小話倉庫(深上)
2025-05-28 00:53:07
7232文字
Public 悠アキ/haruwise
 

酒は飲んでも飲まれるな(悠アキ/haruwise)

※皆さんお酒が飲める年齢という体です。ビリー、ライト、ジェーン、その他もいます。
◆テーマが同じ話と合わせてpixiv投稿済→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24962061

「ぃよっしゃあぁ!」
 六分街のゲームセンターに、激しい雄叫びが響き渡る。何事かと他の客が視線を集中させる先に居るのは、この店の常連であり、邪兎屋という何でも屋に所属する機械人のビリーと、斜向かいのビデオ屋の店長、アキラだ。よく二人でつるんで遊びに来ることを知っている他の常連客達は、なんだあいつらかとすぐに興味を失って自分の手元に集中し始める。彼らに声を掛けるのは、筐体を挟んで二人に相対しているこの店の店長、アシャだけだった。
「あ〜あ、負けてもうた。二人とも、調子ええみたいやねえ」
「へへ、約束だぜ。二対一で、俺たちのチームが勝てたらって言ったよな!」
「はいはい、言うたこと覆すほどいけずやあらへんよ。今日の君らの代金はタダでええよ」
「やったぜ! へへっ、これでニコの親分にどやされる回数が減るぞ」
 うきうきと上機嫌で手を揉むビリーに、アキラは苦笑する。
「ビリー、またニコからお金を借りているのかい?」
「スターライトナイトの限定フィギュアが出ちまってよ。小遣いじゃ足りなくて、ちっとばかし融通してもらったんだ」
「彼女の利子が規格外なのは知ってるだろうに」
「一応、利子にも社員割引があるんだぜ」
……福利厚生の範囲が細かいね。さすがはニコだ」
 無利子にしない辺りが、というツッコミを胸に秘めて彼の社長を称賛し、アキラは貼り付けた笑みで本音を隠す。ニコが褒められたと思ったのか、そうだろ凄いだろ、とビリーは素直な喜びを示した。
 気付けばすっかり日も落ちていて、窓の外は街灯の明かりが灯り始めている。今日の夕飯の担当は自分だったはずだ。妹を空腹で不機嫌にさせるわけにはいかない、とアキラは立ち上がる。
「じゃあ、アシャさん。また遊びに来るよ。ビリーはまだ遊んでいくのかい?」
「いや、仕事の依頼が入るから夜までには帰れってニコに言われてんだ。俺もそろそろ行くぜ」
 二人がかりとはいえ、勝率の低い相手に勝てたことで、心なしか足取りも軽い。ビリーと連れ立ってゲームセンターを後にしようとしたところで「ちょお待ちぃ」とアシャの制止の声が掛かった。
「アキラくん、もうすっかり大人やし、お酒も飲める歳よなぁ」
「お酒? まぁ、友人たちとの集まりの時は飲んだりもするね」
「せやったら、バーに興味あらへん?」
 ぴ、と差し出されたのは店の名刺だった。お洒落なワイングラスのイラストが描かれたデザインは、たまに誘われて遊びに行く郊外のバーとは趣が異なることを如実に示している。
「ルミナスクエアに行きつけのバーがあるんやけどね、あまり繁盛してはらへんのよ。そこのマスターに、若い子に紹介して欲しいって頼まれてなぁ」
「バー、か。僕はあまり行かないんだけど、アシャさんのお気に入りなのかい?」
「お酒の種類もそこそこあって飽きひんし、ご飯も美味しいんよ。この名刺見せたら一杯タダにしてくれはるんやけど、友達連れて行ってみいひん?」
 へぇ、と興味をそそられて、名刺を受け取る。それだけで満足したのか、アシャはアキラの返事も聞かずに「ほな、またおいでやす〜」と言い残して店の中に戻って行った。
……さて、どうしようかな。君はちょっと誘えないしな」
 成り行きを見守っていたビリーを見る。機械人に食事は不要だ。邪兎屋のみんなと依頼達成後の打ち上げパーティーをした時も、ビリーへの労いとしてニコが特別に高級なオイルを用意することはあれど、彼は大抵はカラオケやゲームなどの盛り上げ役に徹している。
「そこに上等なオイルがあるなら行くぜ!」
「オイルはないかな。店側としても売り上げが見込めない客は歓迎しないだろう。あまり繁盛していないという話だし……そうだ、ライトさんでも誘ってみようかな」
「ん? なんでそこでライトが出てくるんだ?」
「この間郊外で絡まれたところを助けてもらったんだ。お礼も兼ねてね」
 そうと決まれば、と早速ノックノックでお誘いのメッセージを送ってみる。ぽん、と画面に自分の打ち込んだお誘いが表示されたのを見てすぐにスマホを閉じ、顔を上げると、顎に手を当てて考えるポーズを取るビリーの姿があった。  
「店長よぉ、めっちゃくちゃイケメンで怖いあの六課の兄ちゃんと付き合ってるんじゃなかったか? そっち誘えばいいじゃねぇか」
「怖い? 悠真が、かい? そこは全力で否定したい……いやその前に、どうして付き合ってるって知……じゃない、思ってるんだい?」
 普通に答えそうになって、彼らにもまだ秘密にしていることを思い出す。いつかの打ち上げの時に、酔ってうっかり漏らしてしまっただろうか。いや、ここ最近は彼らの前でアルコールを摂取した記憶はない。焦りを隠して真剣な顔で記憶を辿るアキラとは対照的に、ビリーはあっけらかんと言い放つ。
「ニコの親分が、確信してる顔で言い切ってたぞ」
……しまった。弱みを握られたか」
「なんだ、隠してたのか。そりゃあご愁傷様だな。ニコの親分の情報網は広いぜ。俺には何も出来ないけど、頑張れよ!」
「全く心もこもってない励ましでもありがたいよ……
 それから、とアキラはビリーの提案を緩く否決する。
「悠真にお酒で酔い潰れて欲しくはないからね。誘うのはやめておくよ」
 ただでさえ病気がちな彼の健康を損なうことは、彼の一番近くにいる自覚がある身としては許しがたいことだ。時々悠真の家で飲み交わす時も軽いものしか勧めないし、水の準備も欠かさない。大袈裟だと言われようが、このスタンスを崩すつもりはない。
「あ、ライトさんから返事がきた。週末ならオッケーだって」
 震えたスマホをすぐに確認し、ぽちぽちと返信を打ってる間に、ビリーが何とも言えない様子で呟く声が聞こえた。
「事情をよく分かってない俺でもよ、さすがに店長のその選択はアウトだと思うぜ」

 *

 自分の所属している会社が懇意にしている取引先から飲みに行かないかと誘われ、二つ返事で了承を示した数日後。待ち合わせの場所に着いたライトの目に映ったのは、誘ってきた本人であるビデオ屋の店長と、何故かその隣に当然のように立っている顔見知りのH.A.N.Dの職員だった。
「やあ、こんばんは、郊外の走り屋さん。ひっさしぶりですねえ」
 にっこりと笑っているが、目が全く笑っていない。猫のようにこちらを威嚇するような空気すら醸し出してくる。隠すつもりがなさそうな敵意を無視して、ライトは不服そうに顔を歪めているアキラに声を掛ける。
……アキラ、こいつも誘ってたのか?」
「いつの間にか知られてて、勝手についてきたんだよ」
 はぁ、とあからさまな不満を漏らすアキラも珍しい。そこまで気安い仲だったのかと情報をアップデートするライトの目の前で、二人は言い合いを始める。
「だってさー、アキラくんが飲みに行くのにまず僕を誘わず、この人に声掛けたって聞いたらさ。居ても立ってもいられないでしょそんなの」
「誰だい? 君にそんな不要な情報を吹き込んだのは」
「企業秘密ですー」
……きっとリンか、ニコあたりなんだろう。しっかり口止め料を払っておけばよかったな」
「へぇ。そんなに僕に隠れてこの人と飲みに行きたかったの?」
「優先順位が違うだけだよ」
「そうやってはぐらかそうったってそうは問屋が……
「あー、あのな。お前ら、こんなところで声を荒げるな。夜とはいえ人通りはあるんだ。さっきから見られてることに気付いた方がいいぞ」
 郊外で事あるごとに侃々諤々と言い合う女子たちの対応に慣れているライトは、エスカレートしそうになる寸前でタイミングよく二人の会話に滑り込む。水を差すようで悪いが、本当に先ほどから人目についているのだ。対ホロウ六課の浅羽悠真なんて有名人がこんなところで誰かと口論をしていれば、野次馬の中にミーハーな連中が含まれてしまうのも仕方がないだろう。
 さすがに一理あると思ったのか二人はようやく口を噤んだ。店の場所はどこにあるのかと聞くと、気を取り直したようにアキラが先頭に立って案内を始める。その間も悠真の視線はこちらをチクチクと刺してきて、ライトは軽く誘いに乗ったことを後悔しそうになった。
 そもそもいつの間に、とライトも負けじと二人を観察する。対ホロウ六課と対極にあるはずのプロキシが休戦協定の末に常時の協力体制を敷いたらしいということは聞いていたが、この二人はここまで仲が良かったのか。敵意を向ける事にも飽きたのか、悠真はアキラの隣を陣取って他愛もない世間話をしている。一番曲者だと思っていた彼がここまでアキラに懐いているという状況に、ライトは不思議なもんだと首を傾げる。郊外にいると街の情報はあまり入ってこないが、他の連中なら知っているのだろうか。
 思案しているうちに、今日の目的の店に辿り着いた。狭い路地の奥に、ひっそりと看板が立っている。バーらしいということは分かるが、雑居ビルの一角で目立たないロケーション。あまり客もいなさそうだという感想は、今日に限っては安心に繋がる。この二人(特に悠真)と一緒だと、どこに行っても目立つのは避けられない。
 シックな木製の扉を開くと、目に飛び込んできたのは柔らかい照明とレトロな内装だった。中も扉同様木製の什器で揃えており、よくも悪くもアットホームというべきか、まるで隠れ家のような印象を受ける。アキラはその内装に興味津々のようで、入り口からなかなか動かず隅々まで視線を巡らせていた。
「いらっしゃいませ。初めての方でしょうか?」
「あ、はい。アシャさんから紹介されて来ました」
「ああ! あなたがそうなのね。来てくれてありがとう、ご新規さん大歓迎ですよ」
 カウンターの奥から声を掛けてきたきちんとした身なりの女性に、アキラは瞬時に営業スマイルを貼り付けてにこやかに対応する。どうぞと通された先は十人ほど座れるかどうかというカウンター席しかなかったが、ゆったりとしたスペースが確保されており、見た目よりは居心地が良さそうだ。
 カウンターの奥に、一人だけ先客の女性が居るのが見えた。妖艶な雰囲気を持つネズミのシリオンだ。その視線が不意にこちらを向き、本能からライトの背筋がピリッとひりついた。その視線には覚えがある。いわゆる公的機関に縁がある人間の匂いだ。悠真も気付いたようで無言で奥に意識を向けたが、彼女の視線は二人を素通りし、もう一人のところで止まった。
「あら、店長ちゃんじゃない」
「ジェーンさん?」
 驚いたように目を見開いたアキラが、相手の名前を呼ぶ。彼女の表情は変わらなかったが、緊張を孕みかけた空気が一気に萎んだ。アキラは警戒心の欠片も見せずに奥に歩を進め、相手に笑いかける。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね」
「ここはお気に入りの場所なのよ。アタイの憩いの場所が一つバレちゃったわね」
 言いながら、ジェーンと呼ばれた女性はアキラを自分の隣に促す。アキラが言う通りに女性の隣に座ったので、当然とばかりに悠真はアキラのもう片方の隣の席を選んだ。狭い店内だ、知り合いなら固まったほうがいいだろう。仕方なくライトも遅れて悠真の隣の席に腰掛ける。
「それで、ジェーンさんだっけ。どちら様?」
「うふふ~、秘密。でもアンタのことはよぉく知ってるわよ。H.A.N.Dの執行官さん」
「それはどうも。あなたはアキラくんとやけに親しげみたいだけど、どういう関係なんです?」
 ジェーンの笑みが深くなる。おもちゃ、もといターゲットを見つけた目だ。
「随分とせっかちねぇ。余裕がないのかしら? 安心して、アタイは単なるビデオ屋の常連客よ。まぁ、店長ちゃんのお部屋に泊めてもらったことはあるけど」
……アキラくん?」
「人助けだよ。今にも死にそうな顔をしてる人を道端に放っておくわけにはいかないだろう」
 不穏な空気が漂い始めた隣のエリアを気にせず、ライトはメニューを眺める。何とも洒落た名前がつけられたカクテルが並んだページは、見た目からカラフルでうちの女性陣が喜びそうだ。今度連れてきてみるか、と思いつつフルーツ系のカクテルを一つ注文する。
 ライトが遠い我が家に思いを馳せながら思考放棄している間も、隣では修羅場じみた空気が流れ続けている。
「そうそう、人助け。おかげさまで彼の匂いが染み付いたふかふかのベッドで、ぐっすり朝まで寝させてもらったわ」
「アキラくん?」
「勘弁してくれ、ジェーンさん……分かっててやってるだろう」
「ふふ、若いわねぇ。さ、ここはお酒を飲む場所で、喧嘩をする場所じゃないわ。とりあえずは注文したらどうかしら」
 ジェーンからメニュー表を差し出されて、アキラはそれを受け取るとそのまま悠真に横流しした。
「それもそうだね。ほら、悠真」
「じゃあたまには酔えそうな強いやつを……
「悠真?」
「あー、明日も仕事あるし、軽めにしとこうかなぁ」
 アキラの視線に一瞬で屈して、悠真はジンソーダを頼んでいた。あまり甘いものは好みではないらしい。そしてアキラはジェーンに勧められてモスコミュール。そんな彼女が飲んでいるのはルシアン・コークらしい。
 ささやかな乾杯の後、各々好きに味わう。追加で注文した料理の味も良く、これは郊外ではなかなか味わえないと実感したライトはようやく今日ここに来た目的を果たした気分になった。アルコールが入ったおかげか、一触即発だった空気も随分和らいで、アキラと悠真の間の空気も柔らかくなっている。適度に雑談に混ざりながらその二人を懲りずに観察していたライトだったが、二杯目の酒を注文する頃になって、気付く。
 アキラの視線が悠真に注がれる時に、仄かに宿る熱。酒のせいかと眺めていたら、グラスをテーブルに置いたアキラは酔いの回ったふわふわとした口調でとんでもないことを言った。
「ふふ。悠真の目、今日も宝石みたいできれいだね」
 ぐ、と飲みかけの酒を吹きそうになった。あら、とジェーンは再び面白いものを見つけたとばかりに目尻を緩ませる。言われた当人の悠真はと言うと、開いた口が塞がらない様子で固まっていたが、ぎぎぎ、と顔を動かして何故かライトを睨み付けてきた。
「見ました?」
「見た、つーか聞いたが」
「店長ちゃん、気障な台詞吐いちゃってかーわいー」
 反対側から伸びてきた手がアキラの顎を掬い上げ、赤い顔を自分の方に向かせる。そんなジェーンから慌てて引き剥がすと、悠真はアキラを自分の方に引き寄せた。彼の腕の中に収まったアキラは、へにゃりと顔を緩ませて「くすぐったいよ、悠真」と嬉しそうに名前を呼ぶ。
 あ、これ完全に酔ってるな。三者三様にそれを認識して、悠真は顔を押さえて特大の溜め息を吐き、ジェーンはくすくすと笑い、そしてライトは無表情の影に動揺を隠して酒を少し口に含む。
「へぇ~、店長ちゃんって、酔っ払うとこんな甘えっ子になっちゃうのね。珍しいものを見たわ~」
……だから行かせたくなかったのに」
 ぽつりと呟く悠真の顔には苦悩が浮かんでいる。つまり彼は、アキラが酔うとこういう状況になることをよく知っているわけだ。普段は抑圧しているものが、気を許した相手の前ではこうして垂れ流し状態になる。それを許せる相手というのは、そうそう居ないわけで。
「やっぱりアンタたちってそういう関係なのかしら?」
 ずばりとジェーンが遠慮なしに突っ込んでいった。パイパーもびっくりのアクセル全開である。
「言ってやるな、隠してるんだろこれは」
「言えるなら僕だってさっさと言ってますよ……
 完全に彼に身を預ける状態になっているアキラを危なげもなく抱えながら、悠真は懐から財布を出して大金をテーブルの上に置いた。明らかにお釣りが来る。これはおそらく、口止め料だ。
「今日のことは他言無用でお願いします。あと今日のアキラくんのことは二人とも、記憶から抹消してください」
「残念、お姉さんの胸に深く刻まれちゃったわ」
「忘れろっつっても忘れられるもんでもないだろ、それは」
「あなたたちにこのアキラくんを見せた時点で僕にとっては大損なんですよ……じゃあ、借り一つということで」
 よいしょ、と足元の覚束ないアキラに肩を貸して、悠真は店の入り口の方へ向かう。扉に手をかけたところで最後に悠真は一度だけ振り返り、店内に向かって「それじゃあ」と笑みを作って見せた。それはもはや、この現状からの脱却を喜ぶ顔にしか見えなかった。
 閉じられた扉を見ながら、ライトはやれやれと息を吐く。
「浅羽執行官に大きな貸しが出来ちまったな。ラッキー、と思えばいいか」
「そんなことより、お持ち帰りされちゃった店長ちゃんが心配だわぁ」
「全然思ってないだろ、あんた。ことあるごとに引っかき回しやがって」
「ふふ、いい気分転換にはなったわよ」
 食えない女性だ、と肩を竦める。謎の多さは魅力にもなるかもしれないが、どうにも裏がある女性は苦手だ。カリュドーンの子の面子が揃って裏表がない連中ばかりなので、どうやらそのぬるま湯に浸かりすぎてしまったらしい。
「あ、あの二人って、その、付き合ってるんですか……!?」
 ここに来て第三者――店のマスターが、口元を震わせながらわなわなと二人にそんなことを尋ねてきた。さすがに悠真のことはマスターも知っていたようで、それでも仕事を優先して黙認していたのだろう。とんでもない場面を見て興奮気味の一市民を見て、ライトはジェーンに目配せする。
 ライトの意思を汲み取ったジェーンはにこやかに微笑みながら「お釣りはいらないそうよ」と悠真が残したディニーを全て、一部始終をしっかり目撃してしまったマスターへと差し出したのだった。