shika
2025-05-26 17:16:25
8476文字
Public 渡🇺🇲組
 

In sickness and in health

渡米後プロ軸の流とリョの話。
赤が出てきます

○流+リョ(カプではない)
○現代軸/スマホがでてきます
○実在するチームに所属する二人
○流→🏀←リョ
○リョの怪我の描写があります


 ビ―――――――、と一際大きく鳴り響く音。
 10フィートのリングの更に上に設置されたショットクロック。表示される『00:00』。
 今にも体を突き破って出てきそうな心臓。息苦しい。額にへばりつく髪から落ちる汗。鬱陶しい。
 向こう側で歓喜に湧く選手。俺とは違うユニフォーム。背中を叩いて去っていく選手。俺と同じユニフォーム。
 ふぅ、と大きく息を吐き出して、上を仰ぎ見た。ホームコートとは違う天井。……当たり前か。
 ――――――あっという間だった。
 
「大人になったな、流川」
 オフシーズンに入り、スポンサーへの挨拶回りだのメディアの仕事だので日本へ帰国していたその日、未だ現役で監督をされている安西先生に顔を見せるために母校を訪れたタイミングで赤木先輩に会った。昨年帰国した時には会えずじまいだったが、どうやらたまに先生に頼まれて後輩の指導をしているらしい。既に生徒が下校した後の体育館前で、この後予定がないなら飲みにでも行かないかと誘われ、行きつけだという割烹で夕食を食べることになった。
 案内されたダイニングバーの個室で、ジョッキの生ビールを煽ってゴト、とテーブルに置いた赤木先輩はそう言った。
「大人、すか」
 口に入れた出汁巻き卵を咀嚼しながら、今しがた自分に向けられた言葉を頭の中で反芻する。
 大人。まぁ大人か。日本で言う成人年齢はとうに超えたし、自分で稼いだ金で生計を立てている。ついでに言えばなんだかよく分からん税金の支払いだの公共料金の支払いだのもちゃんとやっている。めんどくせーのは専門の人に任せてるけれど。「大人」のイメージを自分に当てはめて、出汁巻き卵を飲み込んだタイミングで口を開いた。
「オレ、二年くらい前からちゃんと税金とか払ってるっす」
「当たり前だバカタレ。いやお前、三年目だろう。一年目はどこいったんだ」
 あ、これはボケツを掘ったってやつだな――。ちなみに一年目もちゃんと払った。が、面倒臭さにかまけて溜め込んでたレシートを一気に出したら税理士にクソほど怒られ、税理士が頑張った結果として無事に払えたと言ったほうが正しい。指摘された一年目に目を逸らしつつ無視を決め込み、「大人ってそういうことじゃねーんすか」と聞けば、この間の試合後のインタビューのことだと何とも言えないような呆れ顔で言われた。
「あれは感心した」
そりゃ、まぁ、三年目にもなればそれなりには」
「どの口が三年目を語っとるんだ。……いい試合だったが、惜しかったな。あの時のインタビュー、宮城のことを聞かれていただろう」
「最後すか」
……あいつは、元気にしているのか」
……今、頑張ってます」
 宮城リョータ。
 この競技をプレーするには決して高いとは言えない身長でNBAに挑戦中のその人を、オレは今、割と近い距離で見ている。二週間前に最後に会った日を思い出しながら、おそらく日本でも速報級のニュースになったであろう件についてそう答えた。

 先日終結したイースタンカンファレンスのセミファイナルは、ストレートインした自分のチームとプレーインから勝ち上がってきたリョータさんのチームが当たった。同じディビジョンに所属し、全チームで最も距離が近い二チームが当たったそのシリーズは三対三のタイゲームで七戦目までもつれこみ、地域を通り越して全米でかなり盛り上がったが、どうやら日本でも注目されていたらしい。結果はオレが帰国しているということがすべてだ。未だ悔しさは晴れていないが。
 七戦目が終わった後、ロッカールームに戻って着替えを終えると試合の振り返りや労いもそこそこにスタッフにインタビュールームへと駆り出された。所属チームが今年こそ優勝を狙えるとメディアやファンの間でずっと言われてきたことを知っていたし、自分自身そう思っていた。やり遂げなければならなかった。その試合を落としてチームのシーズンが終わってしまったこと、加えて相手はプレーインからの勝ち越しで大金星、となればある程度は飛んでくる質問も予想がつき、インタビュールームでは実際そのほとんどが次々と浴びせられた。
 試合を振り返っての率直な感想を――シリーズを通して固いディフェンスに苦しめられましたが――来シーズンのチームの課題は――オフシーズンの予定は――――。そして。
「ブルックリンには同郷出身でハイスクールで共に戦った選手がいますね。――リョータ・ミヤギに伝えたいことは?」
 予想的中。
 ドラマチックな演出を好むメディアと国民性を踏まえ、ついでに端で待機しているチームスタッフがチラリと時計を見てから人差し指を立てたことで、これが最後の質問になるだろうと見当をつけた。
「ブルックリンは素晴らしいチームで、彼もまた素晴らしい選手。レギュラーシーズンもプレーインも彼の功績は大きかったと思うけど、このハードスケジュールで彼を欠いた状況でも補強と対策をきっちりしてきた。
 全チーム全選手が、シーズン開幕からプレーオフを目指して勝ちに来る中で直前の離脱は本人が一番悔しいはずだけど、彼はこういうことを燃料にする選手。
 ――来季、必ずここでまた。次は勝つ。怪我の早期回復を心から願います」
 そうしてインタビューを終えてロッカールームに戻れば、そこに残っていたチームメートにコーチ、スタッフまでもが揃って鳩が豆鉄砲を食らったような顔でオレを見たのだった。
 
「負けたあとのインタビューでお前の口からあんな言葉が出てくるとは正直思っていなかった。木暮と観ていたんだがな、感慨深かった」
それ、チームの奴らにも言われました」
「宮城も同じ気持ちだったと思うぞ」
 そのシリーズは全試合、リョータさんが出場することは一度もなかった。
 ストレートインしたチームに比べて、プレーインを闘い抜かなければいけないチームは当然試合数が増える。よって選手のリカバリーに十分な時間を確保できないことがずっと問題点として挙げられていて、ただでさえレギュラーシーズンの試合数も移動も多いNBAにおいて多くの選手が改善してほしいと思っていることでもあった。ホームアリーナでの試合ならともかく、大陸の端から端まで横断して中二日はさすがにオレでもキツい。今回の場合は勝ち上がってきた勢いそのままで彼のチームがシリーズを制したが、彼はプレーインの最終試合で相手選手とペイントエリアで接触し、交代のタイミングでロッカールームに下がった。そしてその後、ベンチにも戻ることはなかった。
 ―――なんか、力が抜けるというか、変な痛みがあって。あー多分ヤバいやつだなって、直感で。
 試合を見届けた後、すぐにリョータさんに電話を入れると明日の天気の話でもしているかのような口調でそう言った。
 オレはトレーナーもついてるし大丈夫だから、お前は自分のことに集中しろよ。まぁ、試合はうちが勝つけど。――少なくともその電話で聞いてるいる限りはいつも通り、声色は明るかった。
 怪我の詳細はその三日後、プレーオフ開幕当日の午前にチームから公式にアナウンスされた。
 PCL sprain grade Ⅱ――後十字靭帯損傷、グレードⅡ。
 手術は回避できる予定とのことだったが、それはプレーオフを目前に彼のシーズンアウトが決定したことを意味していた。
 リョータさんのチームは現在、昨季の優勝チームとファイナル進出をかけた試合を繰り広げているが、彼はホーム戦以外は試合に帯同せず、チームのメディカルのもとで治療に専念している。
「あいつは、今回は帰国しないのか」
「チームと相談して、向こうで経過見ることになったらしいす」
「膝はやっかいだな。三井もそうだったが……ちゃんと治さないと選手生命を縮める。宮城は今回が初めてか」
「そうっすね。前十字じゃなくてよかったとか、外からいろいろ言う人もいましたけど」
「そう簡単に言えることではないがな」
「そう。経験した奴にしか分からん」
 通常オフシーズンは休養と技術の向上に充てるが、リョータさんは膝の完治が最優先のため、プレーオフが終わってチームがオフシーズンに入っても今回は帰国せずにアメリカに留まることになった。
 手術が不可避の前十字靭帯損傷・断裂と違い、後十字靭帯の損傷は今回のリョータさんのように手術を回避して保存療法からリハビリを経て復帰できる可能性もあるが、あくまで靭帯の損傷という大きな怪我に違いない。膝が安定するまではプロテクターで完全固定、無理厳禁。膝が安定して許可が降りればリハビリ開始。試合への本格的な復帰は早くても来季以降になる。
 シーズンが開幕すると、オフに入れ替わる選手やヘッドコーチの交代に伴って発生する戦略の変更等で、チームにフィットできるかという課題がすべての選手の前に立ちはだかる。加えてリョータさんの場合、オフを治療とリハビリに充てるため技術向上や身体造りはどうしても後手に回り、シーズンの途中から復帰するにあたって最低でも怪我前までのパフォーマンスができるかどうかがプレータイムを与えられる上での判断材料になる。誰もが彼の前に茨の道が待ち構えていることを察していた。

 あの試合の後、諸々を終えて自分の家に帰宅し、荷物だけ置いてその足で徒歩圏内にあるリョータさんの家へ向かった。所属チームが近くなってから何度も使った彼の家の鍵をジーパンのフロントポケットから取り出してドアを開けると、すぐ横に位置された洗面所から松葉杖をついて出てきたリョータさんと鉢合わせた。
「おう、おかえり」
 オレの家じゃないのに、あまりに頻繁に来てるから自然に使うようになったその言葉を、いつもの顔で柔らかく笑って言った。
 だけど自分からは、膝の痛みは?とか、動いて大丈夫なの、とか、多分いつもなら出てくるような、昨日まで普通に交わしていた言葉が何も出てこなかった。ただ、彼の目から視線を反らせなかった。リョータさんもオレの様子を見て、それっきり何も言わなかった。
 先に動いたのはどちらだっただろうか。扱いづらそうに松葉杖を前へ動かし、身体をオレの方へ向けた彼と、重たい足を縺れるように大きく二歩動かした自分。松葉杖が床を滑ってガタンと大きな音を立てて倒れ、次の瞬間には左胸にトンと彼の額が触れた。鼻の頭をふわふわと柔らかい癖毛が擽って、反射的に腕を背中に回した気がする。一瞬強張ったリョータさんの体からすぐに力が抜け、オレに体を預けるようにほんの少しだけ重みが増した。しばらくして微かに聞こえた細く小さく吐き出された吐息は、しっとりと水分を含んで震えていた。
 怪我から、半月。
 チームが対戦関係にある間、決してオレの前で表情を崩さなかった。それが一選手としてのプライドだと分かっていたし、自分が同じ立場でもそうした。だから無理に聞き出すこともせず、その姿勢を尊重した。
 そうして半月もの間、内に保たれてきた数多の欠片が、大きな瞳から音もなくただ静かに溢れ出て、オレの服を染めてはそこだけ温度が変わっていった。鼻先を埋めた髪の間から香るシャンプーのにおいと、そこに微かに混じった汗のにおい。
 生きている人の温度とにおい。
 ふぅ、と息を吐けば次第に全身の力が抜けて、靴も脱がずにドアの前でずるずると崩れ落ちながら互いを縋って抱き合った。
 ハードな日程の中で酷使した身体の疲れも、掴みかけたファイナルへの切符を逃した悔しさも、ようやくリョータさんが張り詰めていた気を緩められたことへの安堵も、すべてが入り混じり煮え滾って一つの塊になり、二つの身体を骨ごとドロドロに溶かしていく。
 ――――――終わった。
 密着する身体から伝わる二人分の鼓動と熱いくらいの体温に伴い、シーズンが終わったという実感がようやく自分に降りてきた瞬間だったと思う。
 どれだけの時間をそのまま過ごしていたのか、腕の中でいつの間にか泣き疲れた子どものように寝入った彼の頬には、涙の跡が一筋の道のように残っていた。

「宮城のことはな、怪我の状態は心配だが精神面ではそこまで心配していない。踏んできた場数が違うからな、あいつは。立ち上がり方を知っているはずだ」
……あの人は諦めるってことをしねーから。ここで留まってるような器じゃねー」
「何かあってもすぐに状況を客観視して必要な選択ができるのがあいつの良さだ」
 赤木先輩の言葉の端から、リョータさんを案じながらも信頼しているのだと伝わった。高校時代、主将の役目を託したその人の様子をたまに体育館の入り口からそっと見ていた赤木先輩と、今でもたまに「ダンナ元気にしてるかなー」と懐かしんで溢すリョータさんを思い出し案外似た者同士の二人の姿を重ねて生温くなった烏龍茶を口に入れた。
「俺はどちらかと言えばお前の方が心配だ」
「むなぜ」
「宮城からたまに連絡が来るたびにお前のことも桜木のこともちゃんと聞いてるぞ」
 残ったビールを豪快に一口で流し込み、空になったジョッキを横に除けた赤木先輩がメニュー表を見ながらなんてことないように言う。オレの方が心配?リョータさんと比べたらということだろうか。若干の疑問が残りつつも、後に出てきた言葉の方に気を取られた。面倒見がいいし情が深い人ではあるけれど、リョータさんがオレたちの近況まで報告しているということは初めて知った。
「“もっともっとってなるとすぐオーバーワーク気味になる”」
「え」
「“三年目に入って言動に責任感を感じることが増えたけど、本来自由にやらせる方が力を発揮できる奴だから上手くコントロールを身に着けていけたらいい”」
……
「実力だけであいつに主将を任せた訳じゃない。相変わらずよく見えてるな」
 ”よく見えている”。的確な表現だと思った。
 あの日、自分に凭れて眠るリョータさんの背中がやけに小さく儚く見えた。――この人、こんなに小さかったっけ。そう思ったけれど、今なら疲労で頭(もしくは目)がおかしくなっていただけの杞憂だと分かる。体格差での不利を言い訳にできないと、何年も必死にトレーニングと食事管理に取り組んだ身体は高校で一緒にプレーしていた頃よりずっと厚くて逞しいし、リョータさんはいつも先を見て自分がするべきことを明瞭に理解している。
「あの人、小せー怪物なんすよね」
「鉄拳が飛んてくるぞ」
「目の前のもの、全部糧にしてく」
 その結果、血が滲む思いで手にした武器は彼の身長をもカバーしてコーチや仲間の信頼を勝ち取った。鬼キャプテンとか言われていたあの頃よりも余程大きなものを背負っているのに、どんな道でもしっかりと確実に前に進めるための崩れ落ちない足場を造り上げては補強していく。状況を瞬時に把握してベストを選択をする頭と目。広い視野と、自分のプランを的確に遂行するために周りを動かす力。リョータさんのゲームメイクはそれこそが至高だった。
 ふとグラスを持つ自分の手が視界の端に映った。中の烏龍茶超しに大きく歪んで見える。まやかし見たいだなと思った。
 ――まやかしには、なりたくねぇ。武器。オレの武器は、なんだ。
 得点力―――毎試合、ノルマ最低三十点と言いつけられるくらいにはある。興味ないから見てねーけどリーグランキング二十位以内にはいつも入っている。らしい。
 ディフェンス―――一対一ならいいけど向上の余地あり。これ以上筋肉は増やしたくねーけど、ペイントエリアはもうちょいタフでいたい。
 クラッチ―――来季の課題。ここぞってところで勝ち切るためにもっと打ち込みたい。もっと安心してボールを任せてもらえるように、勝利に持っていける力をつけたい。
 執念―――――。これは負ける気がしねぇ。
 課題だらけだ。でも、確かにある、オレにも。ちゃんと――――――
「焦るなよ、流川」
 ハッと意識が引き戻される。目線を上げた先で、赤木先輩が俺を捉え、気づけばテーブルの上には追加の生ビールが置かれていた。
「勝っても負けても結果に必要以上に惑わされるな。お前はお前のペースで進め」
 射止められた瞳の奥で、高一の自分と高三のキャプテンが、あの体育館で対峙している錯覚。一切の音が消えて、この人の声だけが耳を通るような――
「お前も宮城も、今回の悔しさをバネにして昇華できる日が必ず来る。」
 だから焦り方を間違えるな。そう、力強い目で真っ直ぐに諭された。

 試合に負けることも、試合に出ることができないような怪我も、悔しくない訳がなかった。自分も彼も。
 時に苦しくて、しんどくて、進んだと思ったら振り出しに戻る。そんなことの繰り返しだ。だけど前を向くしかないから、あとどのくらいの時間をこの国でプレーできるか分からない中で振り返っている時間がもったいないから、その時々で出来る限りのことをやるしかなくて、常に何を選択して何を選択しないかのバランスを考えながらとにかく原則として進むしかないのだ。現状に満足した先には、席は用意されていない。けれどたまに立ち止まって進路の確認をしないと道を逸れてしまう。運とタイミングを手繰り寄せて味方につけ、自分だけの武器を見つけてモノにしなければならない。世界最高峰の舞台でコートに立つ上で、それがいかに大事でどれだけ難しいことか、リョータさんも俺も身に沁みてよく分かっていた。
 それでも足を止めないのは、身体があの舞台でプレーすることを求めているからだ。子どもの頃からテレビで見てきたあのコートの上で、ドーパミンとかアドレナリンとか、そういうものが身体の中で暴れるのだ。そしてそれは多分、あそこでプレーするすべての選手が同じなのだ。

 店を出る頃には、暑いくらいだった気温が少し下がり、夕焼けだった空が夜の色に変わっていた。赤木先輩と別れて駅に向かう道を歩き出せば、一つ先の大通りから聞こえてくるたくさんの母国語が、排気ガスの臭いと混じってじっとりした五月の夜の空気に溶けていく。そのどれもがニューヨークのそれとは確かに違って、ここが日本だということを改めて実感する。
 日本への滞在はあと三日。明日には最後のスポンサー訪問が終わり、翌日には実家から空港近くのホテルに移る。そして帰国当日には成田で彼の母と妹と合流し、リョータさんの家へ同行する予定になっている。いくらチームスタッフが助けてくれるとはいえ、四六時中一緒にいてくれるわけでもない。人に何かを頼むのも苦手だろうに、風呂とか飯とか、不自由してんだろうな。しばらく会えていなかった家族に会って、少しでも気が晴れたらいい。
 ―――そういえば、こういう状況にぴったりな言葉があったな。
 駅で拾ったタクシーの中で彼を思いながらポケットからスマートフォンを取り出した。直近で耳にしたのはいつだったか確か、チームメイトの結婚式だった気がする。自分には当分縁のない言い回しだと思ったが、用途によって案外使えるらしい。
 当初に比べたら随分と慣れた英語を薄目で打ち、送信済みになったことを確認した。画面の上に表示された『20:52』。時差が十三時間だったはずだから、そうすると多分向こうは午前七時。朝が得意な人だからもう起きてるだろうか。届いたメール見て笑ってそうだな……あの人、昔からオレのことを汲み取るのが上手いから――
 
 ――――るかわ、おきろ。
 瞼の裏で声がする。少し遅れてぼんやりと浮かぶ輪郭と背景。リョータさんの家だ。あぁ、夢か……。夢にまで出てきてオレを起こしてるのか、あの人。面倒見がいいを通り越して心配性すぎないか。
 おはようございます、と伝えたかったけれど声が出ない。リョータさんはそんなこと気にしていないというように、なんでお前まで寝てるんだよ、とケラケラ笑った。いくらかすっきりしたような、顔にも声にも無理を感じない柔らかさがあったけれど目が赤く腫れている。
 リョータさんの家、眠っているオレ、赤く目を腫らした彼。……あ、これ、あの試合の次の日だ。
 ――いつまで寝ぼけてんだよ、起きろ。オレ、膝どころか全身バッキバキなんだけど。頬をペシペシと叩かれたけれど夢だから痛みは感じない。
 笑ってる。もう大丈夫だな……。目の前の彼に思ったのか、現実でニューヨークにいる彼に思ったのか、自分自身に思ったのかは分からなかった。
 暇してんのかな。しばらくバスケできねーしな……座ったまま軽くパスくらいならできるか。
 結局バスケのことしか考えられない自分にどこか安堵に似たものを感じながらズブズブと夜に沈んでいった。
 
 “Statue of Liverty”世界を照らす自由。そのオヒザモトで、彼もオレもまた挑戦の一年が待っている。
 病めるときも、健やかなるときも。