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いさき
2025-05-29 15:36:16
1560文字
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お題「傘」鴨メル
鴨志田さん家の玄関にある傘立てにはいくつも傘が置いてある。
俺の傘も、そこに。
『傘、忘れた』
天気予報の傘マークを見つけて、思い出したようにメッセージを送信した。すぐ既読がついたことを確認して、追ってメッセージを送る。
『取りに行ってもいい?』
『いいよ』と短い返事に続いて時間の約束をして、やりとりは終わり。
約束の時間、予報より早まった雨に降られながらいつも通りの玄関に辿り着いた。玄関の扉を開けた鴨志田さんが驚きの声を上げた。
「おっまえ、濡れてんじゃん」
「ちょっと降ってきちゃって」
「風邪ひく、上がって」
肩の色が変わる程度の雨だった。別に大したことはないけれど、誘われるままに部屋に上がった。
「入ってる間に着替えは出しとくから」
案内されなくても覚えている間取り、促されるシャワールーム。鴨志田さんからも特に説明はない。ありがと、と小さく返した。
意識しなくても使い方がわかるシャワー。手を伸ばすとそこにあるシャンプー。熱めのお湯が体の表面だけを温めてくれた。
タオルはどれを使っても怒らない。ドライヤーの場所も、コンセントの位置も知ってる。覚えのある部屋着に身を包んで、まだほんのり湿った髪をタオルで押さえながら、灯りのついたリビングへ向かった。
ソファの人影に近付くと、俺に気付いた鴨志田さんが顔を上げた。そっと隣に座ると、頬に手の甲がぴとりと張り付いた。アクセサリーの付いた手がひんやりとして気持ちが良い。
「あったまった?」
「うん、ありがと」
回された腕が肩を撫でて、耳元を分けて、髪をわしゃっと掴んだ。鴨志田さんの鼻先が髪に潜る。
「シャンプー使った?」
「うん」
「俺のにおいする」
すんと嗅がれるのがなんだかくすぐったくて肩をすくめると、顔が近付く。柔らかい唇を、瞼を閉じて受け入れた。
「いいな、俺のものって感じする」
「何言ってんだよ」
「俺も入ってくる、待てる?」
「
……
うん」
ニッと笑う鴨志田さんが立ち上がり様に俺の頭をぽんと撫でて、シャワールームへ向かった。
あんな近くで笑うの、反則だ。
どきどきして、まだ感触の残る唇を押さえた。キスなんて、何度もしたし。
これから、もっと凄いこと、するのに。
カーテン越しに淡い光が部屋に入る。白んだ空の色が部屋の中をぼんやり照らした。
鴨志田さんを起こさないようにそっとベッドから抜け出して、乾いた昨日の服に着替える。少ない荷物を全部詰めてから、とんとん、と鴨志田さんの肩を軽く叩いた。
「鴨志田さん、俺帰るね」
「んー
……
?」
鴨志田さんが開かない目を擦りながら、手探りで俺の腕を掴む。
「まって、げんかんまでおくる」
「いいって、鍵ならポストに」
「だめ、まって」
何呼吸かしてから、まだ目は開かないまま、鴨志田さんが体を起こす。掴んだ腕を離さないので、そのまま引き摺るように玄関までゆっくり進んだ。
コンコンと靴を履いて鴨志田さんの方を向く。
「じゃあ、俺帰るね」
「おー」
鴨志田さんは薄く開いてきた目で傘立てを見た。色とりどりの傘立てには俺の傘がある。
「メルト、」
「ん?」
「
……
いや、なんでもない」
「そう?」
俺は何も言わないし、鴨志田さんも何も言わない。
ドアノブに手を掛けて、扉を開く。
「じゃあね」
「ん」
鴨志田さんは手をひらひらを振ってくれて、俺も同じように手を振ってから扉を閉めた。
鴨志田さん家の傘立てには、いろんな傘が置いてある。
部屋に増えてた知らないマスコット。洗面台に置かれた化粧品と、片方だけのピアス。クローゼットとは別に置かれた女物の上着。俺の知らない物が、また増えてた。
全部、理由は同じ。
俺の傘も、同じ。
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