usagipai
2025-05-30 06:05:14
2199文字
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癒したかった


昼の陽射しは柔らかく、まるでこの世界が穏やかに呼吸しているようだった。
石畳は白く光り、吹き抜ける風は花の香りを乗せて、どこまでも軽やかだ。
アニェラは、るんるんな歩幅でひのでの隣を歩いていた。
神の街――この場所は、他と違う。
命が整っていて、痛みが少ない。空気も、音も、人々の感情も、どこか澄んでいる。
……静かで、綺麗。今日も、壊れているものは見つからない)

そう思いながらも、アニェラは敏感に世界の“ひび割れ”を探していた。
それが本能であり、生きる理由だった。
……あ、あれ、美味しそう」
隣のひのでが指差した店先で、焼きたてのパンが湯気を立てている。
それを見て、アニェラの頬が小さく綻んだ。今日は少しの寄り道くらい、いいよね、そんなふわふわした気持ちが前に出る

ひのではスフィーのお友達で神殿で浮いてるアニェラに話しかけてくれるひのでは、アニェラの友達であり、そんな大切な友達とお出かけできて嬉しかった
焦げ目のついたパンに目を輝かせる、2人で楽しい休日をゆっくり過ごしていた

ひので楽しそうでぼくも嬉しいな

アニェラの胸がじんわりと温かくなったそのときだった、風の匂いが変わり空気の層に、微細なひずみが走ったのだ
……あれは)
街角。
人の流れの外れ、陽の当たらない隅に、ひとりの少女が座り込んでいた。
その腕には、小さな白い犬。
ぐったりとして動かない。呼吸は浅く、細く、もはや今にも千切れそうな糸。
……あぁだめだ……

アニェラの中で、何かが「急げ」と告げる。
間に合うかではない。もう、間に合わないことは知っている。
でも――痛みだけは、取り去ってあげられる。楽に、穏やかに"還せる"。

そのとき、少女がこちらに気づいた。
怯えた瞳が、ひのでを見つけて大きく見開かれる。
「あなた、ひので様ですよね!? お願い……お願いです、この子をベルを助けて……!!」
震える声、涙で濡れた頬。
少女は、腕の中の犬を必死に抱きしめていた。
呼びかけるように、縋るように、その名を何度も繰り返して。

アニェラは静かに前に出て、少女の腕から犬をそっと受け取った。
重さは――あまりにも軽い。
まるで、すでにこの世から半分以上、離れてしまっているようだった。
……可哀想」
アニェラの指先が、ベルの額にそっと触れる。
「いたいよね...すぐに楽にしてあげるね...
大丈夫...安心して、眠ってね」

その声は囁きのように優しく、風のように穏やかだった。
癒す。
それがアニェラにとっての“能力”だった。
ベルと呼ばれる子が、これ以上苦しまなくて済むように。
「すぐに、楽にしてあげるね……
大丈夫、もう、怖くないよ。
光がにじんだ。
純白の祈りが犬の身体を包む。
傷も、病も、苦しみも――
すべてを、解き放つように。

(これで、楽になれる……
……そう、思っていた。
しかし

……ベル? ねぇ、ベル、起きてよ……
やだよ、目を開けてよ……! ベルぅ……!」

突如、アニェラの耳に、少女の悲鳴が突き刺さった。
彼女は腕の中のベルを何度も揺さぶっていた。
呼びかけ、叫び、泣きながら、名前を何度も――
……どうして、泣いてるの?」

アニェラはぽつりと呟いた。
(もう、痛くないはずなのに)
なにが悲しいの?……

少女の涙が止まらない。
叫びも止まらない。
(何かが、違う……
その混乱が、アニェラにとって不思議なことだった
(ぼくは正しい行いをしたのに?……
でもすぐにわかった、大切な子がいなくて悲しんだって
……辛いんだね……そんなに心を傷つけて……
アニェラは手を差し伸べた。
「大丈夫……ぼくが、君も癒してあげる。
大事な記憶なんて、痛みの根なんて、もう必要ないよ……忘れてしまえば、きっと、楽になれるから……
そう辛い記憶があるから、悲しいんだなら消してしまった方がいい
そして手を少女にかざそうとした瞬間

「やっ、やめろ!!」

鋭く響いた声に、アニェラの手が止められた。
掴まれた腕。震える手。
顔を上げると、そこには、必死の形相をしたひのでがいた。
「どうして、止めるの?」
アニェラの問いは、まっすぐだった。
何の悪気もない。ただ、わからなかったのだ。

……ど、うしてって……
ひのでは唇を震わせ、目に浮かぶのは、答えきれないほどの感情。
「とにかく……やめろ……
思い出を……そんなふうに消すことないだろ……
大切だったんだよ……大好きだったんだよ……
そんなの、消して癒したなんて……違うだろ……

何を言っているのだろうか
(違う……の?)

「でも……苦しんでたから……
癒してあげれば、辛い記憶がなければこの子は、きっと……

「違う!!」
ひのでが叫ぶ。
「苦しくても……忘れたくないんだ!
その気持ちを消してどうする……頼むやめてくれ
その顔が、声が、言葉が。
アニェラの中で、何かをぐらつかせた。
頭の中が真っ白になって

……ぼく、間違ってた……?)

そうなの
ぽつりと漏れた声は、風に紛れて消えた。
少女の泣き声は、まだ止まらない。
けれど、それはもう――アニェラの“癒し”では、拭い去れないものだと。
初めて知った。