ぷの
2025-05-29 09:02:40
3201文字
Public レイチュリ ※ベ限
 

マフィアパロ🐕‍🦺

記憶喪失になった🛁が🦚の🐕‍🦺になってぐるぐるしてる話。
※以前のものとは設定が違います。
※続きません。

 目の前の男の視線がアベンチュリンの表面を舐めるように上から下まで移動して、また戻る。レイシオは己のこめかみの血管がひくりと動くのを感じた。愉しそうに細められた男の目が何を透かし見ているのか、手に取るようにわかって不快だ。わかってしまうことで、おまえも同類だと突きつけられている。
 一方、下卑た視線を浴びてもアベンチュリンはものともしていない。すっかり慣れていて、この程度では何も感じないのだ。扇情的な赤を選んで身につけているくらいだから、そういう関心を引くことも計算に入れているのだろう。
 本人は気にしていなくても、後ろから見守るレイシオには耐えがたかった。今すぐ、彼が肩に雑にひっかけているコートで丸ごと包んで隠してしまいたい。
 体質か幼少期の栄養状態の悪さを引きずってか、アベンチュリンは小柄で細身だ。しかし、しっかり鍛えられている。実用的な筋肉を備えているのは、必要に迫られたからだろう。たとえば今相対しているような、力ずくで相手を組み伏せることになんら良心が痛まないクズから身を守るために。
 繊細で美しい顔立ち、優美に目を引く手指の動き。上等な仕立てで体の線に沿った服は、その下の肢体を想像するに難くない。肉の薄い胴から細い腰への流れがそのまま硬質に続くかと思いきや、太もものラインは意外と肉感的で柔らかい。手のひらで辿り、指を沈め、押し潰し、極上の質量と感触を味わいたい。そんな妄想を掻き立てる蠱惑的な曲線だ。だが、レイシオは知っている。実物の真価は手触りではなく、こちらを絡めとるしなやかな力強さであることを。
 レイシオは斜め前に立っているアベンチュリンとの距離を一歩詰めた。彼の背中に垂れたグラスコードを指に絡めて持ち上げ、口づける。
『君が不機嫌なときの、殺気のこもった気配が好きだよ。とびきりのやつを背中から浴びると最高。頭から足先まで痺れてイキそうになる』
 レイシオはアベンチュリンの護衛で、守るべき主に殺気を向けたりはしない。今のようにアベンチュリンの後ろに立っているとき、相対する者に殺気を向けると、間に挟まれた彼の体を透かすことになるのだ。寝屋の睦言を真に受けはしはないが、恍惚とした顔で言われた言葉を意識しないでいられるほど、冷静に距離を置いているわけでもない。
 アベンチュリン越しに不届きな男を見据えて威嚇する。演技をするまでもなく、十分に機嫌は悪い。男は顔をひきつらせて一歩下がった。
 アベンチュリンは顔をこちらに振り向け、レイシオの目を見上げて艶然と微笑んだ。相手を怯ませたご褒美だ。果物を煮詰めたような甘く艶やかな瞳が、レイシオだけを見る。その下の唇が動いて「待て」と命じた。まばたき一つでご褒美は消えて、乾いた瞳が再び正面の男を向く。
 レイシオは握った鎖をそっと離し、両手を後ろ手に組んで姿勢を正した。
「さて、お話し合いをしよう。君の望みは?」
 そう尋ねるアベンチュリンの声色は優しいが、相手が本当の望みを口にすることを許さない。答えはわかっているね? そう問いかける圧力に男は喉を鳴らして唾を飲んだ。
 萎縮しきった相手に一方的にこちらの要求を飲ませて、お話し合いは無事に終わった。レイシオの知る限りいつもこうなのだが、アベンチュリンは「君が来るまでは手こずってたんだよ」と嘘か本当かわからない調子で言う。持ち上げられるのは満更でもないが、話半分でも多いくらいだろう。
 男と別れて部屋を出てすぐ、レイシオはアベンチュリンにエレベーターの中に引っ張っていかれた。ホテルの高層階なので、エレベーターに乗ること自体は予定通りだ。問題は、行き先階がさらに上だったことと、壁に押し付けられてアベンチュリンの体がぴたりと密着していること。
「あのね、今日のはダメ」
「具体的に」
「威圧しすぎ。怯えてどもってたじゃないか、可哀想に」
 そうだっただろうか。男の言葉などろくに聞いていなかったので、覚えていない。ハイとイイエが言えれば十分だろう。アベンチュリンに都合よく話が進むよう、相手の余裕を殺すのがレイシオの役割のひとつだ。
「僕は仕事をしただけだ。文句があるなら、次からは細かく指示をしろ」
「うーん、躾を間違えた気がする」
 開き直る飼い犬に、主は渋い顔をしている。
「本当は護衛じゃなく、僕と手分けして交渉役をしてほしいんだよね。そうしたら二倍仕事がこなせる」
「断る。君のそばを離れるつもりはない」
「うん。君がいるとやりやすいから、無理にとは言わないよ。記憶の問題もあるしね」
 レイシオには、アベンチュリンと出会う前の記憶がない。思い出すまでという条件で居候になって約一年、一向に戻る気配はない。
 記憶を失ったのは、アベンチュリンが関わる事件に巻き込まれたせいだった。タイミングが悪く、記憶喪失を理由にレイシオは全ての財産を失った。
 アベンチュリンは償うと言ってレイシオを保護したが、事件単独で見ればアベンチュリンも被害者だ。加害者との間に因縁があろうと、分けて考えるべきだとレイシオは思っている。
 失った物は、いずれ本当に償うべき相手から取り立てる。それまでただ養われているわけにはいかないと、持ち前の体格を活かして護衛に収まった。だが、護衛が必要な薄暗い稼業をしているアベンチュリンは、レイシオに荒事をさせたがらない。「染まらないで。記憶が戻ったときに困るだろ」というのが彼の言い分だ。アベンチュリンとの関係が深まるほど、それを聞くと突き放されていると感じる。記憶が戻ったくらいで、いまさら元に戻れると思っているのだろうか。迷子の犬を拾って居場所を与え、深く情を交わし、骨の髄まで飼い慣らしておきながら。
 もし記憶と引き換えに彼を失うしかないのなら、過去など捨ててやろう。この一年、レイシオを探しに来る人間は誰もいなかった。過去の自分が彼以上に大切なものを持っていたとは到底思えない。
 でもねえ、とアベンチュリンはさらに身を寄せてきて、皮のベルトがレイシオの一物を圧迫する。思わず顔をしかめると、ふふっと楽しそうに笑った。
「僕の後ろにいたいなら、殺気はほどほどにして。前に言ったのは口だけじゃないんだよ。今日も一瞬で飛びそうだったんだから」
「反応しているようではないが」
「僕がなかなか勃たないの知ってるだろ。疼くのはこーこ。昨晩君のでかき回された余韻がまだ残ってるのに、なんてことしてくれるんだい」
 アベンチュリンはレイシオの手を掴んで己の腰に導き、垂れた布の内側に潜り込ませた。彼の腰骨の形はすっかり手に馴染んでいて、触れれば簡単に体の記憶を呼び起こす。頭をもたげそうな欲望から遠ざけようと押し退けたが、すかさず上半身がしなだれかかってきて失敗した。
 レイシオの胴に腕を回して密着し、胸にすりすりと懐いて、上目遣いで見上げてくる。漂う甘い香りに蝕まれた理性がボロボロと崩れていく。アベンチュリンはにんまりと笑って、レイシオを飲み込んでいるときのように尻を揺らした。
 チンと古風なベル音が鳴って、エレベーターが止まった。扉が開く。
「右に曲がって一番奥だよ。運んで」
 命令ではなく、レイシオが絶対に抗えない甘えた声で囁いた。即座に心が縛られ、アベンチュリンの望みを叶えずにはいられなくなる。レイシオは魅力的な曲線に恭しく触れ、アベンチュリンの体を抱き上げた。
「ふふっ、いい子」
 こんなふうに支配下に置きながら、元に戻ったときのことを考えろと言う。アベンチュリンにとってレイシオは、簡単に手放してしまえる存在なのだろうか。
 アベンチュリンの本音を知りたい。だが、どんなに身体を追いたててぐずぐずにしてみても、疲れて眠る寸前にくすぐるように誘導してみても、彼の心を拓けたことは一度もない。