しらかば
2025-05-30 12:16:46
4811文字
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霹靂

鷺内和希短編。雷霆が雷霆してる。

……まあ、これは想定外だったよね」
 騎士団、執務室。
 提示された書類を見てため息をつくのは、薄茶色の髪の青年。一筋入れた赤のメッシュが特徴の彼はいつもそうしているようにソファに腰掛けると、椅子に座る男性へと視線を移す。顎髭を拵え、深い緑の髪を後ろに上げる所謂「叔父さん」といった重厚な見た目の男性はデスクに両肘をつくと両手のひらを組み、同じようにため息を一つ。
「能力者でテロリスト集団を作り、市民にまで危害を加えている。挙句の果てにうちの団員を捕えて我々に取引を持ちかける、と……ここまでやられたら俺が出てもいいですよね?団長」
 超常の異能を持つ存在、能力者。その武装集団「騎士団」。
 それが魔物に対抗する組織として扱われていたのは少し前までの話。今や能力者の治安維持組織として確立されたその集団の最上位に値するのが騎士団長、望月大和もちづきやまと――視線の先にいる男性だ。
「ああ、あまりお前の手を煩わせたくはなかったが……やむを得まい。その手で終わらせろ。やれるな、和希?」
 そしてその騎士団で最強と謳われた存在こそが――

「任務了解。貴方の命令とあらば、何なりと」

「雷霆」、鷺内和希さぎうちかずきである。


泡沫夢幻
追想「鷺内和希」
ー霹靂ー
 
 
……任務内容は理解しているな?】
「勿論。取引に応じたと思わせておいて囚われた団員の救出、及びテロリストの捕縛だよね」
【捕縛だぞ、殺すなよ?】
「大丈夫大丈夫!手加減はするよ」
 和希は通信を切ると空を見上げる。
 指定された時刻は夜。
……まあ、向こうが闇討ちが得意なんだろうけど。それはこっちもなんだよなあ」
 取引内容は団員の命と引き換えに大金、並びに武器を与えろとのこと。中身の入っていないアタッシュケースを重たそうなふりをして持つと、待ち人を待つふりをして辺りを見渡す。向こうを騙すために、普段とは異なる茶色いロングコートを羽織り、帽子を深く被る。
 殺気。背後から冷たいものが背中に触れる。これは拳銃だろう。
……お前が騎士団側の人間だな?」
「はい、騎士団長に遣わされた者です」
 これくらいならすぐに殺せそうだな、これは末端の捨て駒か。和希は心のなかで相手を嘲笑いながら応じる。
「武器は……持ってないな?」
 視界の先には騎士団員がテロリストに拘束されこちらを見ていた。
……先に仲間を開放してください」
「ブツが先だ」
……分かりました」
 さて、どう動くか。
 相手は百人近い。その各々が能力者か。戦力差は。親玉はここにいるのか。
……ここに置け」
 指定された場所にアタッシュケースを置く。恐らくここで仕掛けてくる。大人しく返すなどしないだろう。
「ハハハッ!正義の味方が大人しく騙されてくれて助かるよ!!」
 ――来た。
 一斉に数十人が和希目掛け接近。
「武器のない丸腰の人間なんざ相手にならねえよ!」
 ああ、これは雑魚か。ならば能力など使う必要も無い。
 攻撃を軽く動くのみであしらい、味方の同士討ちを誘う。それを掻い潜る人間には蹴りを入れ、秒殺。
「あーあ、お前が抵抗するから仲間が死ぬな?」
 囚われた団員へとナイフが振りかざされる――かに思われたが、テロリストはその身体を大きく跳ねるとその場で倒れる。
「いやいや、そっちの台詞でしょ」
 感電したテロリストの位置に瞬時に現れる。面倒だから軽く能力――雷撃をお見舞いしたがまあ良かろう。
……鷺内大佐?」
「はい、任務完了。早いとこ仲間と合流するんだよ?」 
 はらりと帽子が地に落ち、その瞳は敵を射抜く。
「言い方を変える。戦いにくいから俺一人にしてね?」
 騎士団員は深々と頭を下げると入口側に駆ける。当然、行かせないようにテロリスト共が動くのを見逃しはしない。
「さーてと、殺すなって言われてるし手加減はしておくね」
 一閃。それだけで辺りにいた敵は全て動きを止め、一人を残しその場に崩れ落ちる。和希の掌には雷が迸っていた。
 無事に仲間が逃げたのを確認すると、先程まで自分に拳銃を突きつけていた男から武器を奪い、反対に突きつける。
「見たところ、幹部クラスの強いのは一人もいないよね?何処にいるか教えてくれる?」
「な、なんで雷霆がここに――
「質問をしているのは俺なんだけど?」
 わざと当たらないように、銃弾を一発。所謂脅しである。
「ほら、早く教えて?本当に当てちゃうよ?」
 にっこりと笑うと再び一発。
「も、もう来るはずなんだ……なのに……
 男は顔を真っ白にして震えながら呟いた。
「成程、君たちは捨てられたんだね。可哀想に……となると困ったな……
 さて、どう敵に辿り着こうか。バチン!と大きな音を立てると男を気絶させ、和希は適当な材木に座る。
 ふう、とため息をついたのも束の間。風が不自然に凪いだのを感じた。
――いや、前言撤回だね。いい親玉だよ」
 立ち上がり、材木を蹴り宙に舞う。拳銃を握るとそれを振るい、風刃を防ぐと着地。元いた場所は無惨なまでに切り刻まれていた。
「まさかあの雷霆とお会いできるとは!」
 敵は二人。この風刃を使った能力者と、もう一人。どちらも若い青年のようだが、果たしてこの二人がボスだとして、能力者のテロリスト集団となるほどの実力者なのか?和希は拳銃を突きつけると慎重に動向を見守る。
「やだなあ、そんなに怯えないで下さいよ!」
 ヘラヘラと笑いながらこちらを見据えるこの男の能力は?
 実力は恐らく自分の方が上。さっさと終わらせた方が早いか?
 思考を遮るように、風が吹き抜ける。
「一人は風使いで確定か、じゃあそっちから行こうかな」
 風刃を避け、接近。近接攻撃は不得手と読み、和希は拳銃を振り抜くべく足を踏み出す。 

 その瞬間、甘い香りが風とともに吹き抜けた。

――和希」

 黄色い花びらが舞う。
……なん、で」
 思わず足を止める。
 目の前で笑いながら己を招いたのは――死んだはずの家族だった。
「こちらにおいで」
 彼らは幸せそうに笑いながら自分を呼ぶ。
 あり得ない、そんなことは自分が一番知っている。
 本当の家族は目の前で殺されたのだ。魔物に喰われて。
 これが幻影だと知っていても、それを振り払えない。
……ッ」
 その戻らない幸せに浸りたいと、本能が叫ぶ。
 身体は次第に重くなり、歩み寄る幻影に抗えない。
「一緒に行きましょう、和希?」
 母親は笑いながら手を差し伸べた。
 自分の思考より先にその手に触れようと身体が動く。
 心臓の鼓動が、自分のものではないように。
 ……ああ、このまま一緒に連れて行かれてもいい。思考がそう支配されていき――

【和希】

 頭を過ぎったのは、自分に手を伸ばした恩人の姿。
 あの日、一人になった自分に手を伸ばした一人の警察官の姿。
【俺と暮らさないか?】
 その姿は思考を現実へと引き戻し、和希は拳銃を突きつける。
  
「ごめんね、今の俺には――大切な人がいる。俺はもう、みんなと同じ所へは行けないんだ」

 悲しそうに笑いながら、家族を撃ち抜いた。


 視界には夜が広がる。
 身体はフラフラする。想定以上に体力を消耗していた。
 恐らくあのまま幻影に連れて行かれれば、敵の思うつぼだったのであろう。あるいは、洗脳などされ敵に使役されていたかもしれない。
……なるほど、過去の幻影を見せる能力者か。それなら支配者になっても不自然じゃないね」
 こんな輩に本気を出すのは不本意だが、短期決戦と行こうか。
 和希は目を閉じるとゆっくりと開き、睨みつける。冷酷な瞳は敵を射抜くと指をピストルのように突き出し、一言。
 
「俺に本気を出させる事を光栄に思えよ?――雷霆、鷺内和希。これより対象の殲滅を開始する」
 
 まっすぐに雷が迸る。 
 風使いの風刃が背後から迫り、足元から放たれた落雷がそれを打ち消す。
「幻影で弱った雷霆なら二人がかりで余裕ですねぇ!」
 幻影使いが接近、手に持つ刃物を振りかざしながらも甘い香りを漂わせる。
「余裕だと思うなら試してみろよ?」
 和希は幻影使いに雷の掌底。再び現れた幻影を振り払うように己の手のひらをその刃物でわざと斬りつけると痛みで現実に引き戻される。
 幻影使いのふらふらとした身体を蹴り飛ばし、背後に意識を向ける。
「スキあり!」
「いやいや、そこで大丈夫か?」
 視覚から飛び出しナイフを振りかざした風使いは和希のすぐ背後に接近した瞬間に動きを止める。
――穿て」
 バチン!と大きな音を立ててその身体を雷は一直線に射抜く。一筋、また一筋と雷の槍は突き刺さり、感電した風使いがその場に倒れる。
……簡単な話。お前の幻影が匂いから誘発するなら己の身体を違う感覚で支配したらいい。2対1、もう一人は死角から来るだろうからそこに罠を設置しておけば確殺可能。良かったね、俺が団長から殺すなって言われてて。言われてなきゃ確実に殺してたよ、特にお前の方はね」 
 身体が痺れ動かない幻影使いに向き直ると、手を天へと向ける。
「こ、殺さないで――
「だから別に興味ないって」
 そして、振りかざしたのを合図に天から一筋の落雷が幻影使いを打ち落とした。
「俺の過去を持ち出したお前が気に入らないだけだよ」


「任務完了でーす。団長、お土産はないけど許してね」
 主犯、及び構成員を捕らえ、逃した騎士団員により招かれた増援が移送するのをそっと見送ると和希はひらひらと手を振りながら望月の元へと歩み寄る。
 その顔を見て、ふうと一息ついた自分がいる。
「お前が殺さないか心配でつい現場にまで来てしまったが……全く、心配して損したよ」
「いやー照れますね、だって俺は最高戦力だし?余裕ですよ、余裕」
 望月はやれやれといった顔で頭を抱える。すると、彼は和希の方を見て小さく動揺した。
「いや……余裕か?お前にしてはボロボロだな、珍しい」
「まあ、ちょっとね」
 過去の失った存在を見せられ、柄になく怒りで本気になったのは失敗だったか。
 昔の……自分を能力者ではないと偽り育てた本来の家族との記憶になど、情はないと思っていたが。俺もまだまだあの悪夢を振り払えないらしいな、まあそりゃあ5歳で家族を目の前で亡くしたらトラウマにでもなるか。
 和希は自分を嘲笑うように乾いた笑いを溢した。
「和希」
 望月は全てを悟ったのか、声をかけた。
「報告書は明日でいいぞ」
「あ、まじで?助かるなー、じゃあ帰ったらすぐ寝ちゃおうっと。じゃあ俺はこれで――
 彼にあまり自分の弱い部分は見せたくない。
 話を切るように、弱味を見せぬように和希が笑うと目の前から望月は手を伸ばし、それは和希の頭にぽん、と乗る。 
「和希、良かったら次の非番の日……その、ご飯でもどうだ?」
 ああ、本当にこの人は。
 すぐに俺の変化に気付いてしまうんだ。
 昔から、ずっと――
……ふふっ、あははは!」
 不器用だけど、いつも俺を大切に思ってくれる。
 そんな人だから、俺はこの命を捧げて、貴方を守ると決めたんだよな。
「な、何がおかしい?」
「いや、もっといい口説き方があるのになーと思って!」
 望月が手を離し、顔を真っ赤にして背ける。
 だから耳元に口を近づけて囁いてやる。お返しだ、とばかりに口説くように甘い仕草で。
……ありがとう、父さん。非番の日、楽しみにしてるね?」

 今の俺には――大切な恩人がいる。
 大切で、たった一人の家族で、側で支えたい人が。
 彼がいたから、自分の人生は光を灯した。
 そして俺はここにいる。

 俺は騎士団大佐、雷霆――鷺内和希だ。