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のりたま
2025-05-29 23:40:37
22386文字
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羨望の花咲く場所
メノがとある娘(未娘化・ステ5組)からライブの出演依頼を受ける話。意味がわからないくらい本当に長いです。ステ5産駒組集結してますが、キャラの出る回数は偏りがありますのでご了承ください。メノ+トレ♀︎で、あくまでプラスです。付き合ったりしてませんが、ご自由に噛み砕いてもらって大丈夫です。
「お願いします!」
日が沈みかけていた夕方、用事から戻りトレーナー室の扉を開けると、誰かに懇願する声が部屋に響く。視線を向ければ、一際小さな身体と、一際大きな身体が目に飛び込んだ。
「
……
ええと
……
」
眉を八の字にし、顔に分かりやすく「困っています」と書かれている私の担当ウマ娘
……
フェノーメノと目が合い、この状況を薄らと察知する。
「フェノーメノさんじゃないとダメなんです!」
「こんにちは」
「っ、こんにちは!」
此方の存在に気が付き、即座に幼さの残る笑顔で深々とお辞儀をする小柄なウマ娘
……
メロディーレーン。彼女がメノに懇願する声の主だった。
「今日はどうしました?ライブの警備のお話
……
という訳ではなさそうですね」
メロディーレーンさんは、トレセン学園を初めとしたウマ娘界で有名なウマドルの一人だ。月に一、二度程度行われる校内でのライブを行う際、生徒会に申請を出し承認された後、風紀委員であるメノにライブでの警備の申し出を行う事が通例と化している。
姿を見た際は今回もその事かと思っていたが、メノの反応を見る限りそうでは無さそうだ。
「フェノーメノさんのトレーナーさん
……
実は、フェノーメノさんに、私と一緒にライブに出て欲しいんです」
「! メノに?」
「お忙しい事は百も承知です。でも、フェノーメノさんじゃないとダメなんです
……
!」
今をときめくウマドルにライブへの出演を懇願されるなんて、ファンやウマ娘であれば垂涎ものだろう。しかし、当の本人であるメノは耳としっぽを力無く垂らし、視線を私や彼女ではなく床へと落としている。
「
……
もし宜しければ、どうしてメノじゃないとダメだと思ったのか、私にも聞かせていただけますか? お時間があるのなら、座ってお話しましょう。今お茶を淹れますね」
「! ボス、本官が
……
」
「大丈夫だよ。メロディーレーンさんと座ってて」
「
……
分かりました」
「コーヒーは飲めますか?」
「あ、えっと
……
」
「紅茶にしますね」
「はいっ! ありがとうございます!」
ティーカップを取り出し、お湯で温める。ティーポットの蓋を閉じ、紅茶を蒸らしている間、こちらに背を向け座っている二人の様子を横目で窺う。メノの肩の位置にメロディーレーンさんの頭のてっぺんが来ていて、まるで親子のような身長差だ。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
「
……
私の分まで、ありがとうございます、ボス」
「皆で飲んだ方が楽しいからね」
紅茶と共に砂糖、ミルク、お菓子を並べたテーブルの上はちょっとしたパーティーの状態になる。
「ところで、さっきの話だけど
……
」
「はいっ」
「どうして、他のウマ娘じゃなくて、メノに頼んでるのか、聞いてもいい?」
私たちと同じサイズのティーカップを一回り大きく感じさせる小さな掌は一旦膝の上に置かれ、メロディーレーンさんは一度ぺこりと頭を下げる。
「まず最初に
……
フェノーメノさんは、風紀委員としていつも私のライブの警備に当たって下さっています。フェノーメノさん自身にも、トレーナーさんにも、いつも感謝しています」
「ライブは普段とは違う高揚感もあって、羽目を外す者も出てきますから。警備に当たるのは当然のことであります」
「そうだね」
「
……
フェノーメノさんが居るおかげで、毎回楽しいライブが出来てます。本当にありがとうございます」
メロディーレーンさんは再度ぺこりと頭を下げる。本当に礼儀正しい人だ、と此方も軽く頭を下げる。
「ただ、私のファンの中には、フェノーメノさんのことをあまり快く思っていない方もいるらしくて
……
」
「それは
……
どうして?」
「はい
……
ファンの方曰く、「フェノーメノさんの警備は『常に監視されてるみたいだ』だとか、『ちょっとでも変な動きをすればすぐに声をかけられて、ライブを楽しめない』など
……
。私へのお手紙や公式アカウントに送られて来るんです」
「なるほど」と頷き、温かい紅茶に口をつける。彼女のファンは日を追う事に増えていく一方で、以前から警備を担当しているメノのことを知らないファンからすれば、そう考えるファンも少なからず出てくるだろう。
「私は、フェノーメノさんが風紀委員としてのお仕事を遂行してくださって、正義感が強くて、強かで、優しくて、素晴らしい方だと知っています」
「ありがとう。そう言われると、私も誇らしいよ」
「でも、私だけではなく、ファンの方にもそれを知ってもらいたいんです」
「だからライブに出て欲しい、と」
「はいっ」
ここまで聞いてメノに視線を向けると、大きな帽子で隠されていて表情は窺えない。しかし、どうやら小恥ずかしいのか居た堪れないのか、クッキーの入っていた小袋を長い指で器用に結んでいた。
「私としては、風紀委員としてだけじゃなく、ウマ娘としてのメノを知ってもらえるキッカケになるから、賛成だよ」
メロディーレーンさんに私の率直な意見を述べる。しかし、こればかりは当の本人が首を縦に振らないことには意味が無い。数秒置いて、メノはすう、と息を深く吸い、言葉を連ねる。
「メロディーレーンさん。そもそもの話にはなりますが
……
本官は、メロディーレーンさんとファンの方々の安全、そして未来を守ることが使命であります。人によってはそう捉えられても仕方ない、と割り切っております」
「でも
……
」
「本官は立場上、誰かから強い感情を向けられることには慣れております。それよりも、メロディーレーンさんにそういった文章が届く方が問題です。警備に関する不満や意見等は本官に直接届けるよう、注意喚起をすべきだと
……
」
「っこれは、私の正義なんです」
「
……
正義?」
そう話すメロディーレーンさんはテーブルに手を乗せ、ぎゅっと拳を作る。
「私は、ウマドルのメロディーレーンとして活動していく中で、ファンの方は勿論、許可を出してくれている生徒会の方々も、ライブを手伝ってくれている音響さんも、照明さんも、そして
……
警備を行ってくれる風紀委員の方たちも、みんなみんな、笑顔にしたい。それが私の正義なんです」
小さな身体に備わる、大きくて澄んだ瞳がメノを捕らえる。
「だから、私はファンの方々にフェノーメノさんを勘違いされたくないんです。フェノーメノさんは皆を守ってくれています。でも、それだけじゃない。とてもカッコイイんだって、強いんだって、素敵なんだって、皆に知ってもらいたい
……
そしたらもっと、素敵なライブになると思うんです」
彼女から優しく、そして強い思いを感じ取る。後はメノの返事を待つだけだった。
「
…………
一旦、保留にして頂けますでしょうか」
てっきり二つ返事かと思っていた為、紅茶を飲もうとした手が止まる。
「わかりました」
「
……
」
「
……
申し訳ありません」
「私こそ、突然のお話でごめんなさい。お返事いつでも大丈夫なので、ご検討ください。よろしくお願いします!」
粘るでもごねるでも無く、ティーカップに注がれた紅茶を全て飲み干した彼女は、トレーナー室を一礼してから春の風のように爽やかに立ち去る。
「
……
意外でしたか?」
「え?」
「私が、首を縦に振らなかったこと」
トレーナー室の扉をじっと見つめる鋭い視線は何処か哀しげで、直ぐに返事をすることが出来なかった。
「
……
珍しいな、とは思ったよ。貴方は、困ってる人に対して、迷うことなく手を差し伸べる人だから」
「
……
彼女の意見も分かってはいるんです。私への優しさや、気遣いも感じられました」
「うん」
「
……
ただ
……
」
珍しく、メノが吃る。彼女の中で、何かが引っかかってるのだろう。言葉に出来るものなのか、そうでないのか。今は問いつめるべきではないと判断し、いつもより小さく感じる背中を優しく擦る。
「無理しないで」
「
……
はい」
「いつでもいいよ。聞くからね」
「
……
ありがとうございます、ボス」
ほんの少しだけ緩んだ表情に内心ほっとする。気づけば外はすっかり暗くなり、帳が下りていた。
「まずはゆっくり休んで。夜の巡回もあるから」
「
……
はい」
「本当に、無理しなくていいからね」
「
……
お気遣い、ありがとうございます」
それでもメノの言葉にはいつもの元気は無く、一抹の不安を覚えた。
翌朝。いつものようにトレーナー室でコーヒーを飲んでいるときだった。
「おはようございます!」
いつもはきっかり時間通りに来るメノが、珍しく数分遅れで姿を見せた。
「おはよう、メノ
……
」
「
……
今日の、朝礼前の、巡回に行ってまいります!」
「メノ」
「? はい
……
」
「貴方、あまり寝れてないでしょう」
「え、っ」
図星だったようだ。メノは何故分かったのか、と頭にハテナを浮かべ不思議そうな顔をしている。
「今日は巡回禁止」
「し、しかし!」
「寝不足
……
つまり体調不良の貴方が他の子の指導なんて、示しがつかないでしょう」
「ぐ
……
」
せっかくの端正な顔立ちに、くっきりとクマが出来てしまっている。昨日の夜の巡回は私だけで行くべきだったと猛省し、深くため息をついた。それを聞いたメノは私が怒っていると勘違いしたのか、びくりと肩を揺らし、耳と尻尾を力無く垂らす。
「ごめんね。怒ってないよ。自分の不甲斐なさに呆れただけ」
「
……
いえ。ボスの言うことは真っ当であります」
「保健室行っておいで。午後からの練習に来れそうだったら、ここに来て」
「
……
承知であります」
いつもより弱々しい敬礼姿に心配しながらも、保健室に向かうメノの背中を見つめる。今の私は、担当トレーナーとして示しがつかない。自分の頬を叩いてから、パソコンを開いてメノのトレーニングメニューの変更作業に取り掛かる。
(私が未熟なせいで)
何度も何度も脳裏に過ぎる、呪いの言葉。しかし既に過ぎた事だ。これ以上悔やんでも仕方ない。それなら、進むしかない。
(二度とあんな顔させない
……
!)
メノのあんな顔、もう二度とゴメンだ。
作り上げたトレーニングメニューをプリントアウトし、ファイルにまとめる。必要な物を点検し、朝礼前の巡回に向かう。
メノが戻ってきたら、たくさん話をしよう。そう心に決め、トレーナー室を後にした。
正午。昼休みの巡回に向かおうと荷物の点検を行っていると、向こう側から誰かがトレーナー室の扉をノックする。
「おかえり、メノ」
そう声をかけると、扉はゆっくりと開いた。朝見た時よりかは幾分マシになったクマを付けたメノと目が合う。起きたばかりなのか、まだ眠そうな眼だ。
「此度は、大変ご迷惑をおかけしました」
「具合はどう?」
「大分、楽になりました」
「良かった。
……
今回の件のこと、気にしないで」
「
……
」
一瞬、メノの耳がぴくりと揺れる。そのことに気づき、不自然にならないよう、出来るだけ明るい声を出した。
「さ、切り替えていこう。トレーニングメニュー渡しておくね」
「
……
承知であります」
メノはよく鼻が利く子だ。私の言葉に後悔が滲んでいたことは、既に気づいているのだろう。私はまだまだ未熟だな、と改めて思い知らされる。ゆっくりとトレーナー室の扉を開け、メノの共にトレーニングへ向かった。
一通りトレーニングが終わり、二人でトレーナー室へと戻る。
「
……
」
「コーヒー淹れるね」
どうにか蟠りを解いてあげたい気持ちだけが先走らないよう、一拍置いてメノの様子を見る。いつものマグカップにホットコーヒーを注ぎ、メノに渡した。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
濃さが均等になるよう、コーヒーを軽く混ぜてから砂糖とミルクをスプーンで掬う。全て混ぜ終わった私の手が止まると同時に、メノは口を開いた。
「
……
ボスは、メロディーレーンさんを、どう思っていますでしょうか?」
「
……
どう、というと?」
「
……
レーンさんに、どういった印象をお持ちですか?」
意外な質問に、唇に指を添えながら思案する。率直に頭に浮かんだ言葉を繋ぎ合わせ、文章にしていく。
「小さい身体を言い訳にせず、色んな長距離レースに出て、勝ちに貪欲で一生懸命
……
そしてひたむきな姿は、色んなウマ娘に影響を与えてる」
「
……
」
「ウマドルとしての活躍は勿論、彼女の魅力は沢山あるけれど
……
何よりもあの身体に宿す根性が凄い。私も見習わないとね」
メノが想像していた言葉とは違うかもしれないが、私なりの意見を述べた。マグカップを握っていた手はテーブルへと移動し、拳を作る。
「
……
私は」
「うん」
「彼女と、何も、何処も似ていません」
「
……
え?」
「私とメロディーレーンさんの存在は、あまりにも正反対で
……
乖離しております」
「
……
どこがどう違うのか、教えてくれる?」
「
……
彼女と私は、同じウマ娘ではありますが
……
見た目、声質、性格
……
。華奢であり細身で、それでありウマドルとして可愛らしく、愛嬌のあるメロディーレーンさん。比べて体格が大きく、声が低く、子供たちに怖がられてしまう私とでは、あまりにも不釣合いであります」
そんなことないよ、と口を開こうとしたが、メノの表情に喉の奥で言葉がつっかえる。
「
……
ウマ娘にはウイニングライブを行う義務がありますので、私なりに歌やダンスに注力しております。父さんと母さんから貰ったこの身体を否定するつもりはありません。むしろ、ウマ娘として感謝をしております」
しかし、とメノは続ける。
「彼女の鳥の囀りのような声とは違い、私の声は獣のように低くく、大きいので
……
ライブで共に歌えば不協和音になってしまう可能性もあります」
いつもより掠れ、絞り出した声は私の胸に響く。
「舞台上での私は、メロディーレーンさんのライブを意図せず邪魔したり、妨害してしまったり、足を引っ張ってしまうかもしれない」
ああ、この子はなんて優しいウマ娘なのだろう。トレーナーとしても人としても、そう感じた。
「
……
ですので、一旦保留という形を取らせていただきました」
メノの言い分を全て聞き終える。彼女の話は理解出来た。どの物事にも決まって相性は存在しているからだ。しかし、メロディーレーンさんがライブを申し込んだ意図は「そこ」では無い。それをどう伝えるべきか、数十秒程考え込む仕草をした。
「
……
メノ」
「はい、ボス」
「花束って、あるじゃない?」
「
……
?」
メノは急に話を変えた私に対し、分かりやすく小首を傾げる。
「メノは好きな花ってある?」
「うーん
……
桜、でしょうか。春を告げる花でもありますし、好きであります」
「他には?」
「そうですね
……
チューリップやユリも、綺麗だと思います」
「他にも、知ってる花はある?」
「有名なものでしたら、ある程度は」
「それじゃあ、かすみ草って知ってる?」
「ええ。白く、可憐な花であります」
かすみ草は、小さく白い花が無数に咲いている可愛らしくて可憐な花だ。
「そうだね。じゃあ、その花の中にシロツメクサを入れてみて。クローバーのお花だよ」
「
……
白く、可愛らしい花束になります」
メノは目を閉じ、頭の中で空想の花束を作っていく。
「そうだね。それじゃあその花の中に、紫のバラの花を入れてみよう」
「
……
」
「どう?」
「
……
紫と白の、綺麗な花束が出来ました」
「それ」
「え?」
長い睫毛を従えた切れ長な瞳がパチ、と開く。
「白い花同士でも、可愛らしい花束はできる。でも、形や色の違う花を添えても、花束の美しさは変わらない。それどころか、相乗効果でもっと素敵なものになる可能性だって秘めている」
「
……
」
「メロディーレーンちゃんは、それを言いたかったんじゃないのかな」
桜色を携えた瞳は一瞬、煌めきを取り戻す。
「確かに貴方の体型や声は、メロディーレーンさんとは違う。もしかしたら、どこかでぶつかってしまうかもしれない。でも、違うからこそ、譲り合って、支え合って、輝けるものなんだと思う」
綺麗事と一蹴されても仕方ないかもしれない。しかし、どうしても伝えたかった言葉だった。
「メロディーレーンさんはそれを知っていて、だからこそ貴方をライブに誘ったんじゃないのかな」
「
……
」
私の言葉を全て聞いたメノはきゅっと口を噤む。その後すぐふう、と息を吐き、マグカップに口を付けた。私はメノの次の言葉をじっと待つ。
「
……
本官は、気高い紫のバラの花に、なれますでしょうか」
「それはメノ次第。勿論、私もサポートするよ」
「
……
ありがとうございます、ボス。私は、貴方に救われてばかりでありますね」
「いいえ、こちらこそ。相談してくれてありがとう」
ふわりと笑うメノの表情に、こちらも頬が緩む。トレーナーである自分が言うのは何だが、フェノーメノというウマ娘は、誰よりも優しく、真っ直ぐで強かな子だ。
「よし。そうと決まれば早速メロディーレーンちゃんに連絡だね」
「私の方で連絡しておきます。ボスは休んでいてください」
「ありがとう。メノも、今日は早く寝てね」
「う
……
了解であります」
そんなやり取りをしながら、私とメノはコーヒーが無くなるまで他愛もない話を続ける。メノが送ったLANEでの承諾にメロディーレーンさんがトレーナー室まで飛んで来たのは、数十分後の話。
「それじゃあ早速、衣装用意してもらわないと!」
「そ、そんな。衣装なんて
……
本官はあくまでレーンさんの引き立て役であります。スターティングフューチャーがありますので
……
」
「ダメダメ!私とフェノーメノさんの特別なライブだから、沢山リボン付けて可愛くしてもらいましょう!」
「か、かわ
……
!?」
後日。メノとメロディーレーンさんのライブが行われる二ヶ月後に向けて、打ち合わせが行われていた。開始してから数分経過しているが、話し合いと言うよりも、ウマドルとして場数の多いメロディーレーンさんが仕切っている構図だ。
「私がテーマカラーの水色で
……
折角だから、色違いでピンクの可愛いリボンにしてもらおうかな!」
「ピンク
……
!?」
「とびっきり素敵なの作ってもらわなくちゃ!」
「ボ、ボス
……
」
あの日のように眉を八の字にして困惑を隠せないメノに、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫、任せよう。メロディーレーンさんはプロだからね」
「フェノーメノさん! この打ち合わせ終わったら採寸するね!」
「あわわ
……
」
打ち合わせが終わり次第小さい子に連れていかれる大きい子の図は、傍から見たら不思議な光景だろう。口元が緩みそうになるのを咳払いで誤魔化す。
「か、可愛いと華美なものはダメであります!」
「どうして? せっかくのライブなのに」
「本官は、あくまで脇役。メロディーレーンさんのライブにお邪魔する形ですので。主役はメロディーレーンさんであります」
「むー
……
」
「私のことは、黒子だと思って頂ければ幸いであります」
「
……
黒子
……
」
何か思いついたのか、メロディーレーンさんの耳がぴこんと立つ。
「
……
影
……
」
「え?」
「それだ!」
「どれでありますか!?」
「フ
……
ッ」
コントのようなやり取りに思わず噴き出す。私とメロディーレーンさんを交互に見て、不安を浮かべているメノに声をかける。
「メノなら何でも出来るし、似合うよ」
「そういう話では
……
」
「私はピンクのリボンを付けたメノが見たいなあ」
「ボス、さてはからかっておりますね?」
「本心だよ」
「出来た! こんな感じでしょうか」
私とメノが会話している間、メロディーレーンさんはホワイトボードに画用紙を貼り付ける。そこに描かれていたのは、黒と赤が特徴的な衣装を着たメノのイラストだった。
「えっ、これ、今描いたんですか
……
?」
「レーンさんは絵がお上手なのですね
……
!」
「えへへ。衣装やライブのステージを提案する時に、絵で説明すると皆理解しやすいと思って。頑張って描けるようにしたんです」
そう話す彼女の目は、一点の曇りもなく真っ直ぐだった。
学業やレース、ウマドルとしての活動はさることながら、様々な分野にも努力を惜しまない姿。これこそが彼女が愛され、応援される所以だ。
「まだラフだから、フェノーメノさんからも意見が欲しいです!」
「ありがとうございます。本官は主役であるメロディーレーンさんよりも目立たず、尚且つ納得して頂けるデザインならば、それで良いであります」
「ピンクリボンのメノも惜しいけど
……
」
「ボス!」
恥ずかしさからか顔を赤く染めるメノを見て、メロディーレーンさんはふふっと笑顔を見せる。そんな時だった。
「よーぉまめちん! 面白そうな話してんじゃん!」
「コソコソとケチくせぇ、私たちにも教えてくれよ」
「!」
突然扉が開かれたかと思えば、破天荒とギャンブラー
……
サングラスをかけたゴールドシップとナカヤマフェスタがまるでラッパーの如く片手にラジカセを引っさげ、ライブの打ち合わせに堂々乱入する。
定期的に問題行動を起こしては、何かと自分を揶揄う二人の登場にメノはメロディーレーンさんを隠すように立ち上がり、警戒心を強める。
「何の用でありますか? 我々は今忙しいのですが」
「かてぇこと言うなって。ほら、予備のサングラスやっからよ」
「結構です。全く
……
どうせロクなことを考えていないんでしょう?」
「おやおや〜? 風紀委員のマメちんが、トレセン学園で日々切磋琢磨している生徒を疑うんですの〜?」
「あなた方は生徒以前に、問題児であります!」
一気に賑やかになった部屋でのんびりとコーヒーを飲んでいると、メロディーレーンさんが目を輝かせていることに気づく。どうやらメノの背中を見つめているようだ。
「あ、あの!」
「?」
「お二人、私のライブに出て頂けませんか?」
「レーンさん!?」
問題児組にサングラスを押し付けられているメノがメロディーレーンさんの発言に困惑するのも無理はない。このライブはあくまでメノと二人で行われるものだ。
「お? オファーってやつか?」
「この場合逆オファーじゃねえのか?」
「レーンさん、本官と二人では、やはり
……
」
水分を失った花のように萎れるメノに対し、メロディーレーンさんは慌てて説明する。
「あっ、違うんです! お二人は、フェノーメノさんに捕まってください!」
「
……
ほっほーん? つまり、怪盗ゴルシちゃんアーンド ギャンブラーナカヤマ VS 刑事マメちんのドタバタ劇ってことだよな!?」
「違います!」
一瞬の沈黙の後、ゴールドシップとナカヤマフェスタは息ぴったりに床に滑るように倒れ込む。お見事、と思わず拍手を送りそうになるのを何とか堪えた。
「まず始めに、ゴルシさんとナカヤマさんは私のライブに乱入し、勝手にライブを始めます」
「ほうほう」
「そこに颯爽と現れるのが、騎士であるフェノーメノさんです!」
「き、騎士
……
でありますか?」
「はい! いつも私のライブを守ってくださるフェノーメノさんは、私にとって騎士のような存在です!」
「
……
そう言われると、何だか照れくさいでありますね」
メノは自身の帽子のつばを持ち、顔を隠そうと深く被る。
「何物にも染まらない、黒い影のような騎士
……
二人を縄で縛って、私を守ってくれます」
メロディーレーンさんはそう説明しながら、ホワイトボードに簡易的な絵を描く。縄を持ったメノと、メノにお縄にされる二人。寸劇、余興として成り立ちそうな内容だ。
「
……
ははっ、風紀委員が騎士サマとは、随分発想がユニークだ。悪くねぇな」
一瞬の静けさの後、笑いだしたのはナカヤマフェスタだった。どこからか取り出した棒付き飴を舐め始め、楽しそうにホワイトボードを見つめる。
「お二人が宜しければ、是非出て頂きたいです!」
「アタシはいいけどよぉ、ナカヤマはどーすんだ?」
「中々ねぇ機会だし、ノるのも悪かねぇな」
二人は前向きだが、メノだけはやや渋い顔をしている。
「おうおう、顔がシワシワだぞ~まめちん」
「
……
ライブはある程度自信はあります。ただ、劇となると
……
上手くいくでしょうか」
「アンタがいつもやってる事と何ら変わらねぇじゃねーか。それに、これはあくまで余興。失敗したとて、客からすりゃ面白いもんが見れりゃそれでいい」
「
……
」
「こういうのは、こっちが楽しんでナンボだろ?」
「! 舞台に立つ者が、楽しむ
……
」
「アンタだって、毎回衣装替えてんのは自分のモチベーション上げる為だろ?」
話を振られたメロディーレーンさんは大きな瞳を瞬きさせる。
「はい
……
! 勿論、ファンの方にどういった服を着てもらえれば喜んで貰えるのかも大事ですが
……
一番は、やる気を出すためです!」
「おっ、いいねえ。じゃあアタシたちも衣装作ってもらうか! トゲトゲ付いてるイカした肩パッド、作ってもらおうぜ!」
「
……
あの、」
すっ、とメノが手を挙げる。
「おや、まめちんも肩パッドをご所望で?」
「結構です。
……
今回の衣装の件、本官も加わってよろしいでしょうか?」
「!」
「その
……
レーンさんを信用していないという訳ではありません。寧ろ本官よりも博識で、お任せした方が良いと理解しております。色んな無茶も言ってしまうかも知れませんが
……
」
「是非! フェノーメノさんの意見、いっぱい聞かせてください!」
メロディーレーンさんはメノの手を取り、キラキラした瞳を更に輝かせる。嬉しくてたまらない、と言った表情が前面に出ていた。
「そんじゃ決まりだな! 諸君、精進したまえ!」
「何故貴方が仕切っているのです。これはレーンさんのライブですよ!」
「ふふっ。確かに主催は私かもしれないけど、みーんなのライブだよ! フェノーメノさん!」
「
……
皆の
……
」
「うん!」
「
……
貴方には、教わる事ばかりですね」
そう呟いたメノの瞳は、穏やかで慈愛のこもった視線を彼女に向けていた。
その後もライブの大まかな流れ、衣装の採寸、曲順等を話し合いをしていく。二人の持ってきたラジカセを動かしたと思えば笠松音頭が流れ出したりするハプニングはあれど、ライブの打ち合わせは無事終わり、お開きとなった。
「お忙しい中、ありがとうございました!」
「おーよ、お互い頑張ろうぜ~。マグロ一本釣り大会!」
「話を聞いてたでありますか!?」
……
本番当日まで油断ならない。私もしっかりしなければ、と直感的にそう思った。
そして月日は流れ、あっという間にライブ当日を迎える。
あれから沢山話し合いを行い、忙しい中練習もこなしてきた。傍から見てきただけの人間だが、絶対に成功するという自信だけは持っていた。
「メノ、着替えられた?」
「はい。何処かおかしな部分はないか、見てもらっても宜しいでしょうか?」
「うん。開けても大丈夫?」
「はい」
フィッティングルームのカーテンをゆっくり開ける。立ち姿を見た時、思わず息を飲んだ。
黒と赤を基調とした衣装にフリンジのつけられた左肩には長いマントを掛け、ロングソードを腰に携えた姿は、騎士そのものだった。威厳を示す長い髪は黒いリボンで高い位置でまとめられ、凛とした顔立ちが良く目立っていた。
「素敵。よく似合ってるよ」
「
……
ありがとうございます」
メノは照れくさそうに頬に触れる。何処かホツレがないか、ボタンや装飾品が外れては無いか、隈なくチェックしていく。
「うん。大丈夫だと思う」
「ありがとうございます、ボス」
チェックを終えると同時に、控え室の扉の向こうからノック音がする。扉を開けると、既にライブ衣装に身を包んだメロディーレーンさんが立っていた。
彼女を代表する水色ではなく、メノに合わせて黒を基調とし、アクセントに赤いリボンをあしらった可愛らしい衣装は、小さな彼女の大人びた姿に一役買っていた。
「お疲れ様です、あの
……
衣装は、どうでしたか? ギリギリまで調整したので、サイズとか大丈夫かなと思って
……
」
「今丁度着たところなんです。メロディーレーンさんも是非見てください」
「はい!」
彼女を控え室に招き入れ、メノの姿を見てもらう。
「
……
凄い
……
本物の、騎士みたい」
メロディーレーンさんの口からぽつりとこぼれ落ちた言葉に、メノは小さく肩を揺らす。照れくさそうに俯いた後、すぐ顔を上げどこか誇らしげに胸を張っていた。
「私の意思を汲み取ってくださったレーンさんのお陰です。ありがとうございます」
「そんなことないです
……
! やっぱり、フェノーメノさんに頼んで本当に良かったって
……
そう思いました」
メロディーレーンさんは涙で潤んだ瞳をまっすぐメノに向けて、静かに感謝を述べる。
「そう言ってもらえて、本官はそれだけで充分であります。さあ、行きましょうか」
メノは大きな手を差し伸べる。メロディーレーンさんは涙を拭い、大きく息を吸って吐いて顔を上げ、その手を取る。
「はい!」
控え室を出て舞台へ向かう二人の背中を見送り、私はライブ会場の客席へと向かう。二人のどんな姿が見れるのだろう。一ファンとして、期待で胸がいっぱいだった。
「みなさーーん! こんにちはー! 今日も貴方をメロメロにします♡ メロディーレーンでーす!」
ライブは告知された時間ピッタリに開始され、スピーカーからポップな音楽が流れる。メロディーレーンさんが薄暗いステージの真ん中に立ち、スポットライトで照らされると同時に歓声が上がる。
「今日もチケットが完売したとお話を聞いてます! たくさんの方がライブに来てくださってて、とーっても嬉しです! 本当にありがとうございます!」
深々とお辞儀をする姿に観客から拍手が降り注ぐ。
「ライブの前にですねー、一つお知らせがあります! なんとなんと、今日はサプライズゲストをお呼びしてまーす!」
彼女の言葉に対し、歓声と同時にどよめきが起きる。
「えー? 誰だろう」
「一人かな? もっと大人数?」
「メロちゃんを見に来たんだけどなぁ」
人それぞれの感情が渦巻く中、ライブは予定通り進行していく。
「みんな、気になるよね! 気になるよねー! サプライズゲストはー
……
」
「アタシたちだ~!!」
「わぁっ~!?」
ドラムロールが流れたかと思えば、それを遮るようなギターの音色が会場に響く。ロックスター風の衣装を身にまとい、ギターとベースを引っさげたゴールドシップとナカヤマフェスタの二人が、ポップアップ装置でステージに登場する。
「ええっ!?」
「ゴルシとナカヤマじゃん!?」
会場はまさかの二人に大いに沸き立ち、熱気で一気に跳ね上がる。未だ状況が飲み込めない観客達を横目に、二人は声を張り上げる。
「よーし!行くぞお前らー!」
「まずは一曲目!『SHAKEROCK』!」
ゴールドシップはメロディーレーンさんにギターを押しつけ、どこからが現れたドラムセットの前に着席する。ドラムスティックを高々と掲げ、困惑と興奮が入り交じる観客達をマイク越しに煽る。
『飛べー! 1.2.3.4!』
……
こうして、ライブ本番が始まった。二階席から辺りを見渡すが、今のところ大きな混乱はなさそうだ。
曲はともかく、やはり多くのライブに出ているだけあって二人の歌唱力に圧倒される。そしてそんな二人に負けず劣らず、ギターを弾きながら歌を歌うメロディーレーンさんの実力にも目を見張るものがあった。
一曲目が終わり、未だに困惑と歓声でザワザワする会場にゴールドシップが声をかける。
「お前ら~! 最高だぜ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「おうおうバウバウちゃん、どした?」
「次の曲のフリ忘れちまったか?」
「みなさーん! 私がサプライズゲストとして呼んだのは、別の方でーす!」
「えぇー!?」
「そんじゃ、ソイツ来る前にもう一曲くらい歌って帰るか!」
ゴールドシップがシンバルを叩いた、その時。
「そこまで!」
凛とした声が場内に響き渡り、黒い影が三人の頭上に舞い降りる。どよめく観客達を他所に、メノはマントを靡かせ華麗に着地し、目にも止まらぬ速さで二人を縄で拘束する。
「うわぁっ!?」
「乱入者、確保!」
二人を俵担ぎし、そのまま舞台袖へと追いやる。風紀委員達が回収し、ゴールドシップは捨てセリフを吐く。
「チキショー! 覚えてろー!」
「ご無事ですか? レーンさん」
「フェノーメノさん
……
!」
ライブの際は風紀委員として警備を行っているメノの名前がステージ上で呼ばれ、観客達は好奇の目をメノに向ける。普段とは違う姿故に、直ぐに気づかなかった者も多かったのだろう。
「さあ、邪魔者はいなくなりました。約束通り、今宵は私とライブを共に
……
私と共に歌い、踊って頂けますでしょうか?」
「はい!」
メノはその場で跪き、彼女の手を取る。そのまま手の甲に唇を落とす仕草に観客からは悲鳴に近い歓声が上がった。
一瞬の所作だった為遠目だと見えづらかったが、実際には手の甲に触れておらず、手を取った自身の親指に唇を落とす形で振る舞っていた。
それは、ウマドルとしてのメロディーレーンの立場を守る為の、メノらしい配慮だった。
「という訳で! 今日のライブのゲストは、フェノーメノさんでーす!」
「本日は、よろしくお願い致します」
拍手に応じる為、律儀に礼をするフェノーメノに笑みが溢れる。
「それじゃあ早速やっていこー! ミュージック、スタート!」
メロディーレーンさんの掛け声によってイントロが流れ出す。無数のペンライトが音楽に合わせ揺れ出し、ライブ会場に一体感を生み出した。
ライブは滞りなく行われ、終盤に差し掛かる。最後の曲のイントロが流れ始め、ゆったりとした空気感が漂った。バラードはメノの得意分野だ。相手の声を掻き消さない程度に、それでいて自慢の美しい歌声を披露する。
「歌うまー
……
」
「ヤバい
……
」
「カッコイイ!」
曲が終わると、ヒソヒソ声が女性客から多く聞こえた。心の中でうんうんと何度も頷く。
メノの声は決して、獣の低い声ではない。ヴァイオリンのように美しく、静かに心を震わせるーーそんな声なのだ。
彼女の歌声は今夜、このステージでそれを証明してみせた。
「またねー! 今日は本当にありがとうございましたー!」
約一時間程のライブが終了し、会場が熱気に包まれる中、突如として前方から戸惑いの声が上がった。異変を感じとり視線を向ければ、風紀委員の制止を振りほどきステージ脇の柵を乗り越えてくる男の姿が目に映る。
「!」
ライブの段取りを全て把握している私は、直ぐ理解出来た。否、出来てしまった。
「あれ」は、演出でもなんでもない。
全てが台無しにされてしまう。考える間もなく咄嗟に身体が動いていた。二階から階段を降りてステージに向かって前に進もうとするも、興奮の坩堝と化した人混みを上手く掻き分けて進むことが出来ない。
「ッ、メノ!!」
ここからでは遠すぎる。一か八か、危険を知らせようと、出せる限り大きい声で名前を呼んだ。彼女なら必ず気づくと信じて。
「
……
!」
「え、っ
……
?」
「下がって!」
「っはい
……
!」
観客に手を振っていたメノの耳がピン、と立つ。不審な影がステージに足を踏み入れた瞬間、メノの纏う空気が変わる。メロディーレーンさんに声をかけて促し、ステージ端に退ける。
「まだあるのか!」
「凄い作り込みだなあ」
「いけー! フェノーメノー!」
幸いにも、観客はこの状況を演出だと思い込んでいた。メノは即座に状況を理解し、演劇用の剣を鞘から引き抜き、静かに一歩、ステージ中央へ出る。
「
……
ライブの妨害は、風紀違反であります」
その声に不審者がひるむが、気圧されたのは一瞬。何かを叫びながら近づいてくる男に、メノは構えを取った。
剣先がまっすぐ相手をとらえたその姿は、まるで本物の騎士だ。
「せいっ!」
跳ねるように踏み込んだメノの剣が振り下ろされる。
だが、打突は外されていた。頭部を狙う構えから、あえて斜めに逸らし、相手の肩口へと軽く当てる。痛みも衝撃もない。だがその正確無比な動きに、男は思わず身を引いた。
「
……
次は当てるであります」
淡々と告げられたその一言に、男は怯む。そこを見逃さず、剣先を水平に構え直し、静かに間合いを詰める。
「やぁっ!」
再び打つ。今度は胴打ちを装って、わずかに右へ外す。男の脇腹の少し外側を撫でるように剣が通り過ぎた。バランスを崩した男が尻もちをつく。
その瞬間、観客席から一斉に拍手と歓声が上がった。
「すごーい!」
「演出凝ってるなあ!」
「あの人、捕まっちゃったー!」
メノは風紀委員が男を連れていくのを見届けてから剣を鞘に戻し、メロディーレーンへ視線を向ける。彼女の無事を確認してほっとした表情を浮かべた。
「っ
……
フェノーメノさん
……
!」
「本官の役目は、皆を守ることであります。
……
ご無事で何よりです」
彼女の背後で、ライトが再び明るく照らされる。二人は再度笑顔で観客に手を振る。観客は気づいていない。この瞬間、誰かを守った彼女の決意を。
「メノ! メロディーレーンさん!」
控え室に向かうと、メノ、メロディーレーンさん、そしてゴールドシップとナカヤマフェスタがいた。
ライブに想定外は付き物とはいえ、今回の件は心配が勝ってしまう。
「大丈夫? 怪我は?」
「はっ。本官もレーンさんも、異常なしであります」
「トレーナーさん
……
!」
メノが私に向かって敬礼し、報告する。私の姿を見た途端、メロディーレーンさんは椅子から立ち上がる。
「今回の出来事、巻き込んでしまって、本当にごめんなさい!」
「!」
「
……
それと、ライブも、ファンの方も、私のことも守ってくれて、ありがとうございます
……
っ」
自身も怖い目に遭ったというのに、健気に謝る姿に胸が苦しくなる。ゴールドシップとナカヤマフェスタが小刻みに震えている小さな肩と頭に優しく手を置く。
「いえ、私は
……
守ったのはメノです。無事で、本当に良かった」
ハンカチを渡すと、彼女の大きな瞳から涙が溢れ、ハンカチに染みを作った。
ショーマストゴーオン
……
何があっても絶対にステージから降りない覚悟がある彼女にとって、大切なライブで誰かを傷つけてしまいかねない出来事は相当怖かっただろう。想像に固くない。
「泣くなってぇ。それ以上泣いちまったら、しわしわ小粒になっちまうぞ?」
「ほら、飴ちゃんやるからよ。今日はゆっくり休みな」
「すみません、ありがとう、ございますっ」
「ウマドルは泣かないんだろ?」
「っ、はい!」
その言葉を聞いて涙を拭い、飴を口に含む姿はまるで迷子になった子供のようだ。二人がいてくれて良かった、と心底思う。
「
……
あの時、ボスが名前を呼んでくださったおかげで、このライブを守ることができました」
メロディーレーンさんの背中を摩る私にメノが語りかける。
「
……
貴方はいつも無茶ばかりして、と咎めたい気持ちも無くはありませんが
……
今回ばかりは、ボスがいなければ、本官も反応が遅れていました。本当に、ありがとうございます」
聞きなれた優しい声色にほっとする。やはりこの子は、誰よりも強く誰よりも優しいのだ。
「私こそ。メノがいなかったら、きっと怪我人が出てたよ。未然に防いでくれてありがとう」
「ほんとうに、ありがとうございました
……
!」
「まめちんと~ってもカッコよかったよなぁ、バウバウちゃん?」
「全く
……
貴方はまたそうやって揶揄う」
「ヤダなぁ、本心だよ。ほ・ん・し・んっ☆」
「だから!そういった態度が私を揶揄っているのだと申し上げているのです!」
「わー! まめちんがアツアツお汁粉になっちまった!」
「元気だな、アンタら
……
」
「ふふっ、あははっ」
二人のやり取りを見て、メロディーレーンさんから笑みが溢れる。
「おっ。やっと笑ったか」
「レーンさんは、笑顔の方が似合うでありますね」
「あの
……
まだ何も決まってないんですけど
……
また皆さんのこと、ライブに誘ってもいいですか?」
「おうよ! 次こそ捕まらずに歌ってやるぜ!」
「普通に参加すればいいのでは
……
?」
「オルフェとかジャーニーとかも連れてこようぜ!」
「あの二人がライブに参加したら、観客ひっくり返るだろ
……
」
「我を呼んだか」
「
……
どぇえっ!?」
和気あいあいとしていると、後ろから声がかかる。振り返って声の主を確認するも、脳が理解するまで時間がかかってしまった。
そこに立っていたのは、暴君オルフェーヴル。そしてその姉であるドリームジャーニーだった。まさかの人物の登場に間抜けな声が出る。
「おー! オルフェじゃん!」
「オルフェーヴルさん
……
!」
「こんにちは。ごめんなさいね、オルがどうしても控え室に行くって聞かなくて」
「大丈夫です! 今日はどうなさいましたか
……
?」
「メロディーレーン」
「はいっ」
「怪我は?」
「
……
! ありませんっ」
「なら、良い。今日は休息を取れ」
「あ、あの! いつも、お花贈ってくださってありがとうございます
……
!」
「光栄に思え」
二人のやり取りを聞いていた私達は顔を見合わせる。
「
……
えっ?」
「もしかして」
「あの毎回入口に飾ってあるデッッケェ花のやつ
……
」
「ええ。オルがメロディーレーンさんの為に、毎回発注して贈っているものですよ」
「ええぇ!?」
この三人の発言が同じになることがあるんだな、と妙に感心してしまった。
ウマスタでは必ずと言っていいほど見かける、メロディーレーンさん宛のフラワースタンドーー通称フラスタ。毎回話題になる理由はその大きさにある。
通常のフラスタは、人一人程の高さに横幅は1m程度であることが多い。それでも充分綺麗で見栄えがするのだが、メロディーレーンさんのライブに贈られるフラスタは正しく「桁」が違う。
「あれ、幅10メートルくらいありますよね
……
?」
「フラスタっつーか、ほぼ壁だよな」
「ウマスタ映えするからと、カレンさん達が写真を撮っているのを見たことがあります」
「贈り主の名前がないから、隠れファンが出し合って贈ってるって噂だったが
……
」
「アンタだったんだなー」
「ふふ、内緒にしてくださいね。我々だけの秘密
……
ということで」
ニコリと微笑むドリームジャーニーに対し、無意識に背筋がピンとなる。
「ああ、それと」
「?」
「今回のことで、貴方が気に病むことはありませんよ。ライブで沢山の人を幸せにしようと努力する貴方を、我々は応援しております」
「えっと
……
?」
「大丈夫。何かあれば、またすぐ駆けつけますからね」
「あ、ありがとうございます!」
含みを持った言い方に色々と考えを巡らせる。敵に回してはいけない人達だ、と改めて認識させられた。
「邪魔をしたな」
「それでは、また」
「またなー」
「貴方ではなくレーンさんに言ったのです」
「そんじゃ、アタシたちも行くか」
「うーっし! 打ち上げ行っくぞー!」
「おー!」
「飯はどうする? 大判焼き? 回転焼き? それとも
……
今川焼きか!?」
「全て同じであります!」
「まめちんは餡子だよな?」
「勝手に決めないで頂きたい!」
「私が奢るから、何か食べたいものあったら言ってね」
「ボス!? そんなことを言ったら
……
」
「言質取ったり!」
「よっしゃー! 肉だ肉!」
「ああ
……
やはりこうなってしまった
……
決定権は主催のレーンさんにあります! って、聞いてるのですかお二人共! コラーッ! 廊下は走らない!!」
「あっ、メノ! 着替えないと!」
「はっ!
……
そうでありました」
底が知れない二人を見送り、残った私達も控え室を出ることになった。二人が控え室から飛び出して行くのを眺め、私はメロディーレーンさんとメノの着替えを手伝う。
「グループLaneにはメッセージ送っておいたから、待っててくれると思うよ」
「ありがとうございます。
……
ボス、食事を奢ってくださるのは大変有難いのですが、あの二人は遠慮というものを知らないのです」
「いいのいいの。私がそうしたいんだから」
「
……
それなら良いのですが
……
」
「あの、フェノーメノさんのトレーナーさん」
「?」
衣装を畳んでいると、メロディーレーンさんからフィッティングルームのカーテン越しに声を掛けられる。
「もし良かったら
……
今日の感想、聞かせて貰えますか? お食事の席で、是非。良いところも悪いところも、全部聞きたいです」
「勿論。話したいこと沢山あるよ」
「! えへへ
……
ありがとうございますっ」
「
……
ボス」
「ん?」
「
……
本官は
……
どうでしたか?」
メノからは、いつもより小さめの声量で質問される。一旦手を止め、カーテン越しのメノに真っ直ぐ伝える。
「とっても素敵だったよ。それに
……
格好良かった。メノのトレーナーで良かったって、心から思ったよ」
「
……
そう、ですか」
「ふふ」
ゆらゆらと揺れるしっぽの風圧で動くカーテンに思わず笑みが零れる。
「メロディーレーンさんから見て、今回のライブのメノ、どうだった?」
「本っ当に格好良かったです!」
「あ、ありがとうございます。お褒めの言葉をいただき、光栄です」
「次はかわいい系の衣装だね」
「ボス!?」
「任せてください! 何色がいいですか? フェノーメノさんといえば、黒とか紫ですかね?」
「私はピンクのメノを諦めきれなくて
……
」
「ボス!? まだ諦めていなかったんですか!?」
「だって、ねぇ? メノは可愛いから」
「~~っ! ボスといえど、これ以上揶揄うのはやめて頂きたい
……
!」
「フェノーメノさんは格好いいですけど、それと同じくらい可愛いですよ!」
「ウマドルからのお墨付き、頂きました」
「この話は終わりであります! 早く行きましょう! 二人を待たせています!」
「ふふっ」
カーテンを開けて逃げるように飛び出すメノの姿が愛おしくて堪らなかった。荷物を持ち、控え室を出る。
外で出待ちをしていた人達にファンサービスを行い、笑顔で手を振るメロディーレーンさんと共に、三人で待ち合わせ場所へと向かった。
「お、やっと来たか!」
「遅ぇぞー」
「ごめんね、つい話し込んじゃって」
「そんじゃ、焼肉行くぞー!」
「おー!」
「だから、決定権はレーンさんにあると
……
」
「私はタン塩とレバーが食べたいです」
「本当に焼肉でいいのでありますか
……
?」
「はい! お腹いっぱい食べちゃいます!」
ウマドルとして食事には気を使っているのだろう。脂身の少ない部位をチョイスする辺り、流石だなと感心する。
「好きなだけ食えよ!」
「急がねえと閉まっちまうぞー」
「奢ってくださるのはボスであります! 貴方が言う立場では
……
コラッ! 待ちなさい! 人の話を聞いて、コラーッ!!」
会話にデジャブを感じながら、三人の後を追うように歩き始める。
「
……
フェノーメノさんのトレーナーさん」
「はい」
「さっきは勢いで言っちゃったんですけど
……
また、フェノーメノさんをライブにお誘いしても、宜しいでしょうか?」
「こちらからも、お願いしていいですか?」
「え?」
「私は、フェノーメノというウマ娘の名前を、存在を、強さを、ターフ以外の場所でも、みんなに知ってもらいたいと思っています。メロディーレーンさんのライブを利用してしまう形にはなりますが
……
是非、お願いしたいんです」
遠くでゴールドシップとナカヤマフェスタを確保するフェノーメノの背中を見つめて、本心を語る。
真っ直ぐな彼女の前で、下手な言い回しはしたくなかった。
「私も
……
今回のライブでは伝えきれなかったことも。いっぱい、いーっぱい。フェノーメノさんだけじゃなくて、色んな人の魅力を伝えたいです!」
「!」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
一度足を止め、固い握手を交わす。焼肉屋の前で私たちを呼ぶ三人の姿に手を振り、駆け出した。
数日後。
トレーナー室の扉を開け、自分の机を見た途端、ぎょっとしてしまった。
「え、これ、全部ファンレター
……
?」
メノ宛のファンレターは週に一度トレーナー室に纏めて届くのだが、普段の二倍、いや三倍程の量が贈られてきていた。
「す、すごい
……
やっぱり、あれが効いたのかな」
ウマスタやLaneを初めとしたSNS上で、メノの歌やダンス、そしてーー例の騒動がファンによって拡散されていた。
『これ演出? それともガチ?』
『カッケー!』
『どうみても演出だろ、騙されてるキッズ多すぎワロタ』
『でもさ、それを差し置いても、歌とダンス上手すぎないか?』
『生で見たかった! 次はいつ出てくれるのかな?』
『レーンちゃんだけが見たかったなぁ』
『ゴルシとナカヤマ、相変わらずだな』
様々な意見が飛び交う中、特に目立ったのはメノへの好印象な意見だった。
『衣装格好良かった~!』
『上から降ってきた時はビックリしちゃった』
『姫を守る騎士って感じがするよね』
『分かりみが深い』
『次ライブがあったら絶対に行く!』
主に女性からの意見が多く、ファンレターの数も比例して増えたことに納得がいく。
「ボス、失礼します」
「お疲れ様。ファンレター、沢山届いてたよ」
「ありがとうございます
……
えっ、これ全部、ですか?」
「そう。これ、ぜーんぶメノ宛だよ」
「
……
そう、なんですね」
メノは耳をピンと立て、嬉しそうにしっぽを揺らし、頬を緩める。
「
……
最初こそ悩みましたが
……
今思えば、出演して良かったと、心からそう思います」
「私も。メノのレース以外での一面が色んな人に知られて、本当に良かった」
「ボス
……
!」
「メロディーレーンさんに感謝しないとね」
「はい!」
ぴんと背筋を伸ばし敬礼するメノに、私もしっかりしないとなと考えていると、トレーナー室にノック音が響く。
「どうぞ」
「こんにちは!」
メロディーレーンさんがトレーナー室に訪れる。背中をこちらに見せないよう入室し、手を後ろにまわしている。何か持っているのは明らかだった。
「こんにちは。ライブのお話でしょうか?」
「いえ、今日はこれを渡しに
……
じゃーん!」
メロディーレーンさんが見せたのは、紫、水色、そして白い花でできた可愛らしいミニブーケだった。
「!」
「これ
……
フラスタで使われてた花ですか?」
「凄い! よくお気づきですね!」
花束を見てすぐ思い出せたのも、何かと派手でインパクトのある、あのフラスタのお陰だった。一度見たら中々忘れられない程の存在感。まるで送り主のようだ。
「いつもはファンの方にお配りしてるんですけど、今回はフェノーメノさんとトレーナーさんの分を残して、作ってもらったんです」
可愛らしいサイズのミニブーケを二つ、それぞれ私とメノに渡される。
「1週間くらい持つらしいんですけど、良かったらお好きなところに飾ってください」
「ありがとうございます!」
「
……
」
「メノ?」
「
……
あっ、えっと
……
失礼致しました! 素敵な贈り物、ありがとうございます。思わず、見とれてしまいました」
メノはメロディーレーンさんに敬礼した後、大切そうにブーケを両手で抱き締める。
「良かったー!」
「
……
本当に綺麗ですね。花の種類も色も形もそれぞれ違うのに、調和していて
……
まるで
……
」
「ウマ娘みたいだね」
「
……
はい」
メノのキラキラとした桜色の瞳に、沢山の花が映り込む。どんな花よりも綺麗だと、キザな言葉が頭に浮かんでは、急に恥ずかしくなり咄嗟に頭を振る。
「そうだ、次のライブの日程
……
あっ! マネージャーさんからLane来てた! 急がなきゃー! ごめんなさい、また今度!」
メロディーレーンさんがスマートフォンを見て去った後、静かになったトレーナー室に、花の香りだけが残った。
紫、水色、白。それぞれ違う色が、不思議と調和している。
「
……
ふふ。ライブって、いいものだね」
「
……
そうですね」
「メノ、疲れとかは残ってない?」
「はっ。お気遣いありがとうございます。しっかりとお休みをいただいたので、体調は万全であります」
「良かった。無理だけはしないでね」
「お気遣いありがとうございます」
花瓶が無かったので、一旦コップで花束を飾ることになった。コップとともに10円玉を洗っていると、花束を持ったメノが不思議そうな顔をしていた。
「
……
何故10円玉を洗うのです?」
「花瓶の中に入れておくと、雑菌の繁殖を抑えてくれて、花が長持ちするんだよ」
「へえ
……
! ボスは物知りですね!」
「ふふ、ありがとう」
財布の中にあった比較的綺麗な10円玉をコップの中に入れ、水を汲む。
「これでよし」
「
……
ボス」
「ん?」
「私は誰かにとって、この花のようになれたでしょうか」
「少なくとも、私の中ではなれてるよ」
花に目を向けていたメノがこちらに真っ直ぐ視線を向け、ぱちっと目が合う。
「これからもっと、色んな人に見てもらおう。メノを知ってもらって、レース以外でもかっこいいんだぞ〜、って伝えていこう」
「
……
ありがとうございます、ボス」
「メノのファンが増えたら、あれに負けないくらいもーっと大きなフラスタを贈らないとね」
「そ、それは
……
少々目立ちすぎます」
「そう? 私が送らなくても、ファンが増えたらあるかもよ?」
「できれば、勘弁願いたいです
……
」
目を逸らし、帽子で顔を隠すメノの姿に思わず笑みが溢れる。格好良くて可愛らしい、フェノーメノというウマ娘が、私は心底愛おしい。
「今度のオフ、花瓶買いに行こうか」
「いいですね!」
「割れにくい素材で、万が一の時もあるから、滑り止めも買っておこう」
「了解であります。メモをしておきますね」
「ありがとう」
きっと彼女は、これから沢山の羨望という名の光を浴び、咲き誇るのだろう。私は彼女の一助になれるだろうか。いや、ならなければいけない。何故ならば、彼女は。
「ボス」
「ん?」
「花も、一緒に買いましょう。色は
……
」
彼女の名は、フェノーメノ。この世で誰よりも美しい、ウマ娘なのだから。
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