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ロンド
8964文字
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奈落の大穴
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彼は夜空を見上げない
メイアビ二次小説、if設定地臥せりのジルオさんと何も知らないイェルメさんの話。
ジルオが地臥せりif、黒笛ifです。ライザさんは絶界行済ですが原作と経緯が異なります。ジルオ以外にもif設定ありますのでなんでも食べられる方向け。
ジルオにはハイライトはない。
地臥せりはオーゼンさんの私設探窟隊だ。
というのは建前で、深層へ赴くこともある白笛の探窟隊にはちと少ない。俺を含めても四人。弟子のマルルクは小さすぎてまだ含めない。しかも半数が月笛ときた。他の白笛が数十名の黒笛を抱えているところをみると、少数精鋭と云えば聞こえはいいが迫力には欠ける。ひとつ良いのは拠点の監視基地(シーカーキャンプ)で立派な個室が与えられることだろうか。
俺は地臥せりの中では新参で、古いのはザポ爺だ。オーゼンさんが白笛になったばかりの頃からの付き合いらしい。次に長いのはシムレドで、十年ちょっと。その次はジルオ、俺と同じくらいの歳に見えるのに、すでに黒笛、そして可哀想なことにオーゼンさんのお気に入り。
弟子といえばマルルクなのだけど、ジルオは昔オーゼンさんが弟子にと望んで誘ったのに断り、色々あってあとから地臥せりとして加入したらしい。色々あって、の部分はよく知らない。本人は喋らないし、喋らないんじゃ訊きづらい。シムレドやザポ爺から聞いた穴抜けの話を総括すると、元々別の探窟家の弟子だったのが、師匠がアビスに還ったので移籍してきたということだ。ジルオが地臥せりに加入したとき、オーゼンさんはたいそう喜んで、そのとき持ってたいちばんいい酒まで開けたという。
歳はたぶん近いし、私室は隣だし、語りたがらない性格で俺の思いつきのような雑談に黙って付き合ってくれるしで、ジルオとはわりあい話す機会が多い。
空いた時間でもあればジルオの部屋にくつろぎに行く。
「俺の部屋は休憩所ではないが」
「俺ん部屋物が多くて落ち着けねぇんだよ」
「あれだけ見ず知らずの女性の絵姿を貼っていれば気も散るだろうな」
ジルオの部屋は殺風景だ。必ず整えられているベッドと机と椅子、箪笥、本棚、それだけ。本棚だってぎゅうぎゅうに書物を詰めてるわけではなく、半分は空で、残りは数冊のアビス関連の本と分厚い書付けの束である。ちらちら読んだかぎりでは筆跡は見事だがほとんど報告書のていである。面白味はない。質素倹約、謹厳実直な性格をよく表している。
私服姿を見たことがないのはアビスの中であることを差し引いても、黒笛ともなれば組合規定の探窟服をカスタマイズする奴は少なくない。でもジルオは常にまるで教書のようにきっちり着ている。今日俺が訪ねたときも、非番であるというのに上着ひとつ脱がずに机に向かって書き物をしていた。ジルオはため息ひとつで迎え入れ、俺がベッドに転がって雑誌を読み始めてもお構いなしに続きに戻った。
「なー、それ、何やってんの?」
「昨日の探窟成果の報告書」
「は?! それ締切今日だっけ?!」
「あと三日だな。驚愕するほどということはお前やってないな。あれほど溜めるなと」
「どっちにしてもオースに上がるの来週じゃん。いいじゃん、ギリギリだって間に合えばオーゼンさん許してくれるしさ」
「書き留めておかねば仔細を忘れるだろう」
「そこまで細かく書く必要ねーだろ。というかお前の頭でも忘れんの? 読んだ本ほぼ一字一句暗記してるくせに?」
「記憶と暗記は違う。
……
どんなに些細な事柄だろうと記録しておけばいずれ役に立つかもしれんだろう」
正論なのはわかるけど口伝を優先する組合探窟家には珍しいタイプだと思う。むしろオーゼンさんは真逆で記録らしい記録を取らないで自分の頭の中にしまっておく方だ。報告書も組合が発掘した遺物を管理する名目だけに必要なのでずさんでも咎められない。競売名か特徴か、一行二行で書いておけばいいのに。
のんびりきれいなネエチャンの雑誌を眺める気分は落ち込んでしまって、雑誌は投げ出してジルオの手元を肩口から覗き込む。
……
わお。びっしりだ。
「邪魔だ」
「それ終わったら軽く狩り行こーぜ。オットバスがいいな。オーゼンさんもそろそろ帰ってくる頃だろうし、マルルクも喜ぶ」
「残念ながらこの後はマルルクの勉強をみる先約がある。一人で行くことだな」
「じゃあマルルクを連れて暗い森にでも」
「オーゼンさんの許可なしにマルルクの外出は差し障りがあるだろう」
「ちぇっ」
あっという間に云い包められてしまった。差し障りはマルルクの方だ。あれでいて師匠心があるのか、オーゼンさんは蒼笛にしては幼すぎるマルルクが二層をふらつくのは良しとしない。裸吊りの罰を受けるのが子供の方だと思うと俺も引き下がりにくい。
再びベッドへ仰向けに転がり、天井の木目の模様が人の顔に見えるな、などとぼんやり考えているとジルオがぽつりと云った。
「
……
幸い明日は周辺調査だ。ついでに、一狩り行って夕飯の肉を土産に持ち帰るのもやぶさかではないな」
「まじで?!」
足を振り上げて飛び起きる。ジルオは机に視線を落としたままだった。
「あくまでついでだ。仕事の手抜きはしない」
「いいよー肉が食えるんなら」
毎日食卓に肉は出るが捕えやすい小型生物ばかりである。たまには大物を食ってみたい。そう訴えると、ジルオはふっと笑いを噛み殺したような息を吐いた。
「俺も、そろそろ手応えのある奴とやり合いたいと思っていた」
こういうとこ、真面目そうで案外血の気が多い奴なんだよなぁ、と俺は苦笑いした。
*
オーゼンさんが四層の単独探窟から帰ってきた。毎日やきもきと望遠鏡を見ていたマルルクが真っ先に迎えに出る。地臥せりの俺たちは適当なタイミングを見計らって広間に集まる。ちょうどオースから訪れた黒笛ハボルグの探窟隊が休んでいて、ハボルグも顔合わせに来た。
見たところ大した怪我も疲労もなく、顔見知りのハボルグに眼を留めてオーゼンさんの方から挨拶をしたので、今回は機嫌が良いらしかった。機嫌が地を這っているときはところ構わず当たり散らして誰も手がつけられなくなるので面倒くさい。
奥方は元気か、もちろんです、と軽く挨拶を交わしたあと、オーゼンさんは壁の方で突っ立っていたジルオにちょいちょいと指を曲げて呼び寄せる。訝しげなジルオに、巨大なリュックから布に包んだだけの長物を取り出して受け取るよう云った。
「君に土産。きっと気に入るよ」
「
……
ありがとうございます」
「開けてみたまえよ」
次がない。ジルオだけかよ
……
と俺はため息を呑み込んでジルオが布を固定する縄を解くのを眺める。オーゼンさんのジルオ贔屓はあからさまだ。お茶を用意してくれたマルルクが羨望のまなざしで見ているのが可哀想だがオーゼンさんには無視されている。
はらりと布が落とされる。等級の高そうな青い機械仕掛けの遺物だった。ハボルグが眼を見張っている。ザポ爺がなぜだかほぉ
…
と感嘆した。
俺は首を傾げた。ジルオの様子がおかしい。
ジルオの顔色が見るからに悪くなった。遺物の感触を確かめるように撫でる手が小刻みに震えていた。
「オーゼンさん
……
これは、どこで」
「ン? 不屈の花園の丘の上だよ。コイツと一緒に、墓標みたいに刺さってたのさ」
「墓標
……
」
ジルオがはっと顔をあげる。オーゼンさんがひらひらと振って見せる封書に息を呑む。
「
……
いったい、どういうことですか。あの人は
……
底に旅立ったのではないのですか!」
「さてねェ。わかることは、間違いなくソイツはライザの無尽鎚(ブレイズリープ)であること、封書がライザの筆跡であること、あとは墓にはなんにも埋まってなかったということくらいさ」
「ライザ
……
やっぱり殲滅のライザか」
シムレドが顔を歪めて云った人物は俺も名前だけは知っていた。
殲滅卿、殲滅のライザ。十年前に絶界行(ラストダイブ)した白笛。厳つい二つ名に相応しく、数々の発見だけでなく、おびただしい戦績を遺した奈落の申し子。
白笛の遺物が見つかるのは歴史に大発見と云っていいだろうが、なぜこんなに異様な雰囲気に呑まれているのかは図りかねた。隣のハボルグをつつく。
「どーいうこと? ライザさんと知り合い?」
「お前さん知らされておらんのか」
「俺、ライザさんの後しか知らねえんだよ。他の白笛のこと、あんま話さないし
……
」
こそこそと話していることをオーゼンさんに気づかれているとは知っていたが、ハボルグは頭を掻いたあと、身をかがめる。
「
……
ここだけの話なんだが。ライザさんはオーゼンさんの弟子だったんだ」
「はぁ、そりゃまたすごい繋がりで
……
」
「ジルオはライザさんの弟子だ」
「は?!」
思わずひょうきんな声が出た。ハボルグは幅広の肩をすくめて見せた。
「
……
ま、そういうことだ。師匠の遺物を弟子が貰い受けるのは組合では許された措置だ。ライザさんに親族はいらっしゃらないようだし、オーゼンさんが譲ると云うならこうなるだろうな」
「まじかぁー
……
」
ジルオが殲滅卿の弟子。今まで不明だった色々あって、の部分にぴったりとピースが収まるような心地がした。しかも関係性がかなりややこしい。オーゼンさんのお気に入りである理由がわかってしまったような気がした。
動揺を愉しむようにオーゼンさんはご機嫌で、深淵の瞳の色を深くしてニタリと三日月状に口角を上げる。
「どうだい? 要らんと云うならハボルグに持たせるだけさ。博物館所有にしとくにはちともったいないがねェ」
「
……
いえ、俺が頂きます」
素っ気ないようで震えを圧し殺したような声で答えて、ジルオは遺物を大事そうに抱き締める。オーゼンさんは満足そうに嗤い、ポキリと骨音を立てて背筋を正す。
オーゼンさんが封書をテーブルに広げ、ハボルグに説明するのを皆で覗き込む。欠けも破れもない素晴らしく完全な封書に誰もが見惚れている。ふと俺はジルオが泣いているのではと思って盗み見たが、ジルオは遺物を抱えたまま表情が抜け落ちたような顔で、封書を瞬きもせず呑み込むように見つめていた。
*
殲滅卿の話を聞いたことがないというのは不動卿の部下らしくないな、と白笛マニアのハボルグは笑って云ったが、訳がある。
そもそも白笛とひとくくりにしても、彼らはアビスへの挑み方も目的も思想も異なる。オーゼンさんは監視基地(シーカーキャンプ)の防人を兼任しているので訪れる組合探窟家に安全な宿と情報を提供するが、他の白笛の部下には無干渉を貫く。俺たちも余計な親切はしなくていいと云い含められている。ほとんど交流は途絶えていると云っていい。白笛とはそういうものだと了解してきたので、殲滅卿と師弟関係にあったというのは驚きだ。
「じゃあ、ライザさんは、ボクの前のお弟子さんだったんですね
……
。白笛なんてすごいなぁ
……
」
しんみりとつぶやくマルルクは少し落ち込んでいるように見える。ハボルグがそそくさと出立したのち、またいつものメンバーだけになったので監視基地(シーカーキャンプ)には静けさが漂う。探窟隊が帰るといつもマルルクは賑やかさが減って寂しそうにしているが、今回はそればかりではないだろう。
「まったくオーゼンさんもジルオも水くさいよなー。もっと色々話してくれればいいのにさー」
「そう、ですね
……
」
複雑そうな声色の同意に、知らない姉弟子がいたことにそりゃあショック受けるよなと思い至る。マルルクにとっては唯一のお師さまなのに、オーゼンさんにとっては二番目か、もしかするとずっと後の弟子かもしれないのだ。しかも姉弟子が白笛だったと聞けば、暗い森の生存訓練も泣いてしまってままならない自分と比べて落ち込みもするだろう。
いつもよりお喋りの少ないマルルクが望遠鏡を覗き込む仕事に戻るので、元気づけるよりそっとしておいてほしいんだなと判断し、部屋を出ることにする。気分転換に施設の点検でもするかな。
「
……
あっ!」
マルルクがなにかに気づいた声を出したので俺は振り向いた。望遠鏡に眼を押しつけたままハンドルをぐるぐると回す。
「どした、マルルク」
「あれは
……
人が
……
人が原生生物に襲われてます! 黒笛です! 至急、救助に向かいましょう!」
「
……
了解、行ってくる!」
二人で部屋を飛び出す。道すがらマルルクに場所を聞き出して別れ、俺は武器庫に向かい、取るものとりあえず鉄砲を一丁手に取り、ゴンドラへ向かう。しばし遅れてマルルクがジルオを伴って来た。ジルオは無尽鎚(ブレイズリープ)を背負っている。
「行こう」
ジルオが頷く。手短な合図でゴンドラが降ろされるが、動いている途中で待ちきれずに地獄渡りへ飛び降りた。
地獄渡りを迷わず駆け抜けながらジルオが話し出す。
「原生生物三匹、探窟家はマルルクが確認した限り六名。
……
全員が仮面をかぶっていたそうだ」
「えっそれって」
「十中八九黎明卿の祈手(アンブラハンズ)だろうな」
黎明卿、新しきボンドルドはオーゼンさんが最も嫌っている探窟家のひとりだ。何度か顔を合わせているが、毎度地味な嫌がらせを繰り返しているので間違いない。ボンドルドもオーゼンさんを怒らせて半殺しの目に合わされようが諦めず丁重に接してくるので逆に気味が悪い。絶対に関わるな、と厳命されている。
「俺らやばくね? オーゼンさんに何云われるか」
「黎明卿本人が同行していない可能性もある。
……
第一、人命がかかってるだろう。見捨てる理由がない」
走りながらジルオがかちゃりと無尽鎚(ブレイズリープ)を広げる。派手な見目の原生生物が翼を広げて人を襲っているのがすでに見えてきていた。黒尽くめの探窟家たちが追い払おうとして暴風にあおられて上手くいっていない。
「ありゃ
……
卵持ってやがるな。巣から盗んだのがバレたのか」
「迂闊だな。俺は上から行く。イェルメは下からでいけるか」
「りょーかい」
俺はそのまま地獄渡りを一直線。ジルオは逆さ森の逆さの木をロープワークもなしで登る。落ちれば大断層、上昇は呪いにかかるというのに剛気である。俺は探窟家たちの乗る踊り場に突っ込む。
「お前ら退け!」
俺の頭ひとつぶんよりでかい探窟家を押し退け、正面に躍り出る。羽毛に覆われた体躯に鉄砲の先を向けて一撃。荒れ狂う風の中だがこの至近距離だ。外すわけがない。つんざく叫び声をあげた原生生物の動きが鈍り、反撃の嘴が迫る前に続けて頭に焦点を合わせて第二射を放つ。ズドン! と煙を吹く鉄砲の衝撃に震える。
「よっしゃあ! どこの誰だか知らんが
――
」
「まだ居たろ! あと二匹!」
喜ぶ探窟家の頭上、飛んでくる原生生物の上に不自然に燃える樹木がどさっと降ってきて、そいつは重圧に耐えきれず墜落していった。さらに一匹、旋回していた奴がいちばんでかい黒笛に狙いを定めた。その黒笛が卵を持っている。
「うあぁぁこっちくるんスけど
――
!!」
「うるせえ騒ぐな伏せてろ!」
鉄砲の照準を合わせようにも遠い。目視に対して射程範囲が狭すぎる。くそ、せめて槍にするんだった、と後悔しかけたとき、ジルオが真上から降ってきた。
仮面の黒笛を容赦なく踏み台に、ジルオが無尽鎚(ブレイズリープ)を横向きにぶん回す。高速で突っ込んできた原生生物が切っ先を撃ち込まれた瞬間内側から膨らむように爆発して、何度も小規模に破裂しながらそいつは縦穴へ煙を吐いて落ちていった。マドカジャクの美味い餌になっただろう。
黒笛たちの歓声が上がる。ジルオが踏みつけている黒笛が遠慮がちに声を出した。
「あのぉ
……
降りてもらえませんかね
……
」
「悪かったな」
全く悪いと思っていなさそうな平坦な返事をしてジルオが踊り場に降り立つ。上昇負荷には物ともしない澄まし顔だ。黒笛は首が痛そうにポキポキと曲げた。
パンパン、と乾いた拍手が鳴り響くのが風の音に紛れて俺の耳に届いた。
黒尽くめの服に黒尽くめの仮面。他と同じようで他と異なる存在感がある。
探窟家が六名。全員が仮面の黒笛。
……
否、ひとりは白笛を身に着けている。やっべしくった。頭を壁に酷く叩きつけられる映像が否応なく再生される。オーゼンさんの鉄槌どころじゃねえな。俺は鉄砲の感触を確かめながら後ろにずり下がる。
「これはこれは、地臥せりの御二方でしたか。ちょうど非戦闘員ばかりだったものですから、大変助かりました」
「二層といえど、非戦闘員ばかりで行動するのはお勧めしませんよ、黎明卿」
ジルオがおそろしく冷えた声で云い切った。
「ご忠告どうもありがとうございます。ところで、これから監視基地(シーカーキャンプ)にお伺いしようと向かっていたところなのです。なにぶんこの辺りは不慣れなものですから、よろしればご案内をお願いしたいのですが」
「それは構いませんが、不動卿を諌めるなんて俺たちにもできませんから、何があっても責任は持てませんよ」
じりじりと階段に後退する。非戦闘員なんて云ってはいるが相手は六人、こちらは武器持ちとはいえ二人。敵意はなさそうだが積極的に関わりたい人物ではない。
ボンドルドが大仰に首を傾げる。
「そう警戒する必要はないかと思われますが。実を云えば不動卿に相談がありまして
――
」
「あいにくと私は忙しいんでね、デカブツとのんびり話してるような暇はないよ。用を済ませてさっさと自分の穴蔵に帰りな」
背後からぬるりと這い出るような気配。振り返るより先に肩に手を置かれた。気づけばオーゼンさんだけでなくシムレドもザポ爺もいる。
「おやおやおやおや、久方ぶりですね。不動卿自らお出迎えとはご足労さまです」
「御託はいいよ。うちの部下に変なことを吹き込んでいないだろうね」
「吹き込むとは人聞きの悪い。お礼を申し上げたついでに、監視基地(シーカーキャンプ)までのご案内をお願いしたまでですよ」
「突然訪ねておきながら歓迎されようとはまったく、最近の若い奴は失礼だねェ」
「
――
失礼なのはそっちだろ! うちの旦那を侮辱するな!」
「おい、グェイラ!」
「挑発すんのはやめとけって!」
ひときわでかい黒笛が叫ぶのを周りが慌てて押さえつける。オーゼンさんがくつくつと笑う。
「威勢がいい奴もいるねェ。やるのかい? 君らごとき、ジルオひとりで充分だろうけど」
「オーゼンさん、あまり刺激するのは
……
」
ジルオが顔をしかめる。全くだ。相手は腐っても白笛、一介の黒笛に劣るとされては気分を害すだろう。わざと嫌味を云っているのは明白だ。
案の定、黒笛の一部はぎゃんぎゃん騒ぎ始めたが、当のボンドルドは落ち着いたものだった。いっそ無邪気なくらいに、ジルオの持つ遺物に興味を持ったらしかった。
「
……
そう、ジルオさんとおっしゃるのですか。お聞きしたいことがあるのですが。それは殲滅卿の遺物ではありませんか」
「
……
だったらなんです」
俺に話しかけられたわけではないのにぞわりとした悪寒が背中を駆け抜けた気がした。無尽鎚(ブレイズリープ)はそうそうお目にかかれる代物ではないとはいえ、一目で繋がりを見破られたことに俺は動揺を悟られないよう必死に口を引き結ぶ。ジルオはさすが、仏頂面のまま、ほとんど表情にも声色にも出さなかった。
「いえ、不思議なご縁だと思いまして。と云うのも、ご相談というのも殲滅卿の話なのです。先日、私の娘が非常に興味深い少年型の遺物を発見しまして。それが白笛を首にかけていました」
ボンドルドが懐を探って取り出したものを掲げた。息を呑んだのは誰だったか。白い笛。トコシエコウの花が描かれている。
「
……
それはライザの」
オーゼンさんが苦々しげに唸る。
「さすがは不動卿、よくご存知で。もちろん本物ですよ」
「
……
どうやって手に入れた? 返答次第では潰す」
あぁ、やばい。オーゼンさんの機嫌が一気に急落したのがわかってしまった。地響きのように圧を以てして訊ねられたのにも怯まず、ボンドルドは肩をすくめる。
「それをお話ししようと監視基地(シーカーキャンプ)を訪ねるつもりだったのですよ。
……
ご案内願えますね?」
膠着。風の吹き荒ぶ音に沈黙する。
ややあって、オーゼンさんが殺気じみた空気を解いた。
「ハァ
……
わかった。まずはそれを寄越しな。あんたの穢れた手にライザの笛を預けておくなんて反吐が出る」
「おっと」
差し出されたオーゼンさんの手が空を切った。ボンドルドが白笛を懐にしまい込む。
「それはいけません。娘に返さなければなりませんので」
「あんたのガキがそれを所有する資格などありゃせんだろ」
「確かに私の娘でもありますが。きちんと血の繋がった殲滅卿の娘です。母親の遺物を受け取る資格でしたら、存分にあるのでは?」
「
――
は?」
殲滅卿に娘? 俺は記憶を辿る。ハボルグはライザさんに親族はいないと云っていたはず。ボンドルドの口からでまかせの、嫌がらせのお返しと思いきや、オーゼンさんが猛獣が低く唸るように呟いた。
「アレは死んだよ。私が取り上げたときには、もう死んでた」
俺にはオーゼンさんが云っていることの意味がわからない。なぜこんなに苛立っているのかも。深淵の瞳は武装に隠れてよく見えない。
視界の端が揺らめいたかと思えば、どさりとジルオが崩れ落ちるように膝をついた。平然としていた顔を歪めて今にもえづきそうに胸を掻きむしり、は、は、と荒い呼吸をがむしゃらに吐き出す。
冷静沈着なジルオが取り乱しているなんて滅多にない。もともと色素の薄い肌が蒼白そのものだった。
「おい、大丈夫か! ジルオ!」
「
……
イ、さん
……
ライザさんは
……
どうして
……
」
まるで幼い子供のようにぼたぼたと大粒の涙をとどめなく流しているジルオを引き寄せて立たせようとしても、力が抜けたようにがんとして動かなかった。水滴が無尽鎚(ブレイズリープ)に当たっては跳ねる。ザポ爺が見かねたように上着をかぶせてくれた。
追い討ちをかけるように残酷であかるい白笛の声が告げる。
「いやはや、鐘の回収に尽力くださった不動卿と殲滅卿には感謝しますよ。呪い避けの籠を置いていってくださったおかげで、中に入っていた死体が動き出す様子を間近で観察できたのですから」
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