フォロワーさんの「リ殿が家を買ったらヌ様は普通に居座るししれっと「お帰り」って言ってきそう」を拡大解釈しました。概ねタイトル通りのいつものわちゃわちゃリオヌヴィです。
(当日はいつものようにくっついてすやすやするだけだよ)
水の上に家を買った。職業柄いつ何が起こってもおかしくない身だ。万が一の時のためにとヌヴィレットさんに合鍵を預けた。そこまではよかった。
「お帰り、リオセスリ殿」
「た、ただいま……?」
リビングへ続くドアを開けるとご機嫌麗しい様子のとびきりの美人が微笑んでいる。食卓に並ぶ冷菜、コトコト歌う鍋。カトラリーがきちんと二人分なのに妙にほっとしつつ脱いだ外套はすぐに攫われてコートハンガーに収まった。
「先に食事で構わないだろうか。風呂は入れる状態にしてあるが…」
「ああ、うん。食事でオネガイシマス」
了解したとうなずいたそのひとに促されるまま、気づけば手を洗って部屋着に着替えて食卓についていた。
艶やかなラタトゥイユ・タッセスと輝くコンソメスープ、グリルしたソーセージ――色鮮やかな食卓の向こう側で召し上がれと微笑むそのひとと他愛もない話をしながら夕食を腹に収め、整えられているバスルームに向かう。風呂上がりを迎えてくれたタオルはやたらとふかふかだったしいい香りがした。
「あー…ヌヴィレットさん」
「なんだろうか」
何か至らぬ点があっただろうかと微か眉を下げる美人に首を振る。ちなみに現在地は主寝室のベッドの上だ。二人して。自分の体格とその他諸々を加味してクイーンサイズを選んだのが大正解で喜べばいいのか恥じた方がいいのか正直分からない。
「そのだな。一応俺もいい年した大人だし、その気になれば料理もできる。あんたの貴重なプライベートを削って面倒を見てもらわなくても大丈夫なんだが」
合鍵を渡してからと言うもの足繁く通ってきては帰宅後の一から十まで――もしかしたら日々の掃除洗濯まで――こなしてくれるそのひとの真意が全く読めなくて、お帰りと迎えられるたびに困惑する日々が続いている。正直思い描いている幸いに片足を突っ込んでいる状態なわけだが、この美人が一筋縄ではいかないことなんて随分前から知っている。逸るな舞い上がるなと言い聞かせて世話を焼いて頂いているのが現状だ。しかしながらこのひとと囲む食卓とこのひとが腕の中にいる夜が日常になり始めていてそろそろ本格的にまずい。いよいよ間違いを起こしてしまうかもしれない。このひとが俺程度にどうこうされるとは思えないが、これまで苦労して築き上げてきた関係が崩れてしまえば俺の精神に甚大な影響がある。
「私がやりたくてやっていることだ。君が恐縮することはない」
「…そもそもこんなことを始めた理由はなんだい? 何かの予行演習かい?」
君が立派な成人男性であることも認識しているので安心して欲しい、けして子ども扱いしているわけではない、と答えてくれたそのひとが、だったら何故こんなことをしているのかますますわからない。どうにも困り果てて首を傾げれば、そのひとはふふんと胸を張った。
「君は最近、私の出迎えと食事や風呂への誘導、共にベッドへ上がることも自然と受け容れてくれるようになったな」
「ああ、まあ…うん」
「うむ。作戦は順調に進行していると言える」
「作戦」
現状にそぐわないきな臭い単語が飛び出してきた。例えば、万が一、このひとがこれと同じようなことをどこかの誰かに仕掛けるための練習台として自分が選ばれたのだとしたら、越権行為と誹られようとその作戦とやらは潰さなければなるまいと密かに拳を握りつつ「とは」の空気を出せば、そのひとは続けて口を開いてくれる。
「これは神里殿より伝え聞いた、想い人により近づくための稲妻の伝統的な手法でな」
稲妻。なんだろう、嫌な予感がする。稲妻の社奉行様は人格者だが、稲妻という国そのものがなんというか独特なのだ。外から見るとそれはもう色々と。悪い国ではない。ないのだが、色々と。
「想い人に」の部分を一瞬聞き流してしまったくらいの衝撃をくれた『稲妻由来の作戦』の詳細を、そのひとは得意げに語る。
「これらの行為を足がかりに徐々に君の日常に溶け込み、いずれは既成事実を」
「待った待った。あんたそれ意味分かって言ってるか?」
とんでもない単語が飛び出してきて思わずその声を遮ってしまった。この美人から出てくるとは思えない俗っぽい単語が急にその声帯から出てきた。俗っぽい単語はわんわんと脳内で反響している。こめかみに指を当てて問うと、そのひとは迷うそぶりも見せずこくりとうなずいた。
「勿論だ。審理にも頻出の単語であるゆえ、単語の持つ意味は正確に理解していると言えるだろう」
自信に満ちた返答に口をついて出そうになった特大のため息は、次の言葉を発するための呼吸に換える。
「なるほど。じゃあヌヴィレットさんは俺と「そういうこと」をする気があるんだな?」
「ああ」
おいおい悩まないのか。そこは悩むところだろう普通。なんでちょっと煌めいてるんだ可愛いな畜生――即答された事実に歓喜やら期待やら困惑やらの感情がごちゃごちゃと混ざり合うまま、そちらがその気ならと白い手を掬う。
「よし分かった。お付き合いを前提に結婚しよう、ヌヴィレットさん」
『既成事実』のせいで嫌々(もしくは諦めて)恋人になったなんて絶対に思われたくない。薬指の付け根にキスを落として微笑めば、これまでの勢いはどこへ行ったのか顔を真っ赤にして狼狽えたそのひとはややしてからそれは嬉しげに喜んでとうなずいてくれた。
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