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楽観主義者の愛の巣に永劫在ることは/いおあこ
眉難市には、まだ、パートナーシップ制度が整っていない。それでも僕たちがこの郷里を離れないのは、
…なんとなく、の部分もあるけれど、硫黄(当初は、鳴子くんと呼んでいたけれど)が、こんなふうに言ったから。
「認められる場所を求めさすらうよりも、今在る場所にて認められることに意義があると、私たちの場合は、思うのです」
それには、僕も同感だった。そして、この言葉には、僕の家の提示してきた条件が大きく関わっている。
僕の家は、月並みに言えば由緒正しい上流階級。僕は、高校の在学中にはもう、恋人としての硫黄を家族に紹介していた。彼のまっすぐなうつくしさを、永劫愛すことだろうとわかりきっていたから。その決意を、
…腹を、決めていたから。僕は、彼と出逢ってずいぶん変わった。まっすぐに、なったというか。家族は、否定はしなかった。けれど、条件をひとつ、提示してきたんだ。
「10年後も、その想いに変わりがないのなら
…二人の結婚を、認め祝いましょう」
僕たちは、かけおちだってきっとできた。けれど、正式に、家族に認められることを、目標に据えた。堂々と、ふたり並んで歩いていたかったから。
僕は、大学卒業後、家業は継がないつもりだったから、なにをしようか少し考えあぐねた。大学では経済学を学んだけど、だからと言って、具体的にしたいことがあるでもなく。モデル? タレント? この美しさを活かさない理由はないと思うけど
…何かが、どうもしっくりこなくて。そんなときに、硫黄が、僕にこんなことを言ってくれた。
「私は、阿古哉のその気質にとても惹かれています。初めこそ少し、戸惑いましたがね
…きみの持つ美しさは、今、まさしく真なるもので、それは、内面からこそ来るものだと思うのです。きみの気質は華やかにうつくしく、同時に可憐で、そしてたくましく、人を惹きつける輝きを強く持っています。私が思うに、ですが
…なにか、接客の関わるビジネスを始めてはいかがでしょうか」
時折言われることばではあるけど、正直言って、いつだって泣きそうになるくらいうれしい。彼のまっすぐなうつくしさの隣に居る権利をゆるされているみたいな、そんなここちに、なるから。そうして、硫黄のアドバイスもいろいろ受けているところに、立がホストを始めたなんて話も聞いて。じゃあ、こっちはバーかスナックでもやろうか、なんて、そんな学生じみた悪乗りで思い立ったのが、自分でだから言うけれど場末の、スナックのママだったんだ。
「ドレス姿
……似合いますよ」
開店を控え、受け取ったオーダーメイドのドレスの試着をしてみたとき。そんなふうに褒められて、うれしいのは言ってくれたのが硫黄だから。
「
…ん
…えっと、その
……ありがと」
少しはにかむ僕に対して、にこり、真正面でほほ笑んだままの硫黄が、つんつん、と僕の肩をつついてくる。なにかついてるのかな、と、刹那気を取られた隙に、肩に片手を掛けられ、耳元にくいと、くちびるを寄せられささやきこまれた。
「
……ろくに暴き方も知らないまま、無性に暴きたくなる
……、
…と、言ったら悪趣味でしょうか?」
「えっ」
ぼわんっ、と、爆ぜる頬は朱筆を置く手が盛大に滑ったみたいに真っ赤っか。なのに、硫黄ってば、もっとことばを重ねてくるからほんとずるい。
「
…ふふ。挙式はともにタキシードで、と、思っていましたが、お色直しにドレスも有りですね。本番よりも予行演習が先に来たようで少々くやしいですが
…きみのドレス姿は、さぞかし、人々を魅了することでしょう」
僕は、硫黄から与えられる愛のことばのシャワーに対して、こんなことを返すので精いっぱいだった。
「
……っ
……、
…言っておくけど、式で僕がドレスに着替えるときは、硫黄だって道連れだからね」
「ふむ
…今から、デザインを検討しておきましょう」
なに、もう
…本気かジョークかわかんないよぉ。でも、そのことばが、僕はすごくうれしかった。
だけど、そうしてスナックのママを初めて少しが経ったのに、立に限っては時々顔を出すくせに、硫黄ってば、開店パーティの時以来は一度しか来てくれてない。僕はいつも硫黄の家に半ば入り浸っていて、同棲にも近いような状態だから日頃から会ってはいるんだけど、そういうのじゃないさみしさが、ちょっと切なくさせる。泣きこそしないけど、家で会うとき、理由を訊こうか迷って、いつも訊けなかった。
硫黄の自宅は分譲マンション。学生時代に住んでいたのもそうだったけど、そこは他人への賃貸に回して、今は別のところを買って住んでいる状態。不要な設備は除外した彼が、それでもらしくもなくこだわった条件が、バーカウンターにもなる、カウンターキッチン付きの部屋だった。僕がスナックのママをはじめてからはいっそう、そこで、グラスを交わすことも増えた。
からん、ころんと、涼やかなロックアイスの
音に紛れさせるのが、僕の精いっぱいの勇気だった。どうしてだろうね、お店に居るときは、いくらでも堂々とふるまえるのに。硫黄とだって、いくらでも本音を、交し合える仲なのに。それなのに、僕は、ひどくどきどきしてた。
「
……ところで、
…硫黄
…」
「なんでしょう」
硫黄のグラスでも、涼やかに氷が鳴る。聡明な彼らしいね。転換される話題のお供にだろう、彼が僕のグラスにブランデーを
注いでくれるから、僕は彼のグラスに、梅酒を
注いだ。僕は、飲み口の少しマイルドなブランデー・ロックをちいさくあおり、それで腹をくくったとばかり、本題を切り出した。
「
…今度、
…うちの店でも、来店スタンプのポイントカードとか、始めてみようと思うんだけど」
「ほう
…」
そうしたら来てくれる?なんて、本音を、けれどどうしてか言い出すのにやっぱりためらった。
「えっと、その
………試験導入、と、言ったらなんなんだけど
………試しに、
…硫黄専用、
…なんてどうかなーっ!」
ごまかすように勢いで言い切ったら、少し、らしくない口調になっちゃったかも。硫黄の眼を直視できなくなって、僕は真正面、壁のほうを向いてごくんとブランデー・ロックを飲み足した。
「私専用
…ですか」
ああ、ああ、つづきが、ぼくはこわいと同時に、すごく楽しみでもあって。それは、硫黄が、いつも僕に、たくさんの愛をくれるからで。だから、きっとなにか、好転するといつだって信じられる。少し以上に不安だったけどね。
「
……ちなみに、具体的なシステムは?」
ポイ活の帝王モードなのか、アドバイザーとしての目線か、あるいはこいびととしてのたわむれか。汲み切れないけど、とにかく僕は、予定してきたことを全部言う。
「えぇっと、10回来店スタンプが貯まると
……、
…ちょっとだけ、
…スペシャルなことがあります」
「なるほど
…レートとしては、悪くないですが
…スペシャルなこと、とは?」
ああ、不思議だな。直視できてないのに、くすりと笑むような声のトーンだけで、硫黄がこいびとモードなのがすっかりわかるんだから。安堵に満たされる僕の胸は、ふたりでバスタブに浸かったみたいにぬくもりと面映ゆさで僕をリラックスさせてくれる。同時に、面映ゆくてくすぐったい。僕は、緩んで初めて、頬が少し緊張してたことに気づいた。自然と、また、こてり、硫黄のほうに顔を向けられてた。
「ん
……硫黄専用のカードだけ、だよ?
…ポイントが貯まると
…この阿古哉ママを、一日、独占出来ちゃいまぁ~す。何でも、言うこと聞いちゃったりなんかしてぇ?」
にこにこ、くすくす上機嫌でいえば、あれ? なんでかな、あんまり、喜ばれなかった。刹那だけの不安。だけど、硫黄ってば、まるで僕を不安にさせる時間が最小限で済むように計算してでもいるみたい。いつも、すぐにこころを解きほぐしてくれるんだから、ほんとずるい。
「おや
……その優待は、てっきり、既に永劫、確約されているものかと思いましたが
…違いましたか?」
不安ぶった顔がつくりものだってすぐわかる。僕に愛されてることに相応の自信を持ってるのだって知ってる。
…そんな硫黄が、僕のことをすごくあいしてくれてるのが伝わってくるこんな折には、ぼくはいつだって、胸からこみあげるもので泣きそうになるのをうつくしくもなくこらえるんだから!
「~~
……っっ
…、
…もぉ! そぉだけど!!
…硫黄ってば、
…ほんと、ずるい
……」
ああ、今まで生きてきて何回言ったともしれないこんなことばを言えば、硫黄ってばすっとぼけるんだから、やっぱりずるいよ、ほんと。もぉ、ほんとあいしてる!
「おや、そうですか? これほどまでに私を恋人の座に甘んじさせておいて
…、
…その、甘美なるロゼワインにすっかり慣れさせておいて
……今更、来店ポイントを貯めなければならない、と言い出すきみのほうがずるいのでは?」
すっとぼけてるくせににこにこしてるのは、いつも、ちょっといじわるモードが入ってるときの硫黄。
「
……もぉ、どうせぜんぶ、わかってるくせに
……硫黄ってば、ほんと、時々いじわるだよね
…」
僕はカウンターにべしゃりとうつくしくもなく伏せり気味になりながら、それでも、硫黄から目はそらさなかった。硫黄は、今度は本気なのがわかる空気で、こんなことを言ってきた。ねえ、ほんと、僕のこいびとってずるすぎるよ!
「むむ。それは心外ですね。
…恋人が、うつくしく着飾って、人々と交流を重ね、それを商売とする
…私も提案した身なので何を言うかと思われるかもしれませんが、一度、お店に伺ったとき
……まばゆく輝くきみに見とれる気持ちと同時、接客して回る姿に、醜い嫉妬の念も、強く抱いたものですから
…以降、互いのためにも顔は出さないようにしていたのですが、不安にさせたのなら、そういった、器の小さい理由からだったことを、遅ればせながら、謝罪させてください」
僕は思わず、伏せていたカウンターからがばりと身を起こす。
「っっ、
…そんなのっ、ぜんぜんっ、器がちいさいとかじゃない
…っ! あやまる必要もない
…っ! 硫黄がそれだけ、
…僕のこと、あいしてくれてるってことだから
……すごく、うれしくて
……ごめん、っ、
…泣けてきた
…」
硫黄は、僕のなみだをゆびさきですくいながら、ふわり、困ったように笑んで、言う。
「ですが、不安にさせたのは事実です。
…穴埋めの権利は?」
「もちろん、あるにきまってるじゃない
…!」
「
……では、今晩
……から、明日にかけて、ですかね
…」
こまったように笑むそのことばのつづきを、ぼくはもう、知っていた。近づく、顔。面と向き合って、ささやかれることば。
「来店ポイントはひとつも貯まっていませんが
……きみを、一晩、
……ないしは一日
…以上、ですかね?
…ふふ。
……私の、好きにしても?」
にこりと言われて、それから、ちゅ、と、耳にくちづけられる。反対側の髪を、指で梳かれる。ゆびが、てのひらが、すがり請うように、ねがうように、そのまま頭のそこを、ふわりと押さえる。逃がす気なんか、はなからないくせに、それでも明瞭、ことばを交わしたがる。そんな硫黄が、ちょっといじわるに見えるときもあるけど僕は心底から愛してる。
「
…っ、
…永劫、ご自由に!」
「それを聞いて、安心しました」
ああ、もう! にこって笑う硫黄が、クローバーの花冠でも被って結婚ごっこをするうさぎ同士みたいなあどけなくて無垢なうつくしさも併せ持ってるから、その芯にある真の強さを、にじませるから。僕も、その世界に、引きずり込まれる。だけどぼくたちはうさぎじゃない。子どもでもない。花のゆびわの代わりにグラスをこつんと交わしあい、中身をくいと飲み切れば、ロックアイスがどれほど名残惜し気にグラスにいても酒席は終い。するり、先に立ち上がった硫黄に手を差し出されて、エスコートされるのかと思ったら指切りされて、ああ、もう、またずるくてかわいくていとおしくて仕方なくなるんだから! こゆび、くすりゆび。絡げる五指。するり、今度こそエスコートの手つき。ベッドルームは広々したお城。王子様は、無事、未来の伴侶を連れてゆきましたとさ、めでたしめでたし。
――前言撤回、してもいい? この日に限って硫黄がじっくりたっぷりとっぷり求めてきて、あ、今までガマンしてくれてたんだ、なんて、思うくらいで。ガマンなんて、そんなのしなくていいのに、っていう気持ちと、まってよ毎回こんなに激しくされたらほんと仕事にならないから!って気持ちとで振り子みたい。ご自由に、とは確かに言ったし、一日以上かもとも言われたけど、けどさ! まぁ、でも、お店は臨時休業にできるのだけが、僕の強み、かな。うーん、でも、あんまり頻繁に休むのもお客さんに悪いし
…永劫ご自由に、なんて、ぼくは硫黄の愛情表現をみくびってたんだなってくらい、とっぷり愛されて、ああ、しあわせだけど腰が重だるくて
…それでも、硫黄は、まだちょっと物足りないみたい。僕にだけ見せる猛禽や黒豹じみた鋭く飢えたひとみが、ぼくは、すっごくだいすきで。
…もぉいいよ、いくらでも付き合うから
…だから、ね、硫黄
…もっと、もっとちょーだい
……ぼくのこと、もっと、あいしてるっていっぱい表現して
……
汗やよごれを流すためにシャワーに行って、結局そこでも求め合って、結局昼過ぎどころか夕方さえ近い時間に差し掛かって、キッチンカウンターに戻れば、片付けもせずにすっかり置いたままにしたグラスで氷の溶けた水が仲良く寄り添ってるのすら、いとおしくみえるから不思議だよね。グラスを片付けるとき、カウンターについた結露の名残の水のリングが天使のそれに見えて、僕が思わずそれをゆびで撫ぜたら、硫黄も、おなじようにして、それからまた、ゆびを絡げてきた。それは、婚約指輪を交わしたあのときみたいだ。僕の頬にまた、朱筆がぽんぽん置かれる。大した洗い物の量じゃないのに、ふたりでぴたりくっついて、かたづける時間が、ああ、しあわせだなぁって噛みしめさせてくれるからほんと最高だ。
僕たちはまちがいなくしあわせだし、心底から愛し合ってる。こんな時間が永劫続く気がするのをもしも楽観と言われるのなら、べつにぼくは、楽観主義者と呼ばれても何ら構わないよ。硫黄だって、きっと同じこと言うと思う。確認したことはないけれど、しなくてもそのくらいはわかる。
…うーん、硫黄の求め方が思った以上に激しいのをつい昨日知ったばかりの身でそのくらいわかるなんて言い切るのもどうかとは思うけど、ま、わかるものはわかるの!
…確認、しようかな?
楽観主義者の愛の巣は、今日も、うつくしいさえずりを奏でてる。楽観主義者の愛の巣に永劫在ることは、ああ、確約された未来への高揚だ!
終
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