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ロンド
6495文字
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奈落の大穴
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蒼の時代
蒼笛のジルオさんが飛行船墜落事故の回収に駆り出される話。オリキャラがよく喋ります。
探窟組合は退っ引きならぬ事件に追われていた。
ただの孤児院職員見習いの蒼笛ジルオまで駆り出されて捜索にあたることになったのだから事の大きさが尋常でないとわかる。墜落した飛行船はジスェクーの王族まで乗っていたのだと報告されたので、オースを統治する組合が突如湧いて降ってきた外交問題に慌てるのは当然だろう。
急ごしらえの捜索隊にも関わらず速やかに編成されたのは、この大掛かりな救出作戦を指揮するのは不動卿だったからだ。当然士気も上がる。
「孤児院に帰りたい」
「お前そればっかだな。帰りたいなら帰れよ」
「今抜けたら命令違反でどんなペナルティが課されるかわからんから嫌だ」
「いや、お前がそんなこと気にするタマかよ?探窟隊推薦を断りまくった悪評を物ともせずベルチェロ孤児院に就職した癖に」
「どうしたの、その子」
長い列がアビスの淵の崖を順に降りるのを待つ間ジルオとヴィテリアンが話していると、第七小隊を率いる月笛セルカが心配そうに割り込んでくる。
「ジルオ、帰りたいんだそうです。孤児院の仕事がいっぱいだから」
「孤児院勤めなんだ、蒼笛で?
……
そりゃあアビスに来たくない気持ちはわからないでもないけど、不動卿が見られる地上じゃまたとない機会だよ」
「
……
俺は別に会いたくないです」
どんよりと俯く歩みの遅いジルオにセルカは気の毒に思ったらしい。若い孤児院勤めは臆病者、と探窟家の間ではよく云われるからだろう。ジルオには全く別の理由があるのだが。
「仕方ないなぁ、今すぐは僕も管理責任あるから駄目だけど、回収が済み次第本部報告に向かう隊に入れるよう口利きしてあげる」
「良いんですか?」
「うん、まぁ、はっきり云ってやる気のない子を二層まで連れてくの、こっちが危険で迷惑なんだよね。
盗窟家が苗床になる
木乃伊取りが木乃伊になる
っていうか、死にやすくて」
「
……
そうですね」
セルカの容赦のない一言にジルオは通常の反応はこうだろうな、と納得する。アビスにおいて些細な精神状態の変化が死に至るケースは古来より腐るほどある。第七小隊を任されるくらいの熟達した月笛なら、その目で実感したことだろう。
ただどうしても、他の誰にも、たとえ友人にも話しにくい理由に気が重い。ジルオが不動卿の誘いを断ってあまつさえ殲滅卿に弟子入りした因縁で、目をつけられていると。
ジルオはオーゼンに会いたくはなかった。最後に顔を合わせたのはライザの
絶界行
ラストダイブ
時、そのときにもジルオはオーゼンの誘いを再度蹴っている。さぞや恨まれたことだろう。たとえ急を要する大規模捜索隊で人数は多く各仕事は山積みだとしても、できれば再会の機会など設けたくはない。
今頃孤児院でぬくぬくと遊んでいるだろうリコを思い出して、ジルオは改めて帰りたいと深くため息をついた。
*
さんざん文句を云えども、二層の最奥部につくなり緊張感が走る。
現場は凄まじい光景が広がっていた。飛行船は無残に分解され、遺体はほとんどが肉の欠片も残されず原生生物に荒らされていた。発火の危険性はないと判断されたのが幸いか。ジルオは以前から顔見知りだったヴィテリアンを通じて、墜落時の話を小耳に挟んだ。
「強風に巻き込まれて舵を取られて、ダイオウコウモリの群れに激突したんだとさ。怒った群れに燃料タンクをやられて前方が火だるまになって、流れ星みたいだったそうだ」
「馬鹿だな。誰も止めなかったのか」
「組合も一応忠告はしたそうだぜ。二層以降の空中移動はかつて誰も成功してないってな。それで云い逃れする気なんだろ」
「なるほど。権力構造上ではあちらが上だからな。たかが街組織では太刀打ちできないとの判断か。元から見捨てる気だったとしか思えんが」
「だよなぁ。いくら早いったって、こんだけデカイ規模の捜索隊ならどうしたって鈍足気味になる。そんでこの有様だ」
ジルオとヴィテリアンが転がした、衣装棚だったのだろう残骸に押し潰された遺体があった。黒ずみのようだった虫が一気に飛び立つ。これも食い荒らされている。物を載せられていた胸のあたりを避けて、頭と下半身をご丁寧に骨までしゃぶられたか。衣服から判断すると女、それも労働階級の小間使いのようだ。
「可哀想になぁ。苦しかったろうに」
「望んだアビスで死ねたのだからさぞや満足だろう」
「そうかね。貴族様に無理矢理連れて来られて、そんで組合にも見捨てられて無駄死に。可哀想だろ?」
「魂が開放されたんだろう。今頃は底に眠っている。羨ましいくらいじゃないか」
「お前のそのアビス信仰ブレねえな
……
」
ヴィテリアンは呆れたように喋りながら木樽を飛び越えた。ジルオも肉の塊を詰めた遺体袋を担いであとに続く。死んだモノは回収地点に連れて行くことになっている。
監視基地
シーカーキャンプ
寄りの森の空き地、比較的柔らかな土地に穴を掘ってまとめて遺体は埋葬される。ジルオらが行くとすでに山のように骨が積み重なっていた。ジルオは喉奥に呑み込んだがヴィテリアンは長い坂道の上昇負荷で適当な木の根元に吐いていた。辺りが煙っているのは獣の食べかすであった遺体を焼いているからだろうか。
「その辺に置いておいて。どこの隊?」
「第七小隊セルカです」
「了解。戻っていいよ」
黒笛が記録を書きつけ、別の黒笛二人が遺体袋を焚火に投げ入れる。ボッと火が燃え上がって嫌な臭気が風に流れてくる。やり方は杜撰だがこうも身元不明の死体だらけとなればなりふり構っていられないのだろう。
ジルオらが割り当ての捜索地点に戻ろうとすると、手ぶらの月笛が一人で坂を登ってきた。ぜぇぜぇと息を切らして一度茂みに向かって吐き、遺体を埋める黒笛に手を振る。
「大変だ、シムレド!オーゼンさんが見つけた!」
「何だよ、このクッソ忙しいときに」
「生き残りだ!女の子が一人洋服箪笥に隠れて生き残ってたんだよ!今すぐ
監視基地
シーカーキャンプ
に戻れ!オーゼンさんが云うには、かなり身分が高そうなんだとよ!」
「ハァ?!あ、悪い、デンメル、ちょっと離れる」
「了解。代わりの人手呼んできて」
伝達役の月笛とシムレド、二人して慌てて奥地へと走っていく。遣り取りを聞いていたジルオとヴィテリアンは顔を見合わせる。
「生き残り?」
「幸運なのか不運なのかわからんな」
「そこのセルカんとこの蒼笛二人」
困り顔の取り残された記録係の黒笛デンメルが埋め立て途中の穴を指差す。
「あとで説明しとくから、ちょっと手伝ってくれよ。腐りかけの臭いもぶっちゃけ大したことないし、君たちお祈りガイコツが平気な質だろ?」
デンメルが指した焼却待ちの紫色の遺体袋から黒ずんだ指先や髪束がはみ出している。どうも、のんびり喋りながらバラバラ遺体を運んできたのを肝が座ってると判断されたらしい。
*
「臭いが取れん
……
」
「最後にでろでろの内臓を埋めさせられるとは思わなかったよなあ」
風呂場を借りて着替えたが、全身に生き物の脂のにおいが染みついている気がする。いやあ悪かったね!と笑った記録係のデンメルはツチバシのモツ肉が食いたいなと宣っていたし、もう一人の黒笛ロノもまるごとネリタンタンの串刺しをヒトの遺体と同じ焚火で焼いて食べていた。親切にも手伝った蒼笛にと分けようとしてくれたのは丁重に辞退した。
監視基地
シーカーキャンプ
内はどこも混み合っていた。飯をとってくるぜ焼き肉以外で、とぎゅるると盛大に鳴る腹をさするヴィテリアンと別れ、ジルオは二人分の洗濯物の干し場を探した。
ようやく見つけた干し場で、ジルオは蒼笛に洗濯物と交換で、真っ白なタオルと誰かの普段着一揃いを押しつけられた。
「これ、最上階の医務室に持って行って!大至急!」
「構わんが、最上階はどうやって行くんだ?」
「私も知らないのよ、誰かに訊いて!」
目の回るような大量の洗濯物を干しては遺物で温風をあてて乾かして回収して隊別に振り分けるという作業にきりきりと追われている蒼笛はヒステリックに叫んだ。
仕方なくジルオは最上階を目指して人混みを歩く。場所は途中で出くわした黒笛ハボルグが知っていた。
「そりゃ向こうの突き当たりの階段を全部登ったとこだが
……
お前さん、たぶんそこは
……
」
「行ってすぐ引き返すようにします。随分急いでいるようだったし」
「うん、そうしておけ。あの子も元気か?」
「毎日騒がしいくらい元気ですよ」
リコをよく知る数少ない知人はそりゃあ良かったと破顔して、ジルオの頭を撫でるようにぽんと手を置き、人の流れに乗って行く。云われたとおりジルオは階段の方向に足を進める。
医務室に着くなりジルオが持ってきたタオルと衣服はかっさらわれた。
「ありがと。あとそこの薬瓶取って」
「はい」
「あ、ダメだわ。この服大きすぎるわ」
「どうしようか。ここ赤笛の服の用意なんてないし
……
」
顔を突き合わせて深刻そうに相談する月笛たちと白衣の医師はたった今指示をしたジルオのことなんて忘れ去ったかのようだ。薬瓶を持ったまま放置されてしまったジルオは、ベッドの人物をちらと見た。
探窟家ではあり得ない。ここは二層最深部付近、赤笛の立ち入りが禁止された場所だ。青白い顔で布団に寝かされているのは、幼すぎる子供だった。
救出されたという子供か、とジルオは思う。しかしジルオは見知らぬ子供などどうでも良かった。とりあえず一刻も早く用事を済ませて階下に降りたい。
むずむずと待っているのも焦れてジルオは医師の手元のテーブルに薬瓶を置いて立ち去ろうとした。
「その子の目は覚めたかい」
ジルオの背からひやりと奈落の闇が這い出るような声が聴こえた。反射的に硬直してしまう。ジルオはそろそろと背後を見やった。
「まだです、オーゼンさん。あと赤笛くらいの子の服があるかご存知ですか?できればサイズの合う服をあげたいのですけれど」
「
……
ン、ないこともないよ。多少詰める必要はあるだろうけど。
――
君、ついて来たまえ。あとでこの子に運ばせるよ」
「助かります。お願いね、蒼笛君」
「
……
はい」
ジルオははっきりとオーゼンの唇が弧を描くのを見た。
*
オーゼンは屋上にあたる部屋の扉を自ら開けてジルオを招き入れた。
監視基地
シーカーキャンプ
を縄張りにするオーゼンの私室らしく、ちょっとした図書室のような吹き抜けの部屋だった。部屋の奥に置いてある真っ白な遺物が目を引く。
「久しぶりだというのに、挨拶もなしかい、ジルオ」
「お忙しいところをお邪魔するのも無粋かと考えましたので」
ジルオの返しが気に入らなかったようで、オーゼンはふんと鼻を鳴らす。
「薄情な子だねェ。さっきだって他人のふりをしようとしたろ」
「
……
貴女と関わりがあると知られると、何かと面倒なんですよ」
「何が面倒だい。つべこべ云わず私のとこに来れば良い話だろう?それとも、自分の行動ひとつで例のライザの子が死ぬかもしれないと怖がってるのかい?」
図星だった。ジルオは唇を噛んで黙り込む。孤児院に帰りたいのもオーゼンと関わり合いたくないのも、リコから一時でも目を離したくないためだ。
自分の知らないときにリコが死に返ってしまったら、とジルオは想像すると背筋が凍りつきそうだ。師匠に託されたものが大きすぎて、ジルオの未発達の手からこぼれ落ちてしまうのではないかと不安になる。
ジルオの不安を見透かしたような漆黒の瞳が離れていき、広い部屋のすみに寄っていく。ジルオはゆっくりと息を吐いた。オーゼンは背を向けてごそごそと棚の引き出しを漁っている。
「忌々しいけどあの死んだ赤子が死に還るのを見守るのも一興かね。どうせ長生きしやしないさ。はたして十年保つのか見物だねェ」
ぞくりと肌が粟立つ。十年。オーゼンの言葉を聞いたジルオは二種類の恐怖を感じた。たった十年で死なせてしまったら師匠に顔向けができないということ、十年もの長い時をあの子に捧げなければならないということ。
リコさえいなければ。
頭に浮かんだ考えを振り払おうと、ジルオはこわばっていた拳を握ったり開いたりしてみた。ばくばくと早鐘を叩く心臓を必死に抑える。ジルオは遺体を火に投げ入れるよりも、オーゼンの一言ひとことに動揺する自分を恐ろしく思った。
「アァ、あった。これだね」
一変したオーゼンの声色に、ジルオはようやく息の仕方を思い出す。オーゼンは目当てのものを探し出したらしかった。
「マァ君の強情なんて今に始まった話じゃないし、ライザの子がどこまで生きられるのか、せいぜい足掻いてみることだね。子育てに飽きたのなら、私はいつでも歓迎するよ」
「
……
俺は、ライザさんの弟子です。かつても、今も、これからも。ライザさんの意志はさいごまで遂行します」
呑み込まれそうなほど暗い瞳をジルオは真っ直ぐ見返した。オーゼンに弱みを見せるわけにはいかなかった。ライザが
絶界行
ラストダイブ
したその日から決心はついている。セルカの約束通りなら、明日にはオースへ出立できるだろう。
睨み合うようだったオーゼンが口角をあげる。
「そういうところ、ライザに似てて弱るねェ」
「え?」
「さて、君の仕事だよ。持って行っておやり」
布包の中身が子供用の衣服であることは認識したが、どうして不動卿が持っているのだろう、とジルオが疑問を浮かべていると、オーゼンは肩を竦めた。
「それ、昔ライザが幽霊話を読んで夜眠れなくて私の布団に潜り込んできたときに着てたパジャマだよ。しかも次の日盛大におねしょをしてさぁ、洗濯しておいたんだけどライザが忘れて行ったんだ」
「
……
俺、師匠のおねしょとか聞きたくなかったんですけど」
ジルオが不服を申し立てるとオーゼンはニタリと楽しそうに笑う。
「嫌がらせだよ、私の忠告を一向に聴かない君へのね。年寄りの昔話くらい付き合いたまえ」
*
衣服を持って行くと、待機していた月笛たちと医師から両手をあげて歓迎された。
「何にもなくて困ってたのよねえ。着ていた一式も泥だらけだったから。ついでに着替えさせるの手伝ってくれる?」
「はい」
下着同然の女児の着換えをさせることになるのだが、孤児院の世話で慣れているためにジルオは特に気は咎めなかった。
月笛二人が意識のない子供を浮かせてくれるのをジルオが横から手を入れてシャツ一枚を脱がせる。子供の肌が冷え切っているのと関係なく日焼けしたことなどないように真っ白であることをジルオは知った。
「
……
ん?」
「これ、女の子のパジャマだけど」
「もう何でもいいわよ。元々着せられてた服も女物でしょ」
「すみません、この子って」
「あぁ、見ての通りだよ。じゃないと君くらいの年齢の子は手伝わせないよ」
「
……
そうですか」
オーゼンはわかっていてライザのパジャマを渡したのだろうなとジルオは思った。悪趣味だ。
驚かされたこと以外はダボついたくらいですんなりと子供の着替えを済ませ、月笛から駄賃に甘い菓子をもらってジルオは階下に降りた。
食堂にされている広間近くでヴィテリアンと合流する。
「遅かったな。もう食っちまったよ」
「あちこち下働きに出されていた。菓子をもらったんだ。食うか」
「いやお前が食えよ。もうまかない終わっちまったんだ。残ってるのは行動食四号だけだぞ」
行動食四号の不人気ぶりは誰でも知っている。なんせ噛んでも噛んでも虚しい味と評判なのだ。仕方なくジルオは餡入りの菓子にかぶりつくが甘いばかりで食べられる気がせず、結局半分はヴィテリアンにやった。
あまりに色々起こりすぎた。遺体の回収、不動卿、救われた子供、孤児院に預けられたリコ
……
。決められた寝床に包まり眠気を待つなか、ジルオはライザのために一刻も早く月笛にならなければならない、と決意した。
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