レディのたしなみ(アビー+バソ)

アビーとバーソロミューのたのしい美容室の話。ラヴィニアの存在がつよい。マスターはぐだ子。

 拝啓、ラヴィニアへ。カルデアはとても楽しいところです。わたしやあなたとおんなしくらいの歳の友達もいます。早くあなたも訪れてくださるといいのに。

 今日は、いつもお誘いしてくださるナーサリーとジャックに、美容室ごっこを教えてもらいました。温室に椅子を持ち込んで、お客様役と美容師役に分かれて、櫛やピンやヘアゴムやリボンを使って、きれいに整えてもらいます。
 ナーサリーはリボンを結ぶのが上手で、ジャックはハサミを自在に動かして毛先を切り揃えてくれました。もっとも、わたしたちはサーヴァントなので、ちょっと魔力を回せば元通りになってしまうから、ほんとに切ってもらうのとはちがうのだけれど。
「おや、お嬢さん方。素敵な遊びをしているね。よければ横髪を目元が隠れるくらいにひと房垂らすのはいかがかな?」
 通りすがりにお声をかけてくださったのは、バーソロミューさんでした。たいそう背が高い方で、生前はたくさん悪いことを成し遂げたという海賊さんです。お会いするときはたいてい、やさしいお顔をなさっているので、あまり怖いという印象はないのだけれど。今日は、涼しげな夏服を着ていらっしゃいました。
「こんにちは、紳士の海賊のお方! 前髪は……どうかしら、アビー?」
「その、バーソロミューさんのご趣味は、わたしにはよくわからないのだけれど……。わたしにも似合うかしら?」
「もちろんだとも! 興味を持ってくれて嬉しいよ、レディ」
 まあ、レディだなんて! バーソロミューさんのように格好いいしゃれた男の方に云われるのは、心臓がウサギのように飛び跳ねてしまいそうにドキドキしてしまうわ。バーソロミューさんは膝をつく優雅なお辞儀をして、騎士さまのようにわたしの指先を手に取りました。カルデアにはほんとうの騎士さまもたくさんいらっしゃるところ、遜色なくぴったりお似合いになるのがバーソロミューさんという方です。
 バーソロミューさんはお姫さまを攫いにきた悪い盗賊のように、指に触れそうなキスを落としました。
「よろしければ、私に君のメカクレの神秘をそなえた髪に触れる許可をいただけないでしょうか? きっと君の気に入るようにするとお約束しますとも!」
「いいのかしら?」
 後ろで踏み台に立っていたジャックを振り向くと、彼女はこくりとうなずいて、ひとっとびに降りました。
「ちゃんとアビーに似合うようにしなきゃ、ダメだよ」
「うふふ、きれいな髪は女の命とも呼ぶものね。承知した」
「お手伝いの助手はご入り用かしら?」
「そうだねナーサリー、道具を渡してくれるお手伝いをしてもらえるかな?」
「ええ、任されたわ! ジャックも!」
「うん。わたしたちも」
「これはこれは大役だ。それでは、メカクレ美容室、開店しまーす」
「開店でーす」
 四人そろって拍手をします。ほんとうの美容室のようです。どんなふうに整えてくださるのか、ええ、わくわくしてしまうわ!
 わたしはすっと背筋を伸ばしました。食事のまえのナプキンのように、膝丈まである真っ白な布をかけられて、首の後ろに結ばれます。
「苦しくないかい?」
「大丈夫よ」
「よかった。私の無骨な手が触れることをゆるしておくれ」
 それからバーソロミューさんは、ジャックになにかをささやきました。ジャックはひとつ了解すると、まるでニンジャのような素早さですっとかき消えました。どうしたのかしら、とわたしが思っていますと、正面に大きな楕円形の玻璃の鏡がことんと現れました。
 ナーサリーの魔法です。厳密には、魔法ではないそうだけれど、ポケットを叩いてクッキーを取り出すみたいに、物語に紡がれる鏡を出してくれたのです。なんて立派な鏡なんでしょう! 悪い魔女が世界一美しいひとは誰かと問う鏡にふさわしいものです。バーソロミューさんがわたしの後ろに立って、ナーサリーからヘアブラシをお借りしている姿もくっきり写っています。
「あの……
「あぁ、ジャックにはあるものを持って来てもらうよう、頼んだのさ。きっと君には必要だからね」
 バーソロミューさんが完璧なウインクをなさいます。みずから伊達男と名乗ってらっしゃるくらいなので、わたしはすっかり恥ずかしくなって、ほっぺたが熱くなってしまいました。ティテュバに見られたらきっと、「あらあらお嬢さまったらお熱を出されてしまっただか?」と云われて、にがいお薬を飲まされてしまうにちがいないわ。
「さて、レディ。今日はどんな髪型をご所望かな? 私のオススメはメカクレだよ」
「ええと……。わたし、髪型にあまりこだわりはないから、バーソロミューさんのお好みでかまわないのだけれど……できうるなら、とびっきり変身してマスターを驚かせてみたいわ。そんなことを考えるわたしは、悪い子かしら?」
「混沌悪の美容師にはお安い御用さ。承りました、お嬢さま」
 からからと気持ちのいい笑い方でバーソロミューさんは云い、ナーサリーと一緒にたくさんのリボンを丁寧に外していきました。
 霧吹きでたっぷり濡らすと、バーソロミューさんはヘアブラシでわたしの長い髪をすいてくださいます。
 わたしの髪は、綿を紡いだ糸のようにうんと細くてさらさらと手を通り抜けるかわりに、海風にあたるとすぐに乾いてしまって、ぱさぱさに跳ねてしまいます。おかげでいつも思い通りにならずに、使い古した箒の先っぽみたいにぴょんぴょん外側に飛んでしまっているのだわ。
 ラヴィニアの銀を編んだような色合いの、きれいな髪がいつもうらやましいって思っていたの。触れると指の端々まで見えるくらい透き通って、綿毛のようにやわらかかった。ラヴィニアはわたしがそう云うと、「アビーの髪の方が貴重だわ……」なんてそっと掲げて見つめていたかしら。わたしの髪なんて、貧しい田舎の村の、ろくに手入れもできていない貧相な女の子のもので、なんら価値もないけれども。ラヴィニアが褒めてくれたから、村の他の女の子みたいにきつく編んだ三つ編みにしないで、ずうっと長く伸ばしていたわ。
 その髪をバーソロミューさんが宝物みたいに扱ってくださっているのを感じて、なんだか恥ずかしくって穴に入りたくなってしまいます。バーソロミューさんのような海を渡って世界を駆け巡った方なら、もっと美しい髪を持つ方々をたくさん見ているでしょう。しびれるような感覚を覚えて、座り直そうとおしりを動かしたら、バーソロミューさんと鏡越しに眼があいました。
「どうしたのかな、アビー?」
「い、いいえ……すこし、足がしびれてしまっただけなの。お気になさらないでちょうだい」
「そうかい? つらくなったら遠慮なく云っておくれ」
「ええ」
「アビゲイル嬢の髪はとっても美しいね。そして前髪を垂らすときっと並々ならぬ魅力的なメカクレの女性になる! メカクレマスターの私が保証するよ!」
 メカクレの女性がどうしてバーソロミューさんの心をつかんで離さないのかは、まだわたしにはよくわからないけれども、大人になればわかる日が訪れるのかもしれません。
 けれども、バーソロミューさんが本気で褒めてくださったのはわかりました。ラヴィニアに云われて大切にしてきた髪だけれど、誰かに称賛してもらうのはわけがちがいます。ナーサリーがおもしろおかしそうにくすくす笑います。
「まあアビーったら、ほっぺたが熟れたリンゴのようだわ」
「ふふ、照れてしまってるのかな? 私は悪党だから、お世辞なんて気の利いたことはちっとも云わないさ」
「それは、わかっているのだけど……。でも、みっともない髪でしょう? ほんとうのお姫さまとはちがうもの」
「そりゃあ、生まれたときからかしずかれて蝶よ花よと育てられたお姫さまとまったくおなじとは云わないさ。アビーにはアビーの良さがあるとも。私のような海の民には、アビーの潮風の香りのする髪を、懐かしく好ましいと思うのさ」
 そういえば、バーソロミューさんは船乗りの方なのでした。船で大海をゆく方は、髪は潮風にあてられてごわついて、芯まですっかり傷んでしまうといいます。それだけでなく、船の重い機材を自分たちで動かし、嵐に高波におそわれ、だんだん物資が擦り減っていく貧しさにも耐える、過酷なお仕事なのだとも……、そうラヴィニアが教えてくれた。船の冒険なんて勇ましいばかりではないのね。バーソロミューさんはまさにそれらを物語るように、いまわたしの髪をすいてくださる指は褐色に日焼けして、たくさんの傷だらけで分厚いタコがつぶれてかたまって、黒い髪は毛先が白くぬけてしまっているのだわ。
 それでも、海を愛してらして、海の匂いのするわたしの髪をいいものだとおっしゃってくれるのは嬉しいことでした。
 照れくささにうつむきそうになってしまうのをしゃんと背伸びして、バーソロミューさんが全体をといてくださった髪が天使の輪のようにうっすらと光っていることに気づきました。自分の髪がこんなにきれいなのは初めてだわ。鏡に見入っていると、ちょうど、ジャックが駆けてくるのが見えました。
「ちゃんと、なぎこさんにもらったよ!」
「ありがとう、ジャック。おやおや、ずいぶんたくさんの荷物だね」
「色々あるから好きなの使っていいって」
 ジャックが持ち帰ってきたのは、色とりどりのボトルやケースです。これはバラ、これはサクラ、これはミント、植物を指しているのかと思えば、ベリーやオレンジもあると云います。バーソロミューさんはそれぞれじっくり説明書を読んで、わたしにどれがいいか選ばせてくれました。
 ちょっとずつ香りがちがうヘアオイルだそう。蓋を開けると、どれもいい匂い! わたしは迷って、つんとさわやかなジャスミンの香りを選びました。ちょっと大人っぽすぎるかしら。
「いいや、きっと似合うよ、レディ・ウィリアムズ」
 バーソロミューさんはヘアスタイリング剤を少量手に出し、温度で伸ばすと、うやうやしくわたしの髪を持ち上げました。なじませるようにそっと塗り込まれていきます。
 なめらかな触り心地になると、ヘアオイルの出番です。東洋風の花の香りが引き立って、それはもうすばらしい心地でした。潮風が魔法のひとふりで花園に変わったのです。
 次はブロッキングという髪をひとふさごとにピンで留めつける作業をはさみながら、くしけずっていきます。バーソロミューさんの手つきはやさしくてとても悪い海賊には見えないわ。そうわたしが云うと、バーソロミューさんは、にっこりと女の方をたぶらかす蠱惑的な笑みを浮かべます。
「それ以上はいけないよ、アビー。私はいたいけな少女を海辺から連れ去って、略奪品ばかりの塔に閉じ込めて、私好みに飾り立てているれっきとした海賊なのだから」
「あら、お客さまをメカクレにするのが楽しみな美容師さんではなくて?」
「海賊は自分の髪くらいは自分で切るからね、ときには美容師に転身することもあるのさ」
 さてと、バーソロミューさんは手を拭き、こんどはヘアゴムを手に取りました。櫛で左の横髪をわけ、サイドはナーサリーが三つ編みで編み込みます。ジャックはシュシュを選んでくれました。マスターがつけているものに似た、タンポポの花みたいに黄色くて、輪っかに絡むようにビーズと鈴の飾りがついているのです。
 美容師さんたちによって細部まで整えられると、後ろにも合わせ鏡が用意され、白い布が取り払われました。
 鏡に写るわたしはまばたきをしました。
 髪は高くポニーテールに結い上げて、左のひと房だけ垂れ落ちていています。黄色いシュシュがチャームポイント。しゃらんとひかえめな音が鳴って、とっても可愛いけれど、いつもよりずっと大人っぽい髪型に変わっていました。
「さあ、お客さま。このような感じでいかがかな?」
「ええ、……ええ! とっても素敵! まるで私でないみたい!」
 ラヴィニアに見せてあげたいわ。と、口にしようとして、彼女がここにはいないことを思い出して、わたしはそっと秘密を守るように唇をつぐみました。
 椅子から降りて鏡のまえで一回転すると、長いポニーテールがふわりと揺れます。ジャックとナーサリーが口々に褒めてくれました。
「かわいいよ、アビー」
「今日のアビーはいちだんとおしゃれさんだわ」
「ありがとう、ジャック、ナーサリー。バーソロミューさんも」
「なに、私は君の隠された美を引き出す手助けをしただけだとも。私の見立て通り、前髪で神秘的なひとみを覆った君はいっそう魅力的だ……。海賊らしく連れ去って、マスターに宝を見せびらかしてもよろしいかな?」
 バーソロミューさんが混沌悪の悪いお顔でおっしゃるので、わたしはレディとしてついと指先を差し出しました。
「紳士の方にエスコートをしてくださるのなら、喜んで!」

 ええ、マスターはとても驚いて、素敵だって褒めてくださったわ。
 ラヴィニアにも見せてあげたいと、いっそう強く思ったの。またふたたびあなたと巡り合えることを神様にお祈りします。