いぬみ
2025-05-27 08:00:00
9413文字
Public 逆裁
 

見逃さないで熱視線

成立済みオドキョ。
集中している法介の顔が好きな響也が家に招いて映画を観る話。
ディープキス程度のCP描写あり。

 映画を観るおデコくんが好きだ。

 ちょっと気になっていた映画のDVDを借りたので、せっかくだから一緒に観ないか、と誘ったのがきっかけだった。恋愛要素のあるアクションもの。音楽の出来の良さも評判だった作品を、ぼくの家で鑑賞しよう、というお誘い。

 おデコくんの〝みぬく〟能力というやつは、液晶越しにも有効らしい。一応コントロールは可能だそうだけど、あんまりにも演技が下手だったり、周りの観客が緊張していたりすると、そっちが気になってしまって、みぬいてしまって、ストーリーへの集中力を掻き乱されてしまう、そうで。能力の調子がいい日はちょっと、見るものを選ばないといけないのだとこぼしていた。

 だからこそ、おデコくんは、好きな役者とか、お気に入りの監督とかを把握している。演技が良かったり、話の構成が巧みだったり、完成度が高かったり。そういった条件をクリアしていれば、基本的に安全だ、という。元々映画は好きで、よくレンタルショップで借りたDVDを親友と観たり感想を言い合ったりしていたから、そこらへんの知識量はあるほうだと語っていた。

 観客の緊張だとか感情だとかはどうにもならないし、人気作ほど人がたくさん集まって疲れるけれど、家で見られる記録媒体越しなら、気の許せる相手と見るなら、そんなことは気にしなくていい。
 だからもっぱら、DVDを買ったり借りたり、というのが、おデコくんの映画との距離感だった。

 今回、ぼくが鑑賞を持ちかけたDVDは、おデコくんが高校生のころから好きな監督の新作なのだという。予告編の時点で良い予感がしつつも、予定が合わなかったり前述の人の多さだったりで、なかなか見る機会が見当たらなかったらしい。ちょうどこの前DVDが発売されたばかりだ。

「気になってたんですよ」

 なんてはしゃいだ声で、今回も厚意に甘えていいですかなんて礼節をわきまえて、乗ってきたおデコくんに、ずるいぼくはこっそりほくそえんでいた。
 知っていた。企んでいた。おデコくんからこの監督の作品が好きだ、という話を打ち明けられてから。その監督の新作の放映を知ってから。予告CMを見かける度、期待感に駆られた顔を横目で見ていたときから。
 知っていたから、企んだから、予約してまで、このDVDを手に入れたのだ。
 個人的な興味ももちろんある。恋愛映画もアクション映画も好きだし、音楽が評判ならばよけいに関心は寄せられる。おデコくん、この映画監督が好きだって言ってたし、予告も目で追っていたし、観せてあげたいな、という純粋な善意もある。けれど。

 ぼくの家に来てもらえるかも、なんて不純な期待もあった。ふたりきりで、ロマンチックでアクティブでセンセーションな映画を観て、楽しい雰囲気になれるかもしれない。あのカレ・・を見ることができるかも……なんて。映画だとかDVDだとかを口実にするぼくもいた。〝ガリュー〟としては、見せるわけにはいかないエゴの自分。

 それをちょっと取り繕いながら、あくまでもさわやかな顔のまま、誘ったのだ。……そして、彼は乗ってくれて、予定通りの土曜の夜、ぼくの家で、こうしてふたり、テレビの前でくつろいでいる。

 映画のおともはこれだろう、とポップコーンを用意して、ペットボトルで飲み物も準備して、部屋の照明をほんのすこしだけ暗くして。DVDプレイヤーをセットして、リモコンで操作して、そして。ようやく、映画が流れ出した。ぼくのテレビはスピーカーにもこだわった機器だから、たとえ家のそれでも迫力たっぷりの音声が楽しめる。

 だから、映画館でのそれと同じように、映画の世界に入り込める。

 集中力が高いおデコくんなら、なおさら……

 液晶画面を見つつ、音楽に耳を傾けつつ、ポップコーンをつまみつつ。合間を狙って、ちらり、と横を見る。

 真剣な表情で、画面に食い入るおデコくんがいた。薄暗い中、オデコが画面からの光を浴びて、その形の良さを目立たせている。きりっと上がった眉は凛々しく、眼差しは鋭いのに、目の前のことでいっぱいになっているからか、口先は尖っていて無防備で愛らしい。それでも、一生懸命なそのさまは、やっぱりかっこよくて、こちらもつい、映画を忘れて見とれてしまう。

 映画を観るおデコくんが、好きだ。

 能力の発揮には、類まれなる集中力も関係しているとの話は本当らしい。彼は映画だとか本だとか、目の前のコンテンツに、それはそれは深くのめりこむ。一度ハマりこんでしまえば、周りの視線や音なんか気にせず、キリがつくまで、勢いを衰えさせない。

 真剣な面立ちのまま。法廷で、証人に向ける、あの熱心な姿勢を見せる。いつも検事席で見ている顔を──自分に向けられていなくたって、見ているだけでドキドキしてしまうような顔を──横に置いておける。

 だから、好きだった。おデコくんと映画を観るのが。同じ画面を共有して、同じ場面で感動して。それだけでさえたまらないのに、ふと隣を見たとき、真剣な目をしている彼を目に映せるのだ。真実を必死に掴むときに似た、必死なのに冷静で、澄み渡っているのに燃え上がっているような表情を見ることができる。

 剣呑な顔つきを、穏やかな状況で見られるなんてお得だ。口に入れたポップコーンが湿気を帯び出したことに気づいて、歯で砕いてようやく飲み込む。濃厚なキャラメルの甘みが舌に残った。名残惜しげに画面に目を戻すぼくの気持ちを代弁するかのように。

 映画は、主人公とヒロインが、すれ違いを起こすシーンだった。自分を取り巻く事件にヒロインを巻き込みたくない主人公と、主人公の負担になりたくないがため過去を隠すヒロイン。お互いがお互いを思うがあまりにウソをつき、お互いがお互いを支えたいがために暴こうとしている。

『何か、隠していることがあるんだろう!』
……ない。ないわ、そんなもの』
『ウソをつかないでくれ! だったら、アレは───』
『それは……偶然よ! ……それより、あなただって───』
 もどかしく、どこか切なく、それでいてひりつくような、緊迫したシーンだ。見ているこっちまでヒヤヒヤして、固唾を飲んで、展開を見守ってしまう。

 おデコくんもそうなんだろう。またちらりと覗いてみれば、少し前のめりになって、画面に釘付けになっていた。眉を少しだけ顰めて、目線で人物を追っている。どうやらヒロインを気にしているらしかった。
 ジッと向けている目線は、焦げ付かせるようにアツい。
 ちょっとだけ、びっくりして、呆けてしまった。
 どの映画を観たときより、いちだんと、アツい目線のような気がする。
 何か気になるものでもあったのだろうか。そう思わず勘繰ってしまう程度には、ひときわ、今の彼の目線は熱を持っていた。熱心だった。一途だった。法廷に向けるソレ……としては、ニュアンスがちょっぴり違っているような気がする。上手い説明も、具体例も、パッとは思いつかないけれど。

 彼からのアツい目線を受けるヒロインに、

(いいな)

 なんて、なぜか、思ってしまった。

(ちょっと……気に入らない、なんて)

 なぜか、思ってしまった。

 別に、彼は、ヒロインに見とれているわけではない。色っぽい場面ではなく、むしろどこか緊迫した追求のシーンでの目線だ。それなのに、彼の注目を一身に浴びている彼女に、羨望の念がふっと浮き上がってきた。

 ああ、この視線が、ぼくに向けられていたら。
 その熱を、ぼくに向けてほしい。
 なんていう欲望が、ほろり、胸のうちに湧き上がった。

 ……映画のヒロインに向かって、嫉妬なんて、大人気ない。しかも、分かりやすくおデコくんが欲情しているとか、見惚れているとか、そういうわけでもなく、ただ、熱心に物語を追っているというだけなのに。

 ぼくはそこまで器量が狭い人種だっただろうか。むしろ寛容なほうだと思っていたのだけれど。

(自分から見せたくせに)

 この熱心な姿が見たくって、そんな下心ありきで、誘いをかけたはずなのに。

 そんな熱心さが他に向けられていることに妬くなんて、自分勝手がすぎる。

 なんだか変にショックを受けながら、気を取り直して、画面に持ち直る。ミネラルウォーターをぐびっと一口飲んで、気を取り直す。

 すれちがった二人は、紆余曲折を経たすえに、理解し合って、お互いの人生に、お互いが巻き込まれあっていく。お互いがお互いに、巻き込まれに行っていく。誰に止められようが、他でもない相手に拒まれようが、構わずに。その健気で必死なさまは、美しいとはいえなくとも、とてもきれいな愛で成り立っている。そしてそんな生き様を、荘厳ながら優雅な演奏が、見事に引き立てている。

 物語も佳境に入ったそのときに、また、おデコくんの様子を伺う。また、あの感情に襲われたらどうしようか、なんてうっすらとした恐怖を抱えながら、それでも、やっぱりおデコくんを見ずにはいられなかった。

……?)

 ……今度は、さっきのような感想は、抱かなかった。

 あのときの表情は、やっぱり、他のどれにも向けない意味合いが込められていたのだろうか。目の前に集中しているのには変わりないが、あの、焦がれているような、懐かしむような、そんな、こっちがヤキモチを妬いてしまうほどにアツい目線ではなかった。

 ただただ、彼の真剣な表情が愛おしく、惚れ惚れとするようだ、というだけ。

 ……〝それだけ〟でも、こちらとしては、かなりの価値を持つとはいえ。

…………まあいいか)

 たまたまかもしれないし、そもそもアレが何かの間違いだった可能性だってある。それより、目の前の映画に、……〝裏の目的〟に集中した方が楽しい。
 改めて物語に入り込む。湧いた懸念も味わったショックもそのうちに掻き消えた。それくらい、ぼくの懸念は小さくって、それくらい、その映画は面白かった。

 ※

 エンドロールが流れている。関係者の名前とともに、今までの映像が、ダイジェストのようにまとめられている。……いい映画だった。評判のとおり音楽までも素晴らしく、もちろん、映画自体の魅力も有り余るほどだった。
 見栄えも迫力も満載なアクションシーンもさることながら、登場人物の感情の揺れ動き、関係、情緒までが鮮やかに描き出されていた。人気作となるのも納得の出来だった。
 Fin、という文字が画面に映る。映画を観終わったということだ。それでも、未だ、じぃんとした余韻が胸に残る。おデコくんもそれは同じらしい。画面から目を離さないまま、しみじみ、「はー……」と息を漏らして、嘆息した。

「良かったですね! ラストのアクションもかっこよかったし。牙琉検事は?」

 しばらく画面を見つめた後、パッとこっちに向き直って、はしゃいだような声を上げる。オレはやっぱりあのシーンが良かったです、かっこよくて、主人公も、……と、とめどなく語っている。おデコくんは普段落ちついているぶん、盛り上がったときの熱量の高さがわかりやすい。

「うん。ぼくはキスシーンが良かったかな。主人公とヒロインが通じ合うさまがなんともロマンチックで。BGMが引き立てていて……

 釣られるように、ぼくも思い返して、言葉にしていく。共感しながら、共有していく。物欲しげな顔のヒロインを見た主人公が動いて、おっかなびっくり触れ合わせた唇が、じんわりと馴染むように受け入れられていくのが、とても美しかった。叙情的な趣だった。

 ──ああ、そういえば、あのシーンを見た彼のおデコは、ちょっぴり赤くなっていたっけ。食い入るような視線をやめることはなかったけれど、それと羞恥心は別らしくって、かあっと耳先や額に赤みがさしていた。横目ながら、ウブな反応がかわいらしくて、微笑むような吐息が漏れてしまったことを覚えている。あの感動的なキスシーンとともに。

「本当に、ありがとうございます、牙琉検事」
「ううん。ぼくも気になってたからね」

 ぼんやりと映画以外のことも思い出していたぼくに、おデコくんは改まって、礼儀正しく謝礼をする。

 気にしなくていいと返事をしながら。

「それにしても、熱心だったね」

「はい?」
「映画。特に、ヒロインに対してかな。目で追っていたようだったから」

 言及してしまった。

「ちょっと、妬けちゃうぐらい」

 ちょっとからかうだけのつもりだったのに。冗談ですますはずだったのに。口に出してみれば、存外、ヤキモチを焼いたような、拗ねているような声色がじわっと滲んだような気がして、ヒヤヒヤする。こんなのバレてしまう。おデコくん相手なら確実に。みっともない。せめて、本気じゃないと証明するように、茶化すような表情と口調を努める。そうでもしないと、かっこわるい自分に耐えられなさそうだ。

「映画の、ヒロインが」

 逡巡の後、おデコくんは、なにか語り出した。
 てっきり、そんなことないって否定だとか、そうでしたか? って戸惑いだとか、そういった反応をよこしてくると思っていたのに。なにか考える素振りを見せた後、そんなふうに話し出す。
……うん?」
 こっちも予想外におののきながらも、耳を傾ける。

「ウソつくシーンで、髪、いじってて。そういうクセが、出てて」

「うん」

 そうだったんだ、と思った。

 思い返せば、そうだったかもしれない。ヒロインの長い髪の毛が、主人公からの問いかけに逃げる度に、ゆらゆらと揺れて、曖昧な態度を表しているようで、ドキドキしたのだ。

「ああ、あなたと同じだ……って、つい、見ちゃいました」

 ……そうだったな、と思った。

 そういえば見抜かれていたのだった。〝困ったときに、髪の毛をいじるクセ〟……無意識だったのを言い当てられたそれ。言い当てられたとして、やすやすと隠すことができないそれ。

「だから……熱心に見えたのかも、しれません」

 ぼくを思い出したから。
 はっきりとは言わなかったけど、そういうこと、らしい。

 ……まさかここで、ぼくが理由に出てくるなんて思いもしなかった。焦るような、照れるような、変な気持ちがぼくの中に生まれ出ている。さっきまであった、かわいらしくも醜い嫉妬心はたち消えている。

(だから……イヤだったのかな)

 あの目線が、彼女ヒロインに向けられているのが。

(思い出して、代わりにするぐらいなら、ぼく自身を見てほしい、もんな……

 自分を思い出してくれるのは光栄だ。それだけ、ぼくという存在が相手に根付いているということでもある。けれど、基本的には、ぼくは、〝代わり〟を見つけられることを好ましく思っていない。

 しばらく会えないあいだの代わり、とかならまだ納得がいくのだけれど。ぼく本人を目の前にして、ぼくではないモノにぼくを見出されて、愛でられるのは、気恥ずかしさがあるのもそうだが、それよりも、〝もったいない〟という気持ちの方が勝つ。

 ……それだったら、ぼくに言えばいい。ぼくを見ればいいじゃないか。

 ぼくに捧げられるはずだった思いがぼく以外に向けられている、なんて、切ないったらない。
 捧げられるものが、何よりも大好きで、大事なヒトからのモノだったなら、よけいに。

「響也さん」

 ふと名前を呼ばれた。パッと顔を向ける。

 ジッと……アツく、ぼくを見つめる、おデコくんがいる。急な名前呼びに……恋人としての呼び名に一瞬固まっているうちに、すっと手が伸びてきて、ぼくの頬に触れた。

「響也さんは……キスシーンが、気に入った……んでしたっけ」

 思わずこくりと頷いて、ごくんと唾を飲んでしまった。

「オレも、あそこ。好きです。……ドキドキしちゃって。……今日、あなたとしたいなって……思っちゃって……

 映画終わって、話し終わったら、誘うつもりでした、と、真正面から、直球に言葉にしてくる。ここまで愚直だと、むしろロマンチックだ。高ぶってしまう。ナニになんて言ってもいないけれど、伝わってしまう。察してしまう。……喜んでしまう!

「キスを期待してるとき、唾を飲むクセ、ありますよね」

 喉をつうっとなぞりながら、おデコくんが顔を近づける。言い当てられて、恥ずかしくて、さわられて、くすぐったくて、視線が熱くて、つい、背中を仰け反らせてしまう。……また、見抜かれてしまったらしい。

 そういえば、画面の奥の彼女もそうだったのだろうか。キスを期待するとき……キスシーンの直前の喉の動き。彼はキスシーンにも注目していたはずだ。記憶力にはそこそこ自信はあるけど、ぼくにはみぬく能力はない。目の前の男の存在もあって、もう曖昧になっている記憶をそれでも引っ張り出すけれど、記憶に見当たらない。

 つまり、これは、ヒロインに関係なく……ぼくを見ているということ、だろうか。キスシーンの雰囲気に当てられてはいるかもしれない。それでも、今は、ただ、純粋に……ぼくに注目している。

 だとしたら、嬉しい。嬉しくて、照れくさい。

 どうにせよ。おデコくんの目は、ぼくを見つめているときのほうが、ずっとずっとアツかった。法廷とか、映画とか、そんなの比にならないぐらい、じっとぼくを映す瞳は、ギラついていて、真剣で、精一杯なのに余裕があって、熱烈な視線と込められた想いに、体も心も溶けだしてしまいそうだった。

 おデコくんが、ぼくを見てくれている。それだけで、ぼくは舞い上がってしまう。

 浮ついたぼくの心を見透かすように、おデコくんは口角をほんのりと上げながら、顔と顔を近づかせていく。指摘されたばかりなのに、性懲りも無くぼくは喉を鳴らしてしまって、おデコくんの目を見つめてしまう。

 薄暗い中、テレビからの光だけが、ぼくらの顔をぼんやりと照らし出していた。リモコンは手の届く範囲にある。消すことだって容易かったはずだ。この目から逃れることができたはずだ。それなのに、ボタンを押す気にはなれずにいた。

 見られたかった。おデコくんを見ることができなくなる、というこっちの都合もあったけれど、見られることがなくなるのも、なんだか、残念に思えてしまった。……せっかく、注目しているんだ。どうあれ、ぼく自身に……。そう思うと、悪い気はしなくて、でも恥ずかしくて、でも手放せなくて。そんなムジュンの孕んだ気持ちを誤魔化すように、ぼくからも、顔を近づけた。

 色んな意味で、溶けてしまいそうになるキスだった。目線の熱さ。羞恥心。幸福感。全部混ざって、どろどろになって、まるごと見られて、愛される感覚。口を塞いで、呼吸のために離れて、またくっついて、その繰り返し。やわらかな皮膚がひずむ感触と、奥の方のうるおいの気配が、じわじわと、ぼくらのあいだの劣情を育てていく。
 そうして、耐えられなくなっていく。ねだってしまったのは、ぼくからだった。

……もっと、深くまで」

 してよ、と、告げる言葉は、最後の方には薄闇に飲まれてしまった。食べられてしまったのだ、目の前の男に。

 ねだったのはぼくからだったけれど、焦れていたのは、思い切り求める機会を探っていたのは、おデコくんも同じだったらしい。
 あのままぼくが言わずに、触れ合うばかりのキスを続けていても、どのみちおデコくんから乞うていたのだろう。深く繋がり合いながら、水の音を聴きながら、熱に浮かされるように思った。触れているだけのときでも、彼から捧げられるそれは、分かりやすく、時が過ぎるごとに動きも激しくなったのだから。

 彼の肉厚な舌が、ぼくの舌を弄ぶ。ふだん、全世界に向けて気を張っているはずの筋肉が脱力して、あられもない声が、息が、漏れていく。ぼくの気の回らないところが晒されていく。
 映画のヒロインがしていない、されていないことを、している。
 おデコくんは、他でもない〝ぼく〟に、欲望をぶつけている。そそられている。興奮している。そんな事実に、ぼくも高ぶって、どんどんエスカレートしていく。ぼくと彼でしか起こりえないことが成し遂げられている。そんな事実が、ぼくの胸に、とある感情を湧き出させる。きっと、彼も同じことを思っている。そんなの、みぬけなくったってわかる。

 ──好きだ。

 しみじみと感じる。

 きっと、おデコくんも、ぼくと同じことを悟っている。そのアツイ目で、ぼくをみぬいているんだろうから。だって、他のどのファンにも向けられたことのない眼差しで、ぼくを射止めているのだ。法廷でだって、いつだって、今だって、出会う度に。

 ──ぼくに集中してくれている、おデコくんが、好きだ。

 その視線の熱に、溶けてしまったってかまわない。むしろ本望だ。そんなことを考えついてしまう程度には、つい顔を朗らかに緩ませてしまう程度には、ぼくの頭はどろどろに溶けてしまって、現在進行形で、熱されている。絆されている、喜んでいる。みぬかれたっていい。むしろ共有したい。ぼくはきみにもう虜なんだと、みぬいてほしい。暴いてほしい。

 彼になら暴かれてもいい。だって彼は、いつだって、激しく優しく厳しく本性を晒させては、受け入れてくれて、正しい方向へ導いてくれるのだ。真実を暴いて、飲み込んでくれる。そんな保証は、あまりにも心地が良くて。だから、安心できる、求めてしまう。

 実際、彼は、その気なくぼくの嫉妬心を察した上で、それを上回るトクベツを与えて、気分を塗り替えたのだ。嫌なことが気にならなくなるぐらい、どうでもよくなるぐらいの力でもって、ぼくを前向きにさせる。だから──ついていきたくなる。それが仕組んでいたことであれ、無意識のことであれ、ぼくは、おデコくんの、そういう、聡くて全てに本気で、特別を手繰り寄せる力を持っているところに、惹かれている。どうしようもないくらい。

 見過ごしてくれない厳しさと、見逃してくれない優しさに、ぼくは、追い詰められて、とらわれて、恐怖に似た快感と、心からの安堵を得てしまっている。猛獣に食われる獲物、ようやっと拾われた救いの手。欲張りなぼくは、情熱的に食べられたかったし、熱情的に手を取られたいと願う。

 そして彼は、見事に、そんな屈折したぼくの欲求を叶えてくれる。鋭い目をもってぼくの背筋を粟立たせ、包容の態度をもってぼくの四肢を弛緩させる。

 今このとき、王泥喜法介は、ぼくのみを見出している。真実を見つける真摯な目を、ぼくに……。そんなことが、たまらなくって。噛み締めてしまって。甘えてしまって。

 今このとき、王泥喜法介は、ぼくのみを見出している。真実を見つける真摯な目を、ぼくに……。そんなことが、たまらなくって。噛み締めてしまって。甘えてしまって。

 ずっとこのまっすぐな瞳が、ぼくを映していればいい。そう願って、うっとりと目を細めた。ぼくを見続けている眼を、見逃さないためだった。