ロンド
3468文字
Public 奈落の大穴
 

捕縛

ワズキャンが捕まる話。原作程度の流血嘔吐描写があります。

 食料と燃料の補給のために停泊した町は、あまり余所者を歓迎していない感じがしていた。木造りのこじんまりした港はおそらく代々漁業を営む住民のものだったのだろう。ワズキャンらが停泊を申し出た漁船の男は、胡乱げな態度を隠しもせずに無愛想に待っていろと応え、太陽が東の空から南も過ぎた頃になってようやく、一泊のみの許しを伝えた。
 念を入れて屈強な男共八名を募り、ワズキャンを筆頭に船を降りた。二手に別れ、一方で燃料を買えるところを探していたワズキャンは、不意に予感がしてふらふらと仲間から離れて行った。
 住民しか通らないような裏路地で見つけたのは、道具屋だった。道具と呼べるものはおよそ何でもあると思われる雑多な店である。店主の老人はワズキャンを全く無視していたが、ワズキャンはお構いなしに吹きさらしの店内を覗き込んだ。
「そういやけっこう前に木槌折ったなぁ。あと替えの包帯が欲しいってヴエコも云ってたし」
 欲しいものが手に入るという予感。なるほど、細々した備品の調達のことだったか、と納得して眺め回していると、埃っぽい品物に大きく影が映った。
――ん?」
 不審に思ったワズキャンは身を起こそうとして、頭に鈍い衝撃が打ちつけられた。揺れる視界に槌が振り挙げられる。一度目はたたらを踏んだが、二度目は耐え切れなかった。
 油断したなと自嘲して、ワズキャンは意識を落とした。



 溺れる夢を見た。
「ぐっふぉっはっ、はっ!ハッ……!」
「おー、ようやくお目覚めかい」
「さっきといい危機感足りてねえよな。ほれ!」
「ゲボッはッ、えぐっ、あ゛っ」
 夢ではなかった。ワズキャンはびっしょりになって目を覚ました。再度冷えた水をかけられ、鼻や口や耳に水が入り込んできて、何度も激しく咳込む。しかもしょっぱい。海水だった。
 状況はだんだんとわかってくる。殴られたのちに運ばれたのだろう。後ろ手に太い縄で縛られ、それだけでなく腕がぎちぎちに動かせないよう胸を巻き込んでぐるぐる巻きにされて転がされている。窓はなく地下室のようだった。横向きのために泥と土の臭いが押し付けられている。部屋の反対側に木樽が積まれているところを見ると、保管庫かもしれない。
 見知らぬ男が四人立って見下ろしていた。それぞれが斧や槌や棍棒を持っている。彼らがワズキャンを捕え放り込んだことは一目瞭然。ただ、まだ目的はわからない。
……えーと、なんの用向き?」
 なるべく刺激しないように明るく訊ねたつもりだったが、男たちの殺気が膨らむ。
「ずいぶんと余裕だなあ、おい」
「ぐふっ」
 思い切り腹を蹴られた。大した受け身も取れずに壁に勢いよくぶつかった。呼吸も整わないうちに棍棒を落とされて胃が跳ねた。
 縄は地面に擦られても緩まぬほど頑丈だった。捕獲用だろう。手首に食い込んで痛い。おそらく鬱血している。
「用なんて簡単なもんだぜ。ちょいと捕まってもらえてりゃいいんだ」
「なんせ手配書とおんなじ顔だからな」
「大人しくしてくれさえすればオレたちにたんまり報奨金が出る」
「何をやったのか知らねえが、生死を問わずって書かれてたくらいだ。ま、死なせると価値が落ちるからな。ちょいと抵抗できねえようにさせてもらう」
 口々に男たちが語ったことで大体を把握できた。そういえばこの辺りもとある国の領地だった。覚えはない罪でワズキャンは指名手配されている。こんな辺鄙な町にも手配書が回っているとは知らなかったなぁ、とのんびりワズキャンは考える。
 もしかすると長い時間待たされたのも、何か相談をしていたのかもしれない。手口は慣れたものだから、こうした賞金首稼ぎもままあることなのだろう。
「ぶひィっ!」
 ワズキャンの呑気な思考は腹を直撃した蹴りに遮られた。
「ハハッ、家畜みてえに鳴いてやがる」
 男の一人が笑い出すと他も伝染するように笑った。ワズキャンは次々と続けざまに好き勝手蹴られ、冷たい水たまりの泥にぬれながら痰を吐き出した。泥が目に染みる。
 数分間も乱暴にされていただろうか。男たちの攻撃が収まるとワズキャンは背を丸めてせめてもと懇願して見せた。
「ア、んがッ、ハッ、ハっ……おねがい、だ、からぁ、もうちょーと、やさしくしてくれ、ハァ、な、かな……
「あ?まだ喋る元気があんのか?」
「やけに丈夫だな。おらっ!」
「やっちまえ!」
 ごつごつした手で仰向けにさせられ顔面に棍棒が振り下ろされる。めしょ、と骨が粉砕されたような痛覚を伴って鼻に直撃した。ぬるりとあたたかいものが唇を舐める。鉄臭い味に異食に慣れたさすがのワズキャンも顔を歪める。
 がんがんと頭の中で響く音がうるさい。男たちの野太い声が聞き取りづらい。ぼんやり霞む思考と夢の間を揺らいでいたワズキャンの胸に鋭い一撃が走り、醜悪な現実に引きずり出される。心臓に当てられた靴底が重苦しい。
 ワズキャンを踏みつけている男が顔を近づけてくる。
「もう声も出せねえってか?威勢はどうしたよ」
「あ、アハはは……
「なァこいつ、おかしくなっちまったんじゃねえの?」
「散々ブッ叩いたからなぁ」
「問題なんかねぇだろ。兵士に引き渡すときに息がありゃいいんだ。せっかくの金ズルに逃げられちまう方がやべえ」
「それもそうだな。それもういっちょ!」
「ぐゥッ!」
 せり上がってくる嘔吐感。ゲホゲホと咳込んでワズキャンは胃の中のものを吐き出した。血と泥と滲む涙と吐瀉物にまみれた顔を指して男たちがげらげら嘲笑う。
「汚ったねえなあ」
「虫まで吐いてら。さすがは罪人、地べたに這いつくばるのが似合いだ」
「まだ意識があるみてえだぞ」
 へらへらとだらしなく口を開けてよだれを垂らしていたワズキャンも、斧を振り上げられて笑いを引っ込めた。殺すつもりはなくとも再起不能にする気か。じっと息をつめて待つ。


――ワズキャン、待たせたな。皆の者、突入!」
「オウ!」
 地下室全体が揺れ響いた。見知った仲間の男たちが天井から降ってくる。突然の襲撃に誘拐犯たちは反応が遅れた。それぞれが武器を持っていたが、ジョミやエイチュムに武器を奪われ、隊いちの大男アジャポカの力まかせの拳に呆気なく吹っ飛ばされる。
 指揮を執っていたベラフが真っ先に芋虫のごとく丸まっていたワズキャンに駆け寄って、血や吐瀉物の泥に構わず片膝をついた。数回ぺしぺしと頬を叩いて反応を確かめる。
「いたいよベラフ……かんべんしてよ……
「大した傷ではなさそうだな。無事で良かった」
「これのどこがぶじなのさ。僕、かなり痛いおもいをしたんだよ」
「了解している。船でヴエロエルコら他の乗組員が待ってる。補給はできた。戻り次第早急に出発するぞ」
「はは……
 手短に情報を伝えてきたベラフは冷静そのものだ。さすが三賢が一角、とワズキャンが感心していると、ベラフは敵の男たちが全員伸びたことを確認させ、アジャポカを呼びつける。
「治療はヴエロエルコに任せよう。ワズキャンを運んでくれ」
「わかった」
 縄で縛られた状態でワズキャンは荷物のように担がれ、梯子まで連れて行かれる。動かされると縄が引きつるように身体に食い込んで痛いし、鼻血はぽたぽた垂れる。地下室を物色していたジョミが鼻で笑った気配がした。
「ちょっとお!ていねいに扱ってよ!痛いんだってば!」
「叫ぶ元気があるなら無問題だな。よしアジャポカ、そのまま行ってくれ」
「もんだいあるって!さきに縄切っておくとかさぁ!」
「独断で単独行動をして皆に迷惑をかけた罰だ。暴れるようならヴエロエルコに麻酔なしで治療させるぞ」
「ベラフひどい!」
 布切れで雑にベラフがでろでろになった顔の汚れを拭ってくれた。ついでに引き裂いた布を鼻の穴に突っ込まれる。
 地下室の奥でジョミが木樽をどんと叩いて手を挙げた。
「ベラフ、見ろこれ!酒がたっぷりあるぞ!」
「運べそうか?」
「いけるぜ」
「頂いていこう。それから奴らの持ち物、身ぐるみすべて剥いでしまえ」
「うわあベラフ、容赦ないねぇ」
 身体の大きいアジャポカが目測を誤ったせいで梯子を登る途中で天井に頭をぶつけ、ぐらんぐらんと目を回しながらもワズキャンはいつものように笑う。予言通りだった。酒は航海でなかなか手に入らない嗜好品だ。
 ベラフがワズキャンに視線を向ける。口元に半月を湛えていた。
「我らが隊長をコケにしてくれたほんの謝礼だからな」