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ナスカ
2025-06-01 18:00:00
6330文字
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カラミティアンドアストロジャー⑤
前回の続きです。
「水質調査もできるとは驚いたな」
「城内の井戸水を調べるのも、仕事の一つだったからな」
「さしずめ、便利屋といったところか」
アデヤ村来訪一日目のアストルの姿をガノンはそう形容した。アストルが城から出た際にまとめた荷物は、日用品や占い道具ばかりではない。一見占いには何の関係も無さそうな分野の、ガノンには用途も何もわからない、言ってしまえば『ガラクタ』のようなものまで詰め込まれていた。その一つが今回、役立ったというわけで。
「だが、藻の大量発生では無い故、水中の酸素不足はありえぬ
……
。生活ゴミが捨てられているわけでもないし、やはり問題はあの紫色の部分か
……
」
アストルは今、滞在するならばと案内された宿屋の二階の一室で調査結果と向き合っていた。只でさえ暇で暇で仕方がないガノンは、アストルが紙と筆の相手ばかりしているので退屈の極みである。
「土地柄のことは占いではわからぬのか?」
「そういう占いもあるが、私の専門は占星術だ。ホロスコープとはその人の生まれた年月日と時間から惑星の位置を算出してその運命を推測するもので、土地のことを占うものではない」
「それでよくあの場を乗り切ろうとしたな」
ガノンは感心するやら呆れるやらだった。自分が村人たちの気を抑えつけなければ、アストルは何と言って押し切るつもりだったのだろう。
「どうしても此の村が良いと言っていたな。理由はあるのか?」
ピタリとアストルの筆が止まる。どうやら何か話してくれるらしい。親に素話を強請る餓鬼のようだと思いつつ、ガノンは宙に浮きながら胡座をかいた。するとアストルは、背もたれに薄っぺらな胸と腹を委ね、椅子の脚の下で両足を組んだ。
「
……
ここは、母の故郷らしい」
「らしい、とは?」
「詳しいことはわからぬ。地図にあった走り書きが子どものような拙い字だったからそう思っただけだ。仮にそうだとしても、覚えている者もおらんだろう。如何せん、母が城に来たのは今から三十年以上前の話だからな」
三十年など、厄災のガノンからしてみればまばたき以下の短さだ。しかし人間にとってはそれなりの長さ
……
人生の半分に相当する時間になる。それほどの時間が過ぎていれば、住む人も世代も変わり、いなくなった人のことなど忘れられてしまうだろう。年嵩ある村長が、母とよく似た容貌だというアストルに気づかなかったのが証左と言えた。
「私にとって、占星術の原点は母にある。だから、もし外へ出られたなら
……
ここで生涯を過ごしてみたいと思っていた。それまでのこと」
「
……
まあ、良い意味で普通だな」
ガノンはやや低めのテンションで答えた。アストルからすれば特別なのかもしれないが、より面白みのある話を望んだガノンから見ると『よくある話』 だがもう初対面のように失望を全面に押し出すことは無かった。
などと思っていると、今度はアストルがガノンのことを凝視していた。顔になにか付いているか、と質問しようとした時、アストルの方から疑問が投げられられた。
「そう言えば、お前のそのモヤ
……
脚先や毛先のそれ、何ていうんだったか」
「怨念だが」
「怨念は水溶性の物質だったりするのか?」
まさか、彼はこちらの関与を疑っているのだろうか。こんな辺鄙な村など、存在すら知らなかったというのに。やや気分を害されてガノンは「違う」とだけ答えた。
「ふむ、では色彩の似た全く別のものと考えるべきか
……
。水に溶けて、生き物に害を成す
……
。問題はそれが何処からやって来たか、ということだが
……
」
今アストルの頭の中は学術的な内容で頭がパンパンになっている。ガノンの機嫌を損ねたことに気づかなかった。目の前のことに取り組む姿は、まあ好ましいとは思う。しかしこうやって心の機微を感じ取れないならば、なかなかに前途が思いやられる。占いに必要な能力は、統計や記録だけではないだろうに。
「デスマウンテンの方では火山ガスが水に溶けても特に問題ないらしいが
……
ここの場合は毒性が残ったままだ
……
。ガスのようなものが蔓延しているならば、まず住民の方に被害が
……
」
「
……
絶望しそうに無いな」
「すまないが、忙しくなってしまったからな」
なってしまったというか、自ら忙しさを選んでいるというべきだろう。自分は上手いこと彼に利用されているようにも思えるが、ここまで愚直さだとその可能性が薄れてくるのが厄介だ。
「いつかは暇になるだろうから、その時には絶望するだろうよ。
……
悪いが、それまで側にいてほしい」
ニコ、とアストルは爽やかに笑った。ガノンは一度だけ、似たような笑顔を見たことがある。彼が自分の姪に向けていたものだ。
「お客さん!」
部屋に飛び込んできたのは、宿屋のご主人だった。アストルに出ていけと言った一人だったが、ガノンに気力でねじ伏せられてから「ウチでこの人泊めますよ」と立候補したのである。
「旦那さん、どうかしましたか?」
「ちょっと来てくれ! 今度は井戸が大変なんだ!」
「わかりました、すぐに向かいましょう」
アストルはペンを置くと、上着を羽織って部屋から出ていく。ガノンは敢えてついて行かず、宿屋の主人に連れられていくアストルの姿を出窓から眺めた。両腕を組んで壁に寄りかかるガノンに観察されているとも知らず、アストルはいつもの如く真剣そのものな目をして村人たちと話し込んでいる。
「ふん、暇になったら絶望するだと?
……
妙なことを言う」
✽✽
「号外! 号外やで! 中央ハイラルの南方で、新しい深穴が発生したよし! 瘴気による更なる被害が見込まれる模様!」
訛りのあるけたたましい新聞売の声に、城下町の人々は老若男女問わず皆足を止めて号外を求めて殺到した。途端に路上のあちこちに新聞売が現れ、幾つもの五ルピーを受け取っては革袋の中に入れ、代わりに新聞を手渡す。新聞を手にした民衆は、今国中を騒がせている難解不明の現象を知るべく目を皿にして活字を拾った。
「最初はデスマウンテンに出来ただけって言うから安心していたのに、もうこっちにまで深穴が!」
「この前はハイリア湖の近辺に出来たって聞いたわ」
「近くの村に住む人々は皆病気になってしまったらしい」
「もしもここの直下に深穴ができたら、どうすればいいんだ?」
「王家は一体何をやっているのか!」
人々は不安から、怒りから、恐怖から騒ぎ立てる。それが一過性のものから慢性的なものへ変貌した時、城の前には王家への不満を持つ者たちが無数に集まった。
「深穴調査に行った兵役中の息子はどうしているの!?」
「ローム王太子はどんな命令をお出しになっている!」
「我々ハイラルの民は、知る権利があるぞ!」
城門を破らんとして詰めかける者たちは質より量といった様相で、いつも通りの人数であるはずの憲兵たちがひどく少なく見える。息苦しいほどの人数に取り囲まれながらも、王族の聖なる居城は守らねばならぬ彼らは己の職務を全うせんと踏みとどまっていた。
だが天変地異に怯える民の目には、王族の籠城として映るばかり。
「シロツメ新聞には真実が書いてあるんだ!」
「命がけの取材をしている記者に敬意を!」
「対策を講じぬ王家に抗議を!」
「深穴調査に向かった者たちを帰せ! 深穴問題に取り組め!」
驚天動地の大騒ぎをしている様子が、城の窓から見えぬはずはない。かつて王家の姫と婚姻を結び、王太子となった元騎士ロームは頭を抱え、己の不甲斐なさを嘆いていた。
何の前触れもなくオルディン地方のマグマが干上がり、デスマウンテンの火口が炎の代わりに人体に有害を及ぼす『瘴気』が吹き出すようになって早数ヶ月。同様の現象がハイラル王国各地で発生し、王国軍司令官であるローム王太子は調査団を編成。瘴気の発生元である地底に繋がる深穴へと派遣した。
しかし太陽の光が届かぬ環境下で兵士たちは弱り果て、送り込んだ物資はすぐに枯渇した。調査どころか帰還すらままならない状態である。
出来ることはできる限りやっていた。それだけではこの問題を解決できそうにないだけで。義父である国王からは早急に問題解決に当たるよう指示を受けているが、根本的にはどうにも出来ていないのが現実であった。
「御父様、失礼致します」
「ゼルダか
……
」
つい数ヶ月前まで暗い面持ちをしていた愛娘は、ある日を境にして顔つきが大いに変わった。何かに目覚めたかのように、眉と瞳が意志強く凛々しい。国王である祖父の言うことに逐一萎縮していたのが嘘のようだ。ここ最近はシーカー族の研究者たちと時間を共にすることが多い。元々博学才穎な娘だったが、封印の力に目覚める修行のために勉学の時間を奪われてきた。どこから降ったか湧いたか、厄災の復活は暫くあり得ないだろうという話が城内で広がった結果、研究に時間を割くことが許されている。
王太子は抗議の声を上げる民衆を窓から見下ろし、王女は無念を抱える父の横顔を見上げた。
ゼルダが知る限り、父は困り顔ばかりしている。婿という立場もあるだろうが、娘である自分がいつまでも『封印の力』に目覚められないのが最大の要因だ。そしてそこに解決困難な巨大な問題がのしかかってきている。
だが今日ゼルダが父の元に持ち込んだのは、吉報だ。
「民が困っているというのに、何ひとつ解決できぬままだ
……
口惜しくてならぬよ」
「御父様、聞いてほしいお話があります」
「なんじゃ?」
「瘴気に耐えうる方がいるのです」
『勝ち』を確信している強気な娘の顔に、ローム王太子は希望を見いだした。
✽✽
アストルが突然荷造りをし始めた時、ガノンは何事かと思った。せっかく安住の地候補に滞在できているはずなのに、わざわざ出ていくなど。
「ゼルダから手紙が来たのだ。瘴気の被害があまりに酷い故、力を貸して欲しいと」
「お前は占星術師だろう。どうやって力を貸すつもりだ」
「あの子の頼みだ。放っておけぬ」
ガノンはアストルの背後にいたが、スルリと彼の前に回り込んだ。さながら飼い主の仕事を邪魔する猫のようである。
「瘴気のことは何もわかっておらぬのだぞ! もし死んだらどうするつもりなのだ!」
「
……
その時はその時だろう」
「そうではない! お前が絶望したら殺すという約束ではないか!」
「それはお前の案だ。変えたって問題なかろう」
自分ばかりアストルに食いついている。しかしその度に噛み応えがない。まるで霧の中に幾人ものアストルの幻影があって、本物を見失った気分だ。苛立ってくる。
実際、今のアストルは『何処にもいない』ような気がしていた。彼の身体は存在しているが、心は
……
魂と呼ぶべきものは身体から乖離して違うところにいるのではないかと。ボタンのかけ違えと似た違和感に、ガノンは気分を害されていた。
「我はお前の絶望が見たいのだ。ただ殺すだけでは、あまりにもつまらぬ」
「では見ていてくれ。私がいつか絶望するところを」
そっぽを向いたために、ガノンはアストルに見つめられていると気づかなかった。
✽✽
城下町の裏路地にある、寂れた酒場。主人である気難しそうな老人に秘密の言葉を投げかければ、酒樽の奥にある扉を開いてくれる。そこには既に、頭巾を深く被って顔を隠した細身の人物が座って待っていた。そしてその人物の背後に、奇妙な謎の靄が浮いているのを見る。扉が開いたことに気づき、彼は床に向けていた顔をこちらへ上げた。相手が若い娘であることに驚き、彼の目が見開かれる。約束では、彼女は父親と共にここへ来るはずだった。
「ゼルダ」
「叔父様、またお会いできて本当に嬉しく思います」
アストルは立ち上がり、ここまでやって来た姪の顔を見る。その表情は最後に会った時よりも溌剌としていた。自分が城から離れている間に、彼女の内面では大きな変化があったことが見て取れる。
「まさかひとりで?」
「いいえ、御父様も一緒です。叔父様とお話がしたくて、私だけ先に」
少しだけ開いている扉の隙間を見れば、みずぼらしい変装をした年配の男が老主人と何やら話し込んでいた。
「それで、私にしたい話とは?」
アストルが訊ねると、ゼルダの翡翠色の瞳がこちらを探るように動いた。何か込み入ったことでも聞かれるのかと、アストルは僅かに手を握る。
「その、
……
叔父様の背後にいらっしゃるのは、何なのでしょうか?」
ドク、と心臓が嫌な音を立てる。自分の背後にいるのは、紛れもなく厄災ガノン。これまでこの可愛い姪は、封印の力に目覚められないことに思い悩み、精霊や妖精の類が見ないことを嘆いていた。そんな彼女が、アストルだけが見えるガノンの姿を捉えているかもしれない。示される可能性は、ゼルダが姫巫女として彼を封じてしまうかもしれない未来。
本来ならば喜ばしいことのはずなのに、アストルはそれがどうにも受け入れ難く「
……
何か見えているのか?」と問いかけた。
「いえ、わかりません。形が明瞭ではありませんから
……
。けれど、叔父様が城の地下から戻られた折に、もう何となく見えていました」
どうやらゼルダにはガノンの姿がはっきりと見えていないらしい。それならばまだ誤魔化しは効きそうだ。アストルは「そうか」とだけ答える。
「あの時から、私は精霊や妖精が見えるようになったのです。もしかすると、叔父様は何か女神様に近しい存在に守られているのかな
……
と」
ゼルダの表情は喜びと感謝に溢れていた。まさか厄災が、あろうことか聖なる存在に見間違えられているとは。可笑しくて思わずアストルは噴き出す。その後ろでガノンが「なんだこの小娘は!」と不本意そうに叫ぶのが聞こえて、更に面白くなってしまう。腹を抱えてぷくくと笑う叔父を前に、ゼルダは小首を傾げた。
「叔父様?」
「ハハッ、いや、すまない。確かに私も、あの日以来妙な加護は感じていてな。もしかするとお前の言う通り、女神の加護を与えられているのかもしれぬ」
にこやかに姪へそう返すアストルに「なっ、お前何を言っておるのだ!」とガノンは、からかい甲斐のある様子で騒ぎ立てた。それにゼルダが無反応なので、やはり彼女にはガノンのことが見えていないのだろう。
「ゼルダ、彼との話は終わったか?」
穏やかな父親の声にゼルダは振り向き、「はい、御父様」と答えた。
それと同時に小部屋へ入ってくるのは、次期国王。アストルの義理の兄と呼ぶべき存在。厄災の贄として死を突きつけられるまで、全く関わりが無かった。向こうもこちらの存在を知らなかった。アストルもただ『ゼルダの父親』という知識しか持っていない。
ハイラル王国軍総司令官にして元騎士。王太子のローム・ボスフォレームス・ハイラルだ。
「王太子殿下、お久しぶりにございます」
「そう堅くならんでくれ、アストル。そなたは、儂の最愛の妻の弟なのだ」
早く今上の国王が死んでくれないかと、アストルは思ってしまった。王太子の穏やかな声と柔らかな笑みには、アストルが失って久しい家族の温もりがある。
それでもアストルはそれに縋ってはいけなかった。王太子も軍の司令官も、只でさえ負担が大きい役目。厄介な存在である自分までもを抱え込んでほしくない。
「有難う御座います。
……
それでも私は、王家の人間ではありませぬ。どうか、このまま
……
」
自分はもうひとりでも平気だ。アストルはその思いの基に、固辞した。
「うむ、突然無理を言ってすまなかった。だがそなたさえ良ければ、いつでも頼ってほしい」
「
……
それで、今回は私を頼りたいとのことでしたが」
続く
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