tonami
2025-05-29 00:02:29
3916文字
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3年1組男女逆転メイド喫茶

文化祭でメイド喫茶する⚔️の🐯⚔️



 本日快晴、秋晴れの清々しい日だ。ここ最近は通勤以外でまともに外出しなかった体には日光が眩しい。灰になりそうだ。吸血鬼はこんな気分なんだろうなと人外の気持ちを味わいながら、トラファルガー・ローは太陽の下へ繰り出した。
 多忙な外科医であるローが貴重な休日、しかもオンコールなしの完全オフにわざわざ出かけているのは理由がある。今日はなんとしてでも、たとえ這ってでも外出しなければならなかった。なぜかといえば本日は母校の文化祭だからで、ひとえに昔からずっと可愛がっている子が参加するからだった。
 一昨年は仕事で行けず、昨年はようやっと行けた時にはほぼ撤収の時間だった。だからこそ今年はなんとしてもオフをもぎとったのだ。最後の一年を絶対に逃すわけにはいかない。この日のためにカメラも新調したし、昨日はなるべく早めに寝たおかげで頭はすっきりしている。準備万端、いつでもオッケーである。
 生徒の身内ならチケットさえ持っていれば前日に入場できたのだが、あいにくチケットは貰えなかった。しかも来るなと言われてしまっているが、ローは気にしない。先に堪能してきた妹ににやにやと意味ありげな笑みを向けられ、「ごめんね、お兄様よりも先に楽しんできちゃって」と煽られては行かないという選択はなかった。そもそもそんな選択肢なんぞローの頭にはないが。行く一択である。なぜ妹にはチケットを渡してローにはなかったのか甚だ疑問だ。
「あ? なんだローじゃねェか」
「今年は白猟屋が受け付けか」
「お前、昨日来たんじゃねェのか? 妹は来てたろ」
「ラミはゾロからチケット貰ってたからな」
「あー……ロロノアから貰えなかったのか」
 憐れむような目で見てくる元部活の顧問に舌打ちをしつつ、一般参加者名簿に記入し、身分証を見せる。ローがいた頃は名簿や身分証の提示などなかったが、セキュリティの観点から数年前から実施されるようになった。幼馴染みは腕っぷしが強いが、いかんせん妙な輩に好かれやすい。セキュリティは高いに越したことはない。
「まあしかし、さすがにあれはロロノアも見られたくねェんだろうよ。あんまりからかってやるなよ」
「? おれはどんなゾロでも可愛がる自信があるが」
「お前がそんなんだからあいつも余計に嫌がるんじゃねェか?」
 後ろつっかえてっから早く行け、と促され、ローは校舎の中へと足を踏み入れる。目的の教室は一階、端。上級生になると教室が下の階になるシステム様々だ。意気揚々と三年一組の教室に辿り着いたローは、ドアに飾られた看板に言葉を失った。
…………メイド喫茶」
 文化祭といえば喫茶店は定番のものであり、そこに何かしらのコンセプトをつけるのも珍しくもない。ローが在籍していた頃も、執事喫茶やメイド喫茶はあった。男女逆転させ、男子がメイド服もしくは女子の制服を着ているなんてことも、当たり前に行われていた。普通の喫茶店モチーフから外そうと思えば、高校生が考え、学校が許可できる範囲といえばだいたいその辺りくらいだろう。だから模擬店としては、ありふれたものだった。──そこがゾロの教室でなければ。
「あら、いいカモ発見」
「いまはっきりカモって言ったな」
「気のせいよ。どうせゾロが目当てなんでしょ。入って入って」
 来客の気配に気づいたのか、ドアから顔を覗かせたナミがにんまりと笑った。男女逆転の看板通り、彼女は執事姿だ。ということは、本当にゾロは。
 ナミの後に続いてドアを潜った先は、思ったよりも落ち着いた色合いにまとめられていた。メイド喫茶というからには、いかにもカラフルで媚びる系統の内装を想像していたのだけれど。訊けば内装担当はウソップだそうで、ならばこの出来も納得だ。
 開場したばかりでほとんど人がいないなか、隅のほうに案内される。渡されたメニューも本格的な仕様になっていて、小道具の仕事も光っている。
「オムライス限定でメイドか執事のサービスがつくわ」
「じゃあオムライス。あとホットコーヒーで」
「サービス誰にする? って言っても、あんたは一人だけだろうけど」
 そう言ってローの返事を聞きもせず、ナミはカーテンで仕切られた空間に声をかけた。そちらがスタッフの待機所兼キッチンになっているのだろう。ゾロと同じクラスなら調理は確実にサンジ担当だ。ここにいないルフィは午前は部活のほうに顔を出しているらしく、姿が見えない。内装がウソップに調理はサンジ、金銭的な仕切りはナミ。ルフィがリーダーを取れば、ゾロは迷走しがちなクラスの舵取りを担っているのだろう。他のクラスを圧倒する布陣だ。確か出し物の投票があったはずなので、充分いいところを狙えると思う。
 一人うんうん頷いていたローは、ばっとカーテンを開けて出てきた姿に、再び言葉を失った。
「うちの一番人気、ノアちゃんよ」
……オカエリナサイマセゴジュジンサマ」
 げ、といかにも嫌そうに顔をしかめたまま、淡々と低い声で常套句を口にした可愛い可愛い幼馴染み、もといメイドさんにローはつい数日前に購入したばかりのカメラを構えた。
「ノアちゃんとチェキいいですか」
「そういうのはちょっとお断りしてましてー。お料理でならサービスさせてもらいますのでぇ」
「じゃあノアちゃんにオムライスに文字書いてほしいんですけど」
「かしこまりましたぁ。少々お待ちをー」
 カーテンの向こうへと注文が告げられ、「はーいナミすぁんっ」とご機嫌な男の声が返る。調理はやはりサンジだった。
「来んなっつったじゃねェか」
「高校最後の文化祭だぞ。行かねェ理由がねェ」
「なんでそんなに来たいんだよ……
 呆れて溜め息をつくゾロことメイドのノアちゃんは、メイド服と聞いて真っ先に想像するようなミニスカートではなく、クラシカルなロングスカートを着用していた。上背も筋肉もある男が着用するとずいぶん存在感がある。露出がいっさいないせいか、禁欲的な雰囲気すら漂ってきていた。たぶん日常的にローがゾロの肌を見慣れているせいだ。トレーニングや稽古のあとは上裸で室内を歩いているのが当たり前なので。
「似合ってるぞ。可愛い」
「前々から思ってたが、お前一回ちゃんと視力診てもらえよ。いやこの場合、頭か?」
「心配してくれたとこ悪ィが人間ドックは毎年異常なしだ」
「あんだけ不摂生な生活してんのにその辺すげェよな」
 はあ、と再度溜め息が落ちる。その姿すらローの目には可愛く映るから自分でも末期だとは思う。それもこれも赤ん坊のゾロと初めて会った日からだ。ちいさなちいさな手でローの指を握ってくれた時から、一生ゾロの傍にいようと心は決めている。
「お待たせしましたー。オムライスとホットコーヒーです」
 シャ、とカーテンを開け、器用に片手のトレイに乗せて運んできたサンジが机に紙皿と紙コップを置いた。なぜわざわざ調理担当が運んでくるのか疑問に思いつつ、ローは渋面のメイドさんを見上げる。
「ローくんだいすきって書いてくれ」
「は?」
「ハートもつけてくれたら嬉しい」
「だってよ。メイドなんだからご主人様のお願いには応えなきゃな?」
「てめェらあとでぶん殴るからな」
「もー、ノアちゃんてばお口が悪ィぞ。照れちゃってるだけなんです、ごめんなさいねー」
「しばらくローの部屋行かねェからな」
「えっ」
「ではノアちゃん、元気よくどうぞ」
「ゴシュジンサマシツレイシマス。モエモエ、キュン」
 ケチャップの容器が片手で潰され、ブバッと赤いどろりとした液体が美しく巻かれた玉子に襲いかかった。あっという間にオムライスが赤色に覆い尽くされる。昔ながらの薄焼き玉子の黄色は一ミリも見えない。あげくに紙皿どころか紙コップにも飛沫が飛んでいる。ここは事件現場かと疑いたくなるような惨状だ。というか、ケチャップをかける時に出る音じゃない。
 自身の頬に飛んだ血痕、否、ケチャップを拭いながら、メイドさんが口角を引き上げる。我が幼馴染みながら人相が悪い。不機嫌な猫のようで可愛い。
「ドウゾゴユックリ」
「あっ、はい。……待てゾロ、しばらくってどのくらいだ」
「いまおれノアなんで」
「ノアちゃん!」
 ゾロを追おうと椅子から立ち上がろうとすると、ウェイター姿が目の前に立ち塞がった。そういえば調理担当なのになぜウェイターの格好をしているのだろう。
「あー、お客様困ります。メイドにはお手を触れないでくださいねー。さっさと食って帰りやがれ変態ドクター」
「なんだ喧嘩なら買うぞ」
「違ェわ、面倒事起こすなっつってんだ」
……ちっ、仕方ねェな」
 そう言われてしまってはおとなしくする他ない。ゾロの高校生活最後の文化祭だ。楽しくなるはずのそれを、ローが台無しにするわけにはいかない。
 改めて着席し、真っ赤に染まった皿の中へスプーンを突っ込む。ケチャップの海にプラスチックを泳がせ、辿り着いた島を切り崩す。できた隙間からケチャップが侵食していくのを眺めつつ、スプーンに乗せた塊を口に運んだ。
「ん、美味いな。ちょっと酸っぱいが」
「ありがとよ。そんだけ赤けりゃそら酸っぱいだろうな」
 もはやオムライスを食べているのかケチャップを食べているのかわからない。トラウマになりそうな量だ。しかし、ゾロがローのためにかけてくれたのだ。これを食べきらないでノアちゃんのご主人様は名乗れない。
……ところで、食事したらノアちゃんとチェキ撮れるとかは」
「そういうのはやってないですねー。網膜に焼きつけて帰りやがってくださーい」