2025-05-26 21:21:25
17773文字
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夢のあとさき

総士が連れ出される前と一騎が島を出た後の妄想話
一部に一騎と総士の一枚も服を脱いでいない事後感のある会話と、そうしの断髪描写を含みますので要注意


 夢を見た。
 赤くてキラキラした結晶の塊がいっぱいあって泉のような広い場所に総士は立っていると、その反対側から黒い女の子と白い男の子が手を繋いで立っている。
「また来たの? 総士」
「まだ来ちゃ駄目なんだよ? 総士」
 そう冷たく言うのに表情は少し嬉しそうだ。
 この場所が何処かも知らないのに、総士は懐かしいと感じるのが不思議だった。
「どうして来ちゃいけないの?」
「総士はまだ小さいから」
「またお熱が出て一騎に怒られるよ」
 そうだった。前にこの夢を見た日は熱が出てしまい一騎がずっと辛そうな顔をしていて、ちょっぴり泣いてしまったのだ。その時の事を二人に知られていたと思うと恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「僕たちと総士は繋がっているから恥ずかしくないよ」
「僕は君たちの事知らないのにふこうへいだよ!」
「まだ知らないだけ、もう少ししたらいっぱいお話ししようね」
 だから今はおやすみしよう、と女の子が言う。
「まだ、もう少しおはなししたいな……
「しょうがないなぁじゃあ、少しだけこの場所の事教えてあげる」
 自分たちが立っている場所の横に広がる泉を指さす。
「あそこにはお母さんがいるの」
「お母さん?」
 お母さん、自分には馴染みの無い言葉だった。
 前ヨシュアにそうしのお母さんはどんな人なの? と聞かれた事があった。
 そこまで何の疑問も持っていなかったが、確かに自分のお母さんとお父さんはどこにいるのだろうと考えた。
 一騎はお父さんではない、これは僕と一騎の苗字が違うからわかる。史彦じいじは一騎のお父さんだが自分のおじいちゃんではない。真壁のお家に飾られている写真には、ちいさい一騎と一騎のお母さんが写っている、もちろんこの人もおばあちゃんではない。
 操のお母さんは容子さんだ、いつもおさんぽしていると優しく挨拶してくれてショコラを触らせてくれる。操曰く、怒らせるととっても怖いらしい。
 一騎とか甲洋が読んでくれる絵本にもお母さんは結構登場していて、そんな事を聞かれた日の夜寝る前に一騎が絵本を読んでくれてる時僕は「僕のお母さんってどんな人? お父さんは?」と聞いてみた。
 一騎は大層困った顔をして、たっぷりと考えた後「お母さんは知らないけど、お父さんは不器用だけど真っ直ぐで、頭の良い優しくて強い人だった」と教えてくれた。
 ただそう言った一騎がとても悲しそうな顔をしていたので、そこからこの話題に触れることは無かったのだ。
「このお水の中に僕のお母さんがいるの?」
「正確にはちょっと違うけどね、おばあちゃんもおじいちゃんもみんなここにいるよ」
「会ってみたい?」
「うん……
「もっと総士が大きくなって、ここに来れるようになったらきっと会えるよ」
「僕、早く大きくなりたい」
「駄目だよ総士、そうしてしまったら一騎に怒られちゃうよ。真矢にもね」
 一騎に怒られるのも嫌だけど真矢ちゃんに怒られるのはとても苦手だ、怒っているのに優しい声で心臓がキュッとなってしまう。
「あ、一騎が起きたよ。総士もそろそろ起きなきゃ」
「総士またね、おやすみ」
「うんバイバイ」
 そう別れを告げると途端に浮遊感に襲われて、うっすらと目を開けると一騎がやっぱり心配そうにこちらを見ていた。
「おはよ……かずき」
「またお熱出てるぞ、ついでに鼻血も」
 鼻血と言われて慌てて拭おうとする手を一騎が抑えて、代わりにティッシュで鼻を押さえられる。
「今剣司に連絡してくるから、起き上がれるか?」
 まだぼんやりとした状態だが起き上がってと言われたのでのっそりと上半身を起こすと頭がぐわんと揺れるのが分かった。
「ティッシュ持って鼻押さえて……すぐ戻るからな」
 一騎は素早く部屋を出ていって、近藤先生に電話しているようだった。
 まだ部屋は暗く、鼻を押さえながら時計を見ると短い針が二を指していたので朝では無かったようだ。こんな時間に先生に電話したら困っちゃうんじゃないの? と思いながらぼんやりとしていると、一騎が小さい端末と抱っこ紐とブランケットを持って部屋に戻ってくる。
「総士、病院に行こう。気持ち悪かったり寒かったりしないか?」
「うん……でもちょっとだけあたま、痛いかも」
 じんわりと赤く染まったティッシュを捨てると一騎はめんどくさくなったのか今度は汚れるのにも構わず枕元にあったタオルを鼻に押し当て、ブランケットを身体に巻きつけると僕を抱っこしてハーネスを装着しスラックスのポケットに小さな端末を捩じ込んだ。
「病院に着くまで寝ちゃ駄目だからな、気持ち悪かったりしたらすぐ言えよ」
 一騎はまたもや部屋をでるとあっという間に外に駆け出していく。今度の地区対抗運動会に一騎が出たら優勝間違い無しだな、と顔に風を受けながらぼんやり思った。
 

「結果的に言えば誰か、あるいは何処かとクロッシング状態にあったであろうと推測されるわ」
「推測、ですか?」
「ええ、実際にクロッシング状態の時で無いと確証が持てない程微弱な痕跡なの。それでもまだ総士くんの脳は成長段階、クロッシングは大きな負担になってしまって今回の様に脳のキャパシティオーバーによる発熱によって逆上せてしまったようね」
「多分美羽ちゃんやマリスのようなエスペラント達がその場に居れば何処、或いは誰とクロッシングしていたのか解るだろうけどな」
 夜中に何かに呼ばれた様に目を覚ますと、隣に寝ていた総士が寝汗をかきながら鼻血を出していて慌てて飛び起きた次の日、遠見先生と剣司はそう診断した。
 当の本人はけろっとして朝から父さんと釣りに出掛けた後美羽ちゃんと神殿へ行ったので問題は無い様だが。
「一騎、お前は何も感じなかったのか?」
「誰かの気配はあったと思う。でも俺も確証が持てる程じゃない」
「そのうち美羽ちゃんに相談してみるか……
「取り敢えず身体に異常は見られないわ、一応解熱剤を出しておくわね」
「分かりました。遠見先生、剣司夜中からありがとうございます」
「お前もご苦労様、俺も上がるから一緒に楽園で飯でも食おうぜ」
 先生も剣司も口にはしないが薄らと総士のクロッシング先に見当は付いているのだろう、きっと竜宮島であろうと。
 でもそれが公になれば総士に今すぐにでも、と迫る人が出てきてもおかしくは無い、もちろん俺だって島に帰りたいと思う気持ちはあるので理解は出来る。
 それでもやっと後ろに転ばずに両足で立って歩ける様になった幼子を利用させる気にはならない、きっと島を目指すその時はもう、子供では居られないだろうからもう少しだけでも何も知らない無垢な子供でいさせてやりたかった。
 己達が何も知らない頃から島のために生き続けていた総士、今の自分なら、あの時一つとなって還りたがっていた手を取って何の躊躇いもなく一つにしてしまうかも知れない。
 俺以外が傷をつけるなんて許さないし、つけさせる気も無い。
 剣司が約束通り上がってくると楽園海神島店を目指して歩く。
 楽園もやっと形になったばかりで、なんなら少し前まで青空喫茶の如く天井が取り払われた簡易的なスタンドとして飲み物のテイクアウトメインで営業していた。
 自分は育休――? の為店員兼パイロットはほぼ休業中の身だが総士の散歩がてらマスターとして四苦八苦している甲洋を見物しに来たものだ。
 カラン、と音を立てて扉を開けると引き立ての珈琲の匂いが広がってくる。
「いらっしゃい剣司、一騎」
「邪魔するぜ甲洋。俺モーニングAセット」
「今日は客少ないな? 俺もAで」
 楽園海神島店はモーニングが売りになっている。珈琲を一杯頼めば自動的に厚切り食パンハーフとミニサラダか、ゆで卵がついてくるので(ついでにマスター目当ての)女子人気が高いのだが、今日は俺たち以外の客は見えなかった。
「今日はアルヴィスの大規模演習の日だろ? 当たり前だよ」
「あー……そうだった」
 大規模演習、といっても新しいクルーのシステム練度上昇及び連絡通信手順確認訓練を目的とした演習だ。
 本来なら剣司も参加の筈だが昨日の総士の件でシフトが崩れたため、免除となったらしい。
「明日哨戒なのは忘れてないだろうな一騎」
 新人マスターはテキパキと盛り付けをしながら困ったように笑う。
「おいおい頼むぜエースパイロット! 明日は抜けられた困るんだから」
「流石に忘れてない! 総士を宥めるのに一週間かかってるんだ」
 一週間前、哨戒に出ると説明した時の総士の荒れっぷりは凄まじかった。
 泣いて暴れる、くらいだったらどんなに良かっただろうか、楽園の隅っこで膝を抱え誕生日に里奈と鏑木に貰ったクマのぬいぐるみを抱きしめながら声もあげずポロポロと泣くだけで、あまりのいじらしさに俺と甲洋は絶句し、操は珍しくオロオロとしていた。
「すぐ帰ってくるからな? すぐだぞ。帰ってきたらお前の好きな奴なんでも作ってやるから」
「僕も一騎もすぐ! 帰ってくるから! 甲洋に押し付けて! だから心を閉ざして泣かないでよ~君が泣いてると僕まで泣きそうになるんだ!!」
「待ってる間羽佐間先生の所にいていいんだよ? クーもショコラもいるから……
 三人のエレメントと呼ばれる自分達が一人の幼子に手こずっているのは側からみたら可笑しい光景だろうが、とにかく機嫌を取るのに必死だ。
 そんな調子で総士への説得はたっぷり一週間かけて「ぼくも見送りにいって、帰ってきたらかずきのオムライスたべてとみんなでお風呂の後アイスもたべる!」という総士のかわいらしい条件付きで事なきを得たのはまた別の話。
 総士の涙にはコア型だろうがマスター型だろうがミールの申し子だろうがザルヴァートルモデルだろうが形無しなのだ。
「昨日動揺を感じたけど大丈夫だった?」
 目の前に楽園名物モーニングAセットが置かれると、マスターも珈琲片手に着席する。どうやら本格的客は来ないと踏んだようだ。
「すげぇな、そんなのも分かるのか」
「一騎と総士だからだよ、一種の共鳴? ってやつかな」
 ふんわりと焼き上がったトーストにバターを薄く塗って食べる。人の作った料理を食べる機会はそう多くはない、竜宮島にいた頃は暉や溝口さんの作った賄いやら、総士の作ったシチューやナポリタンを食べる機会もあったのだが最近はモーニングAセットばかりだ、そもそもこの身体は食事を必要しないのだけれど。
「総士は何処かとクロッシングしてると俺と遠見先生は踏んでる」
……言おうか悩んでたけど、俺と来主もたまに総士と誰かの気配を感じる時があったよ。誰とは言える程じゃないけど」
「そうなのか?」
「流石に一騎には相談してたけどね、明確にクロッシングしてると感じたのはあの器だけ」
 マークニヒト、パイロットを失い子宮を取り出されたままアショーカの根本に安置されている死んだ器、または皆城総士の母体とも言えるマークニヒトが偶に総士と繋がっているのは周知の事実だ。
 何かを喋る事もなくただ、そこに総士が居ることを確認するだけのような、総士が大丈夫と答えればあっさり消えるようなそんなか細い繋がり。あの程度であれば総士の負担にはならないだろうと踏んで放置している、一応自分も親なので子の心配をする気持ちも解るのだ。
「明日からマークザインじゃなくグリムリーパーで出るんだろ?」
「あぁ、段々と美羽ちゃんも操縦に慣れて来たし」
 海神島のコアが示した美羽ちゃんの器は結局、己のマークザインとなった。理由は簡単どのファフナーよりも安全だから。会議が一番紛糾した一時的にザルヴァートルモデルを正常運用出来なくなる件については、取り敢えずプロメテウス達が島を見つけ攻め入ってくる確率は低いだろうという希望的観測を込めた結論で終結した。
「明日総士はどうするんだ? 遠見達も美羽ちゃんもマリスも準待機だろ」
 マリス――美羽ちゃんと同じ程度の力を持つエスペラント、神殿へ行く機会も多い総士にとって良き遊び相手らしく、今日一日何があったという話をする時に高確率で登場する少年だ。
 一騎自身はそれ程接点は無いが、零央に言わせれば次世代のパイロット候補の中では抜きん出た適合者らしくこちらもよく稽古をつけているらしい。
 そんななかよしの二人も居ない明日は総士の預け先として咲良の所という手もあったのだが、あちらも幼子を抱えたワンオペ状態なのでさらに一人増やすのは流石に憚られた。
「羽佐間先生の所とも言ってくれたけどブルクに居なきゃならないだろ? 人手不足だし」
「咲良は構わないって言ってたぞ、フェイも居るし一人増えても大丈夫だって」
「ありがとうな。一応父さんとも話したんだけどそんなに長い時間じゃ無いし、アルヴィスで少し見てもらう事にしたんだ」
 アルヴィス内に簡易的な託児所なるものが出来たのもつい最近だ。新しい土地、新しい人が混じり合ったいまの海神島は空前のベビーラッシュといっても差し支え無いだろう、しかしアルヴィスで働く人も多く、島はまだまだ発展途上、子供預け先に悩む人の為に福利厚生の肝入り事業として託児所が開設されたのだ。
「おっ! ついに一騎君も子離れの時期かー?」
「剣司こそあんまり離れすぎてると衛一郎に忘れられるぞ」
「ぐう……
 甲洋の鋭い指摘に途端に落ち込む剣司の肩を叩くと珈琲を煽って飲み干す。
「ご馳走様、神殿に迎えに行ってくるよ。明日のためにご機嫌損ねる訳にもいかないからな」
「ここは俺が奢ってやるから、早く迎えに行ってやれ。総士が泣くとマークニヒトがキレて起きるぞ」
「冗談でもやめてくれ」
 なんて軽口を叩きながらお言葉に甘えて楽園を出る。憎たらしいくらいの快晴に何となく胸を焼く気配を感じた、なんて後から気がついた話になる。

「こんにちわマリス!」
「こんにちは総士」
 お互い行儀良くペコリと頭を下げるとなんだかおかしくて笑いが堪えられなくなり、思わず声が出てしまった。
「何を笑っているの総士~?」
「ひゃはは! やめてよマリス!」
「もうマリスも総士も静かにして! ルヴィが困ってるでしょ!」
 こしょこしょと脇をくすぐられ笑いが止まらなくなり涙が出て来そうになっていると美羽ちゃんに一喝される。ちらりと様子を伺うと美羽の言う通りルヴィは少し困った様に首を傾げていた。
「総士、もう体調は大丈夫なのですか?」
「うん! 平気」
「ならよかった……、では美羽、マリス始めましょう」
 週に何度か神殿へ通い、美羽とマリスや他のエスペラントと一緒にルヴィとアショーカへ祈りを捧げる。アショーカへ日々みんなを守ってくれる事への感謝とこれからも守ってくださいとお願いを込めて膝を折り、手を組む。
 最初は見様見真似で慌てながらだったこの礼拝も毎週ともなれば慣れたものだ、それでも途中で身体がゾワゾワとするのにはいつまで経ってもむず痒くて慣れない。
 その事を遠見先生へお話すると「総士くんの身体にはアショーカとは別のミールがあって、お話してるのかもね?」とこっそりと教えてくれた。
「総士、美羽この後少しお話しましょう。マリス準備を」
「はいルビィ・カーマ様」
 礼拝が終わり、そう声をかけられたマリスは慣れたように燭台へ火を灯していく。
 その間にルビィは僕の目の前へ座り、額同士をくっつけると僕は目を閉じる。そして美羽ちゃんが右手、マリスが左手を握る。
「昨日はどのような夢を見ましたか?」
……ゆめ? 覚えてない……一騎が起きたよって言われて?」
 頭がモヤモヤしてうまくまとまらなくて困ってしまう。何か教えて貰った様な気がするけど誰に何を話したのか、そもそも会話したかもわからない。
「あなたはどんな貴方になりたいですか?」
 これは毎回ルビィに聞かれる事だ。
 どんな僕になりたいか、それはとても難しいことでたまに僕は僕がいっぱいいるような、どこにも居ないような気持ちになる事がある。それでいて何処かに還りたくもなる。
 その気持ちで胸がいっぱいになると何だか泣きたくなってしまうので、一騎にぎゅうっと抱きついて見つけて! と願うんだ。そうすると搾りたての檸檬の様なちょっと甘くて苦い一騎の匂いでいっぱいになって安心する。
 いつも最後は一騎も僕をぎゅっとしてくれるのが堪らなく嬉しくて、胸の奥が切なくなる。
 
 僕は一騎に抱きしめて貰えるけど、一騎は誰が抱きしめてくれるんだろう。
「僕はぼくになりたい。誰でも無い、ぼくに」
 右手を握っていてくれた美羽ちゃんがぎゅっと力を込めるのがわかった。
「いつかぼくが何処かに還った時に、誰かがぼくを覚えててくれるように」
 お祈りが終わると、今度はルビィと美羽ちゃんがお話するという事で僕はマリスに手を引かれて礼拝堂を後にすると一騎さんが来るまでここで待っていようと教えてくれた。
「一騎が来るって分かるの?」
「だっていつも迎えにくるじゃないか」
 そう言って笑うけどこの間からマリスはちょっと難しい顔をしている、笑ってるけど悲しいような、苦しいようなそんな顔。
「ねぇマリス」
 握られている手を引っ張ると目線を合わせるようにしゃがみ込んでくれる。
「僕マリスが悲しいの嫌だよ……どこか痛いなら近藤先生か遠見先生のところに行こう?」
「総士……
 何かを言いたそうに口を開いたり閉じたりするマリスの手を両手で包む。十本の指には指輪のような跡がくっきりと残っていて、その跡は僕らを守る為に出来たものだと知っている。
「俺がこの先、悪い事をしても総士は許してくれる?」
「当たり前でしょ。大事な友だちだもん! その時は一緒に怒られてあげるからね」
 握った手を一緒ブンブンと振ると、やっぱりマリスは泣きそうに笑っていた。
 
 
「俺も総士たちを頑張って守るよ……友だちだものね」

幕間

 僕がルビィとお話ししている間にニヒトが心配そうに繋がってこようとするのが分かったので、心の奥で大丈夫と答える。
 ニヒトは僕が産まれた場所だと教えてくれたのは操だった。
 あの日はとても暖かくて、海も空も透き通ってどこまでも見えてしまいそうな日だった。
 家に遊びにきた操(甲洋のお手伝いは? と聞いたら僕はアルバイトだから自由~と笑っていたが、一騎は難しい顔をしていた気がする)と朝のお散歩していると、操がアショーカの根本に建設中の建物を指差す
「あの子は君の器だよ。いつか君のために大切な事を教えてくれる、それまでは眠っているだけなんだ」
「ねんね?」
「うん。いつかきっと起こして声を聞いてあげてね、君に酷い事は絶対しないから」
 操はたまに難しい事を言う、普段はぼくとどっちが早く楽園に走っていけるかとか、どっちが高くジャンプ出来るかとか競って甲洋か一騎に怒られてるのに、難しい事をいう操はどっかにぴゅーっと飛んで行ってしまいそうで。
 うまく理解出来なくてうんうんと考えていると操は僕を抱き上げ肩車をしてくれた。
「総士は空と海どっちが好き~?」
 空も海もキラキラしていてどっちも大好き。
 どっちもこの先に何があるのか分からなくてわくわくするけど、空は一騎が飛んで帰ってくるのを見つけられるし何より綺麗だから。
「うーんおそら!」 
「俺も! 君に空が綺麗だと思ってもらえて嬉しいな」
 瞬間僕の手に緑色の結晶が生えて、びっくりする間もなく操が僕の手を握って結晶を砕くと地面に落ちる事なく風に乗って飛び散って行ってしまった。
「せっかちだなぁ、まだダメだよ」
「みさお、今のなに?」
「怖かった?」
「びっくりしたけど怖くないよ!」
 ちょっと痛かったけど、と言うと操は僕を肩からおろし、僕の手をまじまじとみると問題なし! と笑った。
「怖がらないでね総士、あの子が君に触れようとしただけだから」
……? ねんねしてるんじゃないの?」
「今のはそうだなぁ~寝相が悪い! みたいな感じ!」
 

 ヒトマルマルマルより海神島周辺の哨戒を開始する、参加パイロットは真壁一騎、春日井甲洋、来主操、他パイロットは準待機とし緊急スクランブルに備えよ。システム搭乗者は鏑木彗を担当とする。
 
 簡単なミーティングを終えるとそれぞれ準備へ取り掛かり始める、着慣れたシナジェティックスーツに身を包むとアルヴィスのコートを上から羽織りブルクへ移動する。
 朝一番でアルヴィス内の託児所へ総士を一旦預けてはいるが担当がブルクまで見送りに連れてくる手筈となっていて、初めての環境に馴染めるのか心配しているのを他所に、当の本人は顔馴染みらしい職員の子供達ときゃあきゃあ言いながら早速床を転がっているのだから肩透かしもいい所だ。
 
 ブルクへ足を踏み入れると託児所の職員と準備が終わったらしい甲洋と操に付き添われた総士がコックピットブロックの前で落ち着きなく待っていた。心なしか保さん達も幼児に気を取られているのか(多分どこか触ってしまわないか、転倒しないかの心配をしていて)落ち着きが無い様に感じた。
「あっ一騎! かずき~!」
 走り出さないように抑えていた職員の手を振り切り、宙に浮いてしまいかねない足取りでこちらに向かって走ってくるのは良いが、案の定足がもつれて前へ倒れそうになるのを慌ててキャッチしてやると、また体重の乗り切らない軽い身体を抱きかかえてやる。
「こら、急に走ったら危ないだろ」
「えへごめんなさい」
 やはり見慣れない所に居て興奮しているか、頬をほんのり赤く染めて、全く反省していない様に笑う総士のふくふくとした頬を軽く摘んでやる。
「ちゃんと職員さんの言う事聞いて良い子にしてるんだぞ、あと友達と喧嘩しないようにな」
 力を込めて抱きしめると、乳幼児期からとっくに卒業したのにも関わらずミルクのような甘い匂いがするのだから子供は不思議だといつも思う。
「俺達が帰ってくるまでお留守番できる子誰だ!」
「はーい! 早くみんな帰ってきてね! 約束破ったらアショーカに言っちゃうんだから」
 総士は得意げに右手を振り上げる。
「アショーカに告げ口されるのは困るな、これは早く帰らなきゃ」
「ねぇねぇ帰ってきたらババ抜きしよ~!」
 総士の小さな小指と指切りをした甲洋と操もコックピットブロックへと乗り込んでいく。
「じゃあすみませんが、総士をよろしくお願いします」
 抱きかかえたままの総士をそのまま職員へ手渡すと名残惜しそうにコートにしがみついてくる。
「一騎ほんとうの本当にすぐに帰ってきてね?」
「俺がお前に嘘ついた事あるか?」
 握りしめたままのコートを脱ぐと総士を包んでやる。
「俺のコートちゃんと持ってろよ、無くさないようにな」
……分かった」
 仕方ないといった様子だが一応納得はしたようだ。職員もお預かりいたします。と頭を下げ、一歩後ろへ下がるのを確認し、自身も乗り込む。
 接続し目を開くとコートで簀巻きにされたままの子供を拡大すると、モニターで顔が見れる事に気がついたのか元気よく手を振り、何処で習ったのか見様見真似の敬礼をしていたので三人揃って敬礼を返す。
「いってらっしゃーい一騎! 甲洋! 操!」
「行ってきます、総士」
 一騎が預けたコートは綺麗に畳まれて今は総士の腕の中へ収まっている。
 ブルクを抜け託児所となっているアルヴィスの一角は職員の預けた子供達が数人居て、各々好きに遊んでいるようだった。
「あっそうしだ~いっしょにあそぼ!」
「ダメーっそうしはぼくとおにごっこするんだから!」
 総士が産まれたのはこの中では一番最後だが、肉体の成長が早く今では四歳程度にまで成長していて、すっかり同年代の中では兄のような立場となっていた。
「みんなでかくれんぼしようよ、そしたら全員で一緒に遊べるよ?」
 手に持ったままのコートを指定の場所へ置くとかくれんぼの言葉に反応したのか子供たちが集まってきたので在中の職員へいいですか? と聞くと解放されている二ブロック先までねとお許しがでたので最初の鬼は僕ね! と宣言するとみんな一斉に動き始めたので目を瞑り数を数え始めた。
 
 かくれんぼが終わりお昼休憩を過ぎるとお昼寝の時間となり、みんなが眠りにつく中総士は中々寝付けずにぼんやりと天井を見ていたがそれも飽きてしまったので周りの子どもを起こさないように布団から抜け出す。
「そうしくん眠れない?」
「ねむくなくて、ちょっとだけあっちの部屋で本読んでもいいですか?」
「ちょっとだけね? あとで私も部屋に行くから」
 少しだけ困った様に笑う職員に罪悪感を覚えながらも、寒く無い様にとブランケットを渡してくれたのでありがたく受け取る。
 部屋を出ると本を取りに行こうと別室を目指して歩き始めると、反対側にマリスが立っているのが見えた。
……マリス?」
 マリスも、美羽も待機中と聞いていたがもしかして解除されたのだろうか? と淡い期待が過ぎる。
「こんにちは、総士」
 近くまで寄ってくるとこの間と同じ様に身を屈めて目線を合わせる。
 この間と決定的に違うのはマリスの纏う雰囲気だ、いつもの優しげで暖かい雰囲気と違い何か、冷たいモノを纏っている様なそんな暗い表情だった。
「元気ないの? どこか痛い?」
「ううん大丈夫」
 総士がそっと頬に触れると、労わるようにマリスの手で包まれる。
「僕を許して、総士」
 額同士が合わさり眠って、と聞こえた瞬間総士の意識は深い眠りへと堕ちた。
 
 
 順調に予定ポイントの哨戒をこなしていたが、突如として攻撃を受けた。
「システムへアンノウン、フォロー、敵の攻撃を受けた。多分マレスペロの群れだ」
「システム了解、CDCへ敵の攻撃を確認。戦闘へ移行します」
 群れ、といっても極めて小規模な物だった。
 敵に攻撃を当てながら数を減らしていくと、かつて島を追っていたアザゼル型ウォーカーがゆっくりとその姿を表す。
「ウォーカー!? なんで消滅した筈じゃ
「多分、その欠片だ。あの時程大きい存在じゃ無い」
 ウォーカーがニタリと笑った瞬間、システムが味方のファフナーを認識した。
「スペクター?」
「マリス?」
 こちらは出撃要請を出していない、システムも予想していなかった機体は全速力でウォーカーへ向かい通り過ぎていく、右手に何かを持ったまま。鏑木がらしくなく取り乱した様に通信を試みているがスペクターは以前沈黙したままクロッシングは拒絶される。
「CDC! 誰が出撃許可を!?」
「わからん、ブルクとパイロットへの連絡が途絶えた! 此方も今確認中だ」
「真壁司令!! 部隊から連絡! 全員眠ってるとの事です!」
 嫌な予感が、ぞわりと背筋を伝う。
「一騎! あの子を追おう! なんかやな感じする」
「同感、止めた方がいい」
「反対側からアザゼル型フローター出現!!」
 遠見達と連絡がつかないままなら動けるのは自分達だけだ、事態が好転しない苛立ちに思わず舌打ちが漏れる。
「俺がこっちを引き受ける、甲洋と操は反対側を」
「「了解」」
「一騎! あの子の為にも力を使いすぎるな」
……わかってる」
 強い力はそれだけ大きな反動を生む。
 海神島へ移ってからエスペラントとアショーカの力によって極力、戦闘は避けられてきた。今一騎がどれ程力を使えばどれだけの眠りに着くか分からない。総士との約束を果たす為にはそれは避けなければならない事態だった。
「邪魔する子は食べちゃうぞ!」
 通り過ぎていったスペクターはもう、見えない程遠くへ行ってしまった。
 
俺たちの希望もまた

「一騎……
 朝あの子が遊んだままの玩具がそこら中に置かれている部屋、居ないのはあの子だけ。
 
 ウォーカーとフローターが結局何もしないまま反応が消滅した後、残りの敵を倒し急いで島へ帰還するとブルクの人達も遠見達も目を覚ましていた。
「美羽ちゃんは?」
「それが、今託児所の方へ」
 遠見がそう言い切る前に身体は駆け出していた。
 俺は馬鹿か、総士の気配は何処を探しても感じない事に何故気が付かないんだ!苛立ちと焦燥がぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちに身体が追いつかず足が縺れそうになる。
「頼む連れて行かないでくれ……総士……っ」
 もう二度と総士がこの手から零れ落ちるなんて、味わいたくないのに。
「一騎お兄ちゃん」
 美羽ちゃんは扉の前で立ち尽くしていた。
 子供達も託児所の職員も全員眠ったまま、探している姿はなく、総士に預けたコートだけが綺麗に畳まれ置いてあるだけだった。
 
……父さん、今の俺は、その気になればこの島全域全部同化できる」
「あぁ、」
 遊んでいる玩具の中で一等お気に入りだったクマのぬいぐるみを拾い上げると輪郭をなぞる様に確かめる。
「俺に、そうさせないでくれ」
「一騎……
 クマのぬいぐるみはあっという間に結晶化して、何も残らなかった。

マリス達が島を脱出した後すぐにアルヴィスにて緊急の会議が行われる事になった。
「島を脱出したのはマリス・エクセルシア他二名とマークアイン改スペクター 一機、そして皆城総士」
「独立人類軍から作戦の参加要請が来ています、マレスペロの群れが大規模集結、宇宙へ上がる準備をしていると」
しかし、と言い淀む。
たかがエスペラント三人と子供一人、そしてファフナー 一機の為に島の防衛の要を総員作戦へ投入するメリットあるのか。一騎の手前口には出さないが生死不明のこの状況で、そのように考える人もいるのも事実だった。
その空気を感じ取ったのか剣司が重い口を開く
「総士は竜宮島のコアとクロッシングしている可能性がありました」
「剣司!!」
思わず一騎は剣司を睨みつける。島を探す道具にするつもりか、と怒る気持ちも痛いほど分かるが、今アルヴィスを動かすには明確な理由が必要だった。
……先日脳の検査を行った際、微弱なクロッシングの痕跡を発見しました。アルタイルと接触する為にも生存している可能性は十分にあります」
「皆城総士は道標となりうる必要な存在です、しかしその道は困難の道、辛い結果となるかもしれません」
「行動しなければ故郷への道標を奪われるだけだ……参加の意思を伝えろ! アルヴィス総員準備に取り掛かれ!!」


「一騎くんごめんね」
止められなくて。
「遠見のせいじゃない……ありがとうな」
本心だった。
この結果は誰のせいでもない、自分が総士から離れたせいだ。
 嬰児から離れるべきじゃなかった、フェストゥムでもなく人間に奪われるなんであっては無かった、あの時スペクターを止められていればそんな後悔はなんの役にも立たないのに。
 ただ、総士が今泣いていない事を祈るしかなかった。


 結果的に第五次蒼穹作戦は失敗となった。
 目標の奪還は失敗、パイロット一名は深刻な同化現象により昏睡状態、マークノイン改イザナミはフェンリル使用により大破。海神島のコアが示した通りとはいえ最悪の事態と言えるだろう。
「しばらく船にいるよ、島へは当分戻らない」
「単騎で総士くんを探すつもりか? なんの情報も無しで?」
 ぼんやりと凪いだ海面を見つめる、いつだったか総士にこの先には何があるの? と聞かれた事があったが総士は本能的に帰り道を探していたのかも知れない。
「俺達が一番早く動けるし時間に縛られない。それに」
 闇雲に探すとなれば当然パイロットへの負担は大きくなる、いくらエインヘリアルモデルといえど限度はあるだろう。世界最高のエスペラントの美羽と海神島のコアすら存在を発見できない現状ならば、尚更。
「俺が、俺なら総士を見つけられる、そうだろう?」
未来へ導け一騎、
あの日総士が最後に託した言葉が、何度も蘇りずっと頭にこびりついて離れなかった。


正夢

「夢を見るんだ」
 亜麻色の長い髪狭い簡易的な寝床に雑に広がっている。
 帰ってきた総士は髪質が少し変化したようで、ストレートではなく癖毛気味になり毎朝寝癖を治すのに手間取っているようだが。
「どんな、夢なんだ?」
 素肌が触れ合う感触は好きだと感じる、汗ばんだ肌が合わされば吸い付くようだし、普段は低めの体温が上昇し白い肌が桃色へと変化していくのを眺めるのが好きだが、このずっと緊迫した逃避行中には満足に抱き合う事もできないので久しくお目にかかってはいないけど。
 総士の身体は、俺のために誂えられたように何処もかしこも相性が良よく、気怠げな表情に愛しさが込み上げ、散々重ねて少しふっくらと腫れてしまった唇へ、軽く自身の唇を再度重ねると、総士は少し唇を開き受け入れてくれた。
 ちゅ、と軽い音を立てて離れると総士はスラリと細く、それでも骨ばった白い腕を俺の首へ回し抱きしめると悪戯のように耳元へ唇を寄せる。
「ッ耳はやめろって」
「わざとやっているに決まっている」
 悪い顔だと思った。
 下に組み敷かれている総士へ体重をかけてやればぐぅ、と小さく呻き声が聞こえる。
 最近の総士は自身の食事をキャンプの子供へ分け与えたりしているようで(しかも本人はバレてないと思っているのが厄介)、何も口にしない日もある。自分は食事だって疎かにして良いわけじゃないのに、だから体重は軽くなる一方だし体力も落ちるんだ。
「お前が帰ってきてから何度も見るんだ、お前が消える夢」
 トラウマのように、指からこぼれ落ちる感触は何度もリフレインする。遠見先生から勧められカウンセリングを受けた事もあるが、結果は芳しくなくその悪夢はいつも背中にに貼りついたままだった。
「夢は夢だ。だが正夢、デジャブというのは実際に起きる事を先に体験しておきその事象に対して耐性を付けているという説もある」
 長くなった俺の髪を細い指で絡ませて遊ぶ総士を力の限り抱き寄せる。
 島で嗅いだ匂いよりも、より総士の匂いを感じ、肺一杯に吸い込むと髪の毛を引っ張られしぶしぶ中断する。飲み水すら貴重なこの状況で水浴びも出来ないのだから仕方ないか。
「冗談でもそんな事言うな」
「説と言っただろう?」
 だが、と総士は続ける。
「もしそうなった時、お前が導くんだ」
未来へ。

疼痛
 
それは何の前触れもなく訪れた。
 
 突然霧が晴れたような、霞がかった思考がクリアになるような、そんな不思議な感覚だった。
 成長痛で軋む手足を丸め、温めると良いと教えてくれた近藤さんの助言を信じて色々とやったが、ここ最近は完全に寝不足の毎日だ。
 ファフナーに乗っていた時に感じた痛み、何と言っても初陣での頭を潰された時より絶対的にマシな筈なのに痛みて脂汗が止まらないのが厄介だった。
 流石に毎晩うんうんと唸っているのが可哀想になるのか、たまに美羽が「美羽が眠らせてあげようか?」と言ってくれたが丁重にお断りしておいた、あれは睡眠ではなく気絶に近いので意味がない。
 長く伸ばしていた髪を多分人生至上最も短くしたせいなのか風邪は引くし、成長痛は始まるし、寝不足だし、まさに踏んだり蹴ったりだと思わずため息をつく。
 あまりにも酷い時は痛み止めを飲めよと、処方されている薬にはなんとなく手をつける気にはならなかった、成長して痛むのも、髪が伸びるのも全部僕が生きているという証だからだ。と言っても流石に
「痛い……
 情け無い事にポロリと涙が溢れ落ち枕を濡らし、やっぱり美羽を部屋に入れなくて正解だったこんな事で泣いているなんて絶対に知られたく無い。寝返りを打つ度身体が軋む。
「っ~う! 痛い」
 痛いよ一騎!
 そこでハッとした、何で僕は真壁一騎、アイツの名前を呼んでいるだろう? そう疑問に思うのと同時にパチリ、と音を立てたように思考がクリアになるのを感じた。
 まず、最初に見えたのは海、誰かが僕の手を引いて海辺を歩っている。
 その人は海の向こう側を見る度に悲しそうにするので、僕はずっと何があるのか疑問だった。
 その人は何か僕がする度にちょっと悲しそうにするのが嫌だった、どうせなら笑っていて欲しかったからだ。
 ある時僕はふと、その人に海の向こうには何があるのかと聞いた。
 あの時何で答えたんだっけ、一騎はなんて……あぁ痛い。
 その日は半ば気絶する様に眠りに落ちた。

はっきり言って目覚めは最悪。
頭は鈍器で殴られているように痛いし、身体中悲鳴を上げているのが分かり顔を顰める。それでも、昨日薄らと思い出した記憶を確かめる必要があるのは分かった。
そうとなればジッとなんてしていられない!と軋む身体に鞭打って飛び起きるとさっさと朝食の準備をする事にした。

「おはよ〜総士」
温め直した味噌汁の匂いに釣られたのか、美羽がのっそりと起きてきたので、炊き立てのご飯を型によそっておにぎりを作る。具材は焼き鮭としらすの混ぜご飯と大葉味噌、おかずはだし巻き玉子とボイルしたウィンナーにお裾分けで頂いた漬物と昨日の夕飯の残りの茄子とさつまいもの味噌汁。
「遅いぞ美羽!さっさと顔を洗え!」
「んも〜そんな朝から大きい声出さないで……なんか朝ごはん豪華じゃない?」
「今日は輝夜と朔夜が立上さんと虫取りの後にくるんだ。」
えー早く言ってよ!総士の馬鹿!と慌てて洗面所に駆け込む美羽を見送ると、ちょうどインターホンが鳴った。
「「おはよう総士」」
「おはよ、輝夜朔夜……立上さんは?」
いつも一緒にいる人、立上さんの姿が見えず首を傾げる。
「芹はね、今日検査なの」
「総士も午後から検査でしょう?」
よく知ってるな、なんて島のコア達にいうのも野暮なので家に上がる様に進める。
準備が終わった美羽と食卓を囲むと、二人が今日はこんな虫が取れたとか、島に根付いたコアの成長の様子などを教えてくれて大変充実した朝食だった。
洗い物をしていると側に二人が寄ってきて、トレーナーの裾を引っ張る。これは屈めと言うことか?と思い、手の水滴をタオルで拭うと二人に目線を合わせる。
「聞きたい事があるんでしょ?」
「うん……昨日ちょっと思い出した事があるからそれを聞きたい」
「僕たちも教えてあげたいけど、総士の記憶は完全に戻す事は出来ないんだ」
二人揃って申し訳なさそうな表情をするので安心させる為に、頭に手を乗せて遠慮なくかき混ぜてやる。
「お前たちが気にする事じゃないだろ!思い出すのだって僕は自分の力でやってやる!その前にこの記憶がマリスに植え付けられた物なのか、本当の事なのか知りたかっただけさ」
……その思いは本物だよ、誰に作られた物でもない本当の気持ち」
「短い髪も似合ってるよ総士!」
無邪気に抱きついてくる二人に、あの島で暮らしていた時の妹ーー乙姫を思い出す。あの時乙姫は今では本当の家族だと思ってる!貴方もそうでしょう?と真壁一騎に問いかけていた。今思えば記憶を失っている二年間の暮らしを指しているのだろう。
「記憶がない僕は、偽物……?」
誰も記憶がないことを責めはしない、でも島をマークニヒトに乗って攻撃した後、何度か海神島の人に「英雄のミナシロが島を攻撃する訳がない」「やっぱり偽物だろう」と陰で言われた事もある。行動で示せ、とコアにも言われたけど自分自身が本物なのか、存在証明なんてそう簡単に出来やしない。
あの時、僕の島に真壁一騎が来た時にもし記憶を持った僕と、記憶を持っていない僕の二人が居たら真壁一騎は記憶を持っていない僕をーー本物を見つけてくれたのだろうか。
「記憶がなくたって総士は総士だよ。偽物なんかじゃない」
「一緒に過ごしてなくたって僕たちも家族でしょう?記憶の有無なんで些細な事。あの時は偽りの夢と言ったけど、あの島で過ごした事、感じた事は本物だよ」
……そうだな。ありがとう」
きっと僕はこれ以上あの二年間を思い出す事は無いだろう、今手元にある記憶はマリスが消した記憶の残滓に過ぎないのだから。
「一騎と甲洋、早く帰ってくるといいね」
「一騎カレー、一緒に食べようね」
……うん」
輝夜と朔夜はミールにお願いしよっか?と言ったが、ミールってそんな気軽にお願いしていいもんなのか?と思ったけど黙っておいた。

夢のさき
 
 久しぶりに降り立ったブルクにマークアレスを格納すると機体の前に一人の少年が待っている気配を感じた。
 いつもの様に転移した方が正直楽なのだが、何となくそうしたら怒られそうなので大人しく自分の足でコックピットブロックを降りる。
「おかえり」
……ただいま?」
 久しぶり、とはいえ一年程度しか経過してないのに総士の綺麗に結えられていたポニーテールはバッサリと切り落とされ、短く切り揃えられていた。
 それに妙に視界が合う、おかしい島を出る前は確かに見下ろしていた筈なのに。
「ミールに無理に成長させられたのか?」
 元々総士は成長が早かったが、無理に捻じ曲げられたとしたらと思うと希薄になった感情でも怒りが燻るのを感じ、思わず拳を握り締める。
「違う! 成長期だ馬鹿! やっぱりお前は馬鹿だなバーカ!」
 成長期、成長期か。
 この身体になったからなのか、単純に自分の成長期が終了したからなのかすっかり身長は伸びなくなって久しい。
「毎日毎晩、手も足も軋んで痛くて大変なんだぞ! でもお前の身長を追い越すと思うと愉快だな!」
 ふふん、と楽しそうに笑う総士を見て思わずコチラまで笑ってしまいそうになる。
「髪、切ったんだな」
 総士を育てていた頃は自分も髪を短くしていた。なんでも口に入れてしまい不衛生だし、なにより目を離すとぐずるので髪を乾かす時間が一分一秒でも惜しかったからだ。
 総士の機嫌が良く怒られないのをいい事にすっかり短くなった総士の襟足を触る。
「ヘアドネーションというやつだ、僕の髪が誰かの為になると聞いてつい最近まで伸ばしてたけど、この間切った」
「へぇ……
 なんだその気の抜けた返事はー!? と今度はぷりぷり怒る総士はやっぱり見ていて飽きない。
 生きている、と思うと切れないと考えていた自分には無い思考だった。切った後も誰かの為になるのか、そう思うと何となくいなくなった人達を思い出す。
 総士は自分なりに悩みながらも答えを見つけているのだ。
「短いのも似合ってる、それと出迎えてくれてありがとうな総士」
 昔は良く哨戒に出ていた自分や仲間たちの帰還を待っていて姿を見つけると声をあげて泣いていた事もあったなと物思いに耽る。
 襟足を弄っていた手でまだ幼さが残るまろい頬を撫で、かつては自分のつけた傷のあった左目付近をなぞると総士は気持ち良さそうに目を細めた。
 珍しい反応にビクリ、と自分の身体が強張るのが分かった、あまりにもまるで幼い頃のような仕草で。
「早く行こう、外で美羽も遠見さん達も待ってる。本当は皆ここで待ちたがっていたのを無理を言って譲って貰ったんだ。」
「そうだな、お土産いっぱい持ってきたんだお前の好きそうな本とか」
 行く先々でその土地の歴史が書かれている書籍や珍しい食料を見るとどうしても食べさせたい、教えたいと思うのは完全に癖だった。
 総士を奪還してからは自分の手料理を食べさせる事も、何かを教える事も数えるくらいしか無かったが。
「ふぅん。そこまで言うなら読んでやらん事もない、それよりお腹空いた! オムライス食べたいから作れよ真壁一騎」
 思わず目を見開くと悪戯が成功したようにニッ、と笑う総士が俺の手を取って駆け出したのだった。