一年目の冬越し前

f/go二次小説現パロ、小さなロビンと彼を引き取ったサンソンが一緒に暮らしてる話。
年齢操作あり、親子パロのようでほんのりロビシャル。

 水底に沈んでいた意識がふわりと浮上する。ぬくぬくと温かい。寝返りをうとうとしたらなんだか胸の辺りが重くて上手くできなかった。でもいいや、あったかくて、まだねむくて、なんだかまぶしくて、それに仔犬が鳴いているみたいな耳に優しい声がして。
「シャルル、シャールール!」
「んぅ…………
「センセイってば!」
「ぐふっ!!」
 再び深く潜ろうとした思考が衝撃で急激に引っ張りあげられる。
 眼を開けると、視界いっぱいにエメラルドみたいな双眼が飛び込んできた。本人の強い拘りでちょっと長い前髪も、ぐっと覗き込んでいるせいでサンソンの顔にかかるようにしてゆらゆら揺れている。
「起きて! かいもの行くって云ってたろ!」
「ぐぅっ……! わ、わかった! 起きる! 起きるから退いてくれロビン!」
 胸の上に乗っかってぐわんぐわんと跳ねられては呼吸もままならない。サンソンが咳き込みながら引き剥がそうとして無理に身体を起こそうとしたら、おちびさんがくらりと転げそうになって、慌てて両腕で受け止める。危ない。サンソンのシングルベッドはそう広くはないうえにすぐ隣にはうず高く積まれた書物の山が待ち構えている。
 起き抜けにゼーハーと乱れている息を整えながら、サンソンは同居人のおちびさんを抱きしめる。子供の体温は湯たんぽみたいに暖かくて、そのままあくびをしたら、ぺしりと小さな手で頬を軽く叩かれた。
「二度寝すんじゃねえ!」
「ふぁあ……ごめん、ロビン。今は……八時か。お腹空いたろう?」
「うん。朝ごはんのじゅんびできてる」
「ありがとう。ロビンは本当に良い子さんだねえ」
 もちもちのほっぺたにビズの雨を降らせようとしたら、何やら呻きながら両手でサンソンの口を抑えてまで首をひねって逃げようとする。可愛い抵抗に思わず口元がふへと緩んでしまった。
「なにすんだこの!」
「ふふ、ごめんね。ロビンがとても可愛いから」
「かわいいとか云うな!」
 頬を丸くしてぽこぽこ怒った顔をしても可愛いばかりだ。しかしこれ以上からかうとロビンの機嫌を損ねてしまって、せっかくの休日に買い物に行きたくないと駄々をこねられてしまうので、サンソンはにこにこと微笑むだけにとどめた。
 ロビンの脇を抱えてベッドから下ろしてやり、サンソンはハンガーにかけていた服を手に取る。最近お着換えは恥ずかしいからひとりでするのだと主張しているロビンは、とてとてと床を埋め尽くす本を踏まないよう器用に廊下とつなぐ扉に走っていき、入口から顔を出した。
「食パン、焼いておくからな!」
「うん、頼むよ」
 サンソンが寝間着のボタンを中途半端に外しかけたまま手を振ると、ロビンはびゃっと顔を引っ込めて去って行った。オーブントースターに二枚の食パンを入れてくれるのだろう。急がなければならない。
 着替えをして、リビングに向かうとロビンは椅子に座って足をぷらぷらさせながらパンが焼けるのを待っていた。サンソンは対面のキッチンで手早く二人分のソーセージと目玉焼きと缶詰のコーンを焼く。それに湯を沸かして。
 呑み込みが早くてサンソンが見ているときなら子供用包丁で野菜を切ったりホットケーキを焼いたりすることもできるロビンは、じきにひとりで料理することができるようになるだろうが、まだサンソンは七歳のロビンだけで火を使うことを許していない。熱々の食事をするために、そしてサンソンが自惚れるなら一緒に食べるために、わざわざ起こしてくれたのだろう。燦々とリビングに入ってくる陽光も相まって、鼻歌でも歌いたい気分だった。
 二皿に目玉焼きひとつとソーセージふたつ、コーンは半分こにして、テーブルで今か今かと待っているロビンの前に皿を置く。こんがりきつね色のトーストにロビンお気に入りのブルーベリージャムを落として、素敵な朝のごはんが完成。
「先に食べてていいよ」
「待ってる!」
 間髪入れずにロビンが背筋を伸ばして答えた。そわそわといじらしいおちびさんにサンソンは眉を下げた。さぁ、早くしなければ、温かな食事が冷めてしまう。
 サンソンは自分とロビンにティーバッグのダージリンを淹れる。サンソンはストレートで、ロビンにはお砂糖ひとすくいとミルクをたらり。湯気の立つ紅茶を見て、ロビンはほうと眼を細めた。
 向かい合わせに席につき、指を組んで祈りを捧げ、ようやくごはんの時間である。サンソンはナイフとフォークで、ロビンはフォークと手づかみで、口いっぱいに頬張った。皮が破れたソーセージは肉汁が溢れ、卵は完璧な半熟、甘酸っぱいジャムのトーストは毎日食べていても飽きがこない。ジャムで口まわりをべたべたにしているロビンを微笑ましく見ながら、サンソンは小さく切り分けたトーストを食む。
「かいものってどこ行くんだ? スーパー?」
「食料品も買わなくちゃいけないけど、いちばんはきみの服だよ。そろそろ冬物のコートが必要だろう?」
 皿の上で縦横無尽に散らばるコーンを一粒ずつちまちま拾って食べていたロビンが、片方だけ見えている眼をまんまるくさせる。ロビンが今着ているのはこの家に来たばかりのときサンソンが買ってあげた秋物で、テレビの戦隊モノのキャラクターが描かれている。まだ夏物の終わりの時期だったので種類はそんなにない。本格的な冬に入る前に改めて揃えなければならないだろう。
 ロビンはなんでも似合うから服選びは大変だ。サンソンがあれもこれもと欲張ろうとして、ロビンに買いすぎだと注意されたことは一度や二度ではない。
 サンソンが色んな服を着たロビンをウキウキで想像していると、タレ目がきゅうと申し訳なさそうに下がり、食べるのをやめてしまう。不思議に思ってサンソンがどうしたの、と訊ねるとロビンはぼそぼそと呟いた。
「オレ、そんなにいらない。これでいい」
「どうして? 必要なものじゃないか。きみはもっと大きくなるのだし、服くらいいくらでも買ってあげるよ」
……いらない。大きくもならない。それよりもセンセイのしごと用の本、買えばいいだろ」
「本が欲しいの? 後で本屋にも寄ろうか」
「いらない!」
 つんざくような叫びとともに拳をテーブルに打ちつけたので、握っていたフォークが床に滑り落ちた。こら、食事中に乱暴しないの、と思わずサンソンが鋭い声でたしなめるとロビンは泣きそうに口を尖らせた。
「だって、センセイ、こないだだって机買ってくれただろ」
「勉強机のこと? もしかしてお金のこと心配してくれているのかい? 大丈夫、きみのためのお金はちゃんと用意してるし、勉強机なんて必要経費の内だよ」
「でもすっごく高いんだろ? センセイはオレになんでも買ってくれるけど、オレ、そんなにたくさん返せない……
 今度はサンソンが眼を丸くする番だった。遅れて心の底からニヤけるような笑いが込み上がってくる。
 なんて可愛いんだろう。律儀なおちびさんは恩を返そうと小さな頭でがんばって考えていたのだ。
 ただ訂正はしておかないとぽろぽろ泣き始めてしまったロビンが可哀想なので、サンソンは微笑みを浮かべて優しく語りかけた。
「ロビン、僕の可愛いコマドリさん、心配しないで。僕がきみに色々買ってあげるのは、僕がそうしたいからしていることで、きみはなんら責を負う必要はないんだ。冬物の服だって、僕はきみが我慢して寒い思いをしていると悲しいし、あったかい服を着て笑っていてくれると嬉しいんだ。だからね、ロビンは泣かなくたっていいんだよ」
「うぅー……でも、すごくわるい……
「ちっとも気にすることないさ。むしろ、僕はロビンがいてくれてとても助かってるよ。今日だって朝ごはんの準備をしてくれて、僕を起こしに来てくれたろう?」
「そんなの、孤児院じゃ、みんなやってた」
「じゃあロビンは、孤児院にいるときからがんばってたんだね。えらいえらい」
 サンソンはロビンの頭を撫でてやる。ふわふわの髪は陽の色に違わず暖かくてやわらかくて触り心地がいい。まるで綿毛か羽毛のようだった。ロビンはべそべそになりながらしばらくされるがままにされていたが、不意に頭を振ってサンソンの手を払い除けてしまった。
「なでるなぁっ……子供じゃねえもん!」
「僕にとってはまだまだ子供だよ。落ち着いた? 早くごはん食べて、お昼になる前には一緒に出掛けよう」
……うん」
 目元を真っ赤にしたままロビンが落としたフォークを拾ってくれて、食事を再開する。サンソンは機嫌を取り直したことに安心して、コートはロビンが持っている上着と同じ緑色のジャンパーがいいかな、と想像しながらカップを持つ。紅茶は程よくぬるくなっていた。
……ねぇシャルル」
「なぁに、ロビン」
「水色のコートって、あると思う?」
「どうだろう。緑色じゃなくていいのかい?」
「水色がいい」
 ロビンがどうしても譲れないところだと云いたげに力強く答えた。緑色が好きでなんでも緑で揃えたがるロビンにしては珍しくて、サンソンは首を傾げる。とはいえロビンの可愛いわがままは叶えてあげたいのでひとまず頷いた。
「わかった。水色だね。あと、お昼ごはんは外食するから、なにを食べたいか考えてくれるかい」
「うん!」
 ロビンがふくふくと嬉しそうな笑顔をこぼすので、サンソンもつられて笑みを形づくった。