放課後の調理室。高校の校舎一階にあるその場所で、ビーマは自身が作ったサブレを部員たちと試食していた。シンプルな丸い形で薄いそれを、皆、次々口に運ぶ。
「すごく美味しいっ」
「さすがビーマくんだね〜」
「何枚でも食べられます!」
先輩、同級生、後輩の女子たちが次々に褒め言葉を伝えてきてくれた。
料理部はそもそも少人数だが、男にいたってはビーマだけだった。女子だらけの部活で羨ましいなどとクラスの男友達から言われたこともあるが、ビーマはそのあたりのことはピンとこない。料理好きが集まって料理するのは楽しいし、家庭用ではない大きなオーブンを使えるのは魅力的だ。知らなかった調理のコツや作ったことのないレシピを知ることもできてよい。そういう理由でこの部活を選んだ。
「そうか?」
聞けば、また複数の部員から「本当!」「美味しい!」などの言葉が飛んでくる。褒められるのは悪い気はしない。一生懸命作ったものを美味しいと食べてもらえるのはありがたく、嬉しいことだ。
しかし。
「うーん……」
ビーマは唸りながら首を傾げ、腕を組んだ。部員たちはそんなビーマを不思議そうに見ている。
その視線を受けて、実はと喋り出そうとした矢先、窓の向こうにちらりと見知った紫が通りがかった。自分とは違うやわらかい紫の髪。それがふわふわと動くのを視界に映したと同時に、ビーマはガタンッと勢いよく立ち上がり、窓に駆け寄り、開け、叫んだ。
「ドゥリーヨダナ!」
「のぉわっっ!!……ビッ、ビーーーマではないか!驚かせるな!」
窓の向こうで大げさに飛び上がって叫び返してきたのは同い年の幼馴染、ドゥリーヨダナである。
ビーマのいる窓際まで寄ってきたものの、見事な不機嫌顔であった。小さな頃からよく見てきたから、よく知っている。本当に幾度となく見た。この場合、経験上ひとまず謝っておくのが無難だ。
「悪い」
「悪いと思っとらんだろ!その顔はっ」
「まあな」
バレたかとさらり認めれば、わかりやすくドゥリーヨダナはわなわなと震え始める。
「おまえ〜ッ!まず第一に!声をかける時の適切な音量というものが」
「なあ、ちょっと待ってろよ」
「おいっ、人の話を聞かんか!!」
大騒ぎしてる幼馴染に一旦背を向け、さっきまで試食していたテーブルに向かう。そこから一枚サブレを取り、すぐさま窓際に戻った。
「このっ、そっちから話かけておいてわし様を放ったらかすとはどういう」
「これ食ってみてくれ」
「はあ!?おいっ、待っ、はむ……っ」
怒り心頭な幼馴染の大きく開いていた口に、サブレを放り込む。ドゥリーヨダナは突然入ってきたサブレに目を丸くしていたが、ひとまず食べる方に集中することにしたらしい。少し眉間に皺を寄せながら、むぐむぐと静かに口を動かしている。
口やかましく、減らず口も盛大に叩く男だが、食べてる最中に口を開いたりはしない。思いがけず行儀が良いのだ。
ごくん、とサブレがわかりやすくドゥリーヨダナの喉を通っていったのを見て取る。次いで空っぽになった口がパカリと開いた。
「パッとしない!」
そして、飛び出た言葉がこれだ。どう聞いても貶している。顔もしかめっ面で全力で低評価をつけていた。でも。
「やっぱりそうか」
ビーマにとっては納得しかない。うんうんと頷くと、ドゥリーヨダナが眉を吊り上げ、くわっと噛みつくように言葉を畳み掛けてきた。
「やっぱり、だと〜!?知っておったなら、わし様に食べさせるな!」
「悪いな」
「……フンッ、反省しておるならよいのだ」
「いや、助かったぜ。今度はちゃんとおまえ好みの作って食わせてやるからさ」
「本当だな!?まあ、わし様は寛大だからな。そこまで言うなら、待っていてやろうではないか」
偉そうにふんぞり返って笑う顔は機嫌が良さそうだ。ビーマも思わず相好を崩す。
意気揚々、さっさと帰っていく幼馴染を手を振って見送ってから、ビーマはテーブルに戻る。黙って様子を窺っていた部員たちにニカッと笑って見せた。
「やっぱりなんか味が物足りねえよな。今度は上に卵黄でも塗って焼いてみるか」
ドゥリーヨダナに食べてもらってから、次々とビーマの頭にアイデアが浮かぶ。残っていたサブレを食べて、味をもう一度確認する。ザクッとした食感はよい。想定通りだ。シンプルで素朴な味わいも皆が食べやすいだろう。
でも、ビーマが求めているサブレには、まだ何かが足りなかった。
「これも今からアイシングを上に塗ればいけるか?レモンがあったしな」
ビーマ手製の、甘酸っぱいアイシングのかかったウィークエンドシトロンは、ドゥリーヨダナに星五つをもらっている。その時の喜びも思い起こされて、様々な組み合わせを試す脳内シミュレーションも加速する。
「ああ、紅茶風味もアリか」
先日、ドゥリーヨダナの自宅で淹れてもらった紅茶を思い出す。ビーマは紅茶のことは門外漢だが、ドゥリーヨダナに聞いて、合いそうなものを見繕ってもらうのもいいかもしれない。ビーマの顔はみるみる明るくなっていく。
「よしっ、レシピ再考してみるか。また次の部活の時によろしくな!じゃ、お疲れ様!」
「あ、うん、お疲れ様〜」
「お、お疲れ様です……」
ビーマは話しながら凄まじい手際の良さで、残っていたサブレをポリ袋に詰めて荷物をまとめ、置いていた皿を洗って片付け、テーブルを拭く。そして、部員に挨拶をして調理室を飛び出した。
早く家で試作したい。次こそは自分のお菓子で、ドゥリーヨダナを笑顔にしてみせる。好みのお菓子を食べた時、あの幼馴染は花の咲いたような、とても幸せそうな表情をするのだ。思い出すだけでビーマの顔には笑みが浮かぶ。しかし、反対側から生徒が歩いてくるのを見つけて、ぐっと表情筋を引き締めた。そのまま何食わぬ顔で校門へ向かう。
ビーマが本気で走れば、今からでも先に徒歩で帰っていったドゥリーヨダナに追いつくかもしれない。もしあの紫頭を見つけたら大声で呼び止めよう。そうしたらきっとまた怒られる。でも、一緒に帰りたい。家まであの幼馴染とどうでもいいことを話すのは楽しいのだ。
そんなことを考えながら校門を飛び出たビーマの頬はすっかり緩んでいた。でも、もう隠す必要もない。後はドゥリーヨダナに会うだけだ。ビーマは春の風にのって走り出す。たった一人の大切な幼馴染に向かって。
【おまけ〜残された部員たちの会話〜】
「あの、何だったんですか、今の……」
「あ、見たことなかった?」
「あれは“ワシサマ”よ」
「わ、ワシサマ??」
「ビーマくんが作ったお菓子の完成版は、全部あの“ワシサマ”にいくことになってんの」
「それってどういう……?」
「アイシングのサブレも食べてみたいなあ!」
「ダメダメ、どうせ全部“ワシサマ”のものよ」
「そう、なんですか……?」
「そう。覚えておいた方がいいよ、しょっちゅうあることだから」
「はあ……わかりました……?」
料理部員から、ビーマの美味しいお菓子を全部掻っ攫う妖怪みたいな扱いをされてるわし様でした。
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