隠し味は、

f/go二次小説、現パロロビシャル親子、お留守番とオニオンスープの話。
大人のロャとちいさいロャ、創造のダン卿の夫人がいます。ふんわり設定。
サンソンお誕生日おめでとう🎉 作中はお付き合い記念日とかなにかだと思います。

「えぇ、ええ、……御世話おかけします。よろしくお願いします」
「一向に構わんよ。年に一度の留守番くらい。むしろもう少し多いくらいでもいいのではないかね」
「はは……
「そーいうことはいいんですよ! オレらの関係に口出さないでください」
「こらロビン、いくらきみのお父様だからって失礼じゃないか」
「あのねえ、この親父はクッソ面白がってるだけですよ!」
「じゅんびできたー!」
 お出かけ前にも関わらず一触触発の空気になりかけたロビンとシャルルを遮って、間延びした子供の声が廊下に響く。アンリが上着を着てお気に入りのわんこのリュックを背負ってすっかりお出かけスタイルで駆けてくる。あちゃー、とロビンが額に手を当てる。
 アンリはフォーマルなジャケット姿の大人たちと、ダンおじい様の隣で送り出しをしようとしていた部屋着のプティロビンを見比べ、首をかしげる。夕食の材料のためのお買いものにしては、なんだかいつもと違うようだった。
 云いよどむ大人たちよりも前に、プティロビンが呆れたように肩をすくめる。
「シャルル、今日はでかけねーんだぞ」
「え? 父さんとパパがおでかけするっていうから……
 なおも首を深く傾けるアンリ。たじろいでいた大人も気を取り直したらしく、かっちりしたスーツのシャルルがしゃがみこんでアンリと視線を合わせた。
「あのね、アンリ。今日はパパと、父さんだけでお出かけなんだ。アンリとプティロビンは、ダンおじい様のお家で良い子でお留守番しててね」
「父さんとパパだけ?」
「そう」
……やだ!!」
 突然大声を出したアンリに、シャルルが眼をまんまるくさせる。アンリはリュックを離したくないぞとばかりにしっかり掴んで、ピンク色の唇を噛んだ。
 まぁまぁ、とロビンもシャルルの隣に腰を下ろす。
「やだって云われてもな。今日行くとこは、大人のレストランなんです。お前らちびは連れていけない。親父んとこでお留守番」
「やだ!!!!」
……このカタブツめ……誰に似たんだか……
 思わず悪態をつくロビンにおじい様はからからと笑う。
「ははっ、かわいい我儘ではないか。こりゃてこでも動かなさそうだ。今からでも連れて行くことはできんのかね」
「無茶云わねえでくださいよ。オレとシャルルのぶんしか予約してねえですし、こいつらがおとなしーく、お上品に食事してくれる保証もない。だいいち、拗ねたら甘やかすのも良くないっしょ」
「おや、子供らが拗ねるとすぐお菓子を出す甘やかしはどこの誰なんだい?」
「それとこれは違うじゃないですか」
 大人たちが立ち上がって相談する横でプティロビンがアンリの手を引く。ぶすくれてふくらんだほっぺは白い大福のようだ。精一杯、悲しい声を装ってプティロビンは声をかけた。
「なぁ、おれとおるすばん、だめ?」
……やじゃないけど、やだ」
 むぅとアンリは口を尖らせる。いっしょにおでかけだとおもったのに。当然と思われたことが叶えられなくて、胸が苦しいほど痛いのを訴える代わりにアンリはじたばたと床を蹴った。
 ロビンが困った顔でわしわしと頭を撫でる。
「じゃあ、お出かけはなしだけど、お土産ありってことでどうだ?」
「またロビン、お菓子で釣るのは良くないよ」
「仕方ねーだろ。予約の時間も迫ってる。な、アンリ、とっても美味しいクッキーでどうだ。ちゃんとカラカラの缶に入ってるやつ」
 缶入りのクッキーは来客があるときやよほど良い子にしたときだけの、めったに買ってもらえない特別なお菓子だ。アンリは空き缶を小石や折り紙や大事なものを入れる小物入れとしていくつかコレクションしている。振るとカラカラと素敵な音がするのだ。
 わかりやすく云い包められそうな気配は感じつつも、どうにも決定は覆せないとわかってアンリはようやく頷いた。
……いいこにしてる……
「よし、わかった。プティも良い子にしてろよ。親父、こいつら頼んだ」
「親は苦労するな」
「云うなよ。行ってきます」
「いってらっしゃい」
「行って来るね」
 一度だけプティロビンとアンリを抱きしめてくれた暖かさが離れていく。扉が開いて夕日が一瞬差し込んで消えた。プティロビンはうつむいて動かないアンリの手をぎゅっと強く握った。



 リビングの角で、壁向きに膝を抱えて座り込むアンリは、話しかけないでくれと云わんばかりにむっつりとどんよりした空気を放っていた。プティロビンが話しかけても眼を合わせることもなく押し黙って無視。最終的にプティロビンも怒ってドタドタと書斎に籠もってしまった。
 あらまあたいへん、と微笑むおばあ様は言葉ほど困った様子もなく、夕食の準備をしていた。鍋いっぱいのオニオンスープ、チーズやハムやレタスのサンドイッチ、たっぷりの挽き肉とトマトのミートパイ。ちびたちのために手搾りレモンのレモネードも。新聞を読んでいたおじい様は顔を上げてテーブルに並べられるご馳走に眼を細めた。
「あのくらいの年頃は難しいな。ロビンはもう少し物わかりが良かった」
「そりゃロビンは特別良い子でしたよ。大人の云うことをよく聞いて、お手伝いもたくさん。でもそれって、我慢をいっぱいしてたってことでしょう。よその子だから良い子にしてないと追い出されるとでも思っていたのかしら。ともかく、子供はあのくらい我儘で面倒でわからずやで、ちょうどいいんですよ」
「そういうもんかね」
「そういうものですよ。さて、そろそろ貴方はちいさなロビンを呼んでくださいな。私はアンリを呼びますから」
 腰の重い夫をきびきびと立ち上がらせて、おばあ様はいそいそとアンリの元へ行く。アンリは彫像のように身じろぎもしていなかったが、氷を溶かしたような水色の瞳はぱっちりと開いていた。
「アンリ、みんなで夕食にしましょう。今日はおじい様のオニオンスープもありますよ」
……
「おじい様も貴方たちが来るのを心待ちにして、三日も前からオニオンスープを仕込んでいたのですよ。今頃は甘ーい玉ねぎがとろけて食べ頃になっているかしら。オニオンスープ、好きでしょう?」
……父さんの、オニオンスープがいい……
 そばのおばあ様にも聞き取りづらいちいさなちいさな声で、アンリはようやっと答えた。おばあ様は少し驚いた顔をした。
「あらまあ。パパからお聞きになってない? うちのおじい様のオニオンスープと、貴方の父さんのオニオンスープはそっくりだって」
……きいてない」
 少しばかり興味を持ったアンリの潤んだ眼がぎこちなくおばあ様を振り向く。おばあ様はあとひと押し、とにっこりと微笑みかけた。
「パパは子供の頃、おじい様のオニオンスープが大好きだったの。貴方のパパと父さんがお付き合いを始めたきっかけは、オニオンスープだったそうよ。なんでも、二日酔いのパパに父さんが朝食のオニオンスープを分けてくれて、それがおじい様のスープとおんなじ味がしたんですって」
 作り方は違うそうですけど、不思議ですねえ。おばあ様はおっとりと頬を緩める。
「どう? お腹は空いてますか?」
……たべる」
 きゅるるるる。カエルが鳴いたような腹の音をごまかすように、アンリは恥ずかしそうにおばあ様に抱っこをねだった。



 紹介状がないと予約がとれないと評判のコース・メニューのみのレストランは、隠れ家的バーの役割も果たしていて、コース料理に舌鼓を打ちたいシャルルと様々な種類の酒を味わいたいロビン双方が気に入った。快く紹介状を融通してくれたマリーにはあらためて感謝を告げないと、と思いながらシャルルはワインを傾ける。
 アミューズからオードブル、パンにスープ、ポワソン、ソルベ、ヴィヤンドとゆっくりと楽しみ、最後にデセールが運ばれてくる。ミントの葉と純白のメレンゲが添えられ、メープルシロップがかけられたクレームブリュレを舌に溶かすとまたたく間に消え失せる。はっと眼を見開いて、とろりと幸福な感情をこぼれさせるシャルルをロビンは愛しそうに見つめていた。
「たまにはこういうのもいいですねえ」
「ふふ、きみがそう云ってくれるなんて嬉しいな。昔は勇気を出して誘っても、作法だの不相応だのなんだの、文句を云ってばかりで喧嘩になってしまったから」
「実は今も喧嘩売ってるんじゃないかと思ってますけど。学生時代の金のないときにホテルレストラン予約したいなんて、お坊っちゃんには普通だったかもしれませんが、オレにはとんでもない贅沢だったんですよ」
「僕は坊っちゃんじゃない。ただ、……僕は、喜びの節目に家族でレストランのコースを楽しむのがお祝いだったんだ。父さんは、子供のうちからそういう店で礼儀作法を学びなさいと云っていたから」
 ランプの灯りでほの暗い店内にもわかるほどシャルルは赤らめた。今でこそシャルルはロビンとの価値観の違い、育った環境の違い、愛の違いを理解しつつあるが、出逢った頃はまったく最悪だったのだ。
 寮のキッチンで、気まぐれで差し入れたオニオンスープを「いらねえよ」の一言で跳ねのけられ、カッカとなったシャルルは云い争いの果てに「きみの身体を心配しているんだ! 飲め!」とむりやり飲ませたこと。ずいぶん強引なやり方だったが、ロビンは眼をぱちくりとして「……旨い」と呟いたこと。
「なぁにふにゃふにゃの変な顔してるんですか。せっかくの美形が台無しですよ」
 ロビが身を乗り出してむいとほっぺをつまむ。やはりガキどもに比べて硬いな……と思いつつ反撃前にぱっと手を離した。
「ロ、ロビン! 食事中に……! はしたないぞ!」
「アンタがよそ事考えてるからでしょ。なんです? オレ以外のこと?」
「きみのことだよ……、きみに初めて料理を振る舞ったときのことを思い出してたんだ」
「オニオンスープ?」
「うん」
 ロビンから即座に答えが返ってきて、思わずシャルルは声を弾ませてしまった。
「今日のオニオンスープも旨かったですが、オレはシャルルのオニオンスープの方が好きですね」
「それとダン卿のオニオンスープ?」
「それはまあ、別枠で」
「僕とダン卿のオニオンスープが似てるって前云っていたっけ」
「作り方は絶対違うと思うんですけど。あのひと普段料理しないから、たまに思いついて三日も煮込むんですよ。キッチンとしちゃいい迷惑です」
「僕は、隠し味が同じなんじゃないかと思うんだ」
 ロビンは眼をぱちくりとさせる。シャルルはクレームブリュレの最後の一口のあと、皿についていたメープルシロップをすくう。
 濃厚な甘さにほろりと香ばしい苦味がにじむ。
「僕のレシピは、ほんのひとさじのメープルシロップが隠し味なんだよ」