ろおね
2025-05-27 20:47:15
6718文字
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献身のその先は、

山なし落ちなしいちゃつきほぼなし。
ヒ暇世IFで炎もホーもヒーローを続けている。
炎離婚済みで独り暮らしのためホーは勝手によく遊びに来ている。ホーは炎に対し重めの憧憬はあってもそういう感情ではないと思っていたが、炎が個性事故にあったことで自分の気持ちを自覚する話。

※書きたいところのみですので途中までです。

「ぐっ、・・・ごほっ」
 決して少なくない量の血が己の口から零れ、押さえた手のひらを汚すのをエンデヴァーは忌々しく思った。
 こんな状態が続いてもう一週間になる。原因は個性事故によるもので個性名は「病弱」。まるで漫画の病弱な登場人物のように日常的に突如血を吐き、青い顔をして常に体調が悪く日差しの下に出ては立ち眩みで倒れるように体質になってしまうというものだった。解除方法は、時間経過のみ。エンデヴァーに間違って個性をかけてしまった張本人は涙を流しながら謝罪していたが、エンデヴァー自身もその時は問題ない、と判断し重く捉えていなかった。その判断が甘かったこと、自分を過信していたことを今になって思い知る。
 血が床に垂れる前に、こんな状態になってから常に持ち歩いているタオルで掌と口元を拭う。体勢を戻そうと上半身を動かしたことにより襲ってきた眩暈に視界が揺れ、堪らず壁に手を付き身体を支える。情けないことに、こんな状態でヒーロー活動を続けられるはずがなくエンデヴァーはギリギリまで渋ったが、SKたちに「むしろ心配で仕事にならない」とまで言われたので仕方なく今日から個性解除されるまで強制的に休みを取らされることとなった。
 あの大戦が終結し、ショートをはじめ若手のヒーローが第一線で活動しだしていることもあり自分がいなくても問題ないだろうと思ってはいても歯痒いものがある。これもヒーロー引退後の予行練習かと自嘲気味な思考で視界が戻ったことを確認し、ゆっくりと廊下を進んだ。


 ホークスがエンデヴァー事務所を訪ねたのは偶然だった。
 現在も福岡でヒーローを続けているホークスは、若手の活躍のおかげで以前より少しだけ暇になったこともあり、時間があればエンデヴァーに会いに静岡まで飛んで行っていたが、ここ最近は地味に忙しく久しく顔を見れていなかった。どのくらい会えていないと聞かれれば、ホークスが「エンデヴァーさんに会いたかぁ~」と人目をはばからず口に出してしまうくらいには時間が空いていた。
 今日だって本来であれば公安本部に呼びつけられそのまま福岡までとんぼ返りの予定だったが、近づいた距離にどうしても我慢できず日が傾き始めた空を旋回し、帰路から外れた道を光を求めるが如く進んだ。
 アポなしの訪問のためいつも通り怒られることを想定しながらも、決して強く拒むことはしないエンデヴァーにウキウキしながら事務所を訪ねたのだが、そこにお目当ての人物はいなかった。
「こんばんは~。エンデヴァーさんは休みですか?」
 所長室にいないことを窓から確認し、勝手知ったる受付を挨拶もそこそこに通り過ぎ、タイミングよく近くにいたキドウに尋ねる。
「ホークス、なんだか久しぶりな気がするな。タイミング悪かったね、エンデヴァーはしばらく休みだよ」
 ホークスがいることに驚かないのはいつも通りだが、事も無げに伝えられたエンデヴァーの予定にホークスはスッと目を細める。
「何かあったんですか?」
「いや、普通に休暇が溜まってたから強制的に休み取ってもらってる」
 嘘ではなさそうだ。けれど肝心なことも言ってないとホークスは長年の経験で感じたが、エンデヴァーと付き合いの長い彼にこれ以上問い詰めたところでおいそれと明しはしないだろう。徒労に終わることを察し探りは早々に諦める。
「マジすかぁ、せっかくエンデヴァーさんに会いに来たのに」
 わざとらしくため息をつくホークスを見てキドウは少し黙り、「ちょっと待ってて」と言うと何処かへ消える。そして戻ってきたその手には分厚い封筒が握られていた。
「どうせ確認しに行くんだろうから、ついでにサインが必要な書類、渡しといて」
 はい、無くさないでね。と渡された書類。
 思考を見通されたことにホークスは空笑いでそれを受け取り、「リョーカイしました」とゴーグルをかけ直し、既に暗くなった空に飛び立った。

 本格的な冬が終わったといえ、まだ寒い夜空を駆け目的の家を眼下に認めた。広大な敷地内に立つ日本家屋に明かりが灯っていることに安堵し音もなく庭に降り立つ。
 剛翼を飛ばして部屋の中の気配を確認するのは最早癖でバレたら怒られることが目に見えているのだが、職業柄だと多めに見て欲しい。羽が温もりを求めるように目的の人物を探す。これでエンデヴァーの他に誰かいたら書類を置いてそっと帰るつもりだった。

「うっ、ぐっ」
 だが剛翼で拾うまでもなく家の中から聞こえたその音は、呻き声だ。喉の奥が何かを押さえつけるように苦しそうに鳴り、合間に微かに漏れる声は聞き間違えるはずがない、エンデヴァーの声だ。状況を理解するのにホークスの思考が一瞬止まる。
「ぐごほっごほっ、・・ぐっ・・・げほっ!」
 そんな停止した思考を打ち破るように湿った咳が続き、息を詰めた喉がヒュッとひと際大きな音を立てて鳴った。同時に己の耳と鼻が感じ取ったのはヒーロー活動の合間に慣れ親しんでしまった、濃い血の気配だった。
「エンデヴァーさん!!」
 部屋に続く縁側を土足で駆け上がり、閉じられていた障子を勢いよく開く。目に飛び込んできたのは、膝をつき苦しそうに顰められた眉と口元を覆う大きな指の間から流れ落ちる真っ赤な液体。翼が臨戦態勢をとるようにブワリッと膨れ上がる。その反面、自分の血がサァーッと引いていくのをホークスは感じた。 
「エンデヴァーさん!!大丈夫ですか!?」
 普段の飄々とした態度など何処かへ飛んでいき、慌ててエンデヴァーの傍らに膝をつき状態を確認する。外傷はない、内部のダメージか。ぐぐもった咳が更に溢れ出る血と共に零れエンデヴァーの服を汚す。顔と浴衣の合わせ目から覗く肌の色は真っ白で、どう見ても普通の状態ではなかった。
「すぐに病院に・・・!!」
 剛翼で何か拭くものを探し、病院に電話しようとポケットからスマホを取り出す。しかしその手はエンデヴァーによって押さえられた。
「やめ、ろっ・・はっ、だい、大丈夫だ・・・」
「はぁ!?大丈夫なはず 「個性、事故だ」 ・・・え?」
 苦しそうな息の合間に紡がれた言葉に、ホークスは押しかけていた発信ボタンから指を離す。
「説明はする・・・だからタオルを取ってきてくれ。畳が汚れる」
 絞り出した声で指示を出すエンデヴァーの蒼白な顔面を見つめる。乱れた息を零す唇は濡れ、唾液と血液が混じった赤い糸を垂らす様が酷く目についた。

 咳が止まり服を着替えてくると言って部屋を出て行ったエンデヴァーがようやく腰を落ち着けたタイミングを見計らって、ホークスは口を開いた。
「どういうことか説明してください」
 問い詰めるような口調でエンデヴァーをじっと見つめる。そんなホークスの様子にエンデヴァーは小さくため息をついて、仕方ないとばかりにぽつぽつと説明しだした。
「約十日程前、強盗事件に巻き込まれた親子を救出した際にその子供が誤って俺に個性を掛けてしまっただけだ。個性名は”病弱”その名の通り身体が病弱になり解除方法は時間経過のみ。そして元々身体が丈夫な者ほどその期間が長く続くらしい、ということだそうだ」
「ということは、エンデヴァーさんはもう十日もさっきみたいな状態なんですか?しかも丈夫なほどってことは・・・」
「・・・ああ、過去にかかった者の中では最長2週間続いたらしい。そうなると俺の見立てでは、あと少なくとも一週間以上はこの状態が続くと見ている」
 ホークスが言わんとしていることを察して、まるで他人事のように言葉を続けたエンデヴァーに唖然とした。あんな苦しそうな状態が少なくとも一週間も続くのか。先ほどの苦しそうに蹲るエンデヴァーの姿を思い出し、腹の底が重く冷たくなる。
「他にどんな症状が?」
「立ち眩みや体温低下、吐血による貧血状態が続き弊害として多少食欲不振も出ているな。けれど休暇を取った上に日常生活に支障をきたすことはない。問題ない」
 そう、きっぱりと言い切るエンデヴァーにホークスは違和感を感じた。あくまで症状について質問しただけなのに、何故か言い訳のように付け足された言葉に何かを隠そうとしていると踏んで思考を巡らせ、ふと思い当たった。
「エンデヴァーさんが休み始めたのってつい最近ですよね。少なくとも五日前までは普通に活動していませんでした?」
 そう、個性事故にあった日から十日と言っていたが数日前まではエンデヴァーの救助活動がリアルタイムでSNSで取り上げられていたことを思い出した。個性事故後も普通に活動していたはずなのに今になって休むということは、
「もしかして、症状が悪化していません?」
 表情の変化を見逃さないため視線を合わせたまま、ほぼ確信して質問を投げかける。案の定、エンデヴァーの眉間にグッと皺が寄りバレたくなかったというサインをもちろん見逃すはずなかった。そうなれば、もうホークスの独壇場だ。
「ご家族の誰かに話しました?いや、あなたのことだから話していませんよね。さっきみたいな吐血、もしかして日に何度も起きてるんですか?あなた体温が今通常の人より低いし冷汗出てますよ、自覚あります?そんな状態で、しかもこれから悪化していくのに一人で過ごそうとしてるんですか?」
 ズバズバと放たれる言葉にエンデヴァーの眉間の皺が濃くなる。常であればここは「煩い!」と一喝されるであろう場面だが、エンデヴァーは米神を揉むように額を抑え黙ったままである。戻らない顔色にもしかしたらこうして話していることも今は辛いのかもしれない。ホークスは言葉では正論で問い詰めているが、その胸中は心配の一択であった。
「・・・誰かに来てもらうことは、できないんですか?」
 誰かと言っても二人の頭に思い浮かぶのはほぼ一人に等しい。
「冬美は、先月からクラスに教育実習生が入ったので忙しいから無理だ。それに状況報告として毎日事務所に連絡するつもりだったから問題ない」
 またも問題ないと言い張るエンデヴァーに心配と不満が募る。自分にも他人にも厳しく実直な人柄はホークスにとって昔から好ましいものであるが、こういう時に周りを頼れないのは痛手だと改めて思った。
「とりあえず、今日は俺が泊まりますのでエンデヴァーさんは休んでください」
「なっ!その必要は・・・」
「そうじゃなければ、ショート君か冬美さんに連絡しますよ」
「貴様、それは卑怯だろ・・・」
 ほとんど脅しであるが効果テキメンである。悔しそうに押し黙ったことを了承とみなし、剛翼でエンデヴァーが休むための布団を勝手に引きながら、ホークスは自分の事務所に連絡を入れた。


「はい、これで口を濯いでください」
 苦しそうに上下する背中を撫でながら水が入ったグラスを差し出す。エンデヴァーは「すまない」と小さな声で律儀にお礼言いながら受け取り、薄まった赤が洗面器に流れる。まだ空が暗くなる前の時間帯だが、このやり取りも今日ですでに三回目だ。柔らかいタオルで口元を拭いふらつくエンデヴァーを腕と翼で覆うように支え、いつ吐血するか分からないため身体が軽く斜めになるように背もたれを作った寝床に寝かせる。この甲斐甲斐しい献身ももう四日目になる。
 エンデヴァーの個性事故を知った日、ホークスは最速の男の名に恥じに速さで行動を起こした。エンデヴァー宅で一晩過ごし、自ら起床し行動するエンデヴァーを確認すると会話もそこそこに福岡へと飛び立った。そしてホークス事務所の面々にしばらく休暇を取ることを宣言しし、ツクヨミやSKたちを困惑させた。けれど、どこか浮足立っているホークスを見て普段進んで休みを取らないことも相まって最終的に皆が協力的になり、最低限の引継ぎを半日で終え、そしてホークスは休む間もなくまた静岡へと舞い戻った。
 大きな荷物を抱えて再び来訪してきた鷹にエンデヴァーは酷く渋ったが、言い合いをしている最中にまた肺からせり上がってくるような息苦しさと不快感が襲い、そのままなし崩しにホークスが居座ることを許可したのであった。
 血を吐いた後は体温が著しく下がるため部屋の温度を上げる。エンデヴァーの寝床の横に置かれた簡易的な低い机の前に座り、パソコンを立ち上げてメールをチェックする。
「お前、本当になんでいるんだ・・・」
 何度目になるか分からないその言葉は、最早エンデヴァーの口癖になっておりホークスは視線を動かすことなく答える。
「貯まった有休消化とナンバーワンへの献身ですかね~。あ、夕飯は鳥雑炊でもいいですか?冬美さんがレシピ送ってくれたんですよ」
 結局、家族で一番父を気にかけている一人娘には状況を説明し、ホークスが看病するということも了承済みである事実がエンデヴァーにとってはまた腹立たしいのだろう。こんな風に苦言できる内は体調がマシだということが分かるのでホークスは喜んで話し相手をする。そんな意味のない会話をポツリポツリとしばらく交わしていたが、段々とエンデヴァーの言葉数が少なくなり、しばらくすると聞こえるのは吐き出される呼吸音だけになった。眠ったのか、と横を見るといつもより少し呼吸が早く、顔も血色が良いということではなく色づいている。額にしっとりと汗をかいていることから熱が出始めたのかもしれない。
 今日で個性事故から二週間、エンデヴァーは認めたくないだろうがホークスの世話がしっかりと役立つくらいには体調は悪化していた。食事やトイレ、お風呂などは自力で行い、調子が良いときはホークスの目の届く範囲で軽いトレーニングは許しているが、それ以外は日がな一日横になって身体を休めている。
 古典的だがタオルを冷たい水で絞り額に乗せ、布団は胸元まで引き上げてやる。最初は解熱剤を服用させていたが、あまり効果がないことと個性のせいで弱った胃に負担がかかることから、今は熱が出ても出来ることは大してない。日も暮れてきて夕飯の支度をする時間が差し迫っているが、先ほど吐血したことと熱が出始めたことで食事は遅くなっても問題ないだろうと判断し、眠るエンデヴァーの顔をジッと見つめる。
 首筋に手を当て意味もなく脈を取る。個性柄、エンデヴァーは常時平熱が高く熱い体温が感じられるのだが、今は熱が出ているにもかかわらず冷えた空気を纏っている。生きていることを確かめるようなその行為は、身体の疲弊から触れても起きないことを良いことにこうしてエンデヴァーが寝静まる度に行われていた。
 徐にホークスはエンデヴァーの横に寝そべり身体を密着させ、しっとりとした逞しい首筋に鼻を埋めた。直に感じられる体温、肌質、匂いに不快感は沸かない。むしろふらつくエンデヴァーを支える際に知ってしまった筋肉の柔らかな感触や、今も上下する豊かな胸に指を、それ以外も埋めてみたい。そんな衝動にここしばらくは駆られている自分に困惑していた。
 これは、よくない傾向だ。ホークスは頭では分かっていても、自覚し始めたこの衝動がどこまで行くのか、自分がどれだけ耐えられるのか試してみたくもあった。翼を大きく広げエンデヴァーの身体を閉じ込めるように包む込むと影が濃くなり、二人だけの世界が出来上がり可笑しいほど心が満たされる。
 もうこれは、ヒーローとして憧れた人へ向けるのには相応しくない感情だ。エンデヴァーがこんな個性事故に合わなければ、普段気丈な彼がここまで弱る姿を見ることも、その弱り切った姿に胸が疼くことも、ふとした瞬間に触れあった肌質を心地良いと感じることも、血の匂いに混じって香る彼の男らしい匂いが自分にとって好ましいと知ることも、この広い家に一人取り残されている彼の日常を知ることもなかった。そして、その隙間を他の誰でもない自分が埋めてやりたいと思うことも、全部全部無かったはずなのに。
 最早手遅れであることを、彼の呼吸を肌で感じるだけで早鐘を打つ心臓が知らせている。だけど言葉にしなければまだ大丈夫だとまともに働いていない理性が言う。人生のほとんどをかけて見続けてきた人を、これからも良き同僚として隣に立ち見続けていたい。
 けれど、いつかエンデヴァーが年を重ね身体が不自由になり今のように病床にいることが多くなった時に、ただの同僚ではこんな風に傍に、彼の家族に憚ることなく一緒に過ごすことは出来ない。

 知ってしまった。分かってしまった。足りないことに気がついてしまった。

 剛翼、なんて自分に相応しい名だろう。