饂飩粉
2025-05-30 15:36:24
9127文字
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咲き方を忘れないために

ブルーロック、オリヴァ・愛空の夢小説です。
夢主とオリヴァ・愛空はポリアモリー想定です。
よろしくどうぞ


 昨日、二年付き合ってた彼氏と別れた。
 理由は相手の浮気。
 そこまでは、よくあってほしくないけど、よくある話。
 自分でも不思議だなと思ったのは、その時感じた怒りや悲しみの理由だった。

 一日経って少し冷静さを取り戻した私の中に元彼への未練はシュークリームの中のバニラビーンズの粒ほども残っていなかった。
 散々な夜が明けた翌日だというのに、私は驚くほどいつも通りに起きた。泣き腫らしたわけでもない顔のコンディションもいつも通り。化粧乗りも悪くない。むしろアイライナーのストロークには迷いが無い。
 昨夜の内に、家に置きっぱなしになっていた元彼の荷物は全てまとめてコンビニに配送を頼んだ。
 メッセージアプリの連絡先は、とりあえず残している。でも今のところ返事を出す気になるような連絡は来ていない。謝るとか、浮気相手とは縁を切ったとか、やり直そうとか、説明させてとか、何十回にも及ぶ着信履歴とか。そんなものばかり。
 そんなことじゃなくて、そっちの家に置きっぱなしになっている私の荷物の話とかしろよ。お前は交際相手である私の許可なく、他の人間と交際してたんだろうが。
 そうだ。
 私はそのことに怒っているし、悲しんでいるし、その他いろんな負の感情がよく振った炭酸飲料のように溢れ出す理由になっている。
 合意の上での3Pとか、ちょっと興味あったんだけどな。結局元彼には言い出せなかったけど。言ったら言ったで性欲強いとかビッチとか余計なレッテル貼られそうだし。
 そういうことしてきそうな雰囲気あったくせに、浮気がバレる前までは私に一途みたいなポーズばかりしてたなアイツ。結局浮気してて、なんか一貫性ねえなあと思った。節操ないくせに一途であることがステータスみたいに思ってたんだ、って。
 でも実際そういう空気はある。束縛系とかそういうのじゃなくて、もっとカジュアルなレイヤーの段階で一対一の恋愛を強いる空気が。恋バナする時、恋愛する時、バレンタインの日誰かにチョコを渡す時、その空気を吸って吐いて呼吸していることは暗黙の了解になっている。
 私はその時、息を止めながら話を合わせている。ブラッドボーンやってる時と同じくらい集中して、空気を澱ませないようにしている。私にとっては澱みでもなんでもないものを、きっと彼らは恐れるから。

 そんなことを考えていたら、身支度が整ってしまった。
 今日は仕事も休みで、元彼と出かける予定があったのがなくなったのに、無意識のうちに出かける準備をしてしまっていたようだ。
 とりあえず、散歩でもするか。
 元彼からの通知は全部ミュートにしておく。夜になったら私の荷物についての話が来てるかチェックしておこう。

———

 散歩といっても、孤独すぎるのは嫌だ。
 人気が少なくて開放感のある並木道や公園より、駅前や繁華街を歩く方が安心する。中には不躾な視線を寄越してきたり、わざとらしくぶつかってきたり、許可もなく触れてきたりする最悪の人間もいるけど「大勢いる中の誰か」として、映画やドラマのエキストラになった気分が味わえる。大勢の人と同じように、そこが居場所であるという共通認識が持てているような感覚。そこでは「自分だけの時間を過ごせる隠れ家的な喫茶店」よりも「雑多に人が出入りするチェーン店のカフェ」の方に吸い寄せられる。他の人と同じじゃ嫌だと思えるのは、他の人と同じだと感じられる側の特権だ。期間限定のラテを片手に適度な人混みの中に身を置くことで、呼吸するのが楽になる。
 それでもたまにわからなくなる。
 一体私は誰に、何に、お伺いを立てているんだ?

 MIND1は一人でも十分に楽しめる場所だ。ゲーセン、カラオケ、ボウリング、ダーツ——卓球はさすがに一人じゃ厳しい。ほとんどは複数人で遊んでる客がほとんどだけど、ゲーセンの騒がしさは、一人でいることを歓迎してくれる。ぬいぐるみのマスコット一つ取るのに二〇〇〇円以上吸われることもあるのはいただけないが。
 そんなわけでナマケモノのぬいぐるみマスコットに二二〇〇円くらいつぎ込んでいると、見知った顔の女性が奥の方から歩いてくるのが見えた。ゲーセンには似つかわしくないほど、眉間に縦皺を重ねて苛立っているようだった。
 向こうも、私に気づいた。
 しばらく私達は見つめ合い、記憶の底にある見知った顔と名前を探し、同時に気づいた。
「あーっ!」
 ばったり出くわしたのは、学生時代を共に過ごしたかつての同級生で、卒業以来SNSでしか繋がっていなかった友人であることに。

———

 二人なら、カラオケは二時間でも満足度が高い。三時間ならお互いに歌い疲れて雑談する余裕もある。
 というわけで学生時代のレパートリーから最近流行りの楽曲、密かに練習していたものまでお互いに出し合ったところで、私達はカラオケルームのソファにどっともたれかかった。
 それから、思い出話から近況に至るまでを報告し合った。私も友人も、互いに社会人として細々と生活し、不服ながらも納税し、上司に頭を下げ、家賃を払っている。
 そして話題は、今この瞬間に移った。
「てか、どうしてこんなとこいるの?」
 友人が切り出した。
 長かった髪をショートボブに切り揃えた友人は、私なんかよりずっと大人びて見えた。
「私は、今日突然暇になっちゃって、なんとなく」
「何、彼氏にドタキャンされたとか?」
「いや、別れた」
「えウソ、マジ?」
 友人が急に申し訳なさそうな顔をするので、私は慌てて取り繕った
「っても、向こうの浮気が原因で、こっちからフッたって感じ」
「なんだ……でも浮気とかマジ最悪だね」
「そうだね。ホントそう」
 これは本心だった。もし私が他に好きな人ができた時は、こそこそ隠れるようにはしないだろうから。
「実は私もさあ、今日ここでデートの予定だったんだよね」
「そうだったの?」
 友人が体を反って天井を仰ぐ。しかし残念がっているというよりは、憑き物が落ちたかのような清々しさが見て取れる。
「信じられる? 相手の方がもう一人女呼んでて『いいじなん三人で楽しめばさ〜』って」
「っ——
 一瞬、言葉に詰まった。浮気するよりはずっといいじゃんなんて言ったら、軽いジョークとして受け流してくれるだろうか。
「だからさ、浮気クソ男っつって引っ叩いてやった」
 いわゆる萌え袖のようになっているカーディガンから指だけが覗いた掌をひらひらさせながら、友人が誇らしげに語る。
「それは、よく、やったね」
 これは半分嘘。
 むしろそんな真似をした男の方に、私は少し興味が湧いたけど、それは口にしなかった。
「本当さあ、もうあり得ないよね」
「三人でデートしようとしたのが?」
 友人は深く頷く。
 予防接種のような質問の答えに、私は穏やかな顔で耐える。
 友人には、私の本当の在り方を伝えられていない。そもそも誰にも、言えてない。

———

 カラオケの後、失恋や男へのストレスをさらに発散しようと二人で卓球をやった。お互い雰囲気でしか卓球を知らないため、終始グダグダの様相を呈していたものの、その至らなさも含めて心の底から笑えた。ピンポン玉がラケットやテーブルの上を跳ねる軽快な音は、たとえ一時であっても抱えている悩みまで軽くさせる。
 そうして散々ピンポン玉をしばき合っていい感じに疲れて、次は何するかとなったところでボウリングコーナーが騒がしいことに気づいた。ほぼ同時に、友人がSNSで今いるMIND1に有名人が来ているらしいことを知った。
 SNSでは「ブルーロック」という単語がトレンド入りしていて、どう考えても許可なく撮影しているであろう写真と共に「ブルーロックの⚪︎⚪︎選手がいる!」という投稿がバズっているのだとか。
 ブルーロック、聞いたことはある。なんかサッカーに関係のある用語だ。ワールドカップ優勝を目指しているとか、最近日本代表チームと戦って見事に勝利したとか、詳しいことはわからないけど。
 折角だから見に行ってみるかと友人に聞いてみたが、苦い顔が返ってきた。
 どうやら、友人がビンタをキメた男性もその場にいるらしい。
「その人、サッカー選手なの?」
「うん……
「え、どの人?」
 スマホにブルーロックの代表選手一覧のページを表示させたが、友人は首を横に振った。
「そっちじゃなくて、負けた方」
「負けた方?」
「U-20日本代表の方」
 言われるがままに検索し、はたと気づく。
「U-20……ってことはさ、未成年?」
 私が訝しげな視線を送ると、友人はばつが悪そうに目を泳がせた。
「嘘……マジ?」
「マジ……です…………
 私は大きく息を呑んだ。
 少なくとも私たちより四つか五つ年下ということになる。成人済みなら、まあそれくらい歳の差があっても特に問題ないとは思う。しかし学生同士でもないのに相手が未成年だとしたら色々と問題があるように思える。
「お互い遊びのつもりだったとしても、ヤバくない?」
「ヤバい……正直、向こうがもう一人誘ってたことにホッとしてる自分がいる」
「まあ、反省できてるなら、いいんじゃない?」
「ああ〜誘いに乗ってしまった過去の自分を引っ叩きたい!」
 友人が頭を掻きむしり出したので、慌てて止める。
 私達くらいの年齢で、未成年と交際するのはまずい。口ではそう言ったにもかかわらず、私はその未成年のことが気になっていた。彼が一体どんなつもりで女性二人を同時に誘ったのか、聞いてみたい。
——引っ叩いたこと、謝りに行く?」
……そうね、暴力は、よくなかったわ」
 私達は、ボウリング場に次々と集まってくる人混みの中を掻き分けていった。

……あ」
 彼は、すぐに私達——おそらく友人に気づいた。集団から離れ、こちらに近づいてくる。
 オリヴァ・愛空。
 とても一九歳には見えない顔立ちだった。シンプルに髭を生やしてるっていうのも理由だけど、私なんかよりよっぽど人生の酸いも甘いも噛み分けてきたように見える。彼が買い物カゴにお酒を入れてレジに持ってきても、私はちゃんと年齢確認をしないだろう。うまく言い表せないが、どこかくたびれた印象がある男性だった。
「やあやあ、さっきはどうも」
 数時間前に友人が引っ叩いた相手とは思えない挨拶だった。
 友人がぎこちなく謝罪の言葉を探してるうちに、彼は私を一瞥し、
「この子も含めて三人で遊ぶ気になった?」
 などと言ってのける。
 おっと、思ったよりすごい人だ。肝が据わってるのか、そうやって微笑めば今まで何事もなんとかなってきたのか、あるいはその両方か。友人が謝罪の言葉ではなくグーで行くかパーで行くか検討し始めたのを察して、私は慌てて二人の間に割って入った。
「ごめんなさいごめんなさい、友人は、三人以上でデートとか、そういうのほんとダメだから。もうそういう誘いは、本当に、やめてください」
……だとしたら、なんでまた俺に会いにきたの?」
「それは——彼女の口から」
 オリヴァ・愛空は私から友人の方に目をやった。私は一歩引いて、二人を見守る。
 友人は、大きく深呼吸してから言った。
「さっきは、その、叩いてごめんなさい」
「いいよ、慣れてるから」
 彼は本当に気にしてなさそうだった。慣れているというのも、おそらく本当のことなんだろう。別にそのことを、不名誉だとは思わない。引っ叩かれそうなことは、言わずに過ごしてきた故に。
「でも、お節介かもしれないけど、女遊びみたいなことするの、よくないと思う。真剣にお付き合いするなら、また連絡くれてもいいから」
 友人からオリヴァ・愛空に向けたお節介は、私に向かって言われているような気がした。友人にとっての真剣なお付き合いってなんだろう。一対一で、一途で、最終的には日本の婚姻制度に則ることができる関係?
……肝に銘じておくよ」
 彼は肩をすくめて、力無く笑った。もう何度もそんなやりとりを繰り返してきたかのような気怠さと、慣れと、一抹の寂しさ——私達より年下だというのに、その笑みや仕草がやけに渋く映る。その度に彼は未成年であると思い直す必要に駆られる。
……じゃあ、そういうことなんで」
 友人は彼の態度に納得したのか分からなかったが、私を置いて早足でその場から立ち去っていった。居た堪れなくなったのだろうが、置いていかれると私は余計に気まずい。
 自然、彼と視線が交差する。
 左右で異なる瞳の色。オリヴァ・愛空という名前からも、彼が混血であることはわかっている。
「これ、気になる?」
 私の気持ちを見透かしたかのように——そりゃ無言で見つめてたんだから気付かれるのも当然だが——自身の瞳を指差すので、私は言葉に詰まった。どんな言葉で表現しても、それが相手の心に届く頃には棘のようになってしまいそうで。
「そんな思い詰めなくても、見たままを言ってくれていいよ」
「じゃあ、その……綺麗だなって、思いました」
 相手のペースに乗せられている——少なくともそう思っている間は大丈夫だと言い聞かせる。
「ありがと。お姉さんは俺と遊ぶ気ある? てか敬語じゃなくていいよ」
 彼がいきなり顔を近づけてくる。自分の顔に自信があるタイプだ! 私は一歩引いて距離を取って、深呼吸する。
「それより、話したいことがあります。ここじゃ、話しづらいこと」
——そう。じゃ連絡先教えて」

 やっぱり相手のペースに乗せられていたのかもしれない。
 私はまんまとオリヴァ・愛空と連絡先を交換したのだった。

———

「嬉しいね、本当に誘いに応じてくれるなんて」
……話したいことがあったのは、私もなんで」
 都会の喧騒が潮騒程度になるくらい駅から離れたところにある喫茶店。いい感じに歳を重ねた妙齢のマスターがカウンターの向こうでコーヒーを淹れている。
 まばらな客の中に、私と彼——オリヴァ・愛空は混ざっていた。
 テナントビルの一階だが、内装は隠れ家的なログハウスのようで、流行りのポップソングではなくヒーリングミュージックのような落ち着いた音楽がひっそりと流れている。落ち着いたところで話したい時にはうってつけだ。コーヒーは少し高いけど。
「それで、話って何?」
「えっと、MIND1で友人と話した時のこと覚えてます?」
「勿論。二人とも美人さんだし」
……あなたのそういう物言いで友人がまたキレそうだった時、私がなんて言ったか覚えてますか?」
「確か、キミのお友達が三人以上のデートはダメだとか、そんな感じのことじゃなかった?」
「そうです。友人"は"、そういうのダメだって言いました」
…………
「私"は"、そういうの、抵抗ないです」
…………なーるほど」
 オリヴァ・愛空は目をぱちくりさせながら、大袈裟に首を縦に振った。
 その仕草が何を意味しているのか、確信が持てない。固唾を飲み込む代わりにコーヒーを一口。独特の苦味が広がる。思わず癖になりそうな味わいだった。これはリピありかも。などと考えながらも、彼が次に何を言うかに怯えていた。
 私を真似るようにして、彼もコーヒーに口をつけた。私同様、砂糖もミルクも入れてない。口にした瞬間、眉がぴくりと動いたのを、私は見逃さなかった。
「つまり、キミと俺は、同類ってことでいいかな?」
「多分……
 私は頷く。彼もまた、私の真意を測りかねているかのようにも見えた。
 お互いに手探りで、闇の中を彷徨っている。喫茶店の片隅で、私達は駆け引きをしている。お互いに抱えてるものを確かめようとしているけど、はっきりと言い出すことができない。「私はこういう人間です」と簡単に言うことができれば容易い。でも私達以外の人は、そんなこと言うまでも、確認するまでもない。この時間は、一体誰のために、何のために行われているのかだんだんわからなくなる。
 それでも私達は、遠回りをしながらゆっくりと心の在り方を探っていくしかない。石橋をさらに強固に補強して、範馬勇次郎に叩いてもらって、ようやく一歩踏み出せる。二歩目、三歩目と進むときも同じことを繰り返す。
「例えば、俺がこの場にもう一人女性を呼んで三人で遊びたいと言っても?」
「三人目の方からも同意が得られるなら?」
 まるで空中戦。資料やホワイトボードで共通認識を得ようとせず、思いつきや仮定の話だけで前に進んでいる。
……なあ、こんなやり取りになんの意味がある?」
 互いに相手の出方を待っているうちに、先に痺れを切らしたのは彼の方だった。しかし、苛立っているようには見えない。
「俺がまだ子供だった頃の話をしていいか?」
 今も未成年だろという言葉をぐっと飲み込み、私は頷く。
 オリヴァ・愛空はまたコーヒーを一口飲んでから、口を開いた。
「小学生の頃、クラスにいた女子全員のことが好きだった。全部で一六人。それぞれ好きな理由は違っていたから、比べることなんてできなかった」
 一度に一六人に惚れた経験は私にはなかったが、好きな理由が違っていて、それが比較できないという気持ちは理解できた。
「それで、何人かの女の子に順番に告白したんだ。順番に特に理由はなかった。全員にするつもりだったし。でも四人か五人に告白したあたりで、俺が何人もの女子に告白してるってことがバレて職員室に呼び出された」
 オリヴァ・愛空の双眸は、異なる色彩で過去と現在を同時に見ているかのようだった。
「職員室で先生に言われたんだ。『好きだという気持ちを伝えることは悪いことじゃない。でもそれを伝えるのは、一番好きな人だけにしなさい』ってな」
 彼は鼻で笑った。
 私も、鼻で笑いたくなるような御高説だなと思った。人が人を好きになることはあっても、最終的に誰か一人のことを愛するようになると考えている側の暴論だ。そうやって無自覚に、暴力的に、自分の理解できるモノとして理解しようとするし、させようとする。
「意味わかんなかったね。勉強やスポーツで一番できる人を決めるのはわかる。それには点数やルールがあるからな。でも、人の好き嫌いで一番を決めるなんてナンセンスだと思ったね。今の話聞いて、どう思った?」
 オリヴァ・愛空は巨大な風船を放り投げるように両の掌を晒した。まるで自分の手札を全て切りましたとでも言いたげに。その仕草は、どこか小慣れていた。
——その話って、今までも誰かに話したことあります?」
「あるよ。最近だとU-20のチームメイトに。ってかタメ語でいいって。俺の方が年下なんだし」
「じゃあ、タメ語で。チームメイトは、なんて?」
「『お前は女好きでも日本代表だな』だとさ」
 口元に笑みを浮かべながら、愛空はそう締め括った。
 私は、全然笑えなかった。
……理解してもらえないのは、しんどいね」
 愛空は、意外そうに目をぱちくりさせた。
「今の、綺麗にオチをつけたつもりなんだけどな」
「笑えないよ。誰もオリ……愛空のしんどさに、寄り添えてない。私は誰にも言わずに隠してきたから、そういう経験はないけど」
……俺は別に寄り添ってほしかったわけじゃないよ」
 今度は私が意外そうな顔をする番だった。
「そうなの?」
「ああ。ただ、俺はそういう人間だって知っておいてほしかっただけだ。でも——
 愛空は店内を見渡すように顔を横に向けた。いつの間にか客が増えていて、店内は騒がしくなっている。誰も私たちが話していることなんて気にしていない。
 顔を正面に、私に向け直した愛空の表情からは、うっすらと浮かべていた笑みが消えていた。
——もしかしたら、誰かに寄り添ってほしかったのかもな」
 彼のそんな表情を見た瞬間、私の心は締め付けられるようにギュッと窄まった。
 これは、良くない。
 恋の予感がする。
 正直、私は飄々とした態度とシリアスな表情のギャップに弱い。自分でも馬鹿だなって思うくらい。
 友人のビンタは愛空の頬を強かに打ちつけた。だけど愛空の心にはもっと強く、痕が残るくらい大きな痛みが走っていたのではないだろうか。そんなことを考えてしまうと、ますます良くない。
「それで、提案があるんだけど」
 改まった口調で愛空が言うので、私は思考を強制中断して姿勢を正す。誤魔化すつもりで口をつけたコーヒーは、とっくに冷めていた。
「何?」
「このまま流れで俺と慰め合わない?」
 カップを置いた私の手に、愛空の手が伸びてきた。優しく、包み込むかのように。
 私は、さっと手を引いた。思考がものすごい勢いで冷静さを取り戻していく。
「ダメ」
「なんで?」
「未成年だから」
「あと四ヶ月くらいで二十歳だけど?」
「じゃあそれまではダメ」
「君のお友達はデートしてくれそうだったのに?」
「彼女も後悔してた。とにかく信条的に未成年とはダメ。ヤダ」
「どっちが子供だよ……
 愛空は諦めがついたのか、伸ばしていた手を引っ込めた。
 このまま手を取っても、多分問題はなかった。彼はもうすぐ二十歳になるらしいし、私自身彼に惹かれてないと言えば嘘になる。でも、流れでなんとなく関係が始まるのは、私の好みじゃない。
「でも、これからも相談には乗ってあげる」
「それほぼデートだと思うけど?」
「それは人による」
「調子いいなあ、全く」
 お互いに、笑い合った。
 その日は結局、それで解散した。

 それからしばらくの間は愛空とメッセージアプリでくだらないやり取りをしていたけど、ある日を境にその連絡は途絶えてしまった。日本代表ではなくなり暇になると言っていたはずだが、急遽予定ができたという。
 私がBLTVで愛空の活躍を知るのは、三月の半ば頃だった。これからしばらくは画面越しにしか会えない日が続くのだろう。
 ほら、やっぱり流れで関係持たずに正解だった。

 ちなみに元彼からは相変わらず私の荷物に関する連絡はなく、もういいやと思って着信拒否にした。愛空なら、私に一言あってから別の相手と関係を持つと思う——そこまで考えて、なんでか私は愛空と付き合ってる前提で考えてしまったことに気づいて、いつもより強めのお酒を飲んで、独りごちる。

「なぁ〜んであの男は未成年なのかなぁ!」