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零ミリ
2025-05-28 20:43:35
1559文字
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今日からの夜の香り
むてらん 不倫
「无諦!」
喫茶店の奥の席に座っていた藍桐が店員に案内される无諦を見つけてぱあっと顔を輝かせぶんぶんと手を振る。无諦は藍桐の向かいに座ると案内してきた店員に珈琲を頼むと藍桐に向き合う。
「无諦、久しぶりだね!」
「君から数日おきに長文の手紙が届くからあまり久しぶりという気もしないが。しかし、直接会うのは半年ぶりくらいか」
「六ヶ月と十一日だよ!」
元よりそれぞれの家庭があり、无諦の執筆が難航していた上、藍桐も社業が忙しく二人が顔を合わせるのが何度も延期になっていた。二人の付き合いの中で半年顔を合わせないことは今までになく、久々の无諦の実物に藍桐は感極まった笑みを見せる。
「无諦が元気そうで何よりだよ!」
藍桐が无諦の両手を取り、ぎゅっと握りしめる。喫茶店の照明が藍桐の左手の薬指に嵌っている銀の指輪を煌めかせる。无諦はその光を受けて、柔く微笑む。
「新作、書き上がったんだよね!?」
藍桐がはにかみながら切り出すと、无諦は頷いて鞄から分厚い封筒を取り出す。无諦がその封筒を藍桐に手渡すと藍桐はうっとりとした表情で封筒を抱きしめる。
「ようやく无諦の新作が読めるんだね
……
! 大切に、読ませてもらうよ!」
无諦は編集者に原稿を渡す前に藍桐に原稿を読ませている。藍桐の意見が无諦の推敲に反映されることはほとんどないが、无諦の一番の友であり一番の読者、理解者の権利としてその行為を藍桐は享受していた。藍桐は封筒の角を二、三回撫でるといそいそと鞄にしまい込む。そして丁度よく運ばれてきた珈琲を一口流し込む。
「ああ、君と共に喫する一杯はやはり至高だね!」
无諦も珈琲カップを傾け口の中に広がる苦味と旨みを味わいながら藍桐の言葉を肯定する。
「そうだな。結婚してからは特に貴重になって」
「仕方ないことだとは思ってるけれど、留学してた頃が懐かしいね
……
」
そう言うと藍桐は机の上に置いてあった葉巻の箱から葉巻を一本取り出し.手際よく小刀で吸い口を切り出し燐寸で火をつける。各席から煙草の煙が漂う喫茶店の中でも一際きつく刺激的な香りが二人の周囲を包む。
「珍しいな。君が私の前で一服するなんて」
无諦といるなら无諦の匂いを煙草の匂いで上書きするなんて! などと藍桐は以前言っていたと无諦は記憶している。藍桐は困ったように笑って理由を話す。
「夏梅が煙草を嫌ってね! 自分だけなら我慢できるけれど、子供の前ではやめてくれって! だからここ一年くらいは家では禁煙していてね! 君もいるかい?」
「いや、葉巻はいい」
葉巻を一本差し出す藍桐に无諦は断る。藍桐はそう、と藍桐は手を引っ込める。その後も二人は葉巻の香りと煙に包まれながら久々の談笑を楽しんだ。
喫茶店を出ると帰路の途中、人目のつかない路地裏に差し掛かると无諦は藍桐の手を引き、暗く夕陽の差し込まない路地裏の奥で藍桐を抱き寄せ唇を奪う。葉巻の香りが残っており、刺激的なその香りが无諦の劣情をさらに誘う。
「んっ
……
!」
藍桐は初めは驚いていたがすぐに无諦を受け入れ自ら舌を絡める。長い口付けの後、无諦はようやく藍桐を解放した。
「もう、君はいつまでも若いな! 今日、この後は何処にも行けないんだよ?」
「だからだ。次いつ会えるか分からないのだから、これくらい貰っておかないとな」
「ふふ、无諦は欲深だなあ
……
」
无諦の唇をなぞる藍桐の細い目に濡れた欲望が宿る。藍桐が无諦の背に腕を回すとまたきつい葉巻の香りが无諦の鼻腔をくすぐる。ああ、これからこれが彼の、夜の匂いになるのだな、と膨らむ欲を抑えつけながら无諦は思った。
「次会う時は朝まで居ようね!」
藍桐はそう言うと无諦に口付ける。大人の男の香りを纏った藍桐を无諦はきつく抱き締めた。
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