小さく微笑む。
「淹れ直そうか」
「すっかり勝手知ったるって感じね」
「びっくりするくらい入り浸ってるからね」
言いながら電気ケトルのスイッチを入れ、キッチンに立ってティーポットを軽く洗う。紅茶の缶は数種類、その中から先ほどとは違うものを開ける。
「なんだか家族みたい」
「それ私喜んじゃうけど大丈夫? 旦那にやっかまれない?」
「うーん。もう諦めてるかも。それに、彼だってあなたを家に上げてるんだし」
「じゃああいつも文句言えないな」
ティーポットに湯を注ぎ、皿に広げたままのクッキーを一枚つまむ。フローラはティーカップの冷めた中身を一息で空にし、声のトーンを落ち着けた。
「ご家族の様子はどう?」
「そうね」
しばし咀嚼して飲み込み。
「神経の細いとこがあるけど、兄さんはあれで強いね。変わりなくやってる。しばらく目を離せなかったマーガレットも、ようやく元気になってきたよ」
「そう。よかった」
底に苦みの沈み込んだ微笑みが返ってくる。
フィル・アンバーに誘拐された被害者のうち、フローラ・シェパード、イーサン・フォックス、マーガレット・フォックスの3名はエヴァの縁者であり、互いに面識があった。
事件以来、彼らは顔を合わせていない。
最後に会ったのが事件現場であるために、フローラの精神状態が悪化する可能性があること。
また、知人の姿が悍ましく強大なものに変貌する様を見たからこそ、マーガレットが我を失ったということ。
エヴァを介さずに彼らが顔を合わせることはないだろうが、相手が心配でもしばらく連絡しないようにと伝えてある。それぞれに納得してもいる。
「エヴァは」
「ん?」
「エヴァは私といて、大丈夫なの?」
ティーカップに注ぎ分ける。新しい熱が水面から昇り、手指を舐めてわずかに濡らす。顔を上げると目が合った。罅(ひび)の入ってしまったガラスのように、脆く美しく見えた。
お互いに、脆くなってしまったのだろう。あなたは本当には折れないのだと言われれば、自分はそういられた。彼女は許すはずだと信じて彼女を殺し、ここにいることを許されている。
それぞれへ向けていた盲目の信頼は願いに近く、一度叩き割ったそれを拾い集め、繋ぎ合わせて、今こうしている。
「大丈夫だよ」
あなたになら壊されてもいい。
その本当を伝えても、傷つけるだけだろう。
「フローラは私を傷つけない」
人間性を剥ぎ取られるところまで追い込まれたというのに、彼女は、けしかけられても自分を襲えなかった。当時の行動をそう解釈することも、傷つけないと言葉にすることも願いだ。盲目で敬虔な願いだ。
願いを塗り重ねて、もう一度信じたいのだ。
フローラの表情はまだ不安げに揺れていて、まずひとつ頷いた。それからもうひとつ。彼女も、必死に手繰り寄せようとしている。
「
……
あのね、たぶんもう話したとは思うんだけど。誘拐されてからのことはほとんど覚えてなくて」
「うん」
「でも、来てくれたのがエヴァでよかったって思ってるのは、本当だからね」
昔から目がよかった。単に視力がいい、というところを離れはじめたのは、州警察に就職して拳銃を扱うようになってからだった。どこを撃てば相手を殺せるのかわかる。わかるだけでなく当てられる。必然、それと知れてからは凶悪犯罪の担当課に配属されることになり、その末にFBIに引き抜かれることになった。
だというのに。
「
……
ふふ。エヴァったら」
やわらかな声で笑ったフローラの表情がどんななのか、揺らいで滲んでよく見えないのだ。
「ふたりきりだと、ただの女の子みたいね」
ぼやけた姿が視界から消えて、優しい手が肩を、頭を撫でる。淡い金の髪がキスのように顔に降りかかる。
狩人は射抜くその目を閉じる。
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