小話倉庫(深上)
2025-05-31 02:38:32
7048文字
Public 悠アキ/haruwise
 

「ここ」に居る(悠アキ/haruwise)

お付き合いを始めたことを六課に認めさせたい悠真の話。
◆テーマが同じ話と合わせてpixiv投稿済→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24962061

 首筋にキスマークを付けて欲しい。
 恋人からのそんなお願いに、しかしアキラはすぐには答えられず口を噤む。
「駄目?」
 首を傾げながら悲しげに言われたが、それでも首を縦には振らずに言葉を選んで吐き出す。
「駄目というか……そんな所につけたら目立つだろう。浅羽悠真の熱愛報道、なんてものが流れるのが時間の問題になる」
 お付き合いを世間には隠している以上、下手なことはしない方がいい。合理的な判断のはずなのに、そっかー、と寂しげな顔をされたら何故かこちらの方が悪いことをしているように感じてしまう。
「仕事してる時も、それ見たら頑張れそうかなって思ったんだけど」
……しばらく忙しくなりそうなのかい?」
「どうかな。ホロウの哨戒任務、市民イベントへの参加、よく顔も知らないお偉方のパーティーと、大量に残された事務処理の山、くらい?」
「うん、聞くからに多忙そうだ」
 恐らく列挙されなかった仕事も多々あるはずだ。ホロウに関する極秘任務は一般市民には秘匿義務があるだろうし、どれだけ仲が良くとも、たとえ協力関係を敷いているプロキシであろうとも、悠真が容易に漏らすはずはない。彼のそんなプロ意識を言外に感じ取って、アキラは知らず口元が緩む。
「まあ大丈夫でしょ。うちの課のみんな優秀だから。……でも突発的な仕事が舞い込むとアキラくんに会える時間も減るからさぁ。会えない時間の僕のモチベを上げるものが欲しいわけ」
「う……話を戻されたな」
「駄目? チョーカーの下でいいんだけど」
 つい、と首元を人差し指で示して、悠真は甘えるようにまた首を傾げる。悠真が人前でチョーカーを外さないことは知っている。アキラは何度か見たことがあるが、注射針の痕が消えない傷として彼の首筋に刻まれているからだ。彼は「人様に見せるのはちょっとエグいでしょ」と苦笑していたが、アキラからするとこんな状況でも他人のことを考える彼に心を痛めると同時に、愛しい気持ちも膨らむというものだ。
……まあ、目立つところじゃないなら」
 そしてそんな彼に甘くなるのも自分の弱点である。アキラの言質を取った悠真が悲しげな顔を一瞬で引っ込めて喜ぶのを見ていると、自分の躊躇など軽いものだと錯覚すら覚える。
「じゃあ早速、お願いしていい?」
 ちゃり、と十字の飾りが揺れて、彼の手でチョーカーが外される。晒された首元に、アキラはそっと触れた。傷痕をゆっくりとなぞると、くすぐったいよと笑われてしまう。どこにしようかと考えて、一番つけやすそうな左の首筋に顔を寄せる。
「ふは、アキラくんの髪もくすぐったい」
「首筋は敏感なところだからね。あまり揶揄うとつけないよ」
「はーい黙りまーす」
 悠真は素直に目を閉じ、口を噤んだが、それはそれで逆に緊張する。心臓の鼓動を抑えながらアキラは彼の首筋に唇を添わせ、強く吸った。唇を離すと、ほんのりと赤い痕がついているのが見えてほっとする。
「もっときつめに痕つけてもいいんだけどね?」
 鏡で確認した悠真にそんなことを言われてしまい、アキラは無言で彼の頭を軽く小突いた。

 *

 まあ、うっかりしていたと言わざるを得ないのだ。
「あれ、ハルマサ。首に痣がついてるよ? どこかぶつけちゃった?」
 純度百パーセントの声で蒼角に言われてしまい、慌てて首元に手を当てるも遅く。僅かにずれていたチョーカーから覗いた赤い痕は隠したものの、六課全員の視線を受ける羽目になってしまった。
「浅羽隊員、ちょっと」
 案の定柳からのお呼び出しを食らってしまい、苦笑を貼り付けながら彼女の前に立つ。彼女は失礼、と流れるような所作で悠真のチョーカーをずらし、問題の痕を見てすうっと息を吸い込んだ。
……公序良俗、という言葉を知っていますか、浅羽隊員」
「えーっと、もう少しわかりやすい言葉で言うと……?」
「蒼角の教育に悪いので、そういうのはオフィスに持ち込まないでください」
 ですよねー、と肩を竦める悠真のチョーカーから指を外し、今度ははぁっと重く息を吐き出してから、いつもの冷静な顔に戻ると柳は静かに言葉を紡ぐ。
「これは任務に支障が出ないかの確認として聞きますが……貴方、そういう関係のお相手が居たのですか?」
「あはは、さすが月城さん。情報官としての性ってやつですね」
「誤魔化さないでください。これは大事な話です」
……そうですね。じゃあ、課長と、蒼角ちゃんにもちゃんと報告しといた方がいいか」
 こちらの様子をうかがっている雅と蒼角、そして柳の全員を視界に収めるように立ち位置を変えてから、悠真はへらっと笑って言い放つ。
「僕、アキラくんとその、お付き合いというものを始めましてぇ」
 瞬間、六課のオフィスの空気ががらりと変わった。
「え……
「わあ!」
……何?」
 柳は驚きに目を見開き、蒼角は目を輝かせ、雅は長い耳をピクリと動かした。驚愕のせいなのか二の句を継げなくなった柳に代わり、無邪気な蒼角がずずいっと距離を詰めてくる。
「オツキアイってことは、恋人ってこと? ハルマサとプロキシが、愛し合う関係になったってことだよね!」
「う、そうです……蒼角ちゃんに言われると言いようのない申し訳なさが増すなあ」
「いつからですか? この間ビデオ屋に行った時はプロキシさんにそんな異常は見られなかったのですが……まさかつい最近? この私がずっと知らずにいたなんて、勘が鈍ったのでしょうか……あとそれを知っているのはどれくらいいますか?」
「ちょちょ、ちょっと待ってください順番に答えますから。いやそんなことより異常って何ですか異常って!」
 復活したがまだ混乱している様子の柳から質問攻めに遭い、その勢いに気圧されつつも悠真は安堵していた。とりあえず、彼らは自分たちの関係を受け入れてくれそうだ。
 と、思っていたのだが。
……あの兄妹には、親が居ないと聞く。であれば、誰かがその役を買って出る必要がある」
 清廉な声が、部屋の中に響き渡った。あれこれと悠真に聞いていた柳も言葉を止めて、我らが課長、雅の方へ視線を向ける。不穏を察知して悠真が声をあげようとしたが間に合わず、雅は静かに椅子から立ち上がった。
「ならば私が彼らの保護者として、お前の前に立ちはだかろう。悠真」
「や、ちょっと落ち着いてくれませんか課ちょ……
「アキラとの交際を許して欲しくば――私と戦って、勝ってみせろ」
 最悪の形で修行の相手に指名され、悠真は間抜けに開けた口の端を引きつらせると、目元を押さえて溜め息を吐いた。


 H.A.N.Dの演習場を使うという案も出たのだが、雅が本気を出すと修理代が高くつく。そこで代替案として出されたのは、HIAから依頼されたデータ収集への協力だった。VRの中であれば、多少派手に暴れても何かが壊れることはない。
 いずれにしても「六課の課長が本気を出す」という前提で話が進んでいることに、悠真は気が重くなる。勝てるわけないじゃないか、と心中で愚痴を零すも、既にやる気満々の雅は聞く耳を持たなさそうだ。しかし悠真自身、彼女に対して弱音を吐くという行為をしたいとは思わない。己のプライドと、彼女に認めさせてやるという秘やかな意気込み。戦う理由なら、ある。
 HIAの職員に一対一の勝負をしたいと申し出たところ、大歓迎で迎えられてしまった。しかも「六課の二人が戦う様子なんて宣伝になるから、施設内のモニターで流しても良いか」という申し出を逆にされてしまう始末だ。構わない、と雅が二つ返事で了承するものだから、ますます下手な戦いは出来なくなってしまった。
「あー、気が重い……
 急遽ではあるが、六課のエキシビジョンマッチがあると聞きつけたのだろう、HIAに入り浸っているプレイヤーたちでロビーは賑わいを見せている。立ち入り禁止としたVIP用のVRルームからその様子を眺めて、悠真はまた溜め息を一つ吐く。
「まだログインしていないんですか?」
 本部に連絡でもしていたのか、スマホを持った柳がVRルームに入ってきた。蒼角はオフィスでの留守番を頼んでおり、何かあれば柳に連絡が入るようにしている。もう一人の姿が見えず、悠真は柳に尋ねる。
「課長は?」
「既に入られましたよ。中で貴方を待っています」
「早っ! あー……仕方ない、じゃあ潔くサンドバックになってきますか」
「浅羽隊員。その……
 覚悟を決めてログインしようとした悠真に、遠慮がちな柳の声がかかる。何だろう、と顔を向けたが、柳はなんとも言えない顔をしてから、すぐに微笑を作った。
「いえ、何でもありません。課長にじっくり揉まれてきてください」
……お仕置き部屋でしたっけ、ここ」
 冗談に冗談で返しながら、覚悟を決めてVR機に入り、目を閉じる。ここではない場所へ接続される時の、ふわっとした無重力を感じたのは一瞬で、目を開けるとそこはルミナスクエアを模した空間だった。
 交差点の中央に、雅が立っている。悠真が来たのを察知して、閉じていた目をゆるりと開いた。
「来たか」
「お待たせしました、課長」
 普段なら大勢の人が行き交う町並みの中、自分と彼女以外誰も居ない。しんと静まりかえった空間が、悠真の精神を研ぎ澄ます。息を吸って、吐く。全身に血を漲らせ、身体の隅々まで神経が行き渡るよう集中させる。
「今日はエーテリアスが出る設定にはしていない。私と、お前だけだ」
「それは光栄です。ところでこれって、アキラくんとの交際を認めてもらう、って話ですよね?」
「ああ、そうだな」
……もし負けたら?」
「私が、お前のことを認めない。それだけだ」
 それより、と雅は刀の鞘に手を添える。
「負けたら――などと考える余裕があるとは、悠長なことだ」
 それが合図となった。雅が抜刀すると同時に、悠真は瞬時に弓を構え、矢を放つ。しかしそんな単調な攻撃が雅に通じるわけもなく、一振りで弾かれてしまう。
 厄介な相手だということは痛いほどに分かっている。雅には隙がない。あの間合いに入って戦うのがそもそも難しいのだ。距離を取って戦うしかないことは分かっていても、彼女は一足飛びに近付いてきて悠真の間合いに入り込んでくる。思考する余地もない。咄嗟に双剣に変化させた武器でかろうじて攻撃を防ぐと、ぎぃん、と重い音が響き渡った。くるりと回転するように体をねじってその刀裁きから逃れると、悠真は再び距離を取る。
 汗がこめかみを伝って、落ちる。これは単なる準備運動だ。雅の本気はこんなものではない。再び刀を鞘に収めたかと思うと、その状態で雅は構えを取った。これは、と悠真は今までの知識から次に来る攻撃を読んで構える。案の定、刀から飛び出した三本の剣筋が、巨大な爪のように悠真に襲いかかってきた。その隙間に滑り込みながら弓を構え、雅の頭部に狙いを定めて放つも、すい、と顔を動かすだけで避けられる。ち、と舌打ちをしつつ再び間合いを取ると、雅は薄く笑みを浮かべた。
「その程度か、悠真」
……今日は随分と煽ってきますねえ、課長。そんなに認めたくないんですか?」
 これでもこちらは頭をフル回転して彼女の行動を先読みし、無様に負けないよう立ち回っているのだ。悠真の言葉を無言で受け流すと、雅は再び構えを取った。まずい、と悠真の全身が警鐘を鳴らす。大技が来る。雅の周囲が一気に冷やされて、雪が舞う。あれに当たったらひとたまりもない。しかし距離を取り過ぎても、こちらの攻撃が当たらなければ意味がない。
 深呼吸をすると、悠真は静かに矢を一本番え、構えた。今にも技を放とうと気を高めている相手を、目を凝らして見定める。縦横無尽に放たれる範囲攻撃だとしても、一本の刀から発生するものである以上、隙はある。見極める。緊張を解いて、集中する。
 ごう、と気迫が放たれて剣戟が舞う。見極めた一筋の光明めがけて、悠真は矢を放つ。それは剣戟の間を縫うようにまっすぐ飛び、雅の頬を僅かに擦った。しかし雅は止まらない。刀を抜くと、悠真に向けて距離を詰めてきた。応戦するように悠真もまた、前方へ向けて地面を蹴る。
 キィン、と金属が当たる音が響く。雅の刀と悠真の双剣が二人の間で拮抗し、同程度の力を持って両側へ弾かれた。バランスを崩す前に片手を地面につけ、バク転の要領で空中回転し、距離を取りつつも悠真はすぐに態勢を整える。前に視線を向けると、既に雅はいつも通りの直立不動で目の前に立っていた。
 彼女に小細工など通用しないため、悠真はいつもの小手先の戦い方が出来ない。常に気を抜けないという状況に、普段よりも感覚が研ぎ澄まされていく。そんな悠真と対照的に雅は常と変わらぬ姿勢だったが、不意にぽつりと言葉を漏らした。
「私は、あの兄妹のことを好ましく思っている。守りたいと、思う」
 緊張は抜かないまま何のことだろうと思考を巡らせて、先ほどの悠真の言葉への返答だと気付く。
「それと同じくらい、お前のことも好ましいと思っている。だが、お前を守りたいとは思っていない」
「守る価値もないってことですか?」
 反射的に出たネガティブな発言は、続く雅の言葉に否定される。
「いいや。浅羽悠真は、私の隣でともに歩む仲間だ。私が信頼を寄せる相手だ。私が手を出すまでもなく、お前はお前自身と、大事な人を守れると信じている」
 過分な信頼を寄せられていると知り、悠真は頬が熱くなるのを感じた。なんだ、彼女も最初から認めてくれていたのか。安心すると同時に、疑問が湧き上がる。
「え、じゃあここで課長と戦う意味ってあります?」
 真っ当な質問に返って来たのは、どことなくいじけたような言葉だった。
……私がお前と戦ってみたかった、という言葉では足りないか?」
 ふは、と思わず悠真は笑みを零してしまう。こちらは全力で、集中して相手をしようと思っているのに、この人は。全然、と明るい声で応えると、雅は口元に柔らかい笑みを浮かべてから、すぐにその口を引き締めた。
「手加減をするつもりはない。いいな、悠真」
 これだけ信頼を向けられて、その手を取らないわけにはいかない。とことん付き合いますよ、と諦めの息を吐いて、悠真は再び弓を構えた。

 *

……わざわざ僕をここへ呼んだのは、これを見せるためなのかい?」
 HIAのロビーは常とは違う盛り上がりを見せていた。巨大なモニターに映し出されている戦いの様子は、プレイヤーだけではなくただ通りがかっただけの通行人ですら足を止めて見るだけの価値があるものだ。
 対ホロウ六課の星見雅と浅羽悠真の決闘、と題打ったそれは、もはや映画のワンシーンではと思うほどの迫力があった。同時にそこかしこから「マサマサってあんなに強かったんだ」と囁く声も聞こえてくる。アキラからすれば「何を今更」となる事実だが、実際に戦う様子など彼らは詳しくは知らないのだろう。「街の守護者」と「美男美女」という要素だけが一人歩きをしているのだと感じる。
「ええ。だってこれ、貴方が発端で起きたことみたいですから」
 ロビーの端、目立たない場所で、アキラは柳とモニターを眺めている。柳から「すぐに来て欲しい」と言う連絡が入り、何事かと来てみればこの騒ぎである。
「課長と浅羽隊員のファンがまた増えそうですね」
「いや、そんなことよりこれが僕のせいって、どういうことなのかな」
「彼が迂闊だからです。……いえ、考えてみれば、浅羽隊員はそこまで気を抜きませんね。だとするとあれは恐らく、わざとでしょう」
「だから、どういう……
 とん、と柳は自分の左側の首筋に指を当てた。その動作から割り出される可能性が脳内に浮かび、あ、とアキラは間抜けな声を出す。慌ててモニターを見るも、問いただしたい相手は激しく戦っている最中だ。
……つまり、六課のみんなはそれを知っていると?」
「ええ。はっきりと彼から報告を受けました。そしてこの事態は、言うなればけじめですね」
「それは、ええと、本当にすみません……
 秘密にすると言っていたのは何だったんだ、と思うアキラだったが、続く柳の言葉に何も言えなくなる。
「貴方が謝ることではないですよ。きっと彼は、私たちには自分から言いたかったんだと推測できます」
 そうか、と合点がいく。悠真と交際するにあたり、アキラも身内であるリンには打ち明けた。多少驚かれたが祝福されて安心したところだ。悠真だって、自分の近しい相手には自分から言っておきたかったのだろう。その対象が六課だというのが、彼らしいと言えば彼らしい。
「ですから、私から言えることは一つです」
 柳はにっこりと笑って、真正面からアキラを見据える。
「うちの浅羽隊員を、よろしくお願いしますね。アキラさん」
……「うちの」、ね?」
「ええ、そうです。だって彼は、六課の大事な人員ですから」
 そこはかとない圧を感じる。同時に、彼女たちにとって悠真は欠かせない存在なのだと改めて悟る。六課にとってもアキラにとっても、唯一無二の大事なひと。
 ――柳さん、なんだか「お母さん」みたいだな。
 口にしたら拗ねられそうな言葉を頭に浮かばせて口元を緩ませるアキラを、柳は不思議そうに見ていた。