『思えば自分はプロになる前から、追い越して追い越されて、そういう互いに競いあうライバルみたいな相手と出会えていた。そのことが、本当に大きなことだったし恵まれていたんだなと、今になって思います。張り合ってるけど支えてくれてもいて、本当に頭が上がらないですね。
……はい、そうです。友人ではなく、
……いえ友人でもあり、生涯をかけたライバルでもあり、そしてパートナーとしてずっと一緒にいたいと思っている人でもあります』
侑さんのインタビュー記事が、サラッと女性ファッション誌の巻頭に載ったことで、世間はふつうにザワッとしたらしい。
SNSでは「名前くらいは知ってるよ」「日本代表戦くらいは観るよ」て層の人たちが、彼女は一般人らしいとか、高校のときの同級生らしくて好感が持てるとか、元女子バレーのプロ選手でいまは引退してるから一般人扱い?とか、スポーツバラエティの司会してたアナウンサーとすっぱ抜かれてたけどあれは浮気?とか、それとも高校からの彼女だったの?とかとか。そりゃもう好きに言って騒いでたって、これはワンさんから聞いた。
でも俺たちMSBYのメンバーは面白いくらい誰も驚かなかったし、一部の昔から侑さんを応援してるファンや、MSBYのファンも「ああ、〝おはぎちゃん〟のことか」って、やっぱり驚いてなくて、しまいには〝おはぎちゃん〟が少しの間だけトレンドになってたらしい。これは臣サンから聞いた。
「
……〝おはぎちゃん〟
……?」
トレンドに入った話を、おにぎり宮のカウンター席で「俺の部署じゃないけど、同期があの雑誌の編集部ですごい反響だったって言ってたな」と隣に座る赤葦さんが、顔色ひとつ変えずに日本酒をお猪口で飲む。すると俺たちが座るカウンターの向こう側にいる治さんが、卵を菜箸でカカカカッと混ぜながら少しぎこちなく首を傾げた。
「「え。知らないんですか?」」
赤葦さんの声と、大好物ののりしおのおにぎりを頬張る俺の声がハモる。
治さんは侑さんの身内だ。しかも双子の兄弟。
ふたりとも正面から「仲いいですよね」とかいうと「どこが!?︎」「どこがってなんやねん、こっちのセリフじゃ!!︎」とすぐばちばちと火花を散らすけど、でもいくら文句言っても侑さんが時間の許す限り、この店で治さんの作る料理を食べに通ってることはチーム内の当たり前だ。それだけ仲がいいとか悪いとかの前に、あって当然の存在、みたいなものなんだろうなあって思ってたから、治さんがまさか侑さんのひみつの彼女が〝おはぎちゃん〟て巷では呼ばれてることを知らないなんて思わない。
でも事実。目の前の治さんは、フライパンにじゅっとといた卵を敷きながら、なんのこと?ときょとんってしてる。侑さんの話題をこのお店でして、わからんなって反応する治さんはちょっと珍しい。
「えっと。おはぎちゃんさんは、侑さんの配信とかで出てきたのがきっかけで
……。あ、おはぎちゃんさん自身が出てくるとかじゃなくて、侑さんの話の中にちょいちょい登場するっていうか。治さんは侑さんの配信て見てます?」
「見とらんなぁ。どうせしょーもないことしか言うてへんわ思うて。ダダ滑ってるのとかはスナから勝手に送られてきて、見たことあるけど」
「毎度とは言わないですがよく宮選手が話されてるときに出てくるんですよ、おはぎちゃん。もちろん最初はうっかり言ってしまったという感じだったようですが」
頬張ったおにぎりを咀嚼して、呑み込んでると、隣の赤葦さんが俺の言葉に補足してくれる。
赤葦さんは今日のMSBYの試合を出張のついでにと観に来てくれてて、でも木兎さんがテレビのインタビューの仕事が入ってるから遅くなるとかで、夕飯食べながらここで待ち合わせしてるらしい。で、俺はそれを聞きつけてひょこひょこ着いてこさせてもらった。
MSBYに入ってから少ししてすぐ侑さんに連れてきてもらった、治さんのお店。最近はひとりでも来たりするし、さすがにいちいち侑さんに断ったりはしてないので残念ながら侑さん本人はここにはいない。
いない人の話を続けるのもアレかなと思うけど、お店にはもう俺たちしかいないっぽいし、治さんに侑さんの話をするのは、いない人の話をするカウントに入らない気になる。だってきっとここで話したことなんて、ぜんぶ治さんから侑さんに筒抜けだ。(前にここで話したこと、次の日に侑さんからフツーにされて、あの場にいた治さんって実は侑さんでした?て思わず聞いたら爆笑された)
「宮選手のいつだったかの配信で『この前、外で煮物食べたんやけど、やっぱこの前作ってもらったんがめっちゃ俺好みの味わかりつくしとるんやなぁ〜ってなってな。
……おかん? ちゃうちゃう、おかんのももちろん美味いけど、お
……はぎもこの時期うまいよな?』という感じで、いきなりのおはぎの登場で、ファンが爆笑したのちに〝あれは彼女の名前を言いかけて、とっさに誤魔化したのでは?〟という推測が飛びまして」
「あのときはチームのみんなにも『突然のおはぎwww』て、しばらく侑さんイジられてました!」
「次の配信では特におはぎのことには触れなかったようなんですが、しばらくしてまた配信でボロっと『あ、それな! 俺も映画館で観たで! あのとき、お
…はぎが美味くて』ておはぎの誤魔化しが再登場して、いよいよ視聴してる人たちの憶測が確定になってしまったわけです」
お猪口を啜りながら、赤葦さんはサラサラサラッと淀みなく経緯を説明する。まるで試合の解説者みたいだ。
そのサラサラ加減にスゲエー!てなって俺が目をキラキラさせてると、カウンターの中では治さんがキャップ帽子を取ったかと思ったら、なんでか片手でこめかみを抑えて険しい顔をした。
「治さん、どうかしました
…!? 具合わるいですか!?」
びっくりして声を掛けると、治さんはすぐ抜いだ帽子をかぶり直して「いや、
……すまん。片割れが、知らんとこでそんな間抜けなことになっとるのにちょい頭痛がしただけやねん。続けてくれるか?」と言うので、顔色はあんまりよくなさそうに見えるけど、俺はそれじゃあと話を続ける。
「えーっと。そんなことがあったんで、侑さんが女性誌のインタビューかなんかでお気に入りのデートスポットは?て質問に『出かけるのも好きですけど、自宅でゆっくりするのも好きですね』て答えたら、いままでも同じようなことを答えてるのにファンの人たちが『おはぎちゃんと?』てざわざわするようになったり、侑さんのSNSで『なんか話題のもんらしい!食いに来た!』てイートイン写真をあげると『テーブルの上、ふたり分ある』『おはぎちゃんだ!』てな感じで」
「ファンの間では、宮選手には一般人の恋人がいるらしい、というのがすっかり定着したようで。そして、ファンがひっそりとその恋人のことを『おはぎちゃん』と呼ぶのを、宮選手自身も知得されたみたいです」
「侑さんはあんまエゴサしてないみたいですけど、ワンさんとかトマスとかが結構SNSみてるから教えてくれるんですよねー」
『あ〜〜! これ、アイツが美味しい言うとった菓子やん。そうそう、おはぎちゃんが最近このコンビニスイーツハマっとるんやけど』
「と、まぁこんな風に。恋人とは公言してなかったものの、取り繕うのが面倒になっているのか。開き直って、ファンの間で使われてた〝宮選手の恋人の愛称〟をご自身で使われるようになっていたったと」
「なんでしたっけ。逆輸入、でしたっけ」
「そう。ネットミームを公式側が使うようになるやつだね。うちの雑誌も、SNS担当してる奴がファンの間で使われてる通称とかわざと使ったりしてファンをざわつかせてるよ」
赤葦さんが、どこからサッと出したのか(お気に入りに入れてるのかな?)まさにっていう侑さんの動画を再生して、カウンターの上に乗せる。
「赤葦さん、侑さんの動画あつめてるんですか?」
「うん。資料として」
「資料
……?」
俺が首を隣で傾げると、赤葦さんは「俺の担当作家さんのひとりが、いまラブコメ描いてるんだ」と教えてくれたけど、いまいちそれと侑さんの動画が直結できなくて、反対側に首を傾げなおす。と。
「あんんんんのポンコツクソ豚野郎
……」
「ひぃっ!?」
カウンターの向こう側から、どすの利いた声がして、反射で俺は口から間抜けな声を出してしまう。
見たら治さんがすごい剣幕で、赤葦さんのスマホを割りそうなくらい握りしめて動画を見てる。
こんな顔する治さんは、高校で対戦相手だったときでも見たことなかったんじゃ。ていうか、影山以外の人間も、こめかみにちゃんと(?)血管って浮かぶもんなんだな。
赤葦さんはというと、ははは、と隣でなんにも動じず笑ってるだけで、俺だけがアタフタして治さんと赤葦さんを交互に見る。
「〝おはぎちゃん〟のこと。本当にご存じなかったんですね、その様子だと」
「おはぎちゃん、てなんやねん
……。オモロな」
スマホを返しながら治さんが嘆息する。
けど赤葦さんは「でも宮選手はこれまで本当に、おはぎちゃんのことをパートナーだと一言だって公言したことはなかったんですよね。今回のうちの雑誌で載せたインタビューが初めてでして」と軽やかに笑ったまま、スマホを受け取った。
「そらそうやろ。あんなんでも一応、日の丸背負ったりして、それなりに認知度があるし。
……中途半端な相手と、中途半端なことすると、このご時世すぐ炎上や」
治さんはどっか気のない感じで付け加えると、追加で頼ませてもらった、美味しそうなだし巻き卵をことんと手前に出してくれる。焼きたてほやほや。湯気が立っててもう見てるだけで美味しい。少し冷ましたほうがうまいんやけど、まあタイミングは翔陽くんに任せるわ、と治さんはすぐに店主の顔に戻った。
(店主の顔に戻ったな、て俺が思ったってことは、それまでは〝治さんの顔〟をしてたってことだよなー)
「公言していないものの、世間も含めて周りは嫌でも察してそっと見守っていた。それだけ宮選手がおはぎちゃんを大事にしてることがファンには伝わっていたでみたいですね。確かにイチ視聴者である自分が見てても、宮選手がおはぎちゃんの話をするときはどこか安心感みたいなものを感じましたし」
「安心感
……?」
治さんがまた怪訝そうな顔をする。眉をしかめて。そんなん、みんなアイツが最近ようやく覚えたソトヅラ良しに騙されとるだけや、と言わんばかり。
でも俺は、結局すぐ食べるか食べないか迷ってただし巻きを、大きな口開けて頬張りながら。
「あー、わかるかも」
口の中で熱さをほふほふと逃し、我慢できずに赤葦さんに相槌を打つ。治さんは手元で洗い物をしたり、道具を片付けたりしながらやっぱり首をかしげた。
「侑さんがおはぎちゃんさんのこと俺たちに話してくれるときって、こう、言おうとしなくても、当たり前にある日常だからポロッと出ちゃうっていうか。それくらい当たり前にそばにいてくれて、当たり前にそばにいてほしい人なんだろうなーって、伝わってくるというか!」
「アイツ、翔陽くんたちに、そんななんか言うてんの?」
「BJのみんなの前でですか? 最初は相手がいるの隠してたんだと思うんですけど、おはぎちゃんさんのことがあってからは、侑さんふつうに話題に出しますね!」
「
……変なこと言うとらん?」
「ぜんぜん! というか、普段の侑さんってあんまり自分のこと言わないっていうか。そこまでわかりやすくもないじゃないですか」
「
……? あいつすぐ顔にも口にも出すし、やかましいとちゃうん。翔陽くん、お茶いる? それとも水?」
「あざっす! お茶で! 治さんといるときの侑さんなら、確かにもうちょっとわかりやすいかも? でも治さんいないとやっぱわかりづらいです! 侑さんって面倒見よくておしゃべりですけど、でも意外と自分から自分のことしゃべらないんで」
俺が湯呑みを受け取りながら言うと、治さんは「ふーん」て、やっぱりどこかしっくりこない感じだった。でも俺も、夏相手とか家族に対しての態度と、他の人との態度じゃ無意識にどっか違ったりするだろうし、侑さんは結構なんにでも振れ幅がある人だし、ギャップありそうだなーとは思う。
「おはぎちゃんさん、ときどき試合観に来てくださってるらしくて。あ、俺は会ったことないですけど。でも侑さん、おはぎちゃんさんが来てるときは結構わかりやすく試合中のギア入れるの速くなります。そういう日は試合終わったあとロッカーですぐに誰かにメッセージ送ってるから、大体ワンさんとか木兎さんとかが『なになに、おはぎちゃん宛かー?』ていじるんですけど『せやねん。アイツ、先に帰って飯作ってくれとるらしいんで、早めに上がりますわ』てフツーに惚気てくれるんでひと盛り上がりするのが恒例みたいになってますね! 侑さん、おはぎちゃんさんのご飯が美味しいって、いつもベタ褒めなんで『料理がうまい彼女、いいなぁ』てみんなが言うんですけど『ほんまに料理の腕がええってのもあるけど、ぶちくさ言いながら忙しい時間の合間をぬって俺のためだけにこしらえてくれとるから、なに出されたって美味いんですわ』って! あと治さん、たまご超うまいです!
……治さん?」
だし巻き卵がうますぎて、話の隙間に感想を差し込みながらカウンターに視線を上げると、治さんは今度は顔を手で覆ってて、俯いていた。
ちょっと耳も赤い気もするけど、でも俺がまた声をかけるより先に。
「すまんすまん。身内の惚気とか、こっちまで恥ずくなってもうて」
ちょっと困ったみたいに笑うと、たまごが翔陽くんの口にもあったみたいでよかったわ、と続けた。俺は「あれ?」ってなって、たぶんなにかに引っかかったんだけど、でもなにに引っかかったのか自分でもわからず。もう一口、だし巻きを頬張りながら考えるけど、やっぱりすんなり答えは出てこなかった。
「赤葦くんは、お酒のおかわりいるか?」
「いえ、大丈夫です。代わりにお茶いただけますか?」
「はいはい」
「あ。お酒といえば、侑さんは飲むとおはぎちゃんさんのこと話してくれる率、けっこうあがりますよ!」
チーム練が終わったあととか、試合のあとに行くご飯のときはスケジュールが立て込んでなければ(お酒の強さに個人差があるけど)みんな嗜む程度でお酒も飲む。
侑さんもほんのりとお酒を入れるときは時々あって、そういうときは結構おはぎちゃんさんの話題が出る。おはぎちゃん、とは言葉にはしないし呼ばないけど「アイツ」て侑さんが、やさしい顔して言うときはたぶんおはぎちゃんさんのこと言ってるんだなって、わかってしまう。
『この前、遠征から返ってきたら、好きなもんばっか作っておいてくれてな。好きなモンばっかや!て喜んだら〝毎度毎度、飽きずによおよろこぶわ〟って照れくさそうに言うてくれんねんで。かわええやろ?』
『口喧嘩してもうたんやけど、アイツ自分の家のくせに〝出てく!〟てどっか行ってもうて。いやいや、お前ん家やないかーい!て冷静になったらいきなり笑えてくるし。なによりコイツ俺に追いかけてきてほしいんや、って思うたら、もう喧嘩の原因とかどうでもよくなって、いつも折れんのは俺やねん』
『俺のために、前に絶対に出てこようとせん。自分がなんか言われんのはどうでもええけど、俺が雑音のせいでバレーではしゃげんようになるのが嫌やって。
……せやからアイツに負ける気はしてへんけど、頭上がらんかもって、思うときはあんねん』
会話の流れでポロッとこぼしてくれた、侑さんの言葉。
それはちょっと冗談めかしてたりするんだけど、しゃべってるときの表情はずっと穏やかで、それでいて目は真剣なもんだから同じ席に座る人間は、誰も茶化したり冷やかしたりなんかしなかった。
大事なんだなって、わかる。
侑さんはバレー以外のことになるとツッコミはしてくれても、自分の思ってることをそんな真面目なトーンでは言ったりしないから、普段とのギャップにハッとする。そんな一部始終を話すと、隣の赤葦さんは。
「なら今回のインタビューでパートナーがいることを正式に公言したのは、宮選手なりのおはぎちゃんへの負けないぞっていう宣言だったのかもね」
と治さんから受け取ったお茶を啜りながら言う。
「負けない宣言? 侑さんが?」
「それだけ自分のことを想ってくれてる人に、自分だってあなたのことを想ってる気持ちは負けないからなって、ずっと言いたかったのかもしれないなと思って。ここまで表立って言わずに来てるのには、何かしら事情はあったんだろうし」
「
……せやな。アイツもアイツで、色々思うところも考えることもあるんやろな」
治さんはそう言うと、俺たちの前にちょっと出しずらそうにお皿を置くと、キャップのつばを掴んで、きゅっと被りなおした。理由はお皿の上を見ればすぐにわかった。
「ちょうど試作して、店のメニューに入れようか迷っててん。甘味も色々あってもええかなとか思うてな。
……でもなんや。ネットで、ツムの相手がそんなん呼ばれとるって知らんかったから、今日知っといてよかったわ」
「「おはぎだ!」」
「なんや擦るみたいで〝おはぎちゃん〟に悪いし。残念やけど、これはお蔵やな」
言って、苦笑する治さんの表情を見て、俺は「あ!」と思わず声をあげそうになった。
それくらいハッとしたんだ。治さんの表情が、あまりにそっくりだったから。
(〝おはぎちゃん〟さんの話するときの侑さんと、そっくりだ)
そして俺は、さっき感じた引っかかりと勝手に結びつけようとして、いやいやいやと左右に首を振る。
「日向?」
「翔陽くん?」
「ナンデモナイデス! おはぎ食べるの久しぶりかも! いただきまーす!!︎」
手を合わせ直して、俺はお箸でおはぎをつつく。
思わず首を振ったのは、その可能性を否定したいわけじゃ断じてなく。ただただ、人のプライベートを詮索して憶測で紐付けするのはよくないから。それだけ。だって、あんなに侑さんが大事に守ってきたものに、俺が勝手に辿り着くのって、なんか違う。
「おはぎ、おいしいです!」
「久しぶりに食べるとまた一段と。お蔵入りは残念ですけど、確かにこのタイミングだと変にイジってるっぽくなっちゃいそうですもんね」
「フッフ、きっと出したらお客さんに『おに宮でおはぎ出てきた!』てSNSで出されて、ツムがまた変にイジられてまうわ」
それはそれでオモロいけどな、と口角を上げてイシシといたずらっぽく笑う治さんは、もういつもの治さんの顔をしてて。でも俺はまだちょっとだけ心臓をドキドキさせながら、二口目のおはぎを口に放る。
……うーん。このおはぎがメニューで食べれないのは、やっぱりちょっと残念かも。
***
「おい。誰が〝おはぎちゃん〟やねん」
「はっは! ついに可愛いカワイイ〝俺のおはぎちゃん〟が、おはぎちゃんって呼ばれとることに気ぃついたわ」
「勝手に変なあだ名つけんなや
……、変な汗かいたやろがい」
「一昨日、翔陽くんから聞いたで。サムが〝おはぎちゃん〟のくだり知らんくて驚いてたって」
玄関で仁王立ちして出迎えた俺に、くつくつと喉で笑う主犯は、実に愉快そうでこれっぽっちも悪びれた様子は見せず、自宅の玄関で靴を脱いだ。
明日は店の定休日。だから、俺が店を閉め次第、侑のマンションを訪ねる日だった。
平日だから侑は明日も当然のようにチーム練がある。だから明日の朝に見送れば、俺もしばらく侑の家のことを適当にやったりやらんかったりして、侑が帰ってくる前には帰る。一緒に過ごせる時間は半日あるかどうか。しかもその半分以上は寝て過ごすわけで。
それでも。ほんの少しの逢瀬になっても。俺たちは顔を合わせたかったし、声が聞きたかったし、抱きしめたかったし、キスしたかった。
お互いに会いたくて会いたくて。でも俺が店を構えてからは、なんとなく会える時に、なんてやってたらぜんぜん会えなくなった。そんで大体そういう会わない時間が長いときほど変に話が拗れたり、予期せぬトラブルが起こって喧嘩が長引いたりした。
そういうぶつかり合いや、すれ違いを何度も何度も繰り返した結果。俺たちは『週に一回、自分が休みの前日は、相手の家に泊まりに行く』という習慣を作った。
ルールじゃなくて、習慣。
決まりごとにすると義務みたいになるのが嫌だと、この点は特に侑が譲らなかった。(ほんまコイツ、そういうとこ夢見がちやしこだわるよな)
先に飯と風呂、どっちにするのかと尋ねる前に、侑は背負っていたリュックを下ろしながら俺の身体を引き寄せる。俺もそれに抗う理由もないから、腰に手を回されて引き寄せられるがまま、侑の背中に手を添えた。
視線が絡み合って、呼吸するみたいに自然と傾く顔の角度。
俺たちはそれぞれ最初は右に顔を傾けるクセがあって、瞼をうっとりと閉じながら唇を重ねれば、ああ、これやこれやと心が満たされていく。
「ただいま」
「ん
……、おかえり」
「インタビューは読んだん?」
「赤葦くんのとこの会社の雑誌やって、雑誌ごとくれたわ」
「
……断りもなく勝手に言うてもうた。すまん」
「ええよ、別に。お前も一度こうって決めたら、てこでも動かんもん。
……大事なことになればなるだけ、お前は決めたら多少無茶でもやりとおしてまうからなぁ」
わかっとるよ。お前が生半可な気持ちで、あんなふうにインタビューで恋人の存在を明言したわけやないって。俺が一番、誰よりわかっとる。
そう伝えたくて、背中に回した手でぽんぽんと叩いてやると、侑は額を合わせて瞼を閉じて。まるで祈るみたいに「
……ありがとうな」と、こぼした。
「ちゅーか、インタビューはええねん。おはぎちゃんやろ、釈明が必要なんは」
「え、そこぉ?」
「どう考えてもそこやろがいっ!!︎ なんやねん、おはぎちゃんって」
侑が手に持つリュックをぶんどって、スタスタと足早に玄関からリビングに続く廊下を突っ切る。リビングのふたり分の料理しか乗らない狭いテーブルには、俺が店から持ってきたもんや、この家のキッチンで新しくこしらえたものを適当に盛り付けてラップかけて並べておいた。
俺たちふたりが座ると、やや小さく見えるコンパクトなソファにリュックを置くと、後ろから抱き込んでくる男が、ちゅっ、と音を立ててうなじから首筋に唇を落としてくる。
「ん
……、っおい、ツム
……飯は」
「〝おはぎちゃん〟食うてから」
「ほんまそれ、
……っ、
……オモロないからやめぇや
……。萎えるて」
「ほーん? ほんなら萎えるかどうか
……確かめてみよか?」
「
……あ
……!」
後ろから抱きしめられて立ったまま、侑の手は俺のスウェットの裾から入り込んできて、片方は胸に、もう片方はボクサーパンツの中にするりと入ってくる。
身体をしならせて、片手で金色の毛並みを混ぜると、俺の身体をまさぐる手はもっと揉みしだいてきた。
「うっかり〝おさむ〟って言わんでええし、ファンの奴らが揚げ足とって騒いでくれてちょうどよかってん
……。それに食いモンで呼べるのも、なんやエロくてええやんか」
「んっ、
……あほか
…、食いモンに謝れ
……!」
「ふっふ、
……そんな恥ずかしがらんで、食わせてや。俺のカワイイ〝おはぎちゃん〟?」
こんなん、絶対に笑うところに決まっとるのに。
爆笑して雰囲気ぶちこわしにしたってええのに、ぜんぜん鼻で笑ってやれなくて。なんならちょっとそれでモノを硬くしてしまった自分が、ほんま残念すぎる。
人のことを食ってしまいたいと焦がれる衝動を乗せて、息たっぷりに呼んでくる俺の、たったひとりの片割れ。
欲望をぎらぎらさせて隠そうともせず、人の身体を貪りだす雄のツラするコイツを、俺のいないところで貼り付けてるらしいソトヅラからは、きっと誰も想像できない。
俺しか知らない、俺だけにしか見せないそのツラを、正直『めっちゃエロくてええやん』とか思ってしまうのは、どうかしゃあなしと許されたい。
「ぁ
……、
……っ
……」
まさぐられるまま、俺はすっかりとこの身を侑に任せて、吐息を漏らす。
すると気を良くした侑の手は動きをエスカレートさせて、俺のモノは萎えるどころかあっという間に勃ちあがってしまった。仕方ない。俺だって、侑さえ疲れてないならあわよくば食われたいとか、侑をこの肚に咥え込んで食い尽くしてやりたいとか、そういう下心込みでここにいるわけやし。
とか、この期に及んで心のなかで自分に言い訳をしつつ。自分の首筋を舐め回し、吸い付いてくる侑のつむじに頬をこすりつけて、喘ぎを殺さずに漏らせば、股間をまさぐってた侑の手がするすると後ろに回った。
「
…ん、っ
……ぁ
……!」
くちゅりと。ほんとなら聞こえないはずの、湿った音がして。
「
……俺に食われたくて、下ごしらえ。しといてくれたんや?」
うっとりと囁かれて耳に息を吹き込まれてしまえば、された方はもうあとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞと。
下ごしらえをしといた身体を、余すことなく差し出すしか、選択肢は残されてなかった。
リクエスト期間にいただいたリクから書かせていただいたものです。
リクエスト内容はこちらでした!ありがとうございました😊