浮き流し
2025-05-30 02:06:13
5552文字
Public 右松
 

お客じゃなくて(三松)

2024.11.23 三松webオンリー記念に①

成立済み同大設定。三←松前提体から始まった三松の、絆され松
※終盤辺りに逆転を示唆する話題が出ますが、話だけで実際に逆転することはありません。
トイレットペーパーにまつわる話

 松本のアパートのトイレはたまに花の香りに包まれる。


 松本は東京の大学に通う大学生だ。
都内にアパートを借り、バスケを続けながらここで暮らしている。そう広くはないが実家でも寮でもない、自分だけの城だ。

 松本がスマホを見ていると、リビングに三井の声が響く。
「ただいま〜」
 三井は同じ学校の学生で、神奈川の実家から通学していた。過去形なのは、頻繁に松本のアパートへ泊まるからだ。
 松本は顔を上げると玄関へ向かって声を張る。
「お帰り」
 ついでにリビングに入ってきた三井に労いの言葉を掛ける。今日三井は先輩から、部活の後話があると呼び出されていた。
「遅かったな」

 問題でもあったのかと尋ねる松本は、三井とルームシェアをしているわけではない。単に、松本の家に三井が入り浸っているだけだ。

「相談はそこそこ、雑談の方が盛り上がってよ。あと買い物。シャンプーの替え買ってきたぞ」
 浴室の前に置いといた。
 そう言いながら右手のレジ袋を掲げて見せる。三井はダイニングテーブルに向かうと松本も後を追う。
「ああ、ありがとう。助かる」
 テーブルの上には2人分の夕食が用意されている。

 一緒に帰宅し2人で食事を作ったり買い物をさせたりするぐらいには、いるのが当たり前になっている。

 三井は白いレジ袋をテーブルの上に置くとゴソゴソと中身を漁る。その間に松本は熱の弱まった料理を温めにレンジへ向かう。
「何買ってきたんだ?」
「ちょっと夕食の時にでも摘もうかと思ってよ」

 三井は中身を取り出す。いくつかの乾燥し旨味が凝縮された酒のお供に、酒ではない汗をかいた円筒形の缶飲料。
 出てきたものを見て、キッチンから様子を伺っていた松本が顔を顰める。
「お前……また不思議なもの買ってきたのか」
「いーだろ、今しか飲めないんだから。それに発売するって事は商品として自信あるって事だろ、開発部の力見せてもらおうじゃねぇか」

 期間限定と銘打ったドリンクは、三井がよく好んで買ってくる銘柄だ。そして限定商品には当たり外れが多く、美味しくないと残りを松本に押し付けるのが恒例になっている。
「合わなかったらオレに寄越すじゃねぇか」
「そうだけどよ、折角ならお前も楽しめた方いいだろ?」
 三井は缶を開けると、テーブルに用意されている2人分のコップに注ぐ。

 松本が嫌な予感の拭えない液体から目を逸らすと、袋の中にはまだ四角い影が見える。
「それは?」
「ゴムだよ」
「おまっ……
 取り出した箱を堂々と見せびらかす三井に絶句する。
「いーじゃねーか、前買ってきた分もう少なくなってただろ」
「いやまあそうだけどよ……

 2人は所謂恋人同士だ。始まりは先月、三井の興味本位から始まった関係ではある。
 元々三井に思いを寄せていた松本は遊び半分では嫌だと断ったものの、オレもお前気に入ってるしいいだろと押し切られた。
 まあ、それからは相性がよかった事もあり、頻繁に体を重ねている。当然、ある程度のゴムは必要だ。

 温め直した主食を持ち松本も席に戻ってくる。
「ベッド横のテーブルは見なかったのか?」
 最初にした時、そこから出してただろ。
 席に着いた松本がそう言うも三井はいまいちピンときてないようだ。
「そうなのか?そこは見てなかったわ」
 いつものところになかったからないかと思ったわ。
 三井はあっけらかんと言い放つ。
「いやなんでだよ。昨日も来てたじゃねぇか」
「お前が触るなって言って以降触ってないんだよ」
 エラく慌ててたじゃねぇか。
 事もなさげな三井の言葉に虚を突かれる。


 松本が慌てて止めたのには理由がある。まだ恋人が右手だった頃、忍ばせていた下心に気付かれたくなかったからだ。
 ただそれは付き合うよりももっと前、家探ししようとする三井を止めた時の話だったと思う。

「まあいいじゃねぇか。別に多くて困る事ないだろ」
 ただ三井はそんな松本を気にする様子もない。後でいつものところ仕舞っとく、とゴムをテーブルの端に追いやる。
……まあ、そうだけどよ……
 言い切られて松本が言い淀む。
 人の心には土足でどかどか上がり込む癖に、意外とこういう線引きはしっかりしてるのが侮れない。

 一方三井の興味は移ったのか、それよか食べようぜと催促する。
 まあ、足りないよりは多い方がいい。それは確かだ。松本は自身を納得させると、ゴムを視界から外し両手を合わせる。



 夕食後。
 トイレから戻ってきた三井がそういやよぉと白い筒を指に挟んで振る。
「疑問だったんだけど、最近これだな」
「何の事だ?」
 唐突な話題にソファに座る松本は疑問符を飛ばす。
 三井はその隣にどっかり座ると、トイレットペーパーだよと続ける。
「あのオレん家もいい匂いの絵描いてるやつなんだけど学校とかダチの家だとあんま見かけねぇんだよなぁ。だからおまえん家の尻馴染みよかったんだけど、節約か?」
「あ〜……

 一人暮らしである松本のトイレの収納スペースには2種類のトイレットペーパーが存在する。
 そして、松本らしからぬどちらも使いかけ状態だ。三井が可笑しく思うのも不思議ではない。

「来客用にしてたんだよ」
 松本家では来客時トイレットペーパーを香り付きのものに変える習慣があった。そのため、松本が一人暮らしを始めても実家と同様に交換していた。
「ただまあ、お前にはもういいかと思って」
三井は学校が終わると松本の家へ行き、寝泊まりしてまた一緒に学校へ向かう。ほとんど毎日の習慣だ。
あまりにも一緒に過ごす時間が長いため、わざわざ交換するのが面倒臭くなった。
「なんだぁ?オレには気遣わないって事か?」
「そうだけどそうじゃねぇよ」

 もうひとつ、理由はある。
 男の1人暮らしだとそもそもトイレットペーパーをなかなか消費できないからだ。

……正直、普段使いのも持て余してる」
「ワハハ、そんな事あるかよ」
 三井はゲラゲラと笑う。松本自身も馬鹿らしいと思うが事実は事実だ。
「笑いたきゃ笑え……!友達とはいえ客だろ。最初はちゃんとしたいと思ったんだよ。けど実家でも寮でも頻繁に交換してたから、オレ1人だとこんなになくならないと思わなかったんだ」

 松本の言い訳に、三井は口の端を震えさせながらも感心したように呟く。
「へ〜お前ちゃんとしてんだな。そーいうの無駄って言うタイプだと思ってたわ」
 オレそんな事した事ないぞ。
 首を傾げる三井に、松本もオレも面倒だとは思うけどさ、と一応の同意をする。

「いくら仲よくとも他人だろ、なるべく心地よく過ごしてほしいだろ」
 ヘ〜お前すごいな。
 三井は部屋を見回す。
「お前ん家来たとき片付けるとか言ってたもんな、部屋今と変わらないのに」
「お前はお洒落だし都会の人間だろ。オレはその辺疎いから、せめて部屋だけでも綺麗にしようとしてたんだよ」

 本人相手にネタばらしする恥ずかしさから、つい口を滑らせてしまう。
「特にお前には良く見せたかったんだよ」
 ふ〜ん。三井は興味がなさそうな相槌を打ったと思うと、突然距離を詰める。
 松本が間近に迫った顔に目を白黒させていると、三井はそのまま鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
「っ、オイ?!」
 不意打ちに松本の心臓が跳ねる。しかし三井はすぐに体を離ししたり顔を浮かべる。

「大学にいる時と風呂入ってからの匂いとは違うとは思ってたけどよぉ、気のせいじゃなかったんだな」
 三井は疑問が解消しスッキリした顔をする。
 一方、松本は三井の距離感に内心悪態を吐く。体温や鼻息が触れ、刺激されたところが寂しくなる。
 そういう雰囲気であれば歓迎するのに、コイツは単に匂いの発生源を知りたかっただけだ。
 三井はでもよぉと顎に手を当て口をへの字に曲げる。
「お前最初香水とか付けてなかったよな。好きな奴でもできたんじゃないかってビビってたんだけどあれなんだったんだ?」

……お前が付けた方が良いって言ったから」
 本人に伝えるのが恥ずかしくて、松本は視線を泳がせる。
 しかし言われた三井は首を傾げる。
「そんな事言ったか?全然記憶にないぞ」
 正確には、『こういうの付けたら似合うんじゃないか?』だ。しかし、松本が三井の選んだその商品を購入し翌日から付けるには十分な出来事だった。

「好きな人には、いいところ見せたいだろ」
 顔を引き締めつつ答えるも、三井は顎に手を当て口を怪訝な表情だ。
「ん?見栄張りたいならトイレットペーパー変えないのはなんでだよ」
 少しでもかっこいいと思ってほしい男心は受け取って貰えなかった。そして、その話が戻ってくるとは思っていなかった松本は動揺する。
「さっきも言っただろ、面倒臭いからだよ。ずっと居着きやがって」
 忌々しそうに顔をしかめる松本に対し、何故か三井は誇らし気だ。
「おーよ、家よりここにいる時間の方が長いわ。でも、先月?変わってた時あったけどあれなんだったんだよ」
「えっ」

 いつもの様に泊まりに来た三井と、初夜に挑むという時の気遣いだった。ただ、三井からは何も言及がなかったため、気付いているとは思わなかった。

「あ〜……なんだ、少しでも尻を労わろうかと思って」
 結局その日は行為まで至らず、ぐだぐだに終わったのだが。
 松本はそんな苦い記憶を思い出しつつ言葉を濁す。

「ん?ああ、そんな期待してくれてたのか。準備大変だもんなぁ」 
 松本はその言葉に、労わるように尻を撫でる三井の手を叩き落とす。
「お前の尻を思ってだよ……!ムードとか少しでも負担ないようにって考えてたんだ、オレが抱くつもりだったから!」

 初めての日、2人とも抱くつもりでいたため、お互い受け入れる想定をしていなかった事が判明した。
 そのため延長するジャンケンの後、先に相手をいかせた方が抱くと決めた経緯がある。

「そうだったありがとな。まあこれからもあの柔らかいトイレットペーパー用意しててもいいんじゃねぇか?」
 そして懲りずに松の尻を撫でる。
「オレのこの尻も労わってもらわないとならねぇからな」
「どれがお前のだ」
「そりゃあオレのを受け入れてくれたアナルと使われなかったちんこだよ。せっかく立派なモノ付いてるのに勿体ないよなぁ」
 三井は松本の股間をポンポンと軽く叩く。
代わりにちゃんと可愛がってあげるからな、と言う三井に松本は青筋を立てる。
 抱く側に甘んじているからといって、男としてのプライドを無くしたわけではない。

「あ?今からでも使ってやろうか」
「いやいやいや、なんでそうなるんだよ!ありがたい、感謝してるって話だよ。つってもよお前がオレを抱きたいってんならまあ考えなくもないぞ、いやまあずっとじゃなくてたまに先守交代するならって話だけどよ」

 往生際が悪く言い訳をする三井に、松本は目を細めてため息を吐く。
「今は、このままでいい」
 焦っていた三井の顔があからさまに安堵に緩む。
 「そうか……
 別に、嫌ってわけじゃねぇんだよ。事前に覚悟、そうちょっと覚悟が必要だからよぉ、もし抱きたいってんなら結構前もって言ってくれると嬉しいっつーか……
 視線を泳がせながら頭を掻く三井を見て、呆れと同時に胸に熱いものが湧き上がる。

 惚れた弱みというのもあるが、1月足らずの間に何度も体を重ねているのに、抱きたい意欲が減っている。むしろ、三井が抱かれたいなら抱こうかと思う時点で相当絆されてると実感する。
 しかし溢れる感情を抑え、呆れた体を装いながらもこっそりと付け足す。
……それで、満足してるから」
 羞恥が伝わったのか、三井の顔も赤らむ。
「そーかよ……嬉しいじゃねぇか」
 三井は目尻を緩ませ幸せを噛み締める。声には幸せ一杯な感情が乗っている。

 体から始まったような関係だったのに、松本が再び断りを入れられずにいる理由はこれだ。
 三井から囁かれる愛の言葉に、心地よさを感じているからだ。付き合ってから三井の言葉が意味が、段々と深いものになっていく。

 どうしようもなく愛しい感情が溢れ、三井に寄りかかる。
 ただし、照れ隠し混じりに勢いを付けたため、同じ高さの肩がぶつかる。
 おい。
 上がる抗議を無視して松本は肩に頭を乗せる。
「いつでもいてくれていい」
 口から出た声は松本が想定していたよりも甘ったるいものだ。

「急にどうした」
「別に。ただ、お前の事が好きなんだと実感した」
 松本の言葉に三井は面食らうと、目尻を緩ませ溶けた声で呟く。
「お前、そ〜いうところが可愛いんだよ」
 松本に向き合うよう体を捻らせると、熱っぽい瞳で真っ直ぐに見つめる。

「なぁ。やんねぇの?」
……今日は最後までしないぞ」
「なんだよ、煽っておいて……。さっきの根に持ってんのか?」
「そうじゃない、ただ準備してないってだけだ」
 松本は目を合わせたたまま左手で三井の手を覆い、包むように指を滑らせる。
「触れたいのはオレも同じだ」
 三井のむにっと尖った唇に右手で触れ、自分のものを重ねる。

 元々あったものに買ってきたもの、残量を気にしなくていいほどゴムはある。それに、今日は使わなくとも愛し合うための手段は様々だ。

 深まる口付けの合間に松本は考える。
 三井が喜ぶなら、したくなった時にトイレットペーパーを変えてみるのもいいかもしれない。夜に向けて雰囲気作りの一環と、期待の表れとして。