ロンド
1698文字
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甘いのが好きだと云ったから。

マコトとシイナの話。1巻発売記念。

 割れた窓から月の青白い光が差し込んでいる。
「さむい。」
「そりゃおまえが窓割ったからだろ。」
「ぼくじゃないですー、ゆうびんやさんですぅー。だからおふとんちょうだい!」
「おれの布団だってば!」
 もともと成人男性と子供がひとつのシングルベッドに寝ているのだ。かけ布団の丈がたりないのは決まっている。
 眠るときにはすっぽり包まれなければ落ち着かないと云って、みのむしのように身体を覆うがごとくかけ布団を巻きつけようとするシイナのせいで誠実の取り分はじわじわ減っている。もう足も出ている。それなのにシイナはもっとよこせと強奪しようとしている。居候なんだからもうすこし謙虚になったらどうなんだ、と誠実は心の中だけでツッコむが、シイナには知ったことではない。
 お互いに引っ張り合うこと数十秒。
 ついにベッドから蹴り落とされた誠実はのっしり起き上がった。物足りないが薄いブランケットを出すか、とむだに疲れた身体でクローゼットをあさる。
「ねーえ、誠実ー。」
「あーもう夜なんだから寝ろ。子供だろ。寝なきゃ大きくなれねえんだぞ。」
「ぼくは魔法使いだからかんけーないもーん」
「いいからほら、半分空けろ。なんで中央ぶんどってるんだよ。」
 見つけたブランケットを手に誠実はシイナを丸太のように押して転がす。シイナはふくれたがわざわざみのむしから動く気はないようだった。誠実は隣にもぐり込む。
 シイナは猫みたいな奴だ、と誠実は思うことがある。自由気ままで、飼い主の云うことはちっとも聞かない。考えて、ぷすっ、と誠実は吹き出す。ベッドの中央で丸くなっているところもそっくりだ。
「ねーねー。」
「おやすみ、寝ろ。」
「喉かわいたから寝れない。」
「水でも飲んどけよ。」
「あったかいのがいい。今日さむい。このままだとこごえて死にそう。」
 ゆさゆさと肩を揺すられては睡眠の邪魔だ。誠実は無視を決め込もうとして、三秒であきらめた。
 誠実はふたたび起き上がってキッチンの電気をつけた。ぱちり、と白い照明がついて目を細める。
 牛乳を電子レンジで温めてやるか、と誠実は冷蔵庫を覗き、はてと見覚えがない袋を引っ張り出す。買った覚えはあった。シイナに買ってほしいとねだられて、根負けしたのだ。一度作ってやったら満足してしまったようで今の今まで忘れていた。
 片手鍋を取り出した誠実の背をみのむしのシイナが見つめている。
 スプーンで粉二杯を鍋に入れて弱火にかける。焦がさないようにかき混ぜながら、甘い匂いが立つころに牛乳をすこしずつ加える。誠実はこれ以外の作り方は知らない。子供のころの思い出を真似しているだけだ。
 出来上がったそれを大きさがばらばらのマグカップふたつに注ぎ入れ、テーブルにことんと置く。甘い匂いにつられて、みのむしだったシイナががばっと解放された。
「できたぞ。」
「甘いやつ?!」
「甘いのだからあとで歯みがきしろよ。」
「はぁい。」
 湯気がのぼるマグカップをシイナはくんくんと鼻でかぎ、幸福そうに目をとろんと細める。
 夜中の誠実の家は砂糖入りココアの匂いでいっぱいだ。誠実は自分でもココアを飲んでみた。昔々に、シイナと同じくらいの歳だったころにねだって作ってもらっていた味とよく似ていた。
 シイナは両手でマグカップを抱えてふうふうと息を吹きかける。それからこくり。ぷぁ、ととろけるような微笑みを浮かべる。こういう顔は子供っぽくて可愛らしい。誠実は頬杖をついて眺めていた。
「おいしー……おかわりは?」
「ない。」
「あ、増やせばいいのか!」
「待て待て待てやめろ。」
「じょうだんだよ。誠実が作ってくれたのがいちばん、あったかくておいしいんだもの。」
 シイナはくふくふと笑う。一瞬呆気にとられて、誠実は訂正した。
「なんだよ。それ。みんな作ったら同じだよ。」
「そんなことない。こんなにも身体も、心もあったかくなれるんだから。誠実の魔法だよ。」
 月の光はシイナの輪郭をはっきりと映し出す。誠実はなにも云えなくなってしまった。その表情がとても幸福そうだったから。